第33話 奴隷にならないようにするために
「……ハーフだったとしても、生まれてきた子が魔法使いだったら、その子は片親が人間であっても、奴隷になっちゃうの?」
「当然だろう。魔法使いは奴隷の種族なんだから」
一足す一が二になるかのように、マルタンは平然と頷いた。やはり私は自分が魔力を持ってそうなことや、万が一のことを考えて、母の足環についても絶対に口外してはならないことなのだと確信した。
動揺しているのを隠しながら、私は再び先生に尋ねた。
「……先生。ハーフの子が、自分が魔法使いかどうかなんて、どうやったら分かるの?」
「ふぅむ……難しい、非常に難しい質問じゃ……」
どきどきしながら先生の言葉を待つ。だがどれだけ待っても、先生は顎髭をいじったまま、答えを示してはくれなかった。
「そもそも魔法使いと人間の子は非常に稀なんじゃ。生まれてきた子が現実にいたとしても、基本的には隠匿されるはずでのぅ。見つかれば死罪なわけであって、」
「死罪なの!?」
ぎょっとして大きな声が出てしまった。慌てて自分の口を押えると、先生はこくりと頷く。マルタンが怪訝そうにこちらを見ているが、私は気付いていないふりをした。
「領主様の掟を破れば死罪。レノ、これは基本中の基本だ。覚えておくとよい」
掟破りは死罪。私はどきどきと心臓が早鐘を打つのが分かった。……で、でも。まだ母さんが魔法使いって決まったわけじゃないよね? もし万が一そうだったとしても、どっちかが魔法使いだってバレなければ大丈夫だよね……? 片方がバレれば芋づる式なんだろうな……。
「さて。お喋りはこれくらいでよかろう。そろそろ今日の授業を始めんと、始める前にお迎えが来てしまうじゃろうて」
先生の言葉に、私はハッと我に返った。マルタンはせっせと机にチョークと黒板を準備している。私も先生に貸してもらっている黒板と、自前のチョークを準備して、小さく頭を振った。確定していない情報だけを何度もこねくり回して考えていても仕方がないことだ。母は、母の昔話は私がもっと大きくなったらしてくれると言っていた。今はまだその時じゃないんだろう。私は母が言っていた通り大人しく、ひとまずはこの村に馴染むように生きていけばいい。
今日は算数の授業らしかった。まずは数字を順番に先生が教えてくれたが、マルタンは行商人の日に品物の隣にある数字を見て憶えていたらしく、すぐに順応していた。数字自体は『私』の頃と同じものだったので、私にとってもこれはすぐにクリアできた。
次に足し算と引き算の練習になった。マルタンは先生の教えにかじりついてどうにか理解しようと頑張っていたが、繰り上がりと繰り下がりになると、両手を開いて指折り数えつつもパニックになってしまうらしかった。
ほほえましい姿を見つつも、私は内心胸を撫でおろしていた。というのも、先生の話をマルタンと一緒になって聞いていたのだが、その計算方法や表記方法は『私』の記憶と変わらないものだった。となれば、足し算や引き算などあっという間に出来てしまう。
「……ふむ、ふむ。レノはまだ余裕がありそうじゃな?」
「ほかに計算方法はありますか?」
「そうじゃのぅ……」
マルタンに課題を与えた先生は、手持ち無沙汰な私に次は掛け算と割り算を教えた。しかしどちらも私がすんなりと消化してしまうので、先生はそのうちに頭を抱え始めた。……さすがにまずかったか。もう少しできないふりとかした方がよかったかな。マルタンの意味不明だという視線や、先生の困り果てた表情に、私は慌ててへらりと笑った。
「えーっと、こ、これは難しいなー! さすがに48を6で割るなんて、どうやったらいいのかなー!」
今までで最大の難関だー! と言って頭を抱えて見せれば、マルタンも先生もひどく呆れた表情になった。ため息までつかれている。私はなんだか情けなくなって、姿勢を正した。
「レノって、どこでそういうのを習ってくるんだ?」
「えーっと、そういのって……?」
へらへらと笑って首を傾げたが、マルタンは誤魔化されないよと言わんばかりに首を横に振った。
「文字は知らなかったのに、数字は知ってるし、計算だってすぐに出来てしまうじゃないか。この間だって、街で自分の店を出しているような商人と対等に渡り合ってただろう? 僕は話を聞いているだけで頭がいっぱいだったよ。それなのに、レノは平然と話していたどころか、自分に有利に事が運ぶように取引していたじゃないか」
まるで一人前の大人のような姿だったよ、とマルタンは肩を竦める。
一応、私は一度成人している大人だ。だが、見た目は違う。私はまだここに生まれて三年しか経っていないのだ。
……やりすぎた。
私は私の生活を改善させたり、将来のためになるようなことならなんでもやっておきたかったのだが、気を急いてしまっていたらしい。変な子だと思われて当然だ。私はカツカツと黒板に書きこんでいた計算をやめ、俯いた。
周囲に沈黙が落ちる。
やがて、その重々しい空気を打ち破ったのは、先生だった。
「……マルタン。あまり意地悪をするでない」
拗ねた子供をあやすような先生の言葉に、私は一瞬言葉を理解できなかった。今から色々な追及が始まるのだろうと身体を固くしていたため、肩透かしを食らった気分だった。
先生の顔を見ると、先生がじっとマルタンを見ていたので、思わずそちらを見た。マルタンは私から視線を向けられると、ギクリとしたように身じろぎ、気まずそうな顔をした。
「いじわる……?」
されてたの、か……? 私が困惑気味にそう呟くと、先生が黙りこくったマルタンの代わりに口を開いた。
「マルタンは、そうじゃのぅ……レノの方が後からここに来たのに、自分より先に進んでしまうのが許せんのじゃ」
「えっと……」
なんと言っていいものか。まさか、と冗談交じりに笑い飛ばすシーンでもなさそうだ。当の本人はまだ俯いて黙っている。私が口ごもって視線を彷徨わせていると、マルタンが覚悟を決めたように息を吐いた。
「…………ごめん。先生の言う通りだ。俺、レノが羨ましくて……」
「……う、羨ましい……?」
「レノは僕の知らないことを知っているだけじゃなくて、新しいこともすぐに覚えてしまうじゃないか。文字を覚え始めたのも、僕よりずっと遅かったのに、気付いたら僕と同じくらいになっていたし……」
それは私にとって外国語を覚えるようなものだし、しかも書き言葉だけ覚えればいいだけだからわりとらくちんだっただけだし、他のことは『私』の記憶があるからやれているだけで、そう考えたらマルタンの方がよっぽどすごい。『私』がマルタンぐらいの年齢の時は、きっと外を駆け回るだけで、義務教育があったから勉強はしていたとしても、自分から勉強したいだなんて思いもしなかっただろう。
「マルタンはすごいよ、勉強熱心だし、そもそも勉強を自発的に続けるってことがすごいことなんだよ」
「僕はレノに比べて全然足りないから、努力をしているだけだ。でも、レノは……」
マルタンはそこまで言って、ぐっと言葉を飲み込んだ。そして頭を振り、改めて私を見つめて口を開いた。
「とにかく、僕が悪かった。謝るよ。もう、レノを羨んで、意地悪したりなんてしない」
本気で怪しまれたかと思ってすごくビビったけど、なんとかなったっぽい。私はマルタンとにこりと笑い合った。……普通に考えて、三歳児が天才だったからといって、前世の記憶があるんじゃないのかーなんて、普通は考えないよね。
でも確かに、変に思われたり、気味悪がられたりはするはずだ。今まではサロメたちが仲良くしてくれていたし、母も特にこれといって気にするそぶりを見せなかった。みんな、おおらかで優しい人たちなのだろう。
ふと脳裏に、悪意ある言葉を吐く、村の大人の声が響く。……でもやっぱり、できることならば目立つ行為は控えた方がいいよね。私は改めてそう思った。
計算問題がひと段落した頃、私は先生に一応、ガスパルとのやり取りの結果を報告した。街に向かう方向で話がまとまったと話すと、先生は渋い顔でため息をついた。
「先生って、街に詳しいんですか?」
「……マルタン。わしがまだ耄碌しておらぬのであれば、君に、勝手に話をつけてこぬようにとお願いしたような気がしておったんじゃが……」
「先生。これは仕方ないことなんです。一度、レノと一緒に一日を過ごしてみてください。気付くと、あっという間にいろんなことが決まっていくんです。口をはさむ余裕もなく、です」
これでも僕ができる最大限の努力はしました、とマルタンが清々しくも胸を張ると、先生は疲れたように眉間を指でもみほぐしていた。
「街って、大人にならないとなかなか行けないところだって聞きました。だから先生がもし街に詳しいなら、少しでも気を付けた方が良いことを聞いておきたいなって思って」
「……分かった、分かった、話そう。だからそう急かさずとも良いじゃろう」
無意識のうちに、先生の方に身体を前のめりにしていたらしい。先生は私の肩を押して椅子に座り直させた。……街行き、勝手に決めたの、そんなにまずかったかな?
「先生。私が街に行くと、まずいんですか? 年齢的な問題ですか?」
「……いや、いや。レノの将来を考えても、悪い話ではないじゃろう。レノが将来、商人になりたいと思うのならば、もっと本格的に打ち込んでも良いかもしれんのぅ」
この村に住んでいる以上、商人になるという夢は叶えられない。ツテもコネもないからだ。だから、もし将来、商人になることを真剣に考えているのであれば、これは千載一遇のチャンスだと先生は言った。
「まだ将来のことなど分からぬかもしれんが……今からそのガスパルとやらの店に潜り込んで、下積みの経験をしておいた方が良いじゃろう。金を貯めて、やがてガスパルの伝手を使って、街に自分の店を開くことが叶うかもしれんぞ」
ふむ、と私は先生の話を頭の中で転がす。別に、商人になりたいわけじゃない。ただ、『私』の現代知識を活かして、左団扇なウハウハ人生を送ることを考えれば、将来的には自分の店を持ちたい。しかもなりたいのは筆頭株主や不動産王といったマネジメント側であって、現場で齷齪働く人間じゃない。なるべく仕事をしない状態で、多くのお金が手元に転がり込んでくるシステムを作り上げたいのだ。
そもそも、私は特別手先が器用なわけじゃない。だから職人には向いていないし、今の身体能力的には一次産業にもあまり向いていない。お金の勘定をするのは嫌いではないから、やっぱり商人が一番自分にピッタリな職業な気がする。それこそ、オリーブとかあるんだから、私がそこそこの年齢になって、この村のことをもっとよく知って、この村の人たちと対等に話せるような立場になれば、オリーブを元にした植物油の産業を立ち上げてもいいかもしれない。私が占有権を持った独占取引にすれば、かなりの利益が見込めるはずだ。
ふふふふ、とニヤニヤ笑いを零すと、先生が不審そうな目でこちらを見た。
「……街、じゃがな。もう知っておるとは思うが、街には魔法使いがおる。それはつまり、それを飼う金持ちがいるということじゃ」
ハッとして、私は石油王ならぬ植物油王になる妄想から目を覚ました。マルタンも真剣な表情で、先生の言葉を一言一句聞き逃さないように前のめりになっていた。
「言動にはなるべく気を付けた方が良いじゃろう。金持ちの中には、魔法使いだけでなく、人間であったとしても貧民であれば奴隷にして良いと思っている者もおる。わしらのような貧民には何の力もないからのぅ、奴隷にする目的で捕まったが最後、もはや諦める他無い。だから、街の人間と関わることがあれば、必ずはっきりと、その商人の知り合いだとはっきりと身分を示した方が良いじゃろう」
えっなにそれこわい。私はぶるりと身体を震わせた。子供だけで行ってはいけないというのは、てっきり遠いとか、街に薄汚れた貧民が入ると石をぶつけられるとか、そういう理由だと思っていた。まさか、人攫いに遭う可能性があるから、という治安的な意味だとは夢にも思っていなかった。
「き、気を付けます……」
私の身体はまだまだ小さい。ひょいと担ぎ上げられて、大きな袋にでも詰められてしまえば抵抗も出来なくなってしまうだろう。何か身の安全を守れるようなものを準備しておかなきゃいけない、と頭の中のメモ帳に書き込んだ。
「先生。例えばもしマルタンが人攫いに捕まったとして、私はどうしたらいいんですか?」
「えっ、僕!?」
「だって、利発そうで、いかにもお坊ちゃんって感じするじゃない、マルタンって。見るからに馬鹿で体力がなさそうな私より、マルタンの方が奴隷の価値、あると思うよ!」
「奴隷の価値があると言われて、喜ぶやつがいると思ってるのか?」
マルタンが眉間に皺を寄せたので、私は慌てて先生の方を向いた。先生はふむ、ふむ、と唸って顎髭をさすった。
「そうじゃのぅ。街の北側にある、騎士団の詰め所へ行くと良い」
「詰め所……」
そんなところがあるのか。もしかすると、ユベールやリュカは、その詰め所から私たちの村にやってきたのかもしれない。あの二人がいるのなら、万が一のことが起こってもきちんと対応してくれそうだ。名前を聞いておいたのはなかなかにグッジョブだったかもしれない。私は自分を褒めた。
「騎士団は魔法使いだったんですね」
マルタンがそう言って、表情を曇らせた。やはり、マルタンにも魔法使い=奴隷の方程式が出来上がっているらしい。そして、その奴隷は人間と別の種族で、あまり歓迎されてはいないというのもヒューゴと同じ反応だった。
「じゃが、あの者らが魔法使いであってくれたおかげで、村の人々は命を救われたんじゃ」
「それはそうですが……まさか、騎士団はすべて魔法使いで構成されているんですか?」
「そのほとんどが魔法使いじゃ。一応、騎士団を取りまとめる役割を持つ人間の貴族がおるが……実質的には魔法使いである者が役目を果たしておる」
「その……危険じゃないんですか?」
「ふむ、ふむ。マルタンの意見はある種、正しい。正しいが……」
先生はそう言って、表情に陰を落とした。
「本来の意味からすれば、正しくない」
「どういう意味ですか?」
何を言っているのか私にもさっぱりだ。マルタンが怪訝そうな顔で先生を見た。先生はふう、とひとつ息を吐いて、天井を見上げた。
「………領主様が見守っていらっしゃる。それはつまり。魔法使いである彼らが暴走することなど、万に一つも有り得ぬこと、ということじゃ」
「……そう、ですか」
マルタンは微妙に腑に落ちていない様子だったが、先生からこれ以上何かを聞き出すことはできなさそうだと判断したらしく、それ以上言葉を重ねることはなかった。
……そういえば、騎士団で思い出したけど。騎士団の人たちは黒い服を着てたけど、あれは制服なのだろうか?
「先生。騎士団の人たちが着ていた黒い服ですけど……あれは貴族の人も着てるものじゃないんですか?」
父の姿を頭の中に描いた。クロードも、御者も、みんな似たようなデザインの黒い服を着ていたはずだ。特に父は質の良いものを着ていたとは思うが、デザインが似ているというのはどういうことなんだろう?
「ふむ……まず、奴隷は基本的に、大した衣を与えられることはない。レノが着ているボロ服よりももっと劣悪なものを着させられることもある。だが、騎士団の者らは違う。あれらは領主様と隷属関係にはあるが、黒の衣を纏う許可をもらっておるのだ」
奴隷の中でもまた身分制度というか、上下社会があるのだと知り、私はこくりと頷いた。
「基本的に、黒の衣は普通の貴族も着ぬ。なぜならば、それは領主様に関わりのある貴族と、その臣下であるという証だからでの。そして、その胸に領地の紋章があれば、それは領主様の一族、もしくはその直属の臣下であるという証だ。紋章がなければ、単純に領主様の城で働く者という意味になる。城からの使いがすべて黒い衣を纏っているのは、そういう理由だ」
ふと、父の使いで来た男を思い出した。戸口に立つ彼もまた、黒い服を着ていたはずだ。
「騎士団の者らは、別の紋章を胸につけておる。騎士団の紋章だ。覚えておるか?」
先生の問いかけに、マルタンは眉間に皺を寄せて首を捻った。マルタンは最前列に並んでいないから、さすがにそこまではよく見えなかったかもしれない。ただ、私の記憶には、そのマークは記憶に新しい。だって、何度もその胸に抱いてもらっていたのだから。超至近距離で見たばかりだ。
「その時は何も思わなかったんですけど、そういわれれば確かにそういう紋章がありました」
ユベールにもリュカにもあった。となれば、他の騎士団のメンバーの左胸にもあったはずだ。
「つまり、黒の衣を纏っている者たちには、領主様の紋章と、騎士団の紋章、もしくは何もない、という三種類の身分の者がいるということですね?」
マルタンが簡単にまとめてくれた。その通りだ、と先生が頷くのを見ながら、私は記憶を探った。だが、なかなか思い出したい記憶とは巡り合えない。父やその周辺の人たちが黒い服を着ていたのは覚えているが、胸元の刺繍まで覚えてなどいないのだ。歯がゆい思いをしながらも、次父が来た際には、きちんと見ておこうと思った。
そう。次、来た時こそは。……だが、それがいつになるかは、全く予想もつかなかった。




