【第5話】ジンの転生と因縁
またしても手がかりを掴めなかった。
ジンの決して消えることのない呪われた記憶のフィルムが、静かに脳内で再生され始める。
あれは、別の世界の日本という国で、御蔵 仁という名の平凡な大学一年生として生きていた頃の記憶だ。
オレには優しい両親と、魔導書の少女リナにそっくりな、愛らしい幼い妹の莉奈がいた。
あたたかい家庭があり、当たり前の日常がずっと続くのだと信じていた。
その日常が音を立てて崩れ去ったのは、大学の講義が休校になり、早めに帰宅したあの日だった。
記憶の映像が、赤い血の色に染まっていく。
「あれ?鍵が開いてる……」
いつもなら鍵がかかっているはずの玄関ドアを開けた瞬間、鼻を突いたのは、むせかえるような鉄の臭いだった。異様な雰囲気を感じたオレは、足音を忍ばせながら静まり返った廊下を抜け、そっとリビングの扉を開けた。
そしてそこには、想像を絶する地獄が広がっていた。
血だまりの中のダイニングテーブルに、両親と妹が座っている。そして、その妹の横でごそごそと何かをしている、仮面を被った一人の男がいた。
その時オレの脳裏に、近頃世間を騒がせている連続殺人鬼、『スマイル』のニュースが思い出された。
スマイルの手口は、異様にして極限の残忍さを伴っていた。ロープなどの道具は一切使わず、小型の刃物を用いて身体に長時間、ゆっくりと傷を付け、少しずついたぶって出血多量で死なせる。さらに犠牲者が絶命した後は、その口を耳まで裂き、強制的に笑顔を作り放置するという、死体をおもちゃのように扱う異常なシリアルキラーだった。
オレが部屋に踏み込んだその時、妹の顔はまさに犯人の刃物によって、特徴的なスマイルマークに加工されている最中だった。瞳から光が消え、口が耳まで裂けた妹の顔を見ながら、犯人は小さな笑い声を漏らしていた。
その光景を目撃した瞬間、オレの理性は完全に吹き飛んだ。
オレは獣のような叫び声を上げ、スマイルの背中へと捨て身で飛びかかった。
『こいつを殺す!』
ただその一念だけだった。
スマイルは驚きながらも振り向き、持っていた刃物をオレの身体へと何度も突き立ててきた。腹を、胸を、肩を、鋭い刃先が何度も貫き、自分の体内から熱い血が止めどなく溢れ出していくのが分かった。だが、どれだけめった刺しにされようと、どれだけ視界がかすんでいこうと、オレは絶対に奴の首から手を離さなかった。
両親を、そして莉奈を奪ったこの悪魔だけは、絶対にここで殺す。
両手の指に全身全霊の力を込め、スマイルの首を締め上げ続けた。やがて相手の抵抗が徐々に弱まり、『笑い顔の仮面』ごしのその目から生命の光が消え去っていくのと同時に、大量出血を起こしていたオレ自身の心臓もまた、静かにその鼓動を止めた。
スマイルと相打ちになり、オレは死んだ。
だが、次に意識を取り戻したとき、オレは真っ白で無限に広がる空間に立っていた。
痛みが消え、身体の傷も残っていない。呆然とするオレの目の前に、神と名乗る存在が現れた。そして神様は静かに、ある事実をオレに告げた。
「死ぬ間際に強大な恨みを残した君は、異世界に転生する権利を得た。だが君が殺した相手も、すでに同じ世界に転生したようだ」
「あ、……あいつも……」
「転生者にはスキルが一つ与えられるが……どうやら君には三つ与えられるようだ。君のご両親と妹さん、三人の魂の共鳴によるものだろう。ただ、どんなスキルが得られるかは私にはわからない。スキルは君自身が、心のどこかで一番求めている力が手に入る。転生すれば自ずとスキルがわかるであろう」
自分が殺したはずの、あの笑顔を刻むシリアルキラー『スマイル』もまた、同じ異世界へ転生したという神の言葉。
無念の死を遂げたオレの中に残ったのは、あいつに対する無限の憎悪だけだった。なぜあんな悪魔が、別の世界で新たな生を受け、今この瞬間ものうのうと生きているのか。
転生者がスキルを一つ得るルールがあるなら、奴も異世界で何らかの力を手に入れ、今もどこかで同じような快楽殺人や残虐な行為を繰り返しているに違いない。
「あいつは、オレが転生することを知っているのですか……?」
「いいや、相手は君より先に死に、そして先に転生した。君が転生することを知るすべはない」
そうか、知らないのか……。
(生まれ変わったからといって、許されると思うなよ!)
そしてオレは三つのスキル、『魔導書』『因果の鎖』、そして『冥府の天秤』を手にし、この異世界で復讐代行を始めたのだ。
復讐屋を営み続けていれば、いつか必ずあいつに恨みを持つ者が、この店へ復讐の依頼をしにやってくるだろう。
オレは必ずこの異世界でスマイルを見つけ出し、オレの家族を奪ったあいつだと因果を確定する。
そして最後はオレ自身が復讐の依頼主となり、スマイルを永遠に続く拷問魔法の地獄へと沈め、二度と転生させないと誓った。
それまでは、オレは絶対に立ち止まらない。
ジンは前世の凄絶な記憶と決意を胸の奥にしまい込み、目の前でうろたえるバルドと、それを憎悪の目で見つめるエレーナへと静かに意識を戻した。




