第23話 はじめての手料理
今日は父が来る日なので、私は一日お休みを貰った。朝からせっせと仕込みをしている。
母は午前で仕事を終えて、すでに帰ってきていた。危なげなく包丁を使う私の姿を見て褒めてくれたが、台の上で背伸びして鍋の中を覗こうとする私の姿は心配になるらしく、抱き上げて鍋の中を見せてくれたりした。
そうこうしているうちに、家の外から物音が聞こえてきた。多分、馬車が到着した音だろう。私は一度火を消して、父さんのお出迎えしてくる! と母に言って家を飛び出した。
外に出ると、家から少し離れたところを馬車がゆったりと歩いているのが見えた。まだ微妙に距離のあるところで、馬車は歩みを止めた。前回は家の目の前で乗り降りをしていたはずだが、どうしてそこで止まるんだろう?
不思議に思っていると、御者が前回の人と違うことに気付いた。元気にまたお仕事をしているのかと思っていたので、ちょっとだけ心配になった。もしかすると、この間の一件で体力的に無理だと判断して、転職したのかもしれない。
止まった馬車から、先にクロードさんが降りてきて、次に父が降りてきた。それを見て、私は満面の笑みを浮かべて駆け寄った。
「父さん!」
「レノ!」
父は私を抱きとめたかと思えば、そのままの勢いで抱き上げてくれた。相変わらず良い匂いがするイケメンだ。
「今日はレノから、すごく良い匂いがしますね」
「今日は私が料理長なの! 美味しいごはん、たくさん準備したからね!」
「おや、そうだったのですね。お腹を空かせてきたので、とても楽しみです」
そう言って父が地面に下ろしてくれる。そのタイミングで、気になったことを尋ねた。
「そういえば、馬を引く人、変わっちゃったの?」
「前回はレノのおかげで随分と助けられましたね。あの時はありがとうございました、レノのおかげで本当に助かりました。でも、もう二度と同じようなことがあってはいけませんからね。あれから色々あって、彼はあの仕事を辞めたんです」
「ふぅん……」
なんとなく父の言い方が引っ掛かって、思わず言葉が出た。
「辞めて、どうなったの? 新しい仕事には就けたのかな?」
「おや、そんなことが気になるのですか?」
父が不思議そうに言ったので、私は決まり悪くなって頬を掻い。別に気に掛ける必要はないのかもしれないが、医療従事者でもない私が脱水症状だと勝手に判断して治療したわけなのだし、今も元気かどうかは気になる。
「せっかく助かったんだから、元気にやってるのかなって。それだけだよ」
「ああ、それもそうですね。……安心してください。彼は奥さんのところへいきました」
「奥さん?」
「ええ、奥さんと二人、今頃仲睦まじくやっていることでしょう」
レノは優しい子ですね、と父は私の頭を撫で、家に向かって歩き始めた。クロードもその後ろについて歩き始める。
はっきりとした返事をもらえなかったからか、私は微妙に釈然としなかった。奥さんが金持ちとか? いや、そもそも奥さんのところへいったって、何? 単身赴任だったのかな? 離婚中だったけど復縁したとか? うーん、よくわかんない。
父と母が戸口でハグをした後、家の中に入っていくのを見て、私もついていこうと歩き出した。
その時、馬がその場で足踏みをしたので、思わず視線だけそちらに向けた。視界の端で何かがきらりと光る。私は足を止めて、今度こそ身体ごと振り返った。……今、何か光った気がしたような? だが、そこにいるのは馬の手綱を引いている御者人の男だけだった。
男は真っ黒な服を着て、フードを目深にかぶっていた。夏冬兼用でこの格好させてたのか、とやっぱり少しだけ前回の御者に憐みのきもちを抱いた。そして、ふと気付いた。彼の黒いコートの袖の部分に、金属が見えたのだ。多分、銀色の腕輪だろう。何度も見たことのある、銀輪。
「……何か用でも?」
低い声が降ってきた。じろじろ見過ぎたらしい。黒いフードの下から、男が怪訝そうにこちらを見ていた。真っ黒な瞳。フードの下から見える髪の毛も黒色だった。私は私がオレンジ色の頭という時点でだいぶ自分の見た目に違和感を感じていたのだが、彼のその親近感の沸く色合いに思わず目を奪われてしまった。黒髪で黒目ではあるが、鼻筋は通っていて、外国人らしい顔つきをしている。やせ型で、きっと立ったらひょろりと縦に長いのだろう。あまり日差しの下が似合うタイプには見えない。
「その銀色の腕輪って、なんですか?」
降って沸いた親近感ついでに、私は尋ねてみた。あまり愛想が良いタイプには見えなかったが、まあ着けてる本人ではあるのだ。何かしらの答えはもらえるだろう。
彼は私の質問に眉をひそめて、一瞬押し黙った。質問の意図を推し量っているようにも見えた。やがて、男は皮肉気に唇を吊り上げ、私の問いへ答えを返す。
「……これは服従の証だ。………そう答えれば、満足か?」
えーっと、地雷ふんじゃったかんじ? 聞いちゃダメだった? 毒を含んだ思わぬ返答に、私は困惑して曖昧な笑みを浮かべた。男はそんな私の態度に、不可解そうな顔をして、私の顔をちゃんと見るために姿勢を変えていた。向こうは向こうで、私の反応が予想したのと違っていて困惑しているらしい。男が座りなおした動きで、フードの陰になっていたところが見えた。
「……!」
思わず、目を見開いた。少し陰気臭そうな印象はあったが、それでも男の顔は整っていた。だが、そんな男の右側の頬には大きな傷跡があった。目の下から首筋に至るまでの、大きくて長い傷跡。
私が息を呑んだ姿を見て、男は私が何を見たのかに気付いたらしい。男は再び皮肉げに笑い、私の方へ向けようとしていた身体を元に戻した。失礼なことをしてしまったかもしれない。コンプレックスだったのかも。だからフードも目深にずっとかぶってたりして。私は慌てて声をかけた。
「あ、あの、う、腕輪! 腕輪の話、聞きたいです。服従って、どういうことですか? 誰に対するものなんですか? それって、どんな人がつけてるものなんですか?」
矢継ぎ早に抱えている疑問をぶつけると、男は怪訝そうにこちらに視線だけを送ってきた。
「君は、」
「お嬢様!」
男が何か答えようとする前に、身体が宙に浮いた。脇に手を入れられ、抱き上げられているのだと気付いた時には、私の視界に男はいなくなっていた。家に向かって、クロードが速足で移動しているらしい。
「あの者と話してはなりません!」
「え、どうして?」
「旦那様が知られたら、悲しまれますよ。あのような者と会話をするなど……お嬢様はご存知ではないかもしれませんが、対等に会話するのにふさわしい者と、そうでない者がこの世には存在しているのです」
……身分社会。その単語が頭の中に浮かんだ。私は複雑な気持ちになって、クロードの言葉に返事を返さないことでなんとか小さな抵抗を試みた。なぜか不思議と、男の姿は頭から離れなかった。
「じゃあ父さんは、これを片手に待っててください!」
コース料理みたいにしてもよかったが、そうなると家族みんなでの食事が難しくなる。別に私は召使いさんではないので、普通に大皿に食事を盛り付けてしまって良いだろう。テーブルに置いて、私が採り分けてやればいい。
私は父に葡萄酒の入ったゴブレットを渡し、テーブルにつまみとして干し肉と塩味のナッツを置いた。
「おや、随分と気が利いた料理店ですね」
父がくすくす笑ってそういったので、私も調子に乗って胸を張り、メインディッシュができるまで少々お待ちくださいませ、と恭しく首を垂れた。それを見て、母も面白そうにくすくす笑っていた。
台所にある踏み台の上に立って、私は気合を入れなおす。背中に父の視線を刺すように感じつつも、なるべく料理が早く提供できるように頭の中で自分の動きを組み立てた。主婦歴ウン十年の『私』の母みたいにテキパキ動けるわけではないし、料理自体、そんなに頻繁にしていたわけではない。多少要領が悪いかもしれないが、まあガスコンロもない世界での料理なのだ。多めに見てもらおう。
「母さんは鍋に火をかけてくれる? それが出来たら器に野菜を盛ってほしいな」
「はい、料理長」
母はふざけてそう言って、火をつけた。
昨日の夕方から必死に頑張った結果、鶏がらスープをとることはうまくいった。これでスープの出汁は完ぺきなので、そこにキノコや野菜を投入してスープをすでに完成させてある。
一応、我が家にはコンロとなる部分が二つあるが、片方は火の通りにムラがある。多分、足場が並行に作られていないのだろう。それで肉を焼くと面倒なので、すっかりそこは鍋置き場になっている。水やスープがたっぷり入った鍋を置き続ければ、いつか足場がぶっ壊れるような気もしなくもないが、これはそのうちに修理するとして。
午前中に色んな下処理はしてあるので、すでにサラダは盛り付けるだけになっている。私は母に大皿にサラダを盛り付けてもらうようにお願いしつつ、コンロに火をつけてフライパンを置いた。油を引いて、ニンニクや唐辛子を入れて、香りが出たら玉ねぎを入れる。しんなりしてきたら、キノコ、ウインナーを入れて軽く炒めて、最後に潰した冬ルミュール……冬に採れるトマトっぽいのをスライスしたのを入れる。塩、酢、ミルク、シュクールを混ぜて味を整え、先に茹でてオイルをからめておいたパスタを投入。あーコショウ欲しい!
「レノ、できたわよ」
「母さん、交代してくれる?」
パスタまでぎっちり入ったフライパンは重すぎて持ち上がらない。大皿に移そうとしてぶちまけたら悲しすぎて立ち直れない。ので、無理せず私は母にバトンタッチし、戸棚から持ってきた大皿を母に手渡して、あとはよろしく! とした。
代わりに母が準備してくれたサラダにささみをほぐして乗せ、その上からオリーブオイルで作ったマヨネーズを垂らした。うーん! なんだかいい感じ! 『私』の時の食事と、そんなに変わらないんじゃない?
スープをお椀によそって、テーブルへと運ぶ。あっという間にテーブルの上は、珍しく食器でいっぱいになった。
「見慣れない料理が多いですが、どれもすごく良い匂いがしますね。食べても?」
「もちろん! 召し上がれ!」
父がワクワクを抑えきれない様子で言った。上品で上流階級な父がそんな姿を見せるとは思わなかったので、私はくすくす笑いながらスプーンを手に取った。まずはスープを一口。うん、胡椒が欲しいけど、美味しい! 塩スープばっかりだったので、鶏ガラの出汁が身体にじんわりと染み渡る。
「これは一体なんのスープなのでしょう? すごく美味しいです」
私と同じようにスープから手を付けた父が、不思議そうに言った。鶏がらスープは鳥から取れる出汁なんだよ、時間がかかるし灰汁とりしなきゃだけど、手間がかかる分めっちゃ美味しいんだよ、と説明しつつ、サラダに手を伸ばす。マヨネーズもなかなか良い出来上がりになっていた。パスタも美味しかった。今回はオリーブオイルをフライパンにひいたが、次はバターを入れてもいいかもしれない。なんちゃってナポリタンだ。でも、もしナポリタンを目指すのなら、ニンニクは抜かなきゃだ。
「レノ、野菜にかかってるこれも美味しいわ! 鶏肉を茹でたり、オリーヴァを卵に混ぜたりして、一時はどうなるかと思ったけど……」
母が感慨深そうに言った。どうやら口出しはしなかっただけで、私の後ろで私の行動を見守ってハラハラしていたらしい。確かに絵面は三歳児の子供が食べ物で遊んでるようにしか見えなかっただろう。よくもまあ、黙って最後まで見守ってくれてたよ、母さん。
「やはり、レノには料理の才能があるようですね。これなら私も毎日でもレノの料理を食べていたいです」
フォークにパスタを巻きつけ、父は上品に口に運んだ。こんな貧民の家でもテーブルマナーをきちんと行うあたり、本当に育ちが良いらしい。まるでプロポーズの言葉みたいなことを言う父にちょっぴり照れながらも、照れ隠しに私はついつい言ってしまった。
「でも、父さんはもっと美味しい料理を毎日食べてるんじゃないの?」
一瞬、隣の母の動きが鈍くなった。自分の失言を悟り、ハッと父を見たが、父はいつもと変わらぬ穏やかな笑みを浮かべたまま、パスタを食べている。
「そんなことはないですよ。レノの作った料理は普段のものよりずっと美味しいです。これは私の本音ですよ」
もちろん、マリアンヌの料理も愛がこもっていて美味しいですけどね、と父は母の方を見てにこりと笑った。娘だけではなく妻も同時に褒めるとは、細やかなフォローにモテ男の一端を見た。
「サラダにかかったソースといい、パスタに絡めたソースといい、恐らく私の料理人でも知らない調理方法をレノは思いついています。……ぜひ、私の屋敷まで来て、この料理方法を伝授してもらいたいくらいですね」
「あはは。伝授なんて、大袈裟だよ。別に、簡単だよ? オリーヴァとかシュクールとか、ビネガーとかそういうのをテキトーにわーっと混ぜて、あー、でもこの『マヨネーズ』はかなりかき混ぜる必要があるけどね! あと、こっちの『パスタソース』は今回、『アラビアータ風』にするか『ナポリタン風』にするか迷ったせいで微妙にどっちにもなりきれなくなっちゃったから、改善が必要だなーって思ってる」
しょっぱくて辛いトマトソースがアラビアータ。甘くてケチャップ~な感じがナポリタン。なイメージなのだが、今回アラビアータを目指していたはずが、気付いたらナポリタン系の味を求め始めて作っていたせいで、ちょっと辛めのナポリタンが出来上がってしまったのだ。
それと、やっぱり冬ルミュールより、夏ルミュールの方が『私』の時のトマトと似てるから、ちゃんと作るなら夏ルミュールを使いたいな。冬は思ったより酸味が薄くなってしまっていた。失敗、失敗。
「ほぉ……料理名も、すでに考えてあるのですね」
父の興味深そうな声に、ハッと我に返った。一瞬だけ父の瞳が猛禽類のように鋭く細められたような気がしたが、私が父の瞳を見た頃には、いつもの穏やかな笑みに戻っていた。内心冷や汗をかきながら、私はにこりと笑って小首を傾げた。
「えへへ。名前つけるの、好きなんだ。実はね、いつも背負ってるサロメからもらった籠にも名前を付けてるんだよ。籠ちゃんって言うの。そのままだけど」
うふふ、と笑って話を逸らせば、父もニコニコと笑って私の話を聞いてくれた。冷や汗が止まらん。
「あ、そういえば」
私はこの雰囲気を終わらせるため、椅子から立ち上がった。
「クロードさんや外にいる人に、スープをあげてもいい?」
扉の守り人になっているクロードさんを見ると、クロードさんは困惑したようにその場に立っていた。
私ももうご飯を食べ終わったし、ちょうどよいタイミングだろう。と思っていたが、私の申し出に、父は苦笑交じりに口を開く。
「レノは本当に優しいですね。でも、必要ありませんよ。前回、レノが指摘してくれたことを僕は忘れていません。彼らには自分たちで食事を準備するように言いつけてあるんです」
「そうなんだ……でも、別にだからといって、スープを食べちゃいけない理由にはならないよね?」
特に、外で馬と待っているあの人は可哀想だ。雪は降っていないにせよ、さすがに体にこたえるだろう。
「………そうですね、レノの言う通りです」
いつもより父の笑みが微妙だったような気がしたが、私は了承の言葉を得たから気にしないことにして、さっさと自分のスープを飲み干して一度水で洗い、そこにスープをよそった。お椀はそんなに何個もないので、こうせざるを得ない。
「はい、クロードさん。どうぞ」
扉の前に立つクロードに差し出すと、クロードは困り果てた様子で父を見た。思わず私も一緒になって父を見つめれば、父は仕方なさそうに頷いた。
「許可します。クロード、レノの気遣いを有難く頂いてください」
「はっ! お嬢様、ありがとうございます」
主従関係って面倒臭そうだなあ。そう思いながらクロードがスープを食べるところを眺めた。パクパクとすごい勢いで、しかし上品なまま、すぐにクロードは完食した。ほとんど飲み込んでいたのではないだろうか。食事よりも職務という素晴らしいクロードの執事魂に感服しつつ、クロードから大変美味しかったです、とお椀を返してもらった。再び水洗いして、スープをよそう。
「あの、お嬢様」
「なんですか?」
「あの者には必要ありません。旦那様も仰った通り、我々は各々食事を準備しております。あの者も、今頃すでに外で食事を済ませているはずです」
「では、温かいスープがあれば、よりよい食事になりますね」
「そ、そういう話ではなくてですね……」
クロードが困ったようにしていたが、私もクロードがどいてくれないと外に行けないので困っている。刻一刻と、せっかく温めなおしたスープが冷めていってしまう。私は心を鬼にして、クロードを怖い顔で見つめた。
「クロードさん、どいてください」
「しかし……」
「父さんからの許可は得ましたし、これを作ったのは私です。誰にこのスープをあげるかは、私が決める権利があると思います」
弱り果てた様子でクロードは父を縋るように見たが、父はこちらをもう向かなかった。優雅に葡萄酒を煽り、母からお代わりを貰っている。クロードはひとつため息をつき、私に手を伸ばした。
「わかりました。それでは、私が渡して参ります」
「いいえ。クロードさんは父さんの警護がお仕事でしょう? この場を離れるのは職務違反です。私が直接渡しに行きます」
「お嬢様……」
同じような問答を繰り返し、結局クロードは扉の外側に立って私を見守り、私は必要以上の会話をあの男と行わないと約束して、手を打つことになった。どうしてこんなにもあの男と接するのを嫌がるのだろう?
扉の外に出ると、一気に冷気が体中を襲った。寒さに身を縮こまらせつつも、急がないとあっという間にこのスープも冷めてしまう。私は速足で家の側にある馬車へと向かった。
馬車には明かりがついていて、暗闇でも迷うことはなかった。私が向かってきたのに気付いたのだろう、男は怪訝そうにこちらを向いた。
「……また君か。何の用だ」
「スープです。暖かいうちに、どうぞ」
「必要ない。戻りなさい」
一刀両断だった。ファーストコンタクトからして、この男が不愛想なのは分かっていたが、まさかこんなにも冷たくされるとは思っていなかったので、私は少しカチンときた。はあ、とため息をついて、私はスープを持ったまま男の方へと向かった。
「一体何を……」
「スープです! 暖かいうちに! どうぞ!」
御者が座っているスペースは、私の胸辺りにある。私はそこにお椀を置いて、男を睨んだ。男はちらりと家の扉の方を見てから、大きなため息をついてお椀を手に取り、スプーンで上澄みだけをすくうようにして、その液体を目を細めて観察している。
「毒とかは入ってませんよ? わたしが作ったので」
「君が? 作った? これを?」
「お兄さんは必要ないって言いましたけど、父さんとクロードさんの許可は得ています。父さんを無事におうちまで送り届けてもらうための謝礼? だと思ってくれればいいです」
男は私を上から下まで疑わしそうに見た後、スプーンを唇につけた。飲むというより、唇につけている。どんだけ毒のこと警戒してるんだよ、こいつ。
「……本当に毒は入っていないようだな」
「どうして私がお兄さんを毒殺しなくちゃいけないんですかねぇ」
変な疑いをかけられて、うれしい者はいないだろう。せっかく好意で持ってきたのに、と苛々しながら男を睨むと、男はぱくぱくとスープを食べ始めた。
「食べたことのない匂いがする。これはなんだ」
「鶏がらスープのことですか? 鳥からとれる出汁を使ってるんです」
「そうか」
え、御者ってこんなにも図々しい態度なの? 前回のおじさんがかなり弱々しかったので、上下関係って大変んだなあなんて思ってたのに、もしかしてあれはおじさんの性格がああだっただけなの? それとも、父さんっていう権力者がいなければ大抵こんなものなの?
スープをあっという間に完食した男は、台座から降りてきた。立った姿を見るのは初めてだったが、予想通り身長のでかい男だった。だがすぐに男はその場に膝をつき、私と視線を合わせた。
「馳走になった」
そう言って、お椀を手渡した。黒い瞳が一瞬だけこちらを見た。無表情だったが、悪意は感じられなかった。フードの下の髪は、意外と長いのかもしれない。私がまじまじと男の顔を観察する暇もなく、男はさっと立ち上がり、再び台座へと上がった。会話を完全に打ち切られた。
私はお椀を持ったまま男を見つめたが、男が怪訝そうにこちらに視線をやってきたことで我に帰り、ぺこりと頭を下げた後、慌ててクロードのところへと戻った。
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