第21話 黒服の来訪
先生の言葉の意味を考えていても、次々と疑問が沸いてくるばかりで、答えは出なかった。
先々代領主の時代までは魔法使いがこの世を支配していたのは分かったが、その支配層であったはずの魔法使いは、一体どこにいってしまったのだろう?
養子だった先代領主は、魔法使いじゃなかったということだろうか? そう仮定すると、なんだか辻褄が合うような気がした。奴隷扱いを受けていた過去を持つ先代領主は、支配構造を引っ繰り返す下剋上を果たした。それで、本格的に人間がこの領地を完全に支配するために、今までの不都合な歴史を消しているのだとしたら。
しかし、この仮説には、どうしても分からないところがある。どうして先々代領主は奴隷扱いしていた人間を養子に取ったのか、という理由だ。
その上、魔法使いを無力化させる魔道具とかいうのは、一体どこで誰から手に入れたのだろう。そんなに都合よくそんなもの手に入る? 先生の話だと、ここ以外の領地では、魔法使いが支配層になってるところもあるんだよね? ってことはレアな魔道具なんじゃないの?
それで、無力化した当時の支配層だった魔法使いは、全員殲滅した……とか? そこまで考えて、気分が悪くなった。歴史そのものを力技で隠そうとするような領主だ。無力化したとはいえ、魔法使いという、自分の地位を脅かす存在を放置するとは思えない。
……それにしても、先生の話のおかげで母が私に、魔法が使えることは秘密だよ、と言った理由がめちゃくちゃに分かった。魔法使いは奴隷。そんな話を聞かされてなお、ねえみんな聞いて! 私実は魔法使えるんだよ! すごいでしょ! なんて言いふらそうなんて一ミリも思わない。むしろ全力で魔力があるとかそういうのは隠すつもりだ。
三歳児相手だからなのか、母はわりとやんわりとした言い方で色々なことを伝えてくる。確かに子供に対して、ほんとのことを言ったら奴隷になるから言わないようにね、なんて言ったらショッキングすぎるだろう。私は、母の言うことには、理由が分からずとも出来る限り従おうと心から思った。
それにしても、先生はどうして私にこれを伝えたかったんだろう。先生に直接その理由を聞きたかったのだが、あの日以来、先生と二人きりになれるようなチャンスは巡ってこなかった。マルタンの耳に入れるわけにもいかない。私は先生から聞いたことを胸の奥底に隠し、日々を平穏に送ることに集中した。
やがて、秋にも終わりが訪れた。色とりどりになっていた葉は散り、木々はすっかり寒々しい様相を見せていた。日中であっても気温も上がりきることなく、朝晩に吐く息は白い。日の出もすっかり遅くなってきたので、最近はまだまだ薄暗い中、作業を始めることになった。
収穫量は夏や秋と比べ、減っていた。季節ごとに採れるものが変わるらしく、秋が終わるからといって一気に何も採れなくなるわけではないらしい。しかし実りの秋であった頃と比べれば量は明らかに減っていて、それぞれの家庭は冬ごもりに向けて保存食を本格的にせっせと準備し始めていた。
うちも他の家々と変わらず、肉や野菜を干したり塩漬けにしたり、ひと手間もふた手間も加えて腐らないように加工した。
女の子たちは普段と変わらない一日を過ごしたが、男の子は薪を準備すべく、毎日山に入っては大量の木の枝を持って帰ってきたり、大人の男たちが総出で木を切り倒したりしていた。
配給はうちにもあるらしく、男手がないために薪が手に入らなかったらどうしようと考えていた私は安堵した。どれくらいの量があれば冬が越せるのかさっぱり分からないが、母が何も言わないので大丈夫なのだろう。
そんな忙しいある日。夕食の準備をしていると、扉がノックされた。薪の配給だろうか? 鍋の様子を見ている母に声をかけて、私は扉を開けた。
「はーい、どちらさまですか」
「こんばんは、夜分遅くに失礼いたします」
ガチャリとドアを開けると、ぶわりと冷気が部屋の中に入ってくる。部屋ではすでに暖炉に火を入れる生活を送っていたので、その温度差に私は思わず顔をしかめた。
「えーと、……どちらさまですか?」
てっきり、お使い係としてヒューゴがくるとか、ジョルジュがくるとか、それこそサーラおばさんが来てくれてるとか、そういうのをイメージしていたので、私は目の前にある黒服に顔を強張らせた。随分高いところにある顔を見るためにぐぐっと首を上に向けると、そこには冷たい印象を受ける男の顔があった。金色のふわふわとした髪を夜風になびかせながら、無表情でこちらを見下ろしている。
「マリアンヌ様はいらっしゃいますか?」
私の姿を視界に入れると、途端に男は口元を緩めて笑顔を作った。私も思わず愛想笑いを返し、しかしその場を動かなかった。
「知らない人が、母さんに何の御用ですか?」
にこりと笑うと、向こうもにこりと笑う。自分の名前も名乗れないような奴を家の中にあげるわけにもいかないし、素性が分からないようなやつに母を会わせるわけにもいかない。普通、人の家に尋ねてきたら、自分が誰なのか言うもんじゃないの?
男の黒い服は、なんとなくクロードの服に似ているような気がした。父さんの関係者だろうか? 騎士団の人たちも黒い服を着ていたし、領主様や貴族関連の人はみんな黒い服を着る決まりでもあるのかもしれない。
そう考えながらも男と扉の間から外をちらりと見たが、馬車があるようには見えなかった。男は一人で訪ねてきているのだろう。警戒するように男をじろじろ見ていると、後ろからぱたぱたと足音がした。
「レノ? お客さんなの?」
「得体の知らないお客さんなので、母さんは来ちゃダメです」
「何を言って……レノ!」
ぐい、と肩を引っ張られ、私は強制的に男の前からどかされた。母は私を隠すように前に立ち、胸に手を当て、軽く頭を下げた。
「申し訳ありません。娘が失礼を致しました」
「いえ、問題ありません。可愛らしい門番は、自身の職務を果たしただけでしょう」
小馬鹿にしたようにそう言って鼻で笑い、私を見下ろした。男が一歩室内に入ってきたことで、その姿が明かりに照らされた。青い瞳に、金色のふわりとした髪。黒い服の上に黒いコートを羽織って、白い手袋をつけている。そして、何やら小脇に布袋を抱えていた。
「本日はどのようなご用件でしょうか」
随分とへりくだった様子の母が、顔を上げずにそう尋ねた。私は母の後ろからじろじろと男を観察した。男は大きな手で布袋を母に差し出す。その際にちらりと私を見たせいで、その涼し気な瞳とばちりと目が合ってしまった。
「可愛らしい門番様に、お届け物です」
「娘に……? 一体、どうして……」
「旦那様からですよ」
「えっ……まさか、レノ!?」
ぎょっとした様子で、母は私を振り返った。母の様子と、身に覚えのないことで困惑していたが、ふと頭の中に可能性がよぎる。
「旦那様って、父さんのことですか?」
「ええ、仰る通りです」
「えっほんと? じゃあ父さん、ほんとにくれたんだ!」
私は思わず顔を輝かせて、私を問い詰めようとする母の手をひょいとかわして男から布袋を受け取った。ずしりと重く、硬い感触ににんまりと頬を緩ませる。
「レノ、返しなさい!」
「わたしがもらったんだよ! 父さんはわたしとの約束を守ってくれたんだもん!」
母が叱ってきたが、わたしは聞く耳持たずでそれを抱えて椅子の上に飛び乗った。膝立ちになって、布袋から中身を取り出しながらテーブルの上に置く。
それは、新品のフライパンだった。当然ステンレス加工なんてされていないだろうけど、鉄のずっしりとした重みに、自然と頬がゆるむ。これで色んな料理が作れるようになるし、いちいちサロメの家にフライパンを借りに行かなくて済む。この間の行商人を見ていても、中古で、べこべこになっていたり、なんだか不衛生なフライパンしか見なかったし、どれも高額商品のようだった。
父がくれたフライパンは私がイメージした通りのフライパンだ。底はまっすぐに一定で、熱の通りもよさそうだ。わざわざフライパンを掴む用のミトンまで同封してくれている。
「お気に召されましたか?」
気付くと、隣には男が立っていた。
「召しましたとも! とっても嬉しいです! ……あ、じゃあ父さんに伝言ってお願いできますか?」
「ええ、もちろんです」
「もらったフライパンで料理をご馳走したいから、また来てねって伝えてください!」
何を作ろうかな、と早速考えていると、男は一瞬だけ目を見開いた後、クスクスと面白そうに笑った。手元に手を当てて笑う上品な姿と、最初に抱いた冷たそうな印象と少し違ったその楽しそうな様子に面食らっていると、男は一通り笑った後に再び元の愛想笑いに戻った。
「レノ様の願いはすぐに叶うことになりますよ」
「えっと……?」
「マリアンヌ様へ旦那様よりご伝言があります。雪が降り始める前に、一度こちらにいらっしゃるとのことです」
黒服の男はそう言って、母を振り返った。母は再び驚き、そうですか、と頷いた。てっきり大喜びするのかと思ったのだが、母の乾いた反応に私は眉をひそめた。黒服の男の手前、失礼のないように感情を抑えているのだろうか?
「お兄さんは来るんですか?」
「……私、ですか?」
切れ長の瞳を少し大きくして、男はきょとんと私を見た。意味が分からない、といった顔をしている。
「せっかくフライパンを持ってきてくれたので、もし一緒に来るのなら手料理を振る舞おうかと思ったんですけど……やっぱりお忍びでしょうし、顔ぶれは父を含めていつもの三人ですかね?」
「そうですね。私はご一緒させて頂くという予定はございません。レノ様のお気持ちだけ受け取っておきますよ。勿体ないご配慮、ありがとうございます」
男は恭しく胸に手をあて、目を伏せた。演技がかった大きな仕草に、やっぱり馬鹿にされているような気がした。それにしても、びっくりだ。前回の父の来訪からまだ半年も経っていないのではないだろうか? まあ父が来るということは金がもらえるだろうし、母も喜ぶだろうからいいんだけど。
「母さん、次の行商人の日はいつだっけ? その前に父さんが来ちゃうなんてことないよね?」
「え、ええ。きっとあの人のことだもの、そのあたりも考えて来てくれるわ」
そんなところにまで気が回るなんてすごい! と言えばいいのか、単に美味い飯を食いにこようとすることに呆れればいいのか分からず、私は母に楽しみにしておいてね! と言ってにこりと笑った。
「……そういえば、お兄さんはどうやってここに来たの? 馬車、なかったよね?」
歩いて来たのだろうか? こんな寒い中? その道をまた今から帰る? ……もしそうなら、うちで休んでいった方がいいだろう。暖かいお茶も出さず、冷える夜道へ送り出すのは忍びない。そう思ってうちでの休憩を提案すれば、今度こそ男はハッキリと私を馬鹿にしたようにクックック、と喉で笑った。
「ご心配には及びません。ここから旦那様のところまで歩いて帰るなど、随分と時間もかかってしまいますから」
「えーと。じゃあどうやって帰るんですか?」
「さて。私からレノ様へそれを教えて差し上げるには、少し出過ぎた真似となってしまいます。もし本当にお知りになりたいのであれば、旦那様へ直接お尋ねになってはいかがでしょう」
男は意地悪そうにそう言って、再びくすくすと笑った。ふと、白い手袋と黒い服の袖あたりが、不自然に膨らんでいるように見えた。あれはまるで、収穫式に来た男の腕にはまっていた、銀の輪と同じような……。
私の視線に気付いたらしい男は、すっと手を降ろした。気付かれたことに気付いた私は、思わず気まずい思いで男を見る。男は笑みを深めたが、その笑みは酷薄そうな、冷たい笑みだった。
「……長居をし過ぎましたね。そろそろ失礼いたします」
コートの裾を翻しながら、コツコツと足音を立てて男は戸口に立つ。扉を開けると、再びひやりとした冷気が部屋の中に入り込んできた。
「ああ、レノ様」
男はわざとらしくそこで立ち止まり、私を振り返った。冷気に腕をさする私を見つめて、にこりと優しそうな愛想笑いを浮かべる。
「旦那様への伝言は、確実にお伝えいたします。それでは」
ぱたりと扉が閉まる。パチ、と音を立てて、薪が暖炉の中で小さく爆ぜた。
嵐が去ったようだな、と思いながらも私はテーブルの上のフライパンを片付けて夕食の支度をしようと動き始めた時、母が難しい顔をした私を呼び止めた。
「レノ。いつの間に、チャーリーとそんな話をしたの?」
「馬車の中だよ。この間、父さんと一緒に帰ってきたでしょ? あの時、私がちょうど家に帰ってくるのと同じ頃だったから、父さんが私を見つけて、馬車の中で少しお話したの。クッキーを作ったよって話をしてて、クッキーの作り方を教えてあげるからフライパンが欲しいって言ったら、今度贈ってくれるって言ってくれたの」
「……そう」
母はそう言って、何かを考えるように明後日の方向をじっと見つめた。一体何がそんなにも母に引っ掛かっているのかが分からない。私が首を傾げながらも布袋を畳み、フライパンを戸棚の中に片付けていると、母が静かに言った。
「レノ。母さんと約束しましょう。もう、父さんには物を強請ってはダメよ」
「どうして? 父さん、お金持ちなんでしょう?」
「そうね、そうだけど……。問題はそこじゃないのよ……」
くれるって言ってるんだ。もらった方がいい。ただでさえ、うちは貧乏なのだから。私がそう言うと、母はしゃがんで、私と目線を合わせた。そして言葉を選ぶように言った。
「……私たちはこの村で暮らしていくのよ。それなのに、いつまでも父さんを頼っていてはいけないわ。私たちが働いたわけでもないのに良い物を持っていたら、サロメはどう思うかしら? ずるいと思わないかしら? せっかく私たちはこの村に受け入れてもらって、一緒に生活しているのよ。私たちはいずれ、農民になりきらなくちゃいけないの。このままでは、どちらにも属することができない、宙ぶらりんな存在になってしまうわ」
母の言うことには一理あった。例えば父が大量のシュクールを贈ってくれて、それを村人全員に平等に配れば、私たちの株は上がるだろう。だが、シュクールを私たちが独り占めしていたら。村人たちは快くは思わないだろう。村はみんなが助け合って生きている。私たちだけズルをしているのだと思われて、村八分にされるのは困る。
「うん。わかったよ、母さん」
でも、なんとなく腑に落ちなかった。母はおそらく、本音を隠すために、今の話をしている。もちろん母の話したことも、気を付けなければならないことではある。だが母の中には、他に何か理由があって、私と父を遠ざけようとしているようにも感じられた。
「わかってくれてうれしいわ。私の可愛い、賢いレノ」
母はほっとした様子で息を吐き、私の頭をよしよしと撫でた。そして気持ちを切り替えるように、よし、と声を出して、母は立ち上がって夕食の支度を始めた。私もそれを手伝うべく戸棚から食器を取り出しながら考えた。……もしかして、母さん、嫉妬してるのかな? 私に父さんを取られるかもしれないって思ってるとか?
どれだけ考えても、そういうくだらない理由しか思いつかなかったので、私は夕食のスープをすすりながら母の心の内を推理するのを諦めた。




