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第40話 ガスパルと街についての話

「聞いてくれ! レノちゃん!」


 前回と同様、人だかりになっているガスパルの店に向かった。すぐにガスパルが店じまいをし始め、私たちは少し広場から離れたところへ移動した。

 すると、待ちきれない様子で、ガスパルは両手を広げて満面の笑みを浮かべた。


「なんですか?」


「オーブンの支度が出来たんだ!」


「もうですか!?」


「ああ、超特急で仕事を依頼したんだ、そうしたら僕の予想よりも遥かに早く設置が終わってね」


 これからオーブンを使って稼ぐ未来を思い描いているのか、ガスパルはウキウキした様子で言った。放っておけば、小躍りでもしかねない。しかし、これは私にとっても朗報だ。早く街へ行って、街への引っ越し作戦を立てたかったので、話がトントン拍子で決まっていくのはありがたいことこの上ない。


「それで、レノちゃんはいつ頃来れそうかい?」


「明日にでも行けますよ」


「レノ!?」


 すぐに答えたことに、マルタンは驚きの声を挙げた。何勝手なこと言ってんだ、という視線が隣のマルタンから突き刺さる。私は荷台の上に座ったまま、肩をすくめて見せた。


「母さんの看病だけ誰かにお願いできれば、すぐに街に行く準備なんてできるよ」


 そういえば、街へ行く時のメンバーはマルタンが考えてくれるって言ってたんだっけ。それはどうなったんだろう。ここ最近色々と忙しかったため、マルタンとゆっくり話している時間が取れなかった。そのため、どういう風にマルタン側で話を進めているのか分からない。事前の打ち合わせもなく気軽に答えてしまったのは、やっぱりまずかっただろうか。

 そうやってちらりとマルタンを盗み見ると、マルタンは難しい顔で何やら考え込んでいた。久々にマルタンの顔をゆっくり見たような気がする。


「……それこそ街に行くんだから、代わりに何か買ってきてあげたり、何か村の人や仕事を代わってくれた人たちにお土産があった方がいいかな? そうなると、結構お金がいるよね。どうやって準備すればいいんだろ」


 すぐにでも街へ飛び出したい私だったが、少し冷静になって考えてみた。母の看病を誰かにお願いしなければならないし、私がやってる仕事にも穴があく。母の穴埋めで参加させてもらった私が穴をあけるのだ。あのメンバーにまたぐちぐちと言われるのは火を見るよりも明らかである。


「……全く、調整するこっちの身にもなってほしいよ」


 マルタンはため息をついた。


 ……やっぱり、ダメか。世の中、そんなにうまく物事が運ぶわけじゃない。悪口を言われたり、嫌なことをされるのは仕方ないとして、母の看病だけサーラおばさんちに頼めば、あとは私としては問題なくさっさと身軽に動けるかと思ったんだけどな。私はちょっぴり残念に思って、視線を俯かせた。


「ガスパルさんの方は、一番早くていつならいいんですか?」


 ガスパルはマルタンの質問を受けて、にこりと笑った。


「明後日だね。明後日の朝なら、ここに馬車を到着させられるよ」


 そうだった。私が行きたいと思っても、ガスパル側で馬車を準備してもらわなければ、子供の足で時間をかけて向かうことになってしまうんだった。それにしても、明後日には準備できるなんて。

 ガスパルは、今日もお店を締めてきたはずだ。私を迎えるためにオーブンも間に合わせたりだとか、ここに来る前から相当に下準備をしてきたのだろう。何が起きても対応できる、商人らしい動きに私はひっそりと感心した。

 マルタンは、明後日ですか、とガスパルの言葉を繰り返し、何かを考え込んだ。調整係はマルタンに任せてしまおう。そう思っていると、ガスパルが心配そうな顔で話しかけてきた。


「今、レノちゃん、母さんの看病って言ったよね? 体調、悪いのかな。そんな時に本当に街に来ちゃって平気かい?」


 マルタンは思案顔で黙り込んでいる。仕方ないので、その間ガスパルと世間話でもして場を繋ごう。私がかいつまんで母の状態を話すと、ガスパルは表情を曇らせた。


「それってもしかして、タオレ病じゃない?」


「たおれやまい?」


 なんじゃそりゃ。オウム返しに尋ねると、ガスパルはどんな病気なのか簡単に説明してくれた。

 タオレ病とは、今、街で流行りつつある病らしい。この病にかかると、ある日突然、倒れるように眠ってしまい、起きてこなくなってしまうらしい。


「えーと。それはつまり、寝てるってこと?」


「あ、そんなにひどい病だと思ってないって顔してるね?」


 ガスパルが私の頬をつついたので、私は曖昧に笑った。これはひどい病なんだ、とガスパルは話を続ける。


「本当にずっと眠っているんだ。すると、どうなると思う? 食事も取れずに、みんなどんどん衰弱していくんだ……口から水分くらいは流し込めても、さすがに食事を取らせることはできないからね。だからやがて衰弱して、死んでしまう」


「……どうにか、治せないんですか?」


 私は頭の中に、点滴チューブに繋がれた意識のない病人を想像しながら訪ねた。


「無くもない……というのも、魔法使いを飼っていたり、お金があれば、魔力を定期的に購入できる。それで多少延命できるんだ。その魔力を癒者に渡して治してもらうからね……ただ、魔力を買うことのないできない、貧しい人は……」


 ガスパルは言葉を濁らせた後、小さく首を振って話を切り替えるようにハキハキと話し出した。


「でも、レノちゃんの母さんは起きているんだろう? だったら僕が知ってるタオレ病とはちょっと違うね。だから、全然違う病なのかもしれないな」


「そのタオレ病っていうのは、どうやって感染するかは分かってるんですか?」


「さすがレノちゃん。いいところに気付くね」


 母がタオレ病に似た何か新種の病にかかってると思うと、心が落ち込んだ。そうなると、知らず知らずのうちに新種の病のウイルスを村中にばらまいているのかもしれない。私は不安な気持ちでガスパルに尋ねた。だがガスパルは私の思いとは裏腹に、気軽そうな顔で私にウインクをしてみせた。


「感染の経路は全く分かってないんだ。看病をしていても感染するとも限らないし、一緒に生活していた人たちでもタオレ病になったという人ばかりではない。それでも、一家まとめてみんなが感染してしまうっていう話も聞いたことがあるし、みんなも原因はよくわかってないっていう感じかな」


 でも。ガスパルはちらりと周囲を見渡した後、こっそり耳打ちできるように、私に近寄るように言った。こそこそと頭を近づけると、ガスパルは私の耳元でひそひそと囁く。マルタンも話に参加せずとも気にはなるようで、気付くと私のすぐそばに耳を近づけていた。


「……ここだけの話。このタオレ病ってのは、人間にしか感染しないって話だ。俺が集めた情報でも、魔法使いでこの病になったのはいない。つまり、人間を恨みに思った魔法使いが呪いをかけてるんじゃないかって、もっぱらの噂になってるんだ」


 ごくり、と私は唾を飲み込んだ。魔法使いがどれくらいの力を持っていて、具体的に何ができる人たちなのかはよく分からない。けれど、もしそれが可能なら。

 そしてもし、母がタオレ病なら。一体誰に、どんな理由で、そんな呪いをかけられてしまったのか。

 私が険しい顔で思い悩んでいると、それに気づいたらしいガスパルは、慌てたように私の背中をぽんぽんと優しく叩いた。


「ま、なんにせよ、だ。ひとまず、早めに街に薬を買いに来た方が良い。少なくとも、こんな小さな村で煎じた薬よりかは効果があるものが手に入るはずさ」


 元気づけようと思って言ったガスパルの一言は、私を通り越してマルタンに刺さってしまった。マルタンは一瞬だけ、ひくりと口元を引きつらせた。


「……煎じてるのは僕だ」


「おや、君が、かい?」


 ガスパルはきょとんとした顔で、マルタンを見た。マルタンは不機嫌そうな様子でふん、と顔を逸らす。久々に見たマルタンの子供っぽい仕草に私が小さく笑っていると、マルタンは微妙な顔で私を横目で睨んだ。その様子を見たガスパルもくすくすと笑って、両手を挙げて降参のポーズをした。


「それは悪いことを言ったね! 現物も見ずに話した僕が悪かったよ」


 爽やかに、それでいて悪びれもないガスパルの様子に、マルタンはムッとしたままだったが、その顔から怒りの色が消えていることに私は気付いていた。さすがガスパル、子供の機嫌を取るのは赤子の手をひねるくらい簡単なのだろう。再び内心で感心していると、ガスパルのさっぱりとした声がした。


「そこで」


 声につられて顔をあげれば、そこにはガスパルの商人らしい笑みがあった。


「今、レノちゃんに一番必要なもの。それを僕は準備できるよ」


「私に一番必要なもの?」


「うん。君にとって必要なもの、それは……まさに、お金そのもの! そうだろう?」


 てっきり、母への薬と言われるかと思った私は、まるで内心を見透かされているような言葉に思わず目を見開いた。私の全面に出てしまった動揺に、我が意を得たりとガスパルはにやりと笑う。


「君がなるべく早く街に出たいという気持ちも、僕にはよくわかるよ。二人家族なんだろう? お母さん、心配だよね。それに、レノちゃん自身、毎日の生活で手いっぱいで、大変だよね」


「えっ……」


 私の心の中があまりにガスパルに駄々洩れだったため、咄嗟に隣に座るマルタンを見たが、マルタンは急いで首を横に振っていた。


「出来るだけ早くまとまったお金を手に入れて、お母さんを治す薬を手に入れたい。ただ、それこそもしタオレ病だったら治療には時間がかかるし、その分お金だって完治するまでは長い間必要になる。それに、そうなってくるとこの村にいるよりも、街へ移り住んだ方が癒者に直接かかりやすいし、便利だよねぇ」


 うんうん、わかるよ、とガスパルは朗々と話した。まるで私の心の中を読んでいるような言葉に、私は言葉を失ってしまった。だが隣から、お前そんなこと考えていたのか、というマルタンの視線が突き刺さるのが分かった。私は慌てて笑みを浮かべて、首を横に振った。


「そ、そんなこと思ってもないよ! わたしの故郷はこの村なんだし……!」


 笑みが引きつっているのかもしれない。ガスパルは同情するような様子で、私の肩に腕を回した。ピンクがかったブラウンの髪が頬に触れてくすぐったい。質の良いシャツがむき出しの私の腕に触れて、その肌触りのよさを無意味に感じさせてくれた。


「……君に耳寄りな情報だ」


 再び内緒話をするように、ガスパルが声を潜めた。優しいテノールの声が頭に響き渡る。


「僕の店は今、従業員を募集していてね。できれば住み込みで働けて、やる気があって、長く働ける者が欲しいんだ。それに、僕は店をこれからも大きくして、流行の最先端に立っていきたいと思っている。僕はたまたま、今、それに協力してくれる仲間を探していてね」


 ガスパルはそれだけ言って、すっと身体を離した。マルタンは怪訝そうにこちらを見ている。もしかすると、今の話はマルタンには聞こえていなかったのかもしれない。私は動揺した心のまま、ガスパルを見た。ヘーゼル色の瞳は悪戯に笑っていて、私を試すような色を見せた。


「まあ、考えておいてくれればいいさ。嫌でもまたすぐに会うことになるんだから」


 村の女性が見れば黄色い悲鳴を上げそうな笑みを浮かべて、ガスパルは私に向かってウインクをした。まるで星が飛んできそうなほど甘ったるいそれを私は引きつった笑みで眺める。

 ……ガスパルの提案は、悪いものではない。と、思う。ただそれには、私がどれだけのアイデアをガスパルに売り込めるか、という問題が出てくるだろう。ガスパルのあの顔を見れば、本当に単純に従業員を募集しているわけではないのは分かる。加えてガスパルの言い方では、普通に働いていても、定期的に魔力を買えるような財力を持てるとも思えなかった。

 となれば。ガスパルが狙っているのは私のアイデア力……というよりかは、物珍しい『私』の記憶だ。そこから生まれるヒット商品で店を大きくしたいという狙いだろう。そうなれば私は現金を得て、母の治療費に充てることができる。住み込みで良いと言ってくれているあたりを考えても、もしかすると二人分面倒を見てくれるつもりなのかもしれない。……そこまで期待されているとなると、逆に重荷にもなり、チャンスでもあり………。


「……そういえば、マルタン。街に行く人選はどうなったの?」


 一旦ガスパルの話は置いておくとして。母さんにも相談しなきゃなわけだし。私は気を取り直して、マルタンに気になっていたことを質問した。すでにマルタンは自分の中で答えが出ていたのか、すんなりと私の疑問に答えてくれた。


「まず、僕がレノの監視役で付いていくつもりだ」


「監視役ってなに」


「それと、街に行くには大人の引率が必要だろ? だから、兄さんを連れていく。ほかの大人を連れて行くと、レノが自由にガスパルさんと商談が出来ないからな」


「監視役ってなに?」


「それと、ジョルジュを連れていく」


「監視役って……え、ジョルジュ?」


 ぽかんとした私の顔を見て、マルタンは策士のような顔をしてみせた。


「ジョルジュを連れていけば、自然とジョルジュの家もこの話に巻き込むことができる。サーラおばさんを味方につければ、村のうるさいやつらも僕やレノが街に行くことに堂々とケチをつけることはできなくなるだろ。将来、街へ行く練習だと話せば、サーラおばさんも頭ごなしに否定しないはずだ。きちんとお金を稼いでくるし、村で必要なものも代行すると話せば、サーラおばさんは分かってくれるさ。さすがにおばさんの不況を買うのはまずいからな……そうなる前に、同じ状況に巻き込んでしまえばいい」


 ジョルジュも仕事に穴をあけて、私たちと一緒に街へ行ってしまえば、同罪だ。村の人たちが私やマルタンのことを罵れば、それは自然とジョルジュを罵ることにもつながり、それを許可したおばさんまでも悪く言うことになる。善意に見せかけた人質のようなものだろう。


「……マルタン、何歳? 子供のくせに、こんなの思いつくなんて、怖すぎるんだけど」


 説得したり理解を得ようとするのではなく、こちら側に引き込んで巻き込むことで同じ場所に立とうとするなんて。子供が思いつく策じゃない。さすがマルタン! という気持ちと、ドン引きする気持ちが渦巻く顔でマルタンを見れば、マルタンは心底嫌そうな顔で睨んできた。


「誰よりもレノにだけは言われたくはないんだけど」


 話を聞けば、マルタンはもうすでに、今日を迎える前に全員の了承は得ているとのことだった。だからこうも堂々と策を話せるのだろう。

 だが、出発が明後日という話はしていないので、すぐにおばさんたちが都合をつけてくれるかだけが心配だとも言った。ただ、粗方の根回しは住んでいるので、恐らくは大丈夫だから明後日に馬車を手配してもらいたい、とマルタンはガスパルに話す。


「マルタン」


「何?」


「仕事の早い男はモテるよ」


「もて……え、何?」


「みんなが大好きってこと! マルタン、さいこー!」


 愛してる! 私は頼りになるマルタンにぎゅーっと抱き着いた。明日の作業さえ乗り越えられれば、明後日からは街へ小旅行だ。そう思えば、明日の地獄のような時間だって耐えられる。私は久々に少しだけすがすがしい気持ちでマルタンにぎゅっと抱き着いた。

 が、すぐにマルタンにぺりっと剥がされてしまった。マルタンは顔を真っ赤にして、女の子がそんなことを簡単にするな! と怒った。


「レノちゃん、僕も!」


「わーい! ガスパルさん!」


 やっと街デビューだ! ガスパルさんのおかげでもあるもんね! と嬉しさのあまりガスパルともハグをしていると、やっぱり後ろからぐいっとマルタンに襟首をつかまれて剥がされた。まるでアイドルとの握手会の剥がしみたいでちょっと面白かった。

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