【第4話】ファラリスの雄牛
「贖罪執行、『ファラリスの雄牛』!」
ジンの言葉と共に、上空に魔法陣が浮かび上がる。魔法陣から重々しい何かが出現し、ズシンと音を立てて床に鎮座する。
それは、等身大の牛の形をした巨大な青銅の像だった。腹部の側面には扉がついており、内部は空洞になっている。
「これなぁんだ?知らないなら教えてあげるね!これは『ファラリスの雄牛』っていう魔法の拷問道具だよ!」
リナが楽しそうに「カンカン」と青銅の牛の背中を叩きながら、事務的な明るい口調で解説を始めた。
「この牛さんの中はとっても広いから、人が一人すっぽり入れるの。そして扉を閉めて、お腹の下でめらめらと火を燃やすんだよ!中の人は熱くてたまらないから大声で叫ぶんだけど、その悲鳴が牛さんの口から出ると、まるで本物の牛が鳴いているみたいに聞こえるの!すっごく面白いでしょ!」
「な、なにを言っているんだ……この狂人どもめ!俺に触るな!近づくんじゃない!」
バルドは恐怖に顔を引きつらせ、後ずさりしようとした。だが召喚されたターゲットが、この精神世界、『因果の間』の支配者であるジンたちに逆らうことは絶対にできない。因果の鎖が生き物のように蠢き、バルドの手足を縛り上げ、引きずりはじめた。
「やめろ!金なら払う!いくらでも払うから助けてくれぇぇぇっ!そ、そうだ!お前を俺の従者にしてやろう!どうだ?金も女も思い通りだぞ!」
「あははっ、ムダだよ!お兄ちゃんはそんな物に興味はないんだもん!さあ、一名様ごあんなーい!」
リナが甲斐甲斐しく雄牛の扉を開くと、因果の鎖が必死に抵抗するバルドを、青銅の牛の腹の中へと軽々と引きずり込んだ。
ガチャン!
と重い金属の音を立てて、リナが扉の鍵を閉める。
「キャハハハッ!それじゃあ、楽しい宴のはじまりだよ!」
リナの明るい合図と共に、青銅の牛の腹の下で、轟音を立てて魔法の業火が燃え上がった。
分厚い青銅がみるみるうちに赤色に熱され、内部の温度が急激に上昇していく。直後、神殿の空間に、まるで野獣が咆えるような凄まじい叫び声が響き渡った。牛の口に仕込まれた管を通して変換された、バルドの苦痛に満ちた絶叫だった。
「因果の間では、誰の生命も奪うことはできないシステムになっている。つまり、どれだけ焼かれようと、気絶することも死ぬことも許されない」
ジンは冷徹な視線で炎に包まれる青銅の牛を見つめていた。死が訪れない精神世界だからこそ、苦痛は決して終わることなく永遠に継続する。
神殿に響く狂気の咆哮と、それを傍らで楽しそうに眺める少女リナ。悪を裁く拷問魔法の宴が、エレーナの眼の前で繰り広げられていた。
激しく燃え盛っていた魔法の業火がゆっくりと勢いを失い、やがて完全に消え去った。
因果の間に響き渡っていたバルドの凄惨な絶叫も、炎の消失とともにぴたりと止まった。静寂が戻った因果の間で、青銅の牛の像だけが、まだ熱を帯びて赤く鈍い光を放っていた。
「はーい、おしまい!一回目、お疲れ様でした!」
リナが無邪気な声を響かせながら、まだ熱を帯びる扉の持ち手を平然と掴み、鍵を開ける。
ガチャンという重い金属音とともに扉が開くと、中から「どさっ」とバルドのようなものが、床へと転がり落ちた。
高価なシルクの部屋着は焼き尽くされ、全身の皮膚は炭のように黒焦げになり、炭化する一歩手前で辛うじて人の形を保っているという惨状だった。肉体がない精神世界だからこそ、これほどの苦痛を受けても命を落とすことはない。バルドの胸は不規則に上下し、まだかすかに息があった。
エレーナはそのあまりにも凄まじい光景に、息を呑んで立ち尽くしている。
「な……なんてむごい……」
だが、異変はすぐに起きた。
床に倒れ伏していたバルドの黒焦げの身体が、淡い光に包まれた。すると、焼き剥がれていた皮膚が急速に再生し、煤が消え去り、ほんの数秒のうちに何事もなかったかのように元通りの姿へと戻っていったのだ。
バルドは信じられないといった様子で自分の両手を見つめ、何度も肌を撫で回した。
「な、なんだ……?熱くない……痛みが、消えた……?お、俺は助かったのか!?」
自身の無事に激しく戸惑い、歓喜の表情を浮かべるバルド。しかし、その安堵は一瞬で打ち砕かれる。
コツ、コツ、と静かな足音が神殿の床に響いた。
バルドが恐怖に顔を強張らせて見上げると、そこには感情の読み取れない静かな瞳で見下ろすジンの姿があった。
ジンはバルドの目の前に立ち、冷徹な声で問いかけた。
「お前は犠牲者に笑顔を刻む、殺人鬼を知っているか?」
バルドは恐怖のあまり目を剥き、言葉に詰まりながらも、必死に首を横に振った。
「な、なんの話だ!?……し、知らない!笑顔を刻むなんて、意味がわからん!そんな異常な奴は知らない!」
嘘をつくことが決して許されないこの因果の間において、バルドの言葉は真実だと断言できる。どうやら本当に知らないようだ。
「そうか……。お前も、知らないのか……」
ジンはわずかに瞳の奥に落胆の色を滲ませたが、すぐにそれを消し去り、いつもの冷酷な表情へと戻した。




