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第28話 商人ガスパルとの出会い

 広場を離れて少し歩くと、村の外れにやってきた。ここからだと、広場を中心として、村が東と西に集落のような形で分かれているのがよく分かった。村の外れの先には、ただただ平らな道が広がっていて、その先は見えなかった。ここからずっと先に、街があるのだろう。


「君がレノちゃん?」


 ここまで来ればよいだろう、と私たちは足を止めた。私とマルタンは荷台の上にあげてもらって座り、男は荷台に腰掛けた。荷台に直に座るなら靴が脱ぎたいな、と私は日本人丸出しの気持ちを抱いた。


「おじさんから事情は聞いているんですね?」


 マルタンが私を喋らせないように口を開いた。どうやらまだまだ警戒中らしい。マルタンの鋭い視線に、男はくすくす笑った。


「まるでその子の騎士みたいだね。そんなに警戒しなくても大丈夫だよ。僕はそのおじさんの息子さ」


「……でも、じゃあどうして息子であるあなたが? レノと約束したのは、そのおじさんだとレノから聞いています」


「ああ、その前に自己紹介をさせてくれ。僕はガスパル。このずっと先にある街で、『ガスパルの店』をやってる」


「『ガスパルの店?』」


 自分の名前を看板にしたのだろうか。ということは、自分の店ということ? 私が首を傾げると、ガスパルは簡単に説明してくれた。


「行商人である父について、僕は色々なことを幼いころから学んできたんだ。そのうちに、僕は自分の店が持ちたくなってね。色々あって、今は街で自分の店を開いてる。さっき見せたようなお菓子とか、髪留めとか、そういうものを取り扱ってるんだ。元々、父さんが『流行を掴みさえすれば、商人として必ず成功する』ってモットーを掲げていてね。この辺りでシュクールを取り扱うようになったのは、僕が父さんにシュクールを卸したからなんだよ」


 そう言って、私を見て、興味津々といった様子を見せた。


「驚いたよ。父さんが、幼い子供に取引で丸め込まれたって、酒を飲みながらボヤいててね。一体どんな子なんだろうって、すごく気になったんだ。一度会ってみたいって父さんに話したら、いろいろ条件はつけられたけど、快諾してくれてね」


 ガスパルはおじさんの代わりに来たというよりかは、自分のためにここに来たという感じだった。それにしても、条件って、なんだろう。どんな条件をつけられたんだろう。


「それに、君が父に売ったクッキー。僕もひとつ食べてさせてもらったんだけど……驚いたよ! あんなお菓子は初めて見たし、初めて食べた。なかなかに美味しかったよ……ただ、貴族の反応は微妙だったんだけどね」


 そう言ってガスパルが肩を竦めたが、マルタンがぎょっとしたように言った。


「貴族相手にクッキーを売ったんですか!?」


「そりゃあ、当然じゃないか。僕が初めて見るっていうことは、この世には無かったものだ。そんな新商品を貴族に売らなくて、一体誰に売るっていうんだい?」


 意味が分からない、といったようにガスパルが首を傾げた。マルタンは唖然として、私を見つめた。まさかミルクと一緒に食べると美味しいねなんて言っていたお菓子が、お貴族様の口に入るとは思っていなかったらしい。

 私は私で、複雑な心境だった。貴族の反応が微妙だったのは、たぶん、事前に私が父にクッキーをふるまっていたからだ。彼の商機を一度潰してしまったのだと思うと、なんとも申し訳ない。いやでも商機を作ったのも私だから、別にそんな気持ちを抱く必要もないのか?


「ただ、一度きりで諦めるつもりはないよ。父さんが言っていたんだ、前回のクッキーはシュクール抜きで作ってあるんだって。そして、次回……つまり、今回なんだけど、レノちゃんはシュクールを入れて作ってきてくれたんだよね?」


 改善された味でもう一度貴族に売り出しに行く気満々らしい。……でも、ごめん。それ、クロードさんが作れちゃう。

 クロードが作れちゃうってことは、父のお抱えのシェフたちは作れるだろう。となれば、父からレシピは貴族内に流出していくだろうし、レシピが流出せずとも父の家へ行けばそのクッキーが食べれたりする。物珍しさとしての価値は激減だ。


「……もし本当に貴族相手にクッキーを売るつもりなら、もっと改善が必要だと思います」


 私はそう言いながら、籠からクッキーを包んだ布を取り出した。包みを開いて見せると、ガスパルの瞳がギラリと光った。先ほどまで女性たちを垂らしこんでいた優しげな雰囲気はどこへやら、飢えた獣のような鋭い視線に、私は思わず手を引っ込めようとした。だがガスパルの手に捕まれ、大きな手がクッキーの山から一枚抜いていった。


「それは一体、どういう意味?」


 手に取ったクッキーを検分しながら、ガスパルが言った。匂いを嗅いで、形をいろんな角度から確かめている。

 とりあえず食べてみてください、と勧めると、ガスパルは遠慮せずにすぐにかじった。一口では食べず、半分くらいだけ口に含んでいる。触感や硬さを確かめているのだろう。


「……父さんからもらった時のより、甘いな。シュクールが入っているせいだろう。でもやっぱり、これは口の中が乾くな」


 ガスパルはそう言って革で出来た水筒みたいなものを取り出し、ごくりと飲んだ。残りのもう半分も口の中に放り入れ、もぐもぐと噛み締め、やがて水筒の中身を一口飲んだ。


「うん、うまいな。それに、匂いも良い。焼きたてはもっと香りが立ちそうだ」


 ふむふむ、とガスパルは自分の中で今のクッキーを評価していたが、ふと我に返ったらしい。水筒を鞄に戻し、私に向き直る。


「それで? 僕はこれ、十分に美味しいと思ったけど……どうして貴族相手だと、もっと改善が必要だと思うんだい?」


 貴族である父さんの執事にレシピを教えたので、すでに味が広まっている可能性があるからです。


「それは、その……なんとなく?」


「だったら僕はもう一度お貴族様に売り込みに行くさ。たった一度の失敗で、諦められるような商売はしてないからね」


 このまま放っておいたら、ガスパルは貴族のところへ売り込みに行ってしまうだろう。もし本当に貴族相手に商売ができるとなれば、ガスパルはかなり儲かるはずだ。だから食らいつくのだ。お店の名前に箔が付くのも、狙いのひとつなのかもしれない。

 となれば、私にとっても悪い話じゃないはずだ。先生の話によれば、あの銀貨一枚は私とガスパル父を繋ぐ、専売契約に近い投資金らしいじゃないか。ガスパルの店が儲かるのなら、それに一枚噛ませてもらう私も儲けることができるかもしれない。


「……目新しさが足りないんです」


「レノ!」


「マルタン……でも、ガスパルさんのこと、放っておけないよ」


 アドバイスするために言葉を足せば、マルタンが警告するように私を呼んだ。思わずそれに反論すれば、マルタンはぎろりと私を睨んだ。だが、それ以上は何も言わなかった。


「レノちゃん。目新しさって?」


 ガスパルはちらりとマルタンを見た後、私を見た。大人としての落ち着きを見せながらも、ガスパルの表情は私の言葉を聞き逃すものかと焦っているようにも見えた。そりゃあそうだ。先行投資したにも関わらず、前回は貴族にあしらわれているのだ。ペイの見込めない商品に先行投資なんてしていられない。


「これは『プレーン』の状態なんです。これが普通の状態。お肉を焼いてそのまま食べてるようなものです。お肉って、干したり、味付けして焼いたり、腸詰めにしたり、そうやって味を変えるでしょう? そういう色んな選択肢があることが大切なんです」


 マルタンとガスパルの視線が、クッキーに移動した。


「例えば砕いたナッツをこの上に乗せるとか、ドライフルーツ……乾燥させた果実を乗せたりとか、そうやって味を変えると、飽きることなく長く楽しむことができると思います」


 そもそもクッキーはあまりお上品な食べ物ではない。手でつままなければならないからだ。お貴族様の昼下がりのお茶うけに出すことは出来ても、食後のスイーツとして提供できるものではない。と思う。

 となれば、イメージとしてはパッケージングして、五枚入りで銅貨何枚、みたいな感じで売り出すのがベストではないだろうか。お茶の葉入りとか、蜂蜜入りとか。味変は何通りもある。


「客層は何もお貴族様に限らなくてもいいと思いますよ。お貴族様との契約が決まったら、シュクールを控えた原価の安いものを下町用にすると良いかと思います。お貴族様の中で流行ってる商品だと触れ込めばみんなの興味が引けますし、そもそもクッキーって、日持ちするんです。大量生産にも向いていますし」


 材料揃えて焼いちゃえばいいしね。あ、そういえばオーブンってあるんだろうか? フライパンでも作れなくはないけど、それこそ大量生産するとなれば、オーブンがあった方が絶対良い。


「………なあ君。レノちゃんって、本当に何者なんだ?」


「……僕にも分からないです」


 ガスパルが遠い目をしてマルタンに小さな声で呟き、マルタンも同じような顔をして呟き返していた。


「わたしはただの子供ですよ。そんなことより、ガスパルさん。オーブンはありますか?」


「オーブン? そんなもの、無いよ。お貴族様やお金持ちのお屋敷ならいざ知れず、普通、そんなものがある家なんてほとんどないよ」


「困りましたね……」


 すっかり私の頭の中では、クッキー量産で大量の硬貨ゲットだぜ! 計画が立ち上がっている。……オーブンって一体幾らくらいで買えるんだろう、と悩んでいると、ガスパルが怪訝そうに言った。


「クッキーを作るのには、オーブンが必要なのかい?」


「ないならないでなんとかはなると思いますが、あると便利だし、後々幅も広がるって感じですね」


「ふぅん……」


 悩んでいる私を見て、ガスパルが何やら考え込み始めた。頭の中で様々な損得勘定をしている商人の顔をしている。きっと暗算とか早いんだろうな、と馬鹿みたいなことを考えていると、頭の中の勘定が終わったらしいガスパルがにこりと笑った。


「じゃあ、レノちゃんが街に来るまでに、オーブンを準備しておくよ。それで、レノちゃんはいつ来れる? できれば春の終わりまでは待ってもらいたいんだけど」


 私、街に行くなんて一言も言ってませんよね!? ぎょっとしてガスパルの顔を見ていると、マルタンが口を出した。


「レノが街に行くかどうかは、一度考えます。勝手に決めないでもらえますか?」


「ああ、すまないね。つい気が逸ってしまったんだ。ただ、その方が君たちのためにも良いかと思っていたんだが……」


「僕たちに、ですか?」


「ああ、そうさ」


 ガスパルの余裕ある笑みを見て、私は嫌な予感がした。その顔はまるで、父が何かを企んでいる時の顔とそっくりだったからだ。マルタンはその何かを含むような笑みに気付いていないのか、あっさりとどういうことですか? と先を促していた。


「君たちは僕と出会った時、すぐに話を始めなかった。それは、あそこにいた村の人たちにこの話を聞かれたくなかったからだろう? っていうことは、君たちは僕とのやり取りを隠したがっている。違う?」


「…………それは……」


 マルタンが口ごもった。それを見て、にやりとガスパルが笑む。


「僕としては、君たちが望むのであれば、また同じように行商人の日にここへ訪れて、君たちからクッキーを買い取っていくというのも無理ではない話だと思ってる。ただ、その場合、君たちは毎回大量のクッキーを僕に渡して、ある程度の硬貨を僕から受け取っている姿を、あの広場に集まった村の人たちから目撃されることになるけどね」


「………」


 マルタンが口を閉じた。それは困る、と考えているのが手に取るようにわかる。ガスパルは話を続けた。


「もし君たちがそれは困ると言うならば、僕の店に一度来てほしい。僕の店で君たちがクッキーを焼いてくれたって構わない。僕が必要としているのはクッキーであって、君たちを村で住みにくくしたいわけではないんだ」


 まるで、私たちの立場に寄り添うようにガスパルが言った。マルタンは、ガスパルに丸め込まれたくはないが、この話がわりと条件の良い話だと感じているがゆえに頷くに頷けないようで、その場で固まっていた。


「レノちゃんは他にもいろいろ面白そうな考えを持ってるみたいだし、とりあえずは一度でいいから、僕の店に来てもらいたいんだ。きっと楽しいよ! 僕もレノちゃんと色々もっと話してみたいしね」


 にこりと笑うガスパルの瞳の奥が笑っていないように見えて、私は引きつった笑みを返した。

 ……さて、どうしたものか。

 ガスパルの話は事実、悪いものではない。村の人たちにガスパルとのやり取りを見られて、変な噂が流れるのは困る。下手をすれば、今度はこの若いやり手の商人に枕営業してるなんて噂でも流れるんじゃないだろうか。

 そもそも、母にも先生にも目立つようなことはするなと言われている。今回もわざわざ積み荷と一緒に人気のないところへ連れてきてくれたガスパルの配慮を考えれば、ガスパルも悪い人ではないというか、いろいろと勘が良く、気付くことの出来る人なのだと思う。


 結論。お金は欲しい。目立ちたくない。街には行ってみたい。


「い、一回だけなら……」


「レノ!?」


 へらりと笑って人差し指を立てると、マルタンが慌てて私の腕を掴んだ。迂闊な返事をさせるな、と先生からマルタンは仰せつかっているため、私にあまり勝手に物事を進めさせないようにしたいらしい。だが、仕方ないのだ。これ以外に良い選択肢は見つかりそうにない。


「ガスパルさん。わたし、ガスパルさんにレシピを売ろうと思います」






村編が一区切りつきました。

これで、街編のスタートです!

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