第31話 魔法使いは『奴隷』
ぐん、と重力を感じた。すごい勢いで視界の中の風景が動く。重力が安定したと思えば、広場の端にいるのだと分かった。
「クソ! なんだってこっちばっかり狙ってくるんだ!」
男性が悪態をついた。やっと私の頭がゆっくりと正常に動き出す。恐る恐る振り返ると、そこにはさっきのライオンが騎士団の人たちをなぎ倒しながらも、こちらに向かっているのが見える。槍や剣で何度も刺されて血を流しているのにも関わらず、こちらに向かうことを第一にしているようだった。
「こっちというか……俺? いやいやそんなはずは……。そうなると、……いやいや、それこそまさか」
ぶつぶつと独り言が呟かれる。私は呆けたようにライオンと騎士団が戦う様子を眺めた。黒い服を着た騎士団の人たちは、まるで狩りの日の男たちのように槍や剣を持って、獣と戦っていた。一人一人持っている武器は違うみたいで、長い槍を持つ人や、剣を持つ人、少し離れたところで弓を放って援護する人がいた。それぞれ隊形を組み、足並みをそろえて攻撃している様は、鍛えられた軍隊を髣髴とさせる。
ただ、不思議なことに、騎士団の人々が持つ武器はそれぞれ少し光っているようにも見えた。……いや光っているというよりかは、あれは燃えてないか? あっちは切り口が凍ってないか? あれは剣先が今届いてなかったのに風圧か何かで斬れてないか?
トンデモ攻撃に目を瞬かせていると、ぐいと抱き寄せられた。驚いて男を見上げると、男は釣り目がちな青い瞳をこちらに向けていた。
「物珍しいのは分かるが、あまり身を乗り出さないでくれ。お姫様を落としたらコトだ」
「……あ、あの。もう、ここなら大丈夫です。降ろしてもらって。お兄さんも戦いに参加しますよね?」
ありがとうございました、とお礼を言うと、男はクックッと笑う。再び男は私を抱えなおし、ぎゅっと抱き寄せてきた。
「あ、あ、あの?」
「ダメだ。あれはまだ、アンタを狙ってるからな」
「わた、わたしを!?」
ぎょっとして声を上げると、男はやれやれとため息をついて頷いた。
「何故かは分からないが、どうやらアレはディナーをアンタに決めたまま、変えるつもりは無いらしい。咄嗟の時にアンタじゃ避けられないだろ? 俺と一緒にいた方が良いと思わないか?」
頭の中に先ほど眼前まで迫っていた牙を思い出し、ぶるりと身体を震わせた。私は青くなって、改めてがっちりと彼の身体にしがみつく。先ほど、この男はめちゃくちゃなスピードであの広場の中央からこの端まで移動したのだ。頼りにはなるが、何があっても振り落とされないようにしないと。
「お兄さん、名前は?」
「俺か? 俺はユベールだ」
「じゃあ、ユベールさん。私はレノといいます。どうかよろしくお願いします、守ってください」
死にたくない。私がハッキリそう言うと、ユベールはそりゃそうだ、と頷いた。
「安心しろ。そろそろフィナーレだ」
ユベールの言葉につられて、ライオンの様子を伺った。騎士団がライオンを囲み、一斉に攻撃を仕掛けている。ライオンは追い払うように騎士団へ体当たりをしたが、身体に次々と傷を作っていった。しかしどうしてか、ライオンは一向に倒れない。ぽたぽたと血を流し、苦しそうな雄たけびを上げながらも、騎士団の人たちに噛み付こうと突進し、まるで交通事故のように何人かを跳ね飛ばしている。
「……どんだけ頑丈なんだか……仕方ない。レノちゃん、しっかり掴まってろよ」
言われた通りに手に力を込めると、私を抱く片腕の力も強くなった。ふと気付くと、ユベールの右手には大きな剣が握られていた。湯気のようにオーラが沸き立っているのが見える。
「行くぞ!」
「はいっ! ……はい?」
勢いに任せて咄嗟に返事してしまったが、行くって、まさか。ぐん、とまた重力を感じた。と思ったら、目の前にはライオンさん。先ほど私がご対面した時よりも、ずっと凶悪な形相になられていらっしゃった。
私が近くに来た途端、ライオンはさらに狂暴化した。騎士団を振り払い、こちらに突進してくる。
「悪いが、終いだッ!」
構えたユベールの剣が振り払われる。ライオンと私たちには多少の距離があったが、ユベールの剣から斬撃が出て、そのままライオンの鼻っ面に当たった。ぷしゃりと血が溢れ出す。鼻先から胴体までが、ほとんど真っ二つになったのだ。その威力に震え上がったが、それでもライオンが苦悶の声を上げて動いたので、もう泣きそうになった。
「はあぁっ!」
その瞬間、大きく跳んだ男性が、上から剣をライオンの首に振り下ろす。今度はカッと白く光り、思わず私は目を閉じた。
その後の静寂に恐る恐る目を開けると、ライオンの首と胴体は真っ二つに分かれていた。
「ユベール、今のはなんだ?」
「さあ。俺も分かりません。いつものようにやっただけなんですけど」
ライオンにギロチンした男が、こちらを向いた。こげ茶の髪をさらりとかき上げて、こちらを睨んでいる。聞いたことのある声だ。多分、サーラおばさんたちと前回も今回も儀式を執り行った、騎士団の中でも偉いっぽい人のはずだ。
男性は、青年というよりかは少年という呼び名が正しいような容貌をしていた。サーラおばさんと同じくらいの身長で、ユベールの側に立つとより小柄に見えた。だがその風格は堂々としていて、睨む眼光の鋭さは少年のそれとは思えないほどだった。すぐそばにいるユベールに向けられた鋭い視線に、私は思わず背筋を伸ばして固まる。
「隊長。お嬢さんが怖がってますよ」
私の様子に気付いたらしいユベールが、ぽんぽんとあやすように私の背中を叩く。完全に赤ちゃん扱いされている。
隊長と呼ばれた少年は舌打ちをして、少しだけ眼光を緩める。
「君、怪我は?」
少年は、私の顔を見るためにライオンの上からぴょんと跳んで、こちらにやってきた。イケメン率にビビり散らしていると、少年は私の身体を上から下まで観察して、眉をひそめた。
「大きな傷は無いようだが、打撲をしているな。足を捻らなかったか?」
脱兎のごとく逃げ出す大人たちにもみくちゃにされた時の記憶が蘇る。あの時に捻ったといえば、捻った。そう言われると痛みを思い出したかのように、足首や膝、腰あたりがジンジンと痛み出した。
「ま、あんな大型に狙われて、ケガがほとんどなかったっていうのを喜ばないとな。俺たちがいなきゃ、今頃アンタはあのデカブツの腹ん中さ」
ユベールはそう言って肩を竦めた。ユベールの言う通りだ。周囲を見ると、ケガをした騎士団の人たちは互いに治療をしあっているようだったが、その中に村の人たちの姿はなかった。ここと反対側の端の方に固まり、青年団の人たちが村人を守るように立っているのが見える。騎士団のみんなが命懸けで戦ってくれたから、被害はほとんど出てないのだろう。
「……ユベールさんは、命の恩人です。本当にありがとうございました」
顔を上げてユベールを見つめると、ユベールはきょとんとした後、照れたように顔をそらしてガシガシと頭を掻いた。
「いや、なんだ。本当にそんな風に言われるなんて……ったく、子供ってのは考えもんだな」
「……? わたし、何か変なこと、言いましたか?」
「俺たちゃ魔法使いだぜ? 隊長のリュカも、だ。騙されたーって罵られることくらい、覚悟してたんだが」
「ああ、そうか。さっき魔獣って言いましたもんね。魔獣っていうのはよく出るものなんですか?」
さっきのデカくて強くてなかなか死なない獣が、魔獣。魔獣は魔法使いにしか駆除できないのかもしれない。あれだけ凄そうな魔法的な攻撃を叩きこまれてもなかなか死ななかったのだから、ただの人間に太刀打ちできそうには全く思えない。
「いや、魔獣は滅多に出ないよ。魔獣が出るようなところは魔素に満ちていて……とにかく、こんな人間しか住んでない土地に出てくるなんて、普通はあり得ないことなんだ」
たまたま騎士団が来たタイミングでの出現だったために難を逃れたが、騎士団の方も魔獣討伐用の装備をしていない。そのため、今回はかなりてこずってしまったらしい。
「じゃあ本当に運がよかったんですね。ユベールさんや隊長さんが来てくれてて、本当に良かったです」
これなら私が干し肉やクッキーを手放した気持ちにも納得がいく。ぜひとも今からご馳走を支度してあげたいくらい、それはもうめちゃくちゃに感謝している。ニコニコしていると、ユベールは怪訝そうな顔で私を見つめた。
「……レノちゃん、本当に何も思ってないのか?」
「え!? 感謝してるって言ってるじゃないですか! 聞いてなかったんですか?」
「違う、そうじゃなくて……。あー……。……君がこのまま真っ直ぐ育ってくれることを祈るしかないな」
「待て、ユベール。腕を見せろ」
なんとも言えない顔で私を見つめていたユベールに、リュカの鋭い声が飛んだ。リュカは私を抱き上げていない方のユベールの手を掴んだ。
「…………」
「…………」
私は二人と一緒になってユベールの手首を凝視したのだが、特に何も不審なところはなかった。それでも、二人は険しい顔をしてその手首を凝視している。二人には私に見えない何かが見えているに違いないと確信した時、ふと気付いた。ユベールの腕を掴むリュカの両手首には、銀色の腕輪がついていた。頑丈そうで、ともすれば金属でできた手甲のようにも見える。
……あれ? そういえば、同じものを収穫祭の時にも見たような。彼の手首に、銀色に光る何かを見た記憶がある。銀輪、なくしちゃったのだろうか。二人はそれに気付いて、こんなにも怖い顔で沈黙しているということは、かなり大事なものだったに違いない。そこまで考えたところで、ユベールが重たい口を開いた。
「儀式が始まる頃まではあった。それは覚えている。だが戦闘が始まってからのことは覚えていない」
そんなことを気にして戦うわけがない。ユベールの言葉を聞いてもリュカは黙ったままだったので、私は慌てて口をはさんだ。
「あの、何か落としたんですか? 良かったら、探しましょうか? 多分、私を助けてくれた時に落としたんだと思います。きっと広場にはあるでしょうから……」
そこでリュカは初めて私の存在に気付いた、みたいな顔でこちらを見た。どうやら思考に没頭していたらしい。困ったような顔を引き締め、隊長としての顔つきになった。
「その必要はない。今聞いたことは全て忘れるんだ、いいな?」
「でも……」
「君には関係のないことだと言っている。騎士団隊隊長が命じている。聞けないというのか?」
リュカの厳しい声音に、私は再び背筋をピッと伸ばした。
「す、すみません! 了解しました!」
私が赤べこのようにカクカク頷くと、リュカは踵を翻して騎士団の人たちがいる方へと向かっていった。ユベールはぽりぽりと頬を掻く。
「まあ、なんだ。アイツも悪いヤツじゃないんだが、立場上色んなしがらみに縛られていてな。お嬢ちゃんの気遣いは嬉しいが、こちら側の事情はこちら側で解決するってことだ。気を悪くしないでくれよ」
「い、いえ、出しゃばったのはわたしですので……」
「……レノちゃん、さっきから気になってたんだが、何歳なんだ?」
「三歳です」
「……………詐欺だ」
その後、私は無事にみんなのもとへ戻った。捻った足首が痛むためにびっこを引いて歩こうとすると、むすっとした顔のヒューゴが私の背中に負ぶっておくれた。
「レノちゃんのこと、よろしく頼むよ。小さな騎士くん」
ユベールがそう言って、ヒューゴの頭をぽんと叩いた。もう一度お礼を言うと、ユベールはひらひらと手を振り、こちらを振り返ることなく騎士団の人たちがいる方へと向かって歩いていく。
騎士団の人たちはすでに皆フードをかぶっていて、ユベールもフードをかぶってその中へと混じってしまえば、誰が誰だかあっという間に分からなくなってしまった。
「……本当に魔法使いだったのね」
「……初めて本物を見たよ」
「……恐ろしい」
「……混じっているとは思ってたけど、まさか全員とはねぇ」
「……いいじゃないか、獣同士をぶつかり合わせるんだから」
「……それはそうだけど、いつ何が起こるかなんて、分かったものじゃないわ」
ぼそぼそと、また声が聞こえてきた。今度こそ私は声の方を振り向く。そこには村の大人たちが、当然のように蔑んだ視線を騎士団に向けていた。荷馬車を引いて騎士団がその場を去る時も、恭しく首を垂れてはいたが、皆、白い眼を向けていた。
すぐにその場は解散となり、女性陣はライオンの解体のため残ることになった。狩りの日みたいに解体したお肉は各家庭に配布されるらしい。本当は母に負ぶってもらおうかと思っていたのだが、姿が見えない。きっとライオン解体の方に参加しているのだと思い、ヒューゴに家まで送ってもらうようお願いした。
「ごめんね、ヒューゴ。重たいよね」
「はっ。シューベールを籠一杯にして背負った時の方が大変だったっつーの」
冬キャベツより軽いのだと言外に言われて、私は少し気分が良くなった。よしよし、とヒューゴの頭を撫でると、ヒューゴは鬱陶しそうに頭を振った。
「……でも、どうしてみんな、あんなひどいこと言うんだろうね」
大人たちの白い目が、嫌な言葉の数々が、頭から離れない。命を救ってもらっておいて、あの言い草は無いだろう。私が憤慨すると、ヒューゴはため息をついた。
「しょうがないだろう。『魔法使い』なんだから」
『魔法使い』なんだから、あんなことを言われたり、白い目で見られるのは仕方ない。
ヒューゴがそう、あまりに当然のようにそう言うので、私は思わず口ごもった。
ユベールたちから直接そうだと聞かされた時は、魔獣に襲われて命の危険もあって頭の中がパニックになっていた。だから、ちゃんとそれがどういう意味なのかは考えられなかった。
魔法使いは奴隷。
だから差別されるし、同じ人間としては扱ってもらえない。それが領主に仕える騎士団だったとしても、魔法使いだと分かった時点で、軽蔑される。
ヒューゴのおかげで、私はやっと先程のユベールの反応を理解した。……奴隷に対してお礼を言ったり、礼儀正しく接する人など、普通はいないのだ。
私は本当の意味で、『魔法使いは奴隷』という状態を、理解していなかった。そりゃヤバいな、というくらいでしかなくて。本当に奴隷扱いされるというのはどういうことを意味するのか。それを初めて、身近に感じた。
「……魔法使いが奴隷っていうのは分かるよ。でも、他に何か問題でもあるの?」
奴隷であっても、命を懸けて魔獣と戦ってくれて、私たちを守ってくれた。それに対しては普通に感謝したっていいじゃないか。そう思っての言葉だったのだが、ヒューゴは私を背負いなおしながら、小首を傾げた。
「レノはほんとになーんも知らねーんだな。仕方ないから教えてやるよ……魔法使いってのはさ、俺たちとは違う生き物なんだ。すごい力を持ってる、危険な生き物なんだよ。だからそれを制御するために、領主様が魔法使いっていう生き物には必ず腕輪をさせているんだ。それが制御装置になるって。それさえあれば、魔法使いが我を失って暴走したり、むやみに悪いことをしたりしなくなるんだって」
「……なに、それ」
ヒューゴはいつものように、常識を知らないチビに知識をひけらかせるように言った。それはまるで、私が川の日ってなあに? と言った時と同じような反応で。しかしその内容は、私にとって、衝撃的な内容だった。
銀色の腕輪は全部、魔法使いの証で。
魔法使いは存在を危険視されていて、同じ人間だと思われていなくて。
私にとって、少なくともあの御者人や、ユベールやリュカは、普通の人だった。魔法を使われるその瞬間まで、村の人たちと、何かが違うようには全く見えなかった。
ふと、ユベールの銀輪が片方、なくなっていたという話を思い出した。あの時のリュカの厳しい顔。あれは、制御装置を失ったからこそ、あんなに険しい表情をしていたのだとすると、確かに納得がいく。
だが恐ろしい事実がここにもあった。制御装置を片手分なくしているユベールには、全く異常が見られなかったということだ。我を失って暴走するような様子など一切なかったし、最後まで私を守り続けてくれていた。
「……わたしは良い人だと思ったよ、ユベールさんのこと」
「でも『魔法使い』だろ? そうじゃなかったら良い人なんだろうさ。俺も、あいつらは『魔法使い』だったけど、騎士団とあの魔獣の戦いはかっこよかったって思うぜ! 槍をこう、ガッと!」
「ちょっとヒューゴ! 落ちる!」
「っと、悪い悪い」
思い出したら興奮したらしいヒューゴが唐突に片手を離しやがったので、私はびっくりしてヒューゴにしがみついた。ヒューゴはよろけながら体勢を持ち直す。
「そんなことよりさ。レノムシ、お前が鈍臭いのは知ってたけど、まさかあそこまで鈍臭いとは思ってなかったぜ。あの魔獣に狙われたのも、お前が一番食べやすかったからだろ?」
ヒューゴの辛辣な言葉に、ウッと思わず呻いた。一目散に逃げていく人たちに取り残されてその場に立ち尽くしている子供がいたら、お腹が空いていたらそりゃあまずそれを食べるだろう。
「でもどうしてそのあとも私を追いかけてきたんだろ……」
「さあ……一度決めた獲物は最後まで追いかける、とかそういうことなんじゃねーの?」
そういうヤツもたまに森にいるらしいぜ、とヒューゴが言った。平然とヒューゴがそう言ってのけるので、そういうものか、と私も納得した。
「そんなことより、こんなとこに魔獣が出た方が問題だって。母ちゃんたちも大騒ぎしてたぜ。魔獣は魔法使いじゃねえと倒せねえからな。俺たちの武器じゃ、全然効かないんだって父ちゃんが言ってたんだ。万が一また出た時に、このままだとなんにも対応できねーからなあ」
「でも、この村には魔法使いなんていないよね? どうするの?」
きょとんと首を傾げれば、ヒューゴはため息をついた。
「ないなら買うに決まってるだろーが。レノムシ、あの魔獣に頭ん中を食われちまったのか?」
「買う……?」
何か魔法道具的な武器があるのだろうか? 人間でも魔獣を倒せるようなグッズとか? それとも、魔獣を寄せ付けない置物とか。もはや完全に害虫スプレーみたいなのを想像して思いを馳せていると、ヒューゴが馬鹿にしたように言った。
「買うんだよ、『魔法使い』を」
「は……?」
「ただ母ちゃんも言ってたけど、誰の家で飼うとか、問題はそういうところなんだよな。みんなの共有物にしなきゃならねーだろうし。とにかく金がかかるんだ。どの家も『魔法使い』なんて家の中に入れたがらねーし……困ったもんだぜ」
そんなペットを飼うみたいな話をするなんて、何を言ってるんだ? 私が困惑してその意味を尋ねると、ヒューゴも訳が分からないという顔でこちらを振り返った。
「『魔法使い』は奴隷だろ? 言ったじゃねーか、そういう生き物だって。街に行ったやつに聞いたんだけどさ、街じゃ『魔法使い』がたくさんその辺を歩いてるらしいぜ。使い勝手が良いから、金持ち連中が買い漁ってるんだってよ。街には『魔法使い』用の薬問屋があって、定期的にそこで薬を買って、飲ませなきゃいけないんだって。じゃないと『魔法使い』が暴走する可能性もあるから、飼う時は絶対に薬も買わなきゃいけないって領主様が決めてるんだよ。で、それに金がかかるから、困ってるんだよなぁ」
ヒューゴによれば、貴族にも、魔法使いを飼っている人がいるらしい。むしろ、何人魔法使いを飼っているかがステータスになっている節まであるとのことで。父が連れていた御者も、恐らくは父の持っている奴隷の一人だったということだろう。
ただ、街にいる魔法使いには、それぞれ金持ちの主がいるということだった。普通、貴族であれば家の中で飼うものらしいが、外で働かせている時点で、ほとんどが平民の金持ち連中の奴隷の証ということだった。
……まさに、気分の悪くなる話だった。
川の日に使った、あの不思議な力。あれ以来、自分の中に、あの日と同じような力の流れのようなものを感じることはない。だから魔力があるのだとバラしたくてもバラしようがない状態なので助かるのだが、魔法使いであるかないかということを大した問題ではないと考えているのは自分だけだというのは、さすがの私にも分かる。
魔法が使えることは、絶対に誰にも話していけない。魔法使いは奴隷で、騎士団という地位ある人間だったとしても、村の人たちからは軽蔑されて当然。これは、これ以上ないほどに重い現実だった。
口数が減った私をヒューゴは心配していたが、疲れたみたいだと話せば、しっかり休めよと言って帰っていった。
びっこを引きながら戸棚にある薬草を取り出して患部に張り付けたりして、自分で怪我の処置をしていると、やがて母が帰ってきた。
「レノ!」
荷物を放り出して、母は勢いよく私に抱き着いた。椅子に座ってちょうど処置が終わったタイミングだったので、私は目を白黒させながら母を見た。
「か、母さん、今私薬草臭いよ? 大丈夫?」
「大丈夫なわけがありますか……!」
え、やっぱり臭いんじゃん! と慌てたが、母の肩が小刻みに揺れているのを見て、私は逆に冷静になった。……あの母さんが、私を心配しないはずがないよね。
ユベールに助け出された後、すぐに母が駆け寄ってきてくれなかったことに、多少は寂しさを覚えてたのは事実だ。私に駆け寄ってきたのはヒューゴであり、サロメだった。
もちろん、母は母でやきもきしていたのだと思う。よそ者である母は気を遣って、私がいた場所よりずっと遠くに並んでいたのだろう。魔獣が出て、パニックになって、私が襲われて、助けられているところを見て。でも村の人間として、ライオンの解体や食料の再配布を手伝わないわけにもいかなくて。
母はぎゅっと私を抱きしめた。私はそっと母の背中に手を回し、宥めるように優しくさすった。
「大丈夫だよ、母さん。わたし、ちゃんと生きてるよ。母さんは大丈夫だった?」
「母さんのことはどうだっていいのよ、そんなことより、レノが……」
「大丈夫。助けてもらったし、もう怪我の手当もしたよ」
黒い長い髪が、さらりと揺れる。あまりケアをしていないからか、ちょっぴり傷んでいる、母の髪。私はそれを、手櫛で梳いた。
「ごめんね、すぐ助けてあげられなくて……まさか、あんなことになるなんて……」
ゆっくりと身体を離して、母が言った。母の青い瞳が私を見た。眦が少し赤くなっている。本当に心から心配してくれたのだろう。私は母の言葉に苦笑した。
「あんなの、誰にも予想できないよ。わたしだって、こわくて、全然動けなかったもん。騎士団の人がいて本当に良かったよ」
騎士団の人がいなかったらと思うと、ぞっとする。それに、パニックが起きたときの集団というのもなかなかに怖いものだと実感した。特に私は身体がまだまだ小さいので、大人たちに突き飛ばされてしまうと、あっという間にみんなの視界に入らない地面に倒れてしまう。踏みつぶされて圧死するなんて、絶対に嫌だ。早く大きくなりたい。
「……そうね。感謝、しないとね」
母はそう言って、暗い表情のまま微笑んだ。
「………ごめんね、レノ」
優しい手つきで、母の大きな手が私の頭を撫でる。私はまた苦笑した。
「母さんが謝ることじゃないよ。魔獣だって、本当は、普通はこんなところにいないってヒューゴから聞いたよ。すごく珍しいことなんだって。だったら今回はむしろ、騎士団の人たちがいたことに感謝しないと」
「……ええ。その通りね。……」
歯切れの悪い母の反応に、私は気になって見上げた。その表情には、悲壮感と、何かを迷っているような色が見えた。
前半部分の山場です!
山場……なのか?(笑)
今月中はサクサク更新を目標にしてるので、続きをお待たせせず投稿する予定です(`・ω・´)
また、ブクマの方ありがとうございます。
読んでくれてる人がいるんだなという実感を感じられて、すごく嬉しいです。
ブクマ・評価・感想、いつでも受け付けておりますので、よろしくお願いします!




