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第35.1話 【幕間】サロメ視点

 今日の配布分がすべて終わり、サロメはジョルジュたちと共に後片付けを行った。

 家に戻ると、サーラが夕食を作っていたので、サロメはリアムと一緒にその手伝いをするためにキッチンへ向かった。サーラに指示されるがままサロメはテーブルを片付け、皿に料理を盛り付け、夕食の準備を行う。一通り支度を終えると、今度はリアムと手分けして家の中にいるジョルジュ、ヒューゴ、ダミアンに夕食が出来たと知らせに行った。

 全員が席についたところで、ダミアンが食事の前の領主様への祈りを行う。その後、ダミアンが一口目を食べた後、みんなの食事が始まった。


 これが、サロメの日常だった。


 サロメは焼いた肉と、盛り付けられていた野菜をパンに挟んだ。本当は、サロメはこれらを全て別々に食べたかったのだが、リアムはいつもサロメの食べ方を見て、食事の方法を真似ていた。リアムは野菜が好きではないので、別々に食べてしまうと、いつも野菜だけは残してしまっていた。だが、この食べ方ならば全てサンドしてしまうので、肉と一緒に食べることができる。だからサロメは、リアムの野菜嫌いを克服させるためにいつもこうやって食事をしていた。

 少しパサついたパンに口の中の水分を取られたサロメは、野菜がたっぷり入ったスープで口の中を潤した。そうしながらも、サロメは頭の中で、今日会った出来事を反芻していた。




 サロメは、レノを、お金持ちの娘だと思っていた。もちろん家や暮らしが裕福なものではないということは知っている。だが、それでもやはり、レノの父親のことを考えれば、お金持ちの家だという意識がどうしても拭えていなかった。だからこそ、今日の話にはショックを受けていたのだ。レノが、誕生季のお祝いをしてもらったことが、一度もないということに。


 それだけではない。生まれた時に、女の子はお人形を、男の子には稽古用の棒を両親から贈られるのは、サロメにとって当然のことだった。それを貰えない子は、この村の中には一人もいなかったし、そんな話なんて聞いたこともなかった。当然だ、『当然に貰えるもの』だとしているのだから、貰えたかどうかの確認など、するはずがない。

 普通、女の子同士で遊ぶ時には、裁縫の練習をするか、お人形を持ち寄るかで遊ぶ。とはいえ、そんな暇があるのは年に数える程度のことで。だからサロメにとって、お人形で遊ぶことは特別な意味があった。たまにしか遊べない、とても楽しい時間。サロメは両親からもらったお人形のことがとても大切だった。


 でも、レノは違っていた。レノの家では誕生季のお祝いをしないし、レノには生まれてすぐのお人形もない。あんなにお金持ちの父親がいて、あんなに美人の母親がいて。でも、レノにはサロメが持っていて当然だと思っているものを、いくつも持っていなかった。


 ……レノ、誕生季のお祝い、やっぱりやってほしいんだろうな。サロメはパンを噛み千切りながらも考えた。自分が逆の立場だったら、絶対にお祝いしてもらいたい。だって、一度もお祝いしてもらったことがないなんて、可哀想すぎる。


 サロメは前の秋に、自分が誕生季のお祝いを貰った時のことを思い出していた。





 それは、とある秋の日の夕暮れだった。

 サロメが髪紐を新調した日でもあった。この前日、ダミアンが街から帰ってきていたのだ。もちろん、誕生季のお祝いとして、サロメに新しい髪紐を手に入れて。

 その髪紐は、キラキラ光る不思議な紐で編まれていて、サロメは一目見てすぐに気に入っていた。きっと、高価で、特別なものなんだとサロメは思った。だからそれをつけてこれから毎日暮らせるのだと思うと、嬉しくてたまらなかった。

 だからその日は、サロメは一日中ご機嫌で、終始ニコニコしていた。配分のために野菜を各籠に配り歩きながらも、サロメの足取りは軽かった。今なら、どんなに大変な仕事でもこなせそうだと思っていたくらいだった。


「サロメ」


 その時、サロメにロジェが話しかけた。サロメが振り返ろうとしたが、ロジェはその肩を掴んで、振り返れないようにした。


「ロジェ?」


 なんだろうと不思議に思ったサロメだったが、すぐにロジェがどこを見ているかに気付いた。そして、サロメは思わず、ロジェの次の言葉に期待してしまい、胸が高鳴った。


「これ、新しい髪紐だよね? ダミアンさんが買ってきてくれたのか?」


「あ、うん。そうなの。今年の誕生季のお祝いに、って」


 期待した通りにロジェが言葉をくれたおかげで、サロメは心の中の動揺を隠しながらも、照れ臭そうにはにかんだ。そっと後ろを振り返ると、ロジェの視線はサロメの髪に注がれていて、サロメはやっぱり恥ずかしくなった。


「夕日に照らされて、なんだか光ってるように見えるんだ。すごく綺麗だよ」


 ロジェのその言葉は、髪紐に向けて言われたものだ。それくらいサロメにも分かっていた。それでも、サロメはうれしくてたまらなかった。まるで、自分のことを褒められているようで、どんどん気分が高揚していくのが分かった。でもそんな浮足立った気持ちを必死に隠しながらも、なるべく普通に見えるように、サロメは一生懸命普段通りを装った。


「そう? 実は私も気に入ってるの。だから、そう言ってもらえると嬉しいわ!」


 にこりと微笑むと、ロジェもにこりと微笑んだ。その笑顔に、サロメの気持ちはもっと舞い上がってしまう。

 だが、次の一言で、サロメの気持ちは現実に戻ってきた。


「女の子はこういうものが好きなんだね。勉強になるよ」


 ロジェはうんうんと頷きながらも、サロメの髪紐をもう一度観察するようにじっと見ていた。

 いつか、ロジェに髪紐のようなアクセサリをプレゼントしてもらうのが、サロメの夢で、憧れだった。だからこそ、ロジェが自分ではない誰かにいつか何かをプレゼントするために、自分の髪紐を観察し、サロメに話を聞いているのだと思うと、舞い上がっていたサロメの気持ちはスッと冷めていった。


 サロメは分かっていた。

 サーラの家の子であるからこそ、誰よりも分かっていた。


 ロジェと自分は、結ばれないということを。


 この村では、基本的にほぼ同い年の男女が婚礼の儀を結ぶことになっている。ロジェとサロメは年が離れすぎている。

 更に、相手に関して言うのならば、実のところ、生まれた時からほとんど決まっている。例えば、ジョルジュはきっと、村の東側で一番有力な家の娘と結婚するだろう。家業を補強するためにもボーモンはロジーヌ。レノは年齢的にはリアムなのだが、ヒューゴという線もありそうだとサロメは考えている。

 ロジェはロジェと同い年の、他の女の子と結婚することになる。そして、恐らくサロメの相手はマルタンだろう。すでにサーラが決めていることだ。もしかすると、サロメの相手がマルタンではなくボーモンになる可能性もなくもないが、そういう意味では、相手がロジェになることは、恐らくはほとんどありえないことだった。


 サロメはロジェが好きだった。大人っぽくて、いつでも頼りになって、困っている時に助けてくれる、サロメにとってのヒーローだった。

 だから幼い時からサロメはロジェにくっついていたのだが、それがきっかけでサーラにはマルタンと仲が良いのだと勘違いされ、相手をマルタンと考えられてしまっていた。正直、マルタンがサロメのことを、いつかそんな風に見てくれるとは全く思えないとサロメは思っていた。ただ、婚礼は基本的に親同士が決めるものだ。子供がどうこう言えるものではない。逆らえないし、逆らおうと思ったこともサロメにはなかった。


 嬉しいような、恥ずかしいような、そして同時に虚しくも寂しい気持ちを味わったサロメは、ロジェから離れ、配分用の野菜を取りに中央にあるテーブルに戻った。そこではちょうど、レノが今日の配分用の野菜を自分の籠に詰めているところだった。サロメはそれを手伝いに向かった。


「サロメ、どーしたの? なんか、落ち込んでる?」


 口数少なく作業をしていると、そんなサロメを見て、レノが目ざとく尋ねた。サロメは落ち込んだ気持ちを見透かされたことに驚きつつも、なんでもないよ、と首を横に振った。

 だがそのうちになんだか我慢ができなくなって、ぽろりと一言、レノに質問をしてしまっていた。


「レノって、好きな人っている?」


 レノは面食らったように手を止め、ぽかんとサロメを見つめていた。その子供っぽい表情に、サロメはちょっぴりこの質問は早かったかな、と内心恥ずかしく思った。


「い、いや、いないよ!? そういう気持ちはみんなに抱きようがないというか……いや、みんなのことが好きだからさ! ほら!」


 ごにょごにょとレノは早口でまくしてたてた後、ふと気付いたようにハッとした顔を見せた。


「あ、分かった! サロメ、いるんだ? 好きな人!」


 サロメが驚いた顔を見せると、レノはニヤニヤして、またいつもの謎の鋭さを見せた。


「もしかして、アレじゃない? 好きな人はいるけど、その好きな人は、別の人が好きとか。もしくは、他の人と結婚する予定になってるとか。親同士ではもう話が決まってるから覆せないとか。そういうやつじゃない?」


「レ、レノ。ど、どうして知ってるの……?」


「あっ、えっ。ご、ごめん、冗談のつもりだったんだけど、当たっちゃった?」


 レノとサロメは顔を見合わせて、お互いに苦笑いをした。レノは余計なこと言っちゃったか、と頭を掻いていたし、サロメはサロメで、否定すればよかった、とため息をつく。だが、ここまで話してしまったのだ、とサロメは腹をくくり、レノに大まかに今の気持ちを伝えた。もちろん、相手の名前は隠して、だ。


「なるほどねー。そりゃまあ、なんつーか。前時代的というか」


「ゼンジダイ?」


「あ、いや、なんでもないです」


「……みんな、歳が近い子と結婚が決まるの。だから、もしかすると、レノの相手はヒューゴかリアムになるかもしれないわよ?」


「えっ、じゃあボーモンやマルタンは? もう相手が決まってるってこと?」


「それはつまり、レノはボーモンかマルタンが好きってこと?」


「あっ違います、そういう意味じゃないです」


 サロメと姉妹になるのかー、まあそれも悪くないかーと、レノが冗談っぽく呟いた。あまりに能天気な言い草に、サロメは少しだけ笑った。


「なんていうかさ。今から結婚とか、考えられないよ」


 レノは自分の籠に布でくるんであるチーズを乗せながら言った。


「そんなことより、今はどうやって毎日お腹いっぱいになるほど食べて暮らしていけるか、じゃない?」


 サロメは拍子抜けする思いだった。レノは大人のような物の考え方をするので、今回も何か、大人のような意見をくれるんじゃないかと思っていたからだ。だが、その答えはまるで、年相応な子供のようで。

 食事のことしか頭にないなんて、まるでヒューゴじゃない。サロメはそう思って、ため息交じりに笑った。


「ま、そうね。レノには少し早い話だったわね」


「うーん。ただ、サロメに好きな人がいて、その相手もサロメが好きなら、ちゃんと話せばサーラおばさんならわかってくれると思うんだけどね」


 レノはそう言って軽い調子で笑った。


「まー。これがさ、例えばジョルジュだったら、長男だからー跡継ぎだからーって言って大変なこともあると思うし、他にも相手が実はお貴族様でーとか、街に引っ越したいーとかだと、ひと悶着はありそうだけど。そうじゃなけりゃ、まあ、ちゃんと話し合えばなんとかなるんじゃないかな」


 そう言って微笑むレノを見て、サロメは少しだけ胸のつかえが取れていくような感覚を感じた。サロメにとって、親から決められた婚姻は絶対で、それをどうにかしようとなんて、考えたこともなかったのだ。

 だが、レノはそんな意見を持つのが当たり前かのように、今日の夕食の献立はあれがいい、なんて言うのと同じような調子で、自分の意見を言ってみせたのだ。サロメは、レノの視野の広さ、そして考えの違いに舌を巻く思いだった。それと同時に、自分にも、レノのような思考の柔軟さが欲しいと思った。

 そうすればきっと、もう少しロジェと堂々と話せるのかもしれない。サロメはそう思った。サロメはいつもロジェと話す時に緊張してしまい、いつものような調子で話せない。そのせいでその淡い恋心にジョルジュが気付いてしまうくらいだった。

 実りのない恋だというのはサロメが一番わかっている。でも、もっとロジェと仲良くなれれば。レノの言っていることも、もしかすると、あるいは。

 レノは籠を背負って、帰って行った。サロメは薄暗くなる中、その姿を眺め、自らを鼓舞するように拳を握りしめていた。





「……っていうことを、今日レノから聞いたの。だから、私たちでレノの誕生季のお祝い、してあげられないかなって思うんだけど。どうかな、母さん?」


 サロメが、レノはお祝いしてもらったことがないのだという話と、お祝いしてもらうならご馳走が食べたいと言っていたということをサーラに話すと、サーラは複雑そうな顔でため息をついた。


「そうねぇ。それはあまりに、レノちゃんが不憫だわねぇ」


 マリアンヌはそんなこともしてあげないのかい、とサーラは呆れたように言っていた。その言葉に続くように、ヒューゴが言った。


「俺は賛成だな。レノムシだけ祝われたことがないなんて、可哀想じゃねーか。ビジンの母親が頼りにならねーんなら、俺たちで祝ってやろうぜ」


「ヒューゴはご馳走が狙いなんだろ」


 ぼそりとジョルジュが呟くと、水を差されたヒューゴはムッとした顔でジョルジュを睨みつけていた。


「うるせーな。レノを祝えて、俺たちもうまいもんが食えるなら、めちゃくちゃ良い日になるだろーがよ。それともなんだ? ジョルジュは、レノムシのことが可哀想じゃないってか? ひっでえ次期村長もいたもんだな」


 今度はジョルジュがヒューゴを睨む番だった。二人がバチバチとにらみ合っている横で、サーラとサロメは着々とレノの誕生季をお祝いするパーティーの計画を立てていた。





 だがこの翌日に起きるマリアンヌの一件のせいで、この計画が永遠に実行される機会を失ってしまうなどということは、この時、誰一人として予想できなかった。




遅くなりましたが、誤字脱字、ありがとうございました!

修正させて頂きました。

評価・ブクマもありがとうございます…!

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