第7章 カーロスの自室にて
首なし死体が見つかった、あの衝撃的な事件から2週間が経とうとしていた。
学校の自室で、カーロスはコーヒーを持ちながら椅子に座り、考え事をしていた。
まさか、このグレイグ魔騎士防衛学校であんな事件が起こるとは……
カーロスが思う。
コーヒーを持っていた手に自然と力が入る。
カーロスは首なし死体事件が起きてからろくに眠る事が出来ていなかった。
それは事件の重大性のため、対応に追われていたというのもあるが、それ以前にこの学校にこれだけの魔騎士や魔道士がいながらもまったく勘づかれる事なく、事件を起こした者がいるという事実に不安を覚えていたのだ。
その時、カーロスの自室のドアが勢いよく開かれた。
ドアは壁にぶち当たり、大きな音をたてる。
そこにあわただしく男が入ってきた。
背は185センチくらいの体型ががっしりした筋肉質の男で、スーツを着込んでいるがそのスーツの上からでも、身体を鍛えているのが一目見て分かる。
短髪の額には軽く汗が浮いていた。
「カーロス!」
その男が俳優のような顔を歪めながら言う。
「なんだよ!いきなりドアを潰すくらいの勢いで入ってきて!」
とカーロスが、男の方を見ながら言った。
「カーロス!」
と男が言う。
「だから何なんだよ!デュペル刑事」
デュペル刑事と呼ばれた男は、歪めていた顔を笑顔に変え
「なんだったか忘れた。」
と言った。
一瞬カーロスがコーヒーを落としかける。
「な、なんなんだよ!それ!」
とカーロスが言う。
デュペル刑事は、右手で頭を掻きながら
「なんだったかなあ」
と言う。
カーロスがふうっと一息つく。
そして、カーロスが少し微笑む。
デュペルは、カーロスの学生時代からの友達だった。
今は、この国の国民警護局、警備隊第1部隊の隊長である。
カーロスが魔騎士で他国との紛争などに派遣される事とは、対照的に、国民警護局は国内の出来事などを対処する機関である。
そこに、属する者は魔法と剣術を同じように鍛えられ、魔騎士や魔導士のように
どちらかに特化した能力がある訳ではないが
高いレベルで剣術も魔法も鍛えられているためあらゆる出来事に対処しやすい機関だった。
「そのちょっと抜けている所は変わらないな」
とカーロスが微笑みながら言った。
デュペルは頭を掻きながら
「いやー」
と言った後、はたと動きを止める。
「そうだ。思い出した。」
そして、左手で持っていた書類をカーロスが座っている椅子の前の机に勢いよく置いた。
「この死体検案書を見てほしい」
とデュペルが言う。
カーロスは、一度、椅子から腰を少し上げ座り直し、書類を見た。
ギッと短い悲鳴のような音を椅子が上げる。
カーロスがその検案書を隅々まで読む。
そしてある一点で目を止めた。
……。
DNA情報がない……。
カーロスが思った。
デュペルは、カーロスが何を察していたのかが分かるかのように
「そうなんだ。この死体には、DNA情報がないんだ」
と言った。
カーロスは他の所も見る。
最後の行には、生徒数532名の数字が書かれてあった。
……。
人数が減っていない。
講師陣もそうだ。
毎朝、皆出勤している。
一人も欠けていない。
欠けるとすぐにわかるからだ。
どういう事だ。
カーロスは一瞬深く考えたが
すぐにある事実にたどり着いた。
生徒もしくは、講師に何者かが紛れ込んでいるという事だ。
そして、その輩は、何が目的なのか分からないが今もずっとこの学校内にいて、皆に気付かれていない。
カーロスはゆっくりとデュペルを見る。
デュペルは、カーロスの方をじっと見ている。
コーヒーからは、香ばしい匂いが褪せる事なく立ち上っていた。
デュペルは少し声を低くし言った。
「どう思う?」
カーロスは持っていた書類を、机の上に置きながら
「ここまで、完璧に入り込むという事とDNA情報すら残さないような殺し方を出来るやつはそうはいない」
と言った。
「ああ」
デュぺルが言う。
「相当高いレベルでの魔法の使い手だな」
カーロスが言った。
そして、一度カーロスはコーヒーで口を湿らすと
「闇魔法か」
と言う。
デュぺルはカーロスのその言葉を聞くと大きく頷いた。
「そうだ。人に紛れ込むような魔法の性質や、人の身体からDNAの情報を抜き取るような性質の魔法は、闇属性の魔法しかない。しかも相当高いレベルだ」
デュぺルが言う。
「信じられない」
カーロスが言った。
「この学校は、デュぺルも知っていると思うが光の魔法の結界を張っている。不審者が入って来たらすぐにその結界が反応し、我々に気付かれる。ましてや、闇属性の魔法など、真逆の属性を持つ光の結界が一番よく反応するはずなんだが」
カーロスはそこまで言うと一度言葉を止めた。
「そこはまだ何も分からないんだ」
デュぺルが言う。
そして、続けざまに
「しかし、つい最近、ある国の刑務所から受刑者が脱獄した事件が起こった」
と言った。
カーロスは、デュぺルの方を向き一瞬目を細めた。
「ゴズリフ・ユプか」
カーロスが言う。
「流石に情報が早いな」
デュぺルがすかさず言った。
「そうだ。しかも、脱獄された刑務所はあの難攻不落だと言われていたドグマ・カズラだ。
あの刑務所も、強い光属性の結界を張っていた」
デュぺルが続けて言う。
カーロスは無言でデュぺルの言葉を、反芻していた。
「闇属性のゴズリフにとっては最悪の場所に捕らえられていたと言うべきだろう」
デュぺルが言う。
「つまり」
カーロスが口元に手を置きながら言った。
カーロスが何かを考えている仕草だ。
「ゴズリフには脱獄が難しいか……」
カーロスは、自分だけに聞こえるような声で呟いた。
少し考える。
デュぺルも何も言わない。
「協力者がいる……。か?」
カーロスが言う。
デュぺルがカーロスを見つめる。
「国民警護局ではその線が濃厚なのではないかと考えている」
デュぺルが言った。
「しかし、それにしても、人間にドグマ・カズラの結界を打ち破る事が出来るような者がいるのか?
世界最高の魔道士を100人集めて来ても無理だろう?」
カーロスが手を両手を広げ言う。
「確かにそうなんだ。
しかも、奇妙なんだが、ドグマ・カズラの結界に破られた形跡や、何かをされた痕跡は無かったんだ」
デュぺルが言う。
「なに……?!」
カーロスが言う。
どういう事だ。
結界に何か少しでも異変があれば必ず痕跡が残る。
敢えてそういう作りにしているのだ。
なんの痕跡も残さないなんて
そんな事、現代の魔法で出来るのか?
再びカーロスが考え込む。
何か……。
何か得体の知らない事が起こっているような気がする。
カーロスは今まで感じた事がないくらい
大きな胸騒ぎを感じていた。




