第18話 秋の収穫祭
その数日後、いつも通り作業をしに行こうと朝起きると、母がいつもと違う服を着ていた。いつもは完全に薄汚れたボロ布だが、今日はその中でも比較的まだマシな服を着ている。私も母にされるがまま、この間サロメにもらった比較的綺麗めな服を着せられ、髪を櫛で整えられる。私は目を白黒させながら聞いた。
「なあに? 今日、何かあるの?」
「レノ、今日は収穫祭よ」
「……しゅうかくさい??」
そんな当然のイベントですよ、みたいに言われても。
どうやらこの村には、秋口に収穫祭というイベントがあるらしい。一年間、たくさんの実りをありがとう! と領主様に感謝を捧げるお祭りとのこと。てっきりその感謝の気持ちを神様に捧げるのかと思ったのだが、やはりここは私の常識と少し違っていた。
手早く朝食を採って、見た目を整えた私たちは、母に手を引かれるがまま少し速足で広場へと向かった。広場への小道にも村人の姿がちらほら見えたので、本当にみんなが作業をせずに広場に向かっているのだということを実感し、私は感心しながら歩いた。よそ見をしていたせいで躓きかけて、母にちゃんと歩きなさいと叱られた。
歩きながら、母からは、収穫祭は村にとっても領地にとっても大切な儀式なんだよ、という話だけを聞かされた。
無事に広場に着くと、そこには台車を引いた男たちがたくさんいた。今日はどの家も、本当に農作業等といった作業をキャンセルしてここに集まってきているようだった。行商人が来た時以上に人口密度の上がっている広場を見て、私はぱちぱちと瞬きを繰り返した。
「レノ!」
サロメの声だ。きょろきょろと辺りを見渡すと、人の間からひょこっとサロメが顔を出した。上手に人の合間をぬって、こちらへやってくる。
「サロメ! 今日は収穫祭なんだね?」
「そう、今日は収穫祭よ」
「……で、何をする日なの?」
「レノったら……」
そうは言いながらも、レノが知らないことなんて知ってた、と言わんばかりにサロメはくすくすと笑った。大事な儀式の日なのはわかったが、具体的に何をするのかはまだ知らされていない。
「ごめんなさいね、レノは本当に何も知らないの。収穫祭も参加するのは初めてで……」
「はい、そうだと思いました。レノ、収穫祭について教えてあげる! おばさん、レノを連れて行ってもいいですか?」
「……ええ、もちろんよ。でも、大丈夫かしら? まだレノには何も教えていなくて……」
「大丈夫ですよ、私がそばについてますから!」
サロメに手を引かれて、心配顔をしている母と繋いだ手を離し、私たちは人の合間をぬっていく。
どこに連れていかれるのかと思えば、あっという間に視界が広げたところに来た。広場の中心部には多くの台車が準備されていて、そこには山ほどの食材や、捕らえた獣が丸々乗せられていた。お供え物だとピンときたが、何故それが広場のど真ん中に置かれているのかは分からない。
ただ、その台車を取り囲むようにして、人々はまるで停止線があるかのように整列していた。そこから先に入ってはいけないのだと、暗黙のルールがあるようだった。
私がサロメを見ると、サロメは台車の近くを指さした。
「見て、あそこに母さんと父さんがいるの」
「ほんとだ」
おばさんとおじさんが、停止線の向こうにある台車のそばに立っていた。いつもよりきれいな格好をしている。もちろん、サロメも綺麗めな格好をしているし、この広場に集まっている人たちは、珍しくみんなそれぞれの正装をしてきているのだろうとピンときた。領主様に奉納するってことは、もしかして領主様が来たりするのかな? それとも、領主様という例えにしてるだけで、本当は領主様が取りまとめて神様に奉納するとか? とつらつらと考えていると、聞き覚えのある音が聞こえてきた。停止線側に少し身を乗り出して、音のする方へ目を細めた。
「あ……レノ、来たよ!」
ぐい、と肩を引っ張られる。サロメを見ると、ぴしっと立ったまま、胸を張っていた。慌てて私も同じように姿勢を正す。
予想通り、私が聞いた音は馬の足音と車輪の音だった。行商人と似た形の、荷馬車が来たようだ。だが行商人たちとは違って、手綱を握っているのは皆、同じ黒い服を着た人たちだった。袖や裾が長く、露出した肌がほとんど見えない。黒い服の人たちはフードがまですっぽりかぶっていて、見るからに異様だった。
そんな荷馬車が、私の前を通り過ぎていく。私は完全に見上げる姿勢となるので、角度的にフードの中身がちらりと見えた。もしかしたら、宗教関係っぽいふくよかな怪しいおじさんとか、神経質そうな牧師さんが来てるのかな。そんな私の予想に反して、フードの中は普通の男性だった。一人は私がじっと見ていることに気づき、にこりとまで微笑んでくれた。てっきり怪しい集団かと思ったのだが、案外愛想が良い。何者だろうか?
「サロメ。だあれ? 領主様の使い? それとも宗教関係の人?」
「しっ! レノ、喋っちゃだめ!」
こっそりサロメに耳打ちしたが、サロメは慌てたように私を叱った。もしかすると、もうすでに神聖な儀式は始まっていたのかもしれない。久々に感じた自分の常識の無さに申し訳なさを覚え、大人しく口を噤んだ。
フードの集団は空の台車を引いていた。それを広場に整列させた後、サーラおばさんたちから食材が沢山乗っている荷台を馬に繋いでいた。数名がそれを手伝い、残りの黒いフードの人たちはそれぞれ立つ場所が決まっているのか、私たち村人の立つ方を向いて、等間隔を開けて立った。
「献上に、感謝を」
この中で一番偉いらしいフードの男が、サーラおばさんとダミアンおじさんに向かってそう言いながら、右手の拳を左手の手のひらにくっつけて、小さく会釈した。おばさんとおじさんは左胸に手を当てて、軽く膝を曲げている。と、次にフードの男は村の人たちが整列している私たちの方を見た。ぐるりと囲むようにいる村の人を見渡した後、再び同じように右手の拳を左手の手のひらにくっつけて、会釈をした。
その直後、側にいたフードの男たちも同じようにその行動を繰り返す。すると、挨拶を返すように、村の人々は左胸に手を当てて、軽く膝を曲げた。隣のサロメも平然とこなしているのを見て、私は慌てて胸に手を当てた。慌てすぎて左手を上げた後、逆だ! と素早く右手を左胸に当てる。近くにいた黒いフードの男が、クスクスと小さく笑っているのが聞こえる。は、恥ずかしい……。
ちらりと視線を上げると、そこには先ほど私ににこりと笑ってくれた男の顔があった。先ほどよりも近くで、しかもゆっくりとその顔を見ることができた。思ったより、男の顔つきは若い。少し釣り目で、精悍な顔つきをしていた。瞳は青く、フードの中にちらりと見える髪は短くて、赤褐色の色をしていた。
「今年も一年、多くの実りを感謝致します。領主様のお力をお返しするため、これらの富なる物々をどうか連れてお行き下さいませ。我々の父なる領主様に、祈りと感謝を」
声が聞こえたのでそちらを見ると、ダミアンおじさんが膝を地面につけてそう言っていた。サーラおばさんも同じようにその場に跪いている。
「この村に、領主様の祝福があらんことを」
フードの男は空で何やら書いた後、さっと踵を返した。空中で何を書いたのかさっぱり分からないが、単に儀式的なことらしく、だからといって何が起こるわけでもなかった。フードの男が荷馬車の方へと移動すると同時に、側にいた男たちもみな、担当の馬車のもとへと戻っていった。先ほどの愛想のよいお兄さんも自分の荷馬車に乗り込み、手綱を握った。その瞬間きらりと手元が光ったような気がした。だが、目を凝らしても何が光ったのかよく見えなかったので、見間違えかもしれない。
村人たちが静まり返る中、フードの連中はゆっくりと動き出し、やがてスピードをつけてその場から消えていった。その姿が見えなくなった頃、やっと広場にはいつもの活気が戻ってきた。
「よかったー、今年も母さんと父さん、きちんとお役目を果たせたよ」
サロメが安堵したように言った。周囲の大人たちも安堵ムード一色で、ぺちゃくちゃとお喋りをし始めている。すでに村人たちの列は崩壊し、人々はおばさんとおじさんにねぎらいの言葉をかけに行っていて、二人は村の人気者みたいにいろんな人から声をかけられていた。
「一体なんなの? 収穫祭って、今のことだったの?」
もう話してオッケーだと察した私は、さっそくサロメに聞いてみた。すると、すぐに後ろから声をかけられた。
「ばっかだなー! ほんと! レノは間抜けだ。間抜けのレノ、マヌケノだな!」
ヒューゴに馬鹿にされたかと思えば、ボーモンがひょいと現れ、サロメの顔を覗き込んでいた。サロメの近くには、いつの間にかロジーヌも集まってきている。
「やあ! こんな前の方にいたんだね。どこにいるのか、僕、ずっと探していたんだ。君と一緒に収穫式を見たいなと思っていたんだけど……来年の楽しみに取っておくよ」
ボーモンがにこにこと言ったが、サロメは私に向かって何か話そうとしていたタイミングだったらしく、口を開けたままどちらを優先させるべくかと固まっていた。
気付けば、私の隣にはマルタンが立っていた。一気にいつもの顔ぶれが集まってきたので、私は少し息を吐く。どうやら知らない間に、ちょっぴり緊張してしまっていたらしい。
「それで、一体どなたが答えてくれるのかは知りませんけど、今のは一体なんだったんでしょーか?」
各々わいわいと盛り上がってきたので、私は苛々とそう言った。その疑問に答えてくれたのは、人ごみを抜けて出てきたジョルジュだった。
「収穫式だよ。今年一年の収穫を感謝して、一部を領主様に返納するんだ」
「返納?」
「あーっ! もうっ! 今から説明するつもりだったのに! ヒューゴとボーモンが邪魔するからよ!」
ジョルジュの言葉に、奉納じゃなくて? と私はきょとんとしたのだが、それと同時にサロメが爆発した。私に収穫祭について説明しようとするたびに邪魔が入るせいで、思うように話せないうちにジョルジュが話してしまったので、拗ねているようだった。
それを聞いてヒューゴはうるせーな、という顔をしているし、慌ててボーモンは地面に膝をついて許しを乞うていた。サロメはそれを見てため息をついていた。
ジョルジュはそれを横目で見ながらも、私が先程の言葉の意味が分からなかったのだと思ったらしく、説明してくれた。
「……えっと、話を戻すけど。領主様に返すんだよ。この大地は領主様のものだし、僕たちが大地から育った野菜を食べたり、それを食べた獣たちを狩って生活できるのも、全て領主様のおかげなんだ。だからその御恩をお返しするために、採れたものの一部をあの方々にお渡しして、領主様のところへ持って行ってもらってるんだ」
「ふーん」
年貢みたいなもんかな、と私は適当に解釈した。
「このホーノーシキが終わると、あとは父さんたちの時間だ。俺たちは家に戻ろうぜ」
ヒューゴがそう言って、私の手を引っ張った。突然の衝撃に転びそうになったところを、慌てたマルタンが支えてくれた。
「ヒューゴ。レノはまだ小さいんだ。あまり力いっぱい手を引いちゃダメだろう」
「うるせえ! だいたい、レノムシが悪いんだ。いつまで経っても、こんなチビのまんまだから」
「いつまで経ってもと言われても……」
出会ってからそんなに経ってないでしょ、と指摘すると、ヒューゴは不機嫌そうな顔をより一層不機嫌そうにした。ふん! とそっぽを向いて、私の手を掴んだまま歩き始める。どうやら本当に家に戻るつもりらしい。力ではどうあがいてもヒューゴに勝てないので、私は自動的にヒューゴと一緒に歩き始めることになった。
「父さんたちの時間って? ダミアンおじさんたち、これから何をするの?」
私が大人しくついてきたことに機嫌を良くしたのか、ヒューゴは胸を張ってニヤッと笑った。
「これから、父さんたちが集まって、酒を飲むんだ」
「え? 狩りの日と同じってこと?」
「同じじゃねえ! ……まあ、似てるけど。でも、狩りの日は、狩りに行った男たちの祝杯だけど、今日は違う。今日は、大人たち全員で集まって、一年のお祝いをするんだ」
「そう。一年お疲れさまでしたっていう、お酒の席になるの。たくさん食料が持ち込まれていたでしょ? 本当に全部領主様にお渡しするわけじゃないわ。お渡しするのは、ほんの一部。残りは今から宴として飲み食いするみたい」
フードの男たちが持って行った荷馬車を思い出した。あれがほんの一部って、すげーな。どんだけ豊作なんだ? というか、今の分かりやすい説明はサロメがしてくれた? 振り返ると、そこには先ほどのメンツが全員いた。帰り道が同じなので、まあ当然といえば当然か。
「今年はすごく豊作な一年だったみたいよ。だから今年は宴も豪華になるんですって。残り物は各家庭に配られるから、私たちにとっても悪い日じゃないのよ?」
サロメはそう言って、嬉しそうに顔をほころばせた。労せずして食事が出来るならそれにこしたことはない。私も思わずにこりとほほ笑んだ。
「あれ? でも、っていうことは、収穫祭って子供は参加できないってこと?」
「まあ、そうなるな。でも、ちゃんと一人前と認められれば、参加していいってことになってるから。レノはまだまだずっと先のことになるだろうけど、僕はもうすぐなんだ」
ジョルジュは誇らしげにそう言った。ということはつまり、母はあの場に残って収穫祭に参加するのだろう。だから私をサロメに預けたのかもしれない。うーん、じゃあ帰っても、お昼ご飯は無いのか。
「どうしたの? レノ」
私が考え込んでいるように見えたらしい。サロメが首を傾げた。
「お昼ご飯どうしようかなと思って」
「だったら俺んちで、」
「レノ。僕の家に来ないか?」
ヒューゴが何か言いかけたが、後ろからマルタンの声が飛んできた。驚いて足を止めて振り返る。ヒューゴが苦々しげな顔をしているのがちらりと見えた気がした。




