第32話 魔法使いについて
翌日。
本来なら今日は普通に農作業の日だったのだが、昨日のこともあり、今日は一日お休みの日になった。みんなで広場を修復しなきゃいけないらしい。また、明日は森へ行き、獣たちの様子を見ておきたいとのことで。急遽明日は狩りの日ということになり、男たちは英気を養うことになった。
せっかくのお休みの日なら先生のところでお勉強をしたかったが、まだ足の調子が良くない。母も心配の気持ちでいっぱいらしく、私から目を離したらまた私が魔獣に襲われるかもしれないと思っているのか、定期的にちらちらと心配そうに私を見ていた。
ということで今日は降ってわいたお休みということもあり、かねてから依頼していた家具の修理を村の男手にお願いすることにした。母が一人で家にいる時に依頼するより、ずっと良い。ひとつ屋根の下に男女が二人きりになったら、何が起こるかなんてわからないからね! 母さん、美人だし! ちゃんと見張ってないと! 有事の際にはきちんと対応できるように私も槍の練習させてもらおうかな!
「え? あれ? ヒューゴ? サロメも?」
「よぉ、元気か?」
「もう足は大丈夫なの?」
名前も知らない村の大人の男性が一人、二人と扉から入ってきているのを椅子から眺めていると、次に入ってきたのはヒューゴで、その次はサロメだった。私がきょとんとしていると、二人は私に駆け寄ってきた。
包帯が巻かれた私の足を見て、サロメが痛々しそうな顔をした。
「包帯、替えるわね」
「あ、いいよそんな。わたし、自分でできるし、」
「いいから。怪我人は黙って大人しく看病されるものよ」
有無を言わさずサロメがテキパキと包帯を替えてくれた。捻挫に効く薬を足首に塗り直してくれる。ぼんやりとそれを眺めていると、扉から最後の一人が家の中に入ってきた。
「……あれ? ロジェ?」
「ああ。レノちゃん。久しぶりだね」
私の呟きを聞きつけ、ロジェがにこにことこちらへやってきた。少し腫れている私の足首を眉根を下げて見た後、私の頭をぽんぽんと撫でてくれた。
「昨日は大変だったね。でも、レノちゃんが無事でよかったよ。この程度のケガで済んだのは、本当に奇跡みたいなものだから……そういえば、マルタンとは仲良くやってる?」
「はい、仲良くさせてもらってます」
「気難しいところがある面倒な子だけど、悪い子じゃないからさ。これからも仲良くしてやってほしい」
ロジェはまるでマルタンのお父さんみたいなことを言ってきた。その大人びた風貌も相まって、本当に若いお父さんにしか見えない。
その後、ロジェはほかの男連中に混ざって竈の修理をしてくれた。その手元に緑色のねちゃねちゃのなにかを持っていたのでウワ……と思ったのだが、そういえばアレはヌーロの木にくっついていた芋虫なのだということに気付いた。リモロという名前だっただろうか。本当に家具の修理に使うのか、と私は感心しながらそれを眺めていた。
「こういうの、私じゃうまくできないから……本当に助かるわ」
母がそう言って、全員に飲み物を配る。途端に男たちの鼻の下が伸び、母にニヤニヤとした視線が浴びせられる。
それを目のあたりにした私はとんでもなく苛立ったが、ここにはサロメもヒューゴもいるのだ。万が一何か、例えばセクハラ的なお尻タッチとか、指一本でも下心を持って母に触れたら即座にここから叩きだしてやろう。そういう気概でプールの監視員のような目で周囲を監視していると、飽きてきたらしいヒューゴがボヤいた。
「俺、外で槍の稽古してていい?」
「ヒューゴはレノの看病をするからって、広場の修復の方へ行かなかったんでしょう? 約束が違うわよ」
「だって俺、早くあの騎士団みたいに強くなりてーんだもん」
「ヒューゴったら、昨日からそればっかりね……」
どうやら私がいなくなった後、配給の関係で一度子供たちが集まったらしい。荷運びの頭数として駆り出されたらしいが、その時にみんなで騎士団のことを話していたらしく、ヒューゴは騎士団のかっこよさで大興奮していたらしい。
その反面、ジョルジュとサロメは、魔獣がまた出てこないかと落ち着かない気持ちになっていたそうだ。だが、そのたびにサロメに対してはボーモンが、もし魔獣が出たら僕が守るよ、としつこいくらい言ってきたらしく、サロメはうんざりした様子で話を聞かせてくれた。
リアムも同じように魔獣にビビってサロメの裾を離さなかったらしいが、マルタンだけは何か考え事をしているようだったとサロメが言った。
「レノも足が治ったら、俺と槍の稽古するだろ?」
「どうしてレノがそんなことをしなきゃならないのよ」
「だって、レノが鈍臭いからあの魔獣に襲われたんだろ? だったらちゃんと逃げられるように訓練しなきゃいけねーだろ」
「レノのことは俺が守るって、昨日はどこかの誰かさんが息巻いていたような記憶があるんだけど?」
「うるせー! サロメは黙ってろ! 余計な事言うんじゃねーよ!」
ヒューゴの顔が赤くなった。私はこてりと首を傾げた。
「わたしのこと、ヒューゴが守ってくれるの?」
魔獣は人間には倒せないんじゃなかろうか。後からの努力で、魔力って身に付くのだろうか? 私が頭に疑問を並べていると、ヒューゴがぎろりと私を睨んだ。
「とにかく、レノは槍の稽古だ」
「ダメよ。レノはお裁縫をしなきゃ。あんな腕前じゃ、お嫁さんに行けなくなっちゃうもの」
私は早く山に行って使っちゃった薬草を補充したり、キノコを採る練習したりしたいんですけど……。私の都合や希望をガン無視したサロメとヒューゴの口喧嘩は、その場で結構長い時間続いた。
すると、それを宥めるように、ロジェがやってきて、声をかけてきた。
「そうだ。レノちゃん。マルタンが呼んでいたよ。先生のところに一緒に行かないかって」
「え! 行きます!」
「ダメだ!」
「ダメよ!」
脊髄反射で答えると、ステレオのように両側から完全否定された。でも行きたいもん。このまま家の中にいても暇だし。足が使えないなら上半身を使えばよかろう。もうそろそろ椅子の修理も終わるので、この家から男連中もいなくなるだろう。そうすれば私は心置きなくこの家から出られる。ただ心配事はひとつあった。
「母さん、出かけてもいい?」
未だに心配そうに私をちらちら見ている、母のことだった。外出を許してくれるのか微妙なラインかもしれない。予想通り、母はあまり良い顔をしなかった。
「まだ足は治ってないのよ? 先生のところまで歩いていくのは無理じゃない?」
「あ、良かったら俺、負ぶっていきますよ」
ロジェ、神じゃん! 私がキラキラした目をロジェに注いでいると、ロジェはその視線に気付いて苦笑した。自警団の一人であるロジェが来てくれるなら、大抵のアクシデントには対応できるだろう。母もそう考えたらしく、しぶしぶと言った様子で許可を出してくれた。
「ちょっと、レノ! ダメよ、あなた、裁縫の腕前がどれだけ酷いものか、自分で分かってるんじゃないの?」
「バカレノ! 足首くらい、なんだ! そんなことより、槍の稽古だろ! そんなんじゃ一人前になれねーぞ!」
二人にぷりぷりと怒られたが、どちらも理不尽なお説教なので右から左に聞き流す。三歳児に嫁入りのための勉強をさせないでほしいし、ヒューゴに至っては足の怪我も治ってないのに無理な話だ。私は涼しい顔でロジェの背中に負ぶさり、一緒に先生のところへと向かった。
先生の家へ到着すると、すでにマルタンと先生は席についていた。ロジェに椅子に降ろしてもらうと、また日暮れには迎えに来るよ、と言ってロジェは出ていった。
「レノ、足の具合はどう?」
兄が出て言った途端、マルタンはそう言って椅子から立ち上がり、心配した様子でこちらにやってきた。隣に座る先生もその場にしゃがみこんで、私の足首を診てくれた。
「捻っただけだし、一応以前に先生に打撲とかに効くって教えてもらった薬を作って塗ってるから、あとは日にち薬かなって思うんだけど……どうですか?」
包帯を外して患部を診ている先生に尋ねると、先生はふぅむ、と唸った。マルタンがじっと見る中、先生はカサついた手で私の足を手に取った。そして腫れているところをまじまじと見たり、足首を動かして私が痛む角度を調べたりしていた。まるで接骨院とか、整形外科でやられるのとおんなじ診察方法だったので、私は先生の有能っぷりに内心驚いていた。
「レノの言う通り、きちんと処置されておる。あとは日にち薬じゃな。とにかく安静にすることじゃ」
無理をすればよくなるのもそれだけ遅くなるからの、と先生が告げると、マルタンはほっとしたように胸を撫でおろしていた。マルタンが自分の席に戻るのを見ながら、私は先生に尋ねる。
「先生って、怪我とか病気の診断もできるんですか?」
「いや、いや。原因が明らかなものであればわしにもわかるものがあるというだけでの。本来は慰者の仕事じゃて」
「いしゃ?」
医者とはなんだか発音が違うように聞こえた。わたしが首を傾げて言葉を繰り返せば、先生はこくりと頷く。
「この村にはおらんが、街に行けばおる。癒者というのは、魔力で傷や病を治す者のことをそう呼ぶのじゃ」
先生曰く、魔力だけでなんでも治すこともできるが、それは魔力を膨大に必要とするので現実的な治療方法ではなく、普通は薬草等と併用するらしい。魔法使い同士であれば本人の体内にある魔力を活性化させて治療速度を速めることができるそうだ。なんて便利な存在なのだろうか。
「相手が人間だとそんなに大変なんですか?」
「人間には魔力がない。よって、魔力を活性化させることはできぬ。つまりは癒者の持つ魔力で相手の傷や病を治療せねばならんことになるのう。つまり、魔法使い相手よりもずっと魔力が必要になってくるんじゃ。だから、普通は金持ち相手にしか仕事をせぬ。わしらでは癒者を雇うような大金など、到底支払うことはできんからのう」
万が一癒者の力を借りることでしか延命できないような状態になれば、それが貧民にとっての最期となる。お金がない者の末路は、大抵そんなものだ。
だが、先生は言った。金持ち相手なら癒者は仕事をするのだと。田舎な村から飛び出して、例えば街にでも出てみれば、もっと見える景色が違うのかもしれない。新しい知識もたくさん増えるだろう。
「それにしても、どうして魔獣はレノを襲ったんでしょうか」
マルタンは難しい顔をして、先生に聞いた。
「私が鈍臭かったからじゃないかな」
「ふぅむ……魔獣は基本的に魔素を食べる生き物じゃ。簡単に言えば、魔力を食べているようなものでのぅ。だから人間の地には普通は訪れぬ」
私の言葉を完全にスルーして、先生が顎髭をさすって考えながら話し出した。
「魔法使いである騎士団が来たから、その魔素を追って魔獣が出たのではないかと考えることもできるのぅ。だが、だが。レノを執拗に追い回した理由が分からぬ。普通、魔力のある人間が近くにいるのならば、そちらを先に追うものじゃ。あの時、魔獣からレノが遠ざかった後、騎士団は魔獣のすぐそばにおった。にも関わらず、魔獣はなぜかレノだけを執拗に獲物としておった。……そこが分からんのじゃ」
「騎士団の人より私の方が食べやすかったから、じゃないですか?」
「レノはあの時、騎士団のうちの一人に助けられておったはずだ。となれば、レノを丸飲みしようとしても、そやつを倒さねばならんことは魔獣であったとしても分かるはずでの」
先生の言うことは筋が通っている。私が鈍臭いから狙われた説は薄いらしい。でも、そうなるとほかに理由が思いつかない。
「あと考えられることなんて、無くないですか? 例えば私に魔力があって、魔獣はそれを狙ってたとしたって、騎士団の人たちを無視して私を襲おうとする理由が思いつかないですよ」
魔獣が近寄ってくるようなフェロモンが出てるとか? でもそうだったら、もっと頻繁に魔獣が出てきてもおかしくないんじゃないかな? システムが全然分からないから、自分の考えが見当違いなのかそうでもないのかさえも分からず、私はうーんと唸った。
「レノに魔力なんてあるわけないじゃないか」
マルタンが呆れたように言った。自分で言っておいてとは思うが、他人から聞かされるその言葉にドキリとした私は、拗ねたように見せかけながら先生に問いかけた。
「魔力があるとかないとか、一体どうやってわかるんですか?」
魔力判定装置とか、あるんだろうか。それで測ったら、魔力があるとかないとかバレちゃうとか。……もしそんなものがあると、かなりマズい。内心ドキドキしながら先生の言葉を待っていると、先生はすんなりと私の疑問に答えてくれた。
「そもそも人間からは魔力を持つ者は生まれぬ。それは逆説的に、魔力を持つ者からは魔力を持つ者が生まれるということじゃ」
「ふーん?」
私はなるべく動揺しているのを見せないように、感心が薄そうな相槌を打った。
……少なくともこの村に魔法使いはいなさそう。ということは、生まれてくる子供たちもみな、魔法使いではないということだ。
じゃあ、私はどうなんだろう? 母さんは人間のはずだし、父さんの両手にも銀色の腕輪があるところなんて見たことがない。
ちらりと母の足環が気になったが、なんとなくここで気軽に口に出して良いようなことじゃないように思い、口をつぐんだ。そして同時にふと疑問がわいた。
「あれ? 先生、じゃあハーフは?」
「ハーフ?」
「ええっと。人間と魔法使いの子どもはどうなるんですか?」
「……君という子は、鋭いというか、なんというか」
先生は嫌そうな顔をして私を見た。気付いてほしくないところに気付いたな、という顔だった。……だって、もし母さんの足環が魔法使いの証拠だったら。私、ハーフになるってことだよね?
魔法使いなのに奴隷じゃない時点で、母はかなり特別な存在になる。貴族の愛妾だから、何か特別な待遇を受けているとか? だから手首に輪っかではなく、足環なのかもしれない。そう考えれば色々辻褄が合ってくるような、
「……可能性としては、五分五分じゃ。どちらが生まれてくるかは分からぬ………だから基本的に、人間と魔法使いとの婚姻は認められておらぬ」
「ふーん……あ、え!? 認められてないの!?」
「レノは世間知らずだから知らなかったかもしれないが、領主様が禁じていらっしゃるんだ。種族が別だと、生まれてくる子供もあまり幸せな未来を描けないからな」
ぽかんとした顔をすれば、マルタンはひとつため息をついた。
「そもそも魔法使いは奴隷だ。奴隷と婚姻関係を結ぼうとするやつなんて普通はいない。そもそも、そんなことは禁じられているんだ。奴隷は奴隷同士。人間は人間同士結婚する。そういう決まりだ」
先生とマルタンの言葉がじわじわと脳に染み込んできて、私は青い顔になった。




