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第35話 誕生季のお祝い

「私の家は、子供の数が多いから、全員みんなまとめて同じ誕生季にしてるわ。私もリアムも本当は春生まれなのだけれど、みんなまとめて秋を誕生季にしてるの」


「もしかして、大人が街に行くから?」


 サロメが話すと、ボーモンが興味津々だといった様子で尋ねた。そうよ、とサロメは頷いたが、私にはさっぱり分からない。年に一度大人が街に行くことがあるという話は以前に聞いたことがあるが、それが秋なのだろうか。


「秋に大人が街に行くの?」


 率直に質問すると、ボーモンが意外そうな顔をした。


「レノは知らなかったのかい? 収穫祭の後、大人たちは順番に街に行くんだ。そこで高く売れるものも、安く買えるものもあるからね」


「秋の方が収穫量が多いことはレノも知ってるわね? 行商人から幾つか情報を貰って、大人たちは今何が高く売れそうなのかを考えて、色々なものを持っていくの。街でしか買えないものや、街でしか修理ができないものもあるから、出来るだけお金はたくさん準備しておいた方がいいの……それで、そのついでに、お土産を買ってきてくれるの」


 ボーモンの言葉に、サロメが説明を付け加えてくれた。ボーモンはまるで、初めての共同作業をしたかのように頬がバラ色に染まっていた。嬉しそうなボーモンを横目で見つつ、私はふむふむと頷く。そのお土産が誕生季のプレゼントということだろう。

 サロメの話を聞くなり、ロジーヌが羨望のまなざしでサロメを見た。


「いいなぁ、サロメ。前の秋には、何をもらったの?」


「髪結いの紐よ」


 サロメはにこりと笑って、頭を振って髪を揺らして見せた。揺れ動くふたつに綺麗に結ってある髪を見て、やっと気づいた。そういえば、今までは黒色の髪紐を使っていたはずだ。それが、今はキラキラ光る綺麗な色の糸で編んである紐に変わっているではないか。


「わぁ、きれい!」


 思わずそう言うと、サロメは私を見てにっこりと笑った。ロジーヌは羨ましそうにそれを見ていたし、ボーモンはうっとりとサロメの顔を見ていた。


「母さんから聞いたんだけど、街には着飾るためのものが色々あるんだって。中にはとんでもない金額のものもあって、でもその分とっても綺麗なものが売ってたりするらしいの……そうそう、そういえば、冬明けの行商人の日に街の人が来ていたらしいわ。私は見れなかったんだけど、服につける木でできた飾り物や、髪留めや、綺麗な櫛が売られていたんだって。きっと買えなかっただろうけど、でも、一目見てみたかったなぁ」


 サロメの話に、ロジーヌが私も見たかったなぁ、と同意し、二人でガールズトークを始めていた。

 ……ガスパルの話、だよね。私はそっと目を逸らした。あの商品を買い占めていたのはあそこにいた村のお姉さま方だが、あそこからガスパル本人を連れ出したのは私とマルタンだ。そっとマルタンを見ると、マルタンはせっせと洗濯を続けていた。僕は興味ありません、と思っているのが手に取るようにわかるような顔をしていたので、見習おうと思った。


「それで、レノは何か欲しいものでもあるの?」


 サロメがメドルを石でボコボコに殴りつけながら言った。うーん、と私は首をひねりながら、大根の茎と根の部分も捻じ切った。


「美味しいものが食べられればそれでいいかなぁ」


 何が欲しいか、なんて。快適で清潔な暮らしと、美味しい食事と、お金。この中で、唯一美味しい食事だけはなんとか自分である程度最低ラインは準備出来ているが、他はすべて満たされていない。うちの稼ぎの範疇で欲しいものは何か、と言われたところで、困ってしまう。


「それって、ボーモンと一緒どころか、ヒューゴやジョルジュとも一緒よ」


 私の言葉に、呆れたようにサロメが言った。実用的なものよりも食事を選ぶのは、どうやら男の子のすることらしい。男の子の中での異端はマルタンのようだったが、女の子の中での異端は私になりそうだ。


 とりあえず私の疑問は解消できた。そこそこみんな、誕生日らしいお祝いごとはしているらしい。ただ、それぞれの家庭でお祝いはするが、誕生季だからといって友達同士で何かすることはなく、対外的にはひとつ歳をとったねというだけとなる。


「レノ。誕生季のことは私からきちんと母さんに話しておくから、安心してね」


「あのね、サロメ。そのことなんだけど、別に私、欲しいものとかないから、別に特にいいかなって、」


「いいのよ、レノ。遠慮なんてしなくていいの、気にしないで」


 本音を言っているつもりなのだが、サロメには遠慮しているように聞こえたらしい。子供が遠慮なんてするもんじゃないわよ、とロジーヌが呆れたように私の背中を叩いた。結構力が強くて、私は思わず噎せた。




 その後、いつものようにみんなで森へ向かった。今日は果実の日なので、果実をもりもりと収穫した。ロジーヌとヒューゴがきゃんきゃん喧嘩しているのをBGMに、私たちは熟した果実を次々と背中の籠へ入れていく。森の中はやっぱりちょっぴり涼しくて、心地が良かった。


「マルタン、これは?」


「それはただの雑草だ」


「じゃあこれは?」


「ああ、それなら良い。採っておいで」


「はぁい」


 果実を採りつつも、私はマルタン先生に教わりながら薬草を採った。

 背中の籠に、マルタンから合格を受けた葉っぱをひょいひょいと入れていく。木の根元部分にしゃがんで、自分用の小さなナイフを取り出し、青々とした葉っぱを切り取っていく。そうしながらも、ふと、根っこを乾燥させたら使えるタイプのものはどうしたらいいんだろうと小首を傾げた。

 全部取っちゃうと、もう生えてこなくなっちゃう。ってことは、根っこの採取は群生してないとなかなか難しいってことか。こうやって葉っぱだけ採るのなら、またすぐに生えてくるだろうけど。……ああ、だから根っこタイプは高値で売れるのか。


「………ん」


 ふと、近くの茂みに、赤い実が生っているのに気付いた。これは爆発的に体力が回復する素晴らしいやつじゃないか。去年の川の日に超助けられてから、この実に対する信頼度はほかの薬草に比べて抜群だ。

 全部採らないように気を付けながら、数粒を採取して、籠の中へとしまう。そういえば、これ、数粒は一応持ち歩いておいた方がいいかな? 川の日みたいなことがそう何度も起こるとは思えないが、もしもの時の回復薬なので、有事の際に、すぐに誰かに与えられるようにするためにも、これを常時持っていた方が何かと安心だ。

 首にかかっている紐をひっぱって、首から下げている麻袋を胸元に引き上げる。この中には、川の日にリアムが拾ってくれた石が入っている。母からも、お守り代わりに持ち歩けばいいと言われているからだ。

 麻袋を開いて、その中に二粒だけ、赤い果実を入れておく。持ち歩きすぎても、万が一私がこけて胸元を地面とキスさせた時に踏みつぶして、胸がホラーな感じになって困る。でも、一粒だと心もとない。折衷案としての二粒だ。


 ふと、違和感を感じた。麻袋の中を覗き込む。……この石、こんな色だっただろうか? 光の角度の問題なのかもしれない。私は首を傾げて角度を変えてみた。光が注ぎ込み、石が透き通った翡翠のように知的な色を示す。

 ……変だな。拾った時は、確か黄色だったような気がするんだけど。


「レノ?」


 後ろから声を掛けられて、私は飛び上がった。反射的に麻袋の開け口を締めてさっと衣服の中に滑り込ませる。


「なんだ、マルタンか。びっくりさせないでよ」


「いや、そこに突っ立って俯いているから、体調でも悪いのかと思ったんだ」


 心配して損した、というような顔でマルタンがそう言った。未だにどきどきする心臓を撫でおろしていると、マルタンが私を手招きした。


「こっちでヒューゴが採ったのを食べてるよ。レノもそろそろ昼食にしよう」


「分かった、これだけ採ったらすぐ行くね」


「あまり夢中にならないように。放っておくと、レノの分がなくなるぞ」


「それはやだ! すぐ行く!」


 私はさっさと赤い実を採って、すぐにマルタンが行った方へ走り出した。

 ……マルタンに、見られていたかもしれない。私としては袋の中身を確認していただけなのだが、周りから見ると、自分の服の中を覗き込んでいる変態っぽく見えたかもしれない。今度からは周囲からどう見えるか考えたうえで動こうと私は地味に心に決めた。





 収穫が終わって森を出て、今日の配分を持って母と家へ帰った。食事を採って、身体を清めて。ランプに火を灯して、寝る前の憩いの時間。母は破れた衣服を繕ってくれている。私はその隣で文字の勉強をしていた。母から単語を毎回5つ程度教えてもらって、それをせっせと書いて覚えているのだ。

 ただ、熱心にやりすぎるとあっという間にチョークがなくなってしまうので、なるべく黒板に直接的に書かず、机をなぞる程度で我慢する日もある。ちなみに今日はその日である。


 私が机をなぞる音と、母が衣服を繕ってくれる音。外からカエルらしき鳴き声が聞こえてくる。そういえば、この辺りのカエルはどうやら軽い毒を持っているらしく、触った程度では問題ないが、食べられないらしい。安心したような、食糧の確保的にはちょっぴり残念なような。


「……レノ」


 母が私を呼んだ。手を止めて、なぁに? と尋ねると、母は申し訳なさそうな顔をしていることに気付いた。どうやら、話しかけるタイミングを伺っていたらしい。


「どうしたの? 母さん」


「母さん、レノに謝らなきゃいけないことがあるの」


 一体なんだろうと顔をこわばらせると、母は落ち込んだような顔で小さく頭を下げた。


「ごめんね、母さん。誕生季のお祝い、してあげてなくて」


 え、話早くない!? 今日の今日!? 私が仰天のあまり目を見開いていると、母は苦笑した。どうやら森から帰ったサロメがサーラおばさんに耳打ちして、すぐにサーラおばさんは動いてくれたらしい。曰く、私が誕生季を祝ってもらえなくて拗ねているのだと。


「ち、違うよ! 誕生季にお祝いとかするのかなって、知りたくて聞いただけで、別に私が祝ってもらえてないからどうのっていうのは無いよ!」


 と言ったところで母が、だったらよかったわじゃあこの話は無しということで、なんて言うわけがない。むしろそれさえ私の強がりだと捉えたらしく、母は目を細めてため息をついた。


「いいえ、レノ。普通、誕生季のお祝いはあるものなの。私ったら、チャーリーがいつここに来るか分からなくて、そのことばかりを考えていて……ごめんなさい、これは言い訳ね」


 地味にのろけられてしまったが、母の落ち込んだ様子を見ていると茶化すような気持ちにはなれなかった。母はもう一度ごめんなさい、と私に謝った。


「それで、これはサロメから聞いたのだけど、レノはご馳走が食べたいのよね? チャーリーが来る日以外、そんなことをしようなんてこと、今まで一度もなかったものね。レノは何が食べたいかしら?」


 そろそろ、次の行商人の日がやってくる。その時に食材や香辛料を準備すれば、チャーリーが来た時と同じように豪華な食事を作れるわよ、と母がやる気を見せた。


「え、えっと、あの、」


「なんでも言ってちょうだい。レノみたいな新しい料理は作れないけど、母さん、腕によりをかけるわ。だって、四年分のレノのお祝いだもの!」


「その、わたし……」


「なあに?」


「………わたしも、料理するよ! 一緒に作ろう?」


 私の言葉に、母は怪訝そうな顔になった。


「それじゃあいつもと変わらないじゃない。レノのお祝いなのよ? レノはチャーリーと同じように、お客さんにならなきゃいけないわ」


「いつもと同じでいいの」


 私は意を決して、母を見た。母は不思議そうな顔で私を見ている。青色の瞳が私を映していた。


「その、わたし。母さんのお祝いもしたいの」


「なんですって?」


「わたしと母さん、同じ誕生季なんでしょ? だったら、一緒にお祝いしようよ。今日聞いたんだけど、みんなそうなんだって。誕生季が同じだったら、一緒に祝っちゃうって。サロメの家なんて、違う季節なのに、全員分秋にまとめちゃうって」


 ぺらぺらと話す私の言葉をさえぎって、母は困ったように笑った。


「何を言ってるの、レノ。お祝いは子供のものよ? 大人は祝わないものなの」


 大人が子供に言い聞かせるように、母は優しくも、しかしはっきりと言った。でも私はそっか、と頷くことは無い。そうじゃないのだ。


「でも、大人を祝っちゃいけないことはないでしょう? 大人も子供も関係ないよ。だってわたし、母さんが生まれてきてくれたからここにいるんだもん。わたしが生まれてこれたのは母さんのおかげなんだから、わたしの誕生季にお祝いするべきなのは、母さんの方でしょ」


「違うわ、レノ。誕生季っていうのは、生まれてきてくれてありがとうって、元気に健やかに大きくなりますようにって、子供をお祝いするものなのよ」


「だから、一緒に祝おうって言ってるの」


 母は困惑したような顔で私を見ていた。私はそれを、真剣な顔で見返す。

 私みたいな聡い子供、普通は気持ち悪いはずだ。変な子だといって、拒絶することもできた。それこそ父が言った通り、私をどこかで捨てれば、ここで一から人生をやり直すことだってできたかもしれない。それでも母は愛情をもって私を育ててくれた。ここまで元気に育ってこれたのも、この村で毎日楽しく生きてこれたのも、全部母のサポートのおかげだ。父がお金を払って根回ししてくれたおかげだ。私一人では、きっとすぐに心が折れてしまっていただろう。


「わたし、母さんの娘で良かったよ。これからもずっと一緒にいたいもん。だから、わたしに母さんをお祝いさせてほしいの。わたし、母さんのこと、大好きだから」


 私には『私』の記憶がある。それでもなお、私はこの女性を母さんだと思うし、母に対する愛情を深く感じる。本能的なものもあるかもしれないが、それでも毎日母さんが私を見てくれていたこと、そして家族として過ごした時間。そのすべてが、私に彼女を大切で偉大な母なのだと示していた。


「レノ……」


 母の長い睫毛がまばたきした瞬間、青い瞳からぽろりと涙がこぼれた。一粒だけでなく、それは次々と溢れて、こぼれ落ちていく。


「か、母さん!?」


 私はぎょっとした声を上げた。慌ててきょろきょろと家の中を見渡して、清潔そうな布を母に持っていく。母はそんな私の様子を見て少し笑いながら、笑った拍子にまた次の涙をあふれさせていた。


「な、な、なんで、わたし、何か変だったかな!」


 母の涙を見たのは初めてだ。どうして泣いた!? 何が原因!? 私が混乱する頭で、しかしひとまず一度謝ろうとすると、母の手がぽんと私の頭の上に乗った。


「……母さんもね。レノがいてくれたから、ここまでやってこれたのよ」


 よしよし、と母は私の頭を撫でた。零れる涙を布で拭きながら、母は独り言のようにぽつり、ぽつりと囁く。


「私はもうずっと長いこと、全てを諦めていたの。……それなのに、あの人と出会って、まさかあなたを授かることになるなんて。てっきりわたしは、あの時に………」


「母さん?」


 母の言葉に翳りを感じ、私は思わず声を出した。すると母は我に返ったような顔で焦点を私に合わせた。そして、にこりと優しく微笑んだ。


「……どうなるかと思っていたけれど、今、あなたが元気に側にいてくれている。それが私にとって、一番の贈り物よ」


「……うん。それって、わたしが母さんに思ってるのと、おんなじことだよ」


 にこりと笑い返すと、母は私の言葉にクスクス笑った。


 その後、母は私のお互いに祝い合おうという提案を受け入れてくれた。もうすぐ行商人の日だから、食材はそこで仕入れることになった。どんなメニューにするかを母と話し合いながら、ランプの火を消して、ベッドに入った。

 母さんの隣で横になって、頭の中であれこれメニューを組み立てていく。次の行商人の日には、ガスパルが来るはずだ。ある程度まとまった量の庶民用シュクールは持ってきてくれるはずだから、クッキー以外の新しいお菓子を作ってもいいかもしれない。母の誕生季祝いを準備したいのだとガスパルに相談すれば、何か良い案をくれるかもしれないし。街でお店を構えているうえ、流行に鋭いガスパルを商人としては信頼しているのだ。

 私はワクワクした気分のまま、母の隣で、あたたかな気持ちで眠りについた。





 次の日の朝。

 いつもの時間に、母は起き上がらなかった。

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