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第41話 洞察力の鋭い友達たち

 ガスパルと別れた私たちは、仕入れた食材や材料の入った籠を背負って、家へと帰った。マルタンは一度家に帰って荷物を置いた後、すぐに私の家に来てくれた。


 あの後、これからのことを今から相談しようとマルタンに言われたのだが、残念ながら私はやらなきゃいけないことが山積みなのでゆっくり話している時間がないと告げると、マルタンは、じゃあ手伝うよと申し出てくれた。今日の分の薬を作ってもらう必要もあるため、私はマルタンに感謝しながらも家に招いた。

 だが、家事をしながらゆっくり話そうという予定は、あっけなく崩れた。


「おい、レノムシ! これもだいぶ悪くなっちまってんじゃねーか。どんだけ放っておいたんだよ!」


「レノ、こっちはまだ大丈夫だよ。これはどうする? 元の場所に戻しておく?」


「ジョルジュ、それはこっちに持ってきてくれる? お昼ご飯に使っちゃうわ」


 家の中がガヤガヤと騒がしい。私が帰宅して、マルタンがすぐにやってきて、二人で簡単な食事でも取ろうかとしていたところで、サロメたちが家の扉を叩いたのだ。何をしに来たのかと思えば、サロメたちも今日は午後からオフなので、家のことを手伝ってくれると言ってくれた。

 さすがに悪いよ、と辞退したのだが、ヒューゴが苛立った顔でどけよ! と私を乱暴に押してずかずかと家の中に入ってきてしまったので、止めることもできなかった。一旦家にみんなが入ったのをわざわざ追い出すこともできず、私はお言葉に甘えることにした。

 サロメとリアムが人数分の食事を作ってくれるとのことで、食料も持ってきてくれていた。申し訳ない気持ちでいっぱいになっていると、ヒューゴが勝手に戸棚を開けて野菜を仕舞おうとした。そこで気付いてしまったのだ。うちの食材の三分の一程度が、傷み始めているということに。

 食べ物を無駄にするなんてありえない、とヒューゴが怒ったことで戸棚の整理が始まり、ジョルジュとヒューゴの二人がせっせと動き始めたのだった。


「その……一応自炊はしてたんだけどね。色んな食材を把握して使い切るほど、わたしってまだ、料理上手じゃなくって……」


 えへへ、と誤魔化し笑いをすると、ヒューゴがぎろりと私を睨んだ。


「だったら余ってる食材はちゃんと出せ。こんなところで腐るために、俺たちは野菜を育ててるわけじゃねーんだぞ」


「……仰る通りです………」


 ぐうの音も出ないほどの正論に、私はしゅんと萎んで小さくなった。


「……もう二度とこんな勿体無いことすんなよな」


 ヒューゴはぶっきらぼうにそう言って、まだ大丈夫な野菜を戸棚に仕舞ってくれた。ダメになった野菜はこのまま肥料にするために持って帰るらしく、まとめてリアムの籠へと移動させられていた。リアムが悲しい顔で自分の籠を見ていたが、ヒューゴに睨まれると、慌ててサロメのお手伝いに戻っていった。



 やがて、野菜を炒めたものと、焼いたウインナー、そして買ったばかりの比較的柔らかいパン、そして薄味のスープが食卓に並んだ。それを見た途端、ぐう、と自分のお腹が鳴ったのが分かった。お腹が空いたと感じるのなんて、随分と久しぶりな気がする。

 食事が並ぶと、一番にヒューゴが席に座った。ジョルジュが隣の席に着くなり、ヒューゴは自分の分を飲み込むように食べ始めた。マナーが良いとはお世辞にも言えないが、随分と美味しそうに食べている。


「わたしも食べていい?」


「もちろんよ。召し上がれ」


 我が家には椅子が三個しかない。私とヒューゴ、ジョルジュが椅子に座れば、残りの人は立っていなきゃならない。順番に食事を取るのであれば、さっさと食べてしまった方が良いだろう。マルタンが母にスープを食べさせてくれているので、その間に片付けてしまおう。私は久々に誰かが作ってくれた食事に顔を綻ばせ、ほかほかと湯気が立ち上る野菜炒めをフォークですくった。


 食事を取り終えた後は、家事だ。ヒューゴとジョルジュが食器を洗って、リアムとサロメが家の中を簡単に掃除してくれていた。

 その間に私とマルタンは庭に出て、井戸で洗濯をする。正直、井戸の存在はうちが特別扱いされているという証拠なので隠しておきたかったのだが、こうなってしまえば仕方ない。腹をくくって裏に井戸があるという説明をすると、みんなが、だから? という顔になった。どうやらみんな普通に知っていたらしい。不安に思っていた時間は全くの無駄だった。


「レノの家に井戸があることくらい、みんな引っ越して来たその日に知っていたさ」


 マルタンが井戸で水を汲みながら、何を言ってんだ、という顔をした。だって……と私が口を尖らせると、マルタンは桶に水を流し込んでくれた。私は洗濯板と石鹸をもって、汗臭い自分の服を洗い始める。


「どうしてそんなに早く分かったの?」


「この辺りで井戸があるのはサロメの家。でも、マリアンヌさんは水を一度も汲みに来なかったからね、考えなくたって分かるよ。水を全然使わない生活なんて、普通はできないし」


 そりゃそうだ。あまりにも当たり前な話に、私は頷いた。ごしごしと手元の服を擦り合わせて、汚れを落とす。土汚れがあるため、桶の水は茶色に染まっていった。それをぼうっと眺めながらも、私はちょっぴり安堵の息をついた。

 ……商談している時は、随分と気が紛れた。でも、帰ってくると、やっぱり息が詰まるような気持ちになる。現実が返ってくるような気分だった。……けど。みんながうちに来てくれて。あんなにもしんどいと思っていた気持ちが少し楽になって、嬉しかった。


「そういえば、サロメから聞いたんだけど。レノ、最近ずっと大人に混じって仕事してるんだろう?」


「うん、そうだよ」


「毎日どんなことをしてるんだ?」


 マルタンは手を動かしたまま聞いてきた。いつものあの井戸での、文字通りの井戸端会議な空気を感じて、私は自然と顔を綻ばせた。


「どんなことって……ほかの大人の人と同じようなことだよ」


「その答えは、僕の家が何を育てているか知っていて、わざと意地悪してるってことか?」


「あっ」


 そうか、マルタンの家は酪農家だから、農業はやってないのか。まさかこの村のことで、マルタンが知らないことがあるなんて思ってもなかった私はちょっぴり面食らった。私がマルタンにこの村について説明できるなんて、先にも後にも、そうそうあることじゃないだろう。

 ちょっぴりお姉さんになったような気持ちになりながらも、私はマルタンに毎日何をしているかを説明した。


「………レノ、それ、本当に一人でやっているのか?」


「え? あ、違うよ! 雑草取るのは他の人がやってるし、それ運ぶのもその人たちがやってるよ」


「つまり、それ以外は全部、レノがやってるっていうことだな?」


 隣から、鋭い視線が向けられた。ハッとして、私は思わず口を噤む。作業内容を聞かれた流れで、ついうっかり、本当のことを話してしまった。今の話を誰かに聞かれたり、私が言ったことを誰かに伝えられたりすると、あとが面倒だ。同じ村に住んでる人たちの恨みを買うのは得策ではない。出来る限り波風立てずに生活していきたいし、母もそう思っているからこそ今まで誰にも何も言わなかったはずだ。


「…………やだな、そんなわけないじゃん。みんなでやってるよ」


 へらりと笑って、手を動かし続ける。桶の中の水は、どんどん濁っていく。ひどい匂いだ。早くこんな石鹸とはおさらばしたい。植物油を使った良い匂いの石鹸でも開発してみたいな。


「畑を耕すのは? レノはまだ小さいし、力もないから、農具を使ったところで大して耕せないだろ?」


「はは、その通りなんだよね。だからやれることだけやってるよ。それこそ草抜いたりとか、野菜の面倒見たりとか、」


「嘘だ」


 突然、手首を掴まれた。ぐいっと引っ張られて、強制的に私の手は桶の中から連れ出される。

 マルタンは私の手のひらをじっと見て、顔を険しくした。そこには、豆が出来ていて、それが潰れて荒れてしまっている私の手のひらがあった。ハッとした私は、慌てて手を隠そうともがいたが、マルタンは離してくれなかった。


「レノはこんな手、してなかった。大人に混じって仕事を始めてからだ、こんな手になったのは」


「あ……えっと、あの、水やりとかしてたからだと思うよ。結構往復しなきゃいけないし、あれって案外重労働だよね、」


「水やり『も』してた、だろ?」


 これでは、手に水が沁みる痛みを必死にやり過ごしていた私の努力が、水の泡だ。私はへらへら笑ってなんとかこの場を切り抜けようとした。


「ほら、何事も挑戦でしょ? やらなきゃやれないことはやれるようになんてならないよ。だから毎日、ちょっとずつ練習させてもらってるんだ」


 だが、マルタンは騙されてくれなかった。マルタンの顔は、私が言葉を重ねるたび、どんどん怒ったものへと変化していってしまう。私は焦るあまりまた言葉を重ねたが、やはりマルタンの顔は明らかに怒っていた。


「もういい。レノの言葉は、全然信用できないってことが良く分かったよ」


「え、え、ま、待ってよ。どうして嘘だって思うの?」


 確かに失言はしたが、証拠はどこにもないはずだ。だから頭ごなしに私の言葉が嘘だなんて、決めつけられないはずで。……何か他にヘマをしているだろうか? 私は困惑してマルタンに縋るように聞くと、マルタンは怒りを鎮めるようにゆっくりと深呼吸した。


「……兄さんが、レノのことを心配してたんだ。毎日見るたび、疲れ切った顔をしていくって。最初は慣れない仕事に苦労しているのかと思っていたけど、それだけじゃなさそうだって。レノの手が日に日にボロボロになっていくって。他の女たちは大して衣服に汚れもないのに、レノだけはいつもボロボロになって戻ってくるって」


 頭の中に、ロジェの姿が蘇った。毎日集めた雑草をロジェたちに手渡す時、確かにロジェは私たち全員に声をかけてくれた。でもそれは村人同士なんだから当然のことで、社交辞令というか、挨拶の一種だと思っていた。確かに疲れ果てるあまり、ロジェに適当な返答をしていた日もあったような気がするが、それこそロジェの言う通り慣れない仕事に苦労していると思われるところだろう。


「だから心配に思って、見に行ったらしい」


「見に行った……?」


「ああ。君たちの作業状況をな」


 まさか、と私が目を見開く。

 ……全部、知られていたんだ。知っていて、マルタンは私を試したのだ。

 突然、自分がひどくちっぽけで、恥ずかしい存在のように思えた。カッと顔が熱くなり、居心地が悪くなる。隠そうとしていたことが実は知られていたことに動揺しきって、私は視線を泳がせた。


「もう一度聞くよ、レノ。……どうして嘘、つくんだ?」


 マルタンの声が少しだけ優しくなった。私は掴まれたままの手を眺めて、言葉を探す。


「………私が頑張らないと、いけないから」


「レノが?」


「……多分、おんなじ状況で、母さんは毎日仕事してたんだと思う。それでも弱音も一言も吐かずに、毎日頑張ってたの。多分、私がこの村で住みにくい思いをさせたくなかったからだと思う。だったら、今度はわたしが頑張る番なんじゃないかなって。事実、頑張ればなんとかなったわけだし。母さんが治るまでの期間限定なら、確かにしんどいけど、もう少し頑張れるかなって」


 大きなため息が正面から聞こえた。マルタンがひどい頭痛に悩まされるような顔をしている。


「…………バカレノ」


 唐突にマルタンがヒューゴみたいなことを言ってきた。頑張ってきたのに、褒められはしても叱られるものではないだろう。嘘をついたのは悪いと思っているが、私は結構頑張っていると思う。ムッとしてマルタンを睨むと、マルタンは呆れていた。


「ガスパルさんの言ってたことは、本当だったってことか……」


「な、なんのこと?」


「レノが街へ引っ越したがってる、みたいなことを言ってただろ? 兄さんからレノの話も聞いてたから、もしやと思ったんだけど……レノのその反応を見るに、本気でそう考えてたってことだろう」


「あ、あはは、いやいや、分かんないよ? ほら、すぐに母さんだって治るかもしれないしね?」


「治らなかったら街へ行くつもりだろ?」


「あはは、どうだろうね!」


 あくまで明言を避けると、マルタンは肩をすくめてみせた。


「……レノが街に引っ越すなら、僕もついていく」


 突然、何言ってんだ。私は誤魔化し笑いしていた顔を固まらせて、マルタンを見つめた。マルタンは真剣な表情でこちらを見ている。水色の髪が、さらりと風に揺れた。


「ま、マルタンはダメだよ! まだ全然早いよ、せめてもう少し大きくなってからじゃなきゃ……!」


「レノだって十分小さいだろ。それに、僕以外、誰がレノの面倒を見れるんだ?」


「面倒なんて見てもらわなくても大丈夫なんだけど……」


「大丈夫じゃないだろう」


 バカレノ、と言って、マルタンはぽんぽんと私の頭を撫でた。その手、さっきまで洗濯物洗ってなかった? と思わず汚れた水を見た。だがマルタンはそれに気付いているのか気付いていないのか、そのまま優しく私の頭を撫でてくれた。


「レノ、全然大丈夫っていう顔、してない。それくらい、僕にだってわかるさ」


「え、ええ……? 大丈夫なんだけどな」


「だったら僕に嘘をつく必要なんてないだろ? それくらい、レノは今、追い詰められてるんだ」


「そんなことないよ」


「何を怖がってるのか分からないけど……大丈夫。この村の一部の人たちに、レノたち母娘がどう思われているかなんて、みんなが知ってる。だからそんなに怖がらなくて平気だ。おばさんだって、全部うまくやってくれるよ」


「………そんな、……はは、何言って………」


「レノ。確かにレノたちを良く思わない人もいるけど。同じ数だけ……いや、それ以上に。レノの味方がいるんだから」


 そもそもおばさんがレノを大切にしようとしている時点で、ほとんどの村人は君たちに好意的に接したいと思ってるさ。マルタンはキノコの知識を披露するときと同じように、淡々と言った。私はその淡々とした口調に、小さく笑った。


「……あはは。別に、守ってもらわなくたって………」


 ぽろりと瞳から涙が溢れた。あ、と思った瞬間、次々と涙が零れ落ちていく。私は慌てて袖で拭った。何泣いてるんだ、恥ずかしい。慌ててマルタンに背を向けようとしたが、マルタンは手を離してくれなかった。


「……レノ、」


 マルタンの手が伸びてくる。袖を伸ばして、ぽろぽろ零れる涙をその袖で、



「あーっ!! マルタンがレノ泣かしてる!!!」



 ヒューゴのどでかい声がした。


「おい! マルタン! 何レノいじめてんだよ!」


 玄関から家の裏にある井戸へ回ってきたらしいヒューゴは、勢いよくこちらにやってきて、私に触れそうになっていたマルタンを突き飛ばした。そして、私を守るように、背中に私を隠した。


「ひゅ、ヒューゴ、誤解だよ!」


 力いっぱい突き飛ばされたのか、マルタンはその場にしりもちをついていた。咄嗟のことに動けなかったが、我に返った私は慌ててヒューゴに声をかけつつ、マルタンに手を差し出した。


「じゃあ喧嘩か? バカレノ! 泣いてる暇があるなら、やり返せよな!」


 なんで私が怒られた!? そう思いながらもマルタンの手を引けば、お尻をさすりながらマルタンが立ち上がった。怪我はないようだ。

 その時、足音がした。家の角を曲がって、ジョルジュが顔を出す。私たち三人の姿を見て、心配そうな顔になった。


「何かあったのか? 家の中にまでヒューゴの声が聞こえてきたよ」


「レノとマルタンが喧嘩したんだ。レノが負けて、マルタンに泣かされちまった」


「ち、違う! 話を聞け、ヒューゴ!」


 ジョルジュの質問にヒューゴがすんなりと答えたが、慌ててマルタンが口をはさんだ。このままだと、話がこじれて勘違いしてる人が増えていく一方だ。ヒューゴの勘違いを先に解かなければ、永遠にヒューゴが広告塔の如く誤解を生み続けるだろう。


「マルタンには、むしろ慰めてもらってたんだよ!」


「慰め……? じゃあレノはどうして泣いてたんだ? 怪我でもしたのか?」


 ヒューゴは怪訝そうな顔で、私の頭から足先まで観察した。……違う、そうじゃない。かといって、咄嗟にどう説明すれば、簡単に、かつ的確に意図が伝わるのだろう。

 私が言い淀んでいると、マルタンは真剣な表情でヒューゴとジョルジュを見た。


「二人は、レノが毎日、何をしてるか知っているのか?」


「あん? 知ってるに決まってるだろ。大人に混じって仕事してんだよ」


 ヒューゴは私からマルタンに視線を移す。マルタンはそうじゃない、と小さく首を横に振った。


「具体的に、だよ。レノが毎日、大人に混じって、大人と同じ仕事を、それこそ大人以上にこなしてるってのは知っていたか?」


「……待ってくれ。レノは大人に混じって仕事はしてるけど、レノが出来る範囲での仕事をしてるんじゃないのか?」


 ジョルジュが困惑した顔で私を見た。ヒューゴも同意見なのだろう。大人と同じ仕事をしているとはいえ、量的には子供が担える範囲のものではないのか、と二人は言った。

 二人からの視線を受けて、私はなんと答えようか再び答えに詰まる。そうこうしているうちに、マルタンが一歩前に進み、二人からの視線を集めた。

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