【第3話】開かれる門と魂の告白
「因果確定、解錠!」
静まり返ったアンティークショップの査定室に、ジンの詠唱が響き渡った。
ジンの冷徹な声が虚空に響いた瞬間、彼の周囲の空間がガラスのように砕け散った。そして重々しい地響きと共に、目の前に鎖が何重にも巻き付いた巨大な門が現れた。鎖がほどけ門がゆっくりと左右に開くと、その中から目まぐるしい光の奔流が溢れ出し、ジンの身体が光の粒子となり門へと吸い込まれていく。
ギィィィ……ゴゴン……。
門が閉じた後には最初から何もなかったかのように、査定室はもぬけの殻となり、静寂だけがそこに残った。
肉体を精神体へと変換したジンが訪れたのは、色とりどりのステンドグラスから神秘的な光が差し込む、巨大な神殿内部のような空間だった。
そこは『因果の鎖』が作り出す精神世界、『因果の間』。
「辿れ、魂の道しるべを!」
ジンが空中に右手をかざし詠唱すると、虚空から無数の黒い鎖が飛び出した。ジンの第二スキル『因果の鎖』である。依頼主が「天秤の皿の上」と唱え契約を結んだ時点で、その魂は既にスキルの力によってとらえられていた。
たとえ現実世界でどれだけ離れた場所にいようとも、何をして過ごしていようとも、因果の鎖から逃れる術は存在しない。
鎖が向かったのは、街の片隅にある質素なアパートの一室。夜の闇の中、ベッドに横たわり深い眠りについていたエレーナの胸へと鎖が吸い込まれる。就寝中だった彼女の精神だけが、肉体を寝室に残したまま、この異空間へと強制的に引き寄せられた。
神殿の床に降り立ったエレーナは、自分の身に起きた現象に驚き、呆然と周囲を見回した。
「ここは……?私は確かに、家のベッドで寝ていたはず……」
そんなエレーナの魂から伸びる、不可視の因果の糸を辿り、黒い鎖はさらに遥か遠くへと突き進んだ。どれほど分厚い壁に守られていようと、どれほど強固な警備を敷いていようと、証明された因果の鎖はすべてをすり抜ける。
ジャラジャラと重い金属音が響き、神殿の床にもう一人、男の精神が鎖によって引きずり込まれた。
「な、なんだここは!?お前たちは誰だ!」
床に転がった男は、パニックに陥りながら叫んだ。豪華なシルクの部屋着を身に纏い、酔って顔を赤くしたその男こそ、貴族オルコット家の三男、バルド・オルコットだった。現実世界の自室で一人、酒盛りを楽しんでいた彼の精神だけが、因果の鎖によって強制召喚されたのだ。今頃彼の肉体は、突然の昏睡状態に陥っていることだろう。
「バルド……!」
エレーナが憎悪に満ちた声を絞り出す。その声に気づいたバルドは、エレーナの顔を見て声を荒げた。
「お前は……あの時の裁判にいた貧民の女か!貴様、俺に何をした!これは……魔法か?!こんなことをしてタダで済むと思っているのか!俺はオルコット家の貴族だぞ!すぐにここから出せ!」
傲慢に怒鳴り散らすバルドを見下ろし、ジンは感情の読み取れない静かな瞳で告げた。
「オレは調停者ジン。ここは『因果の間』、精神の世界だ。現実世界の身分や金は、ここでは一切の意味を持たない」
「ふざけるな!大体なんだというのだ!あの貧民の娘が勝手に俺の馬車の前に飛び込んできただけだろうが!俺は被害者だ!」
バルドは自身の正当性を主張しようと声を張り上げた。だが次の瞬間、彼の口が自身の意志を無視して勝手に動き始めた。
「あんな薄汚い平民の小娘、俺の馬車の進路を邪魔したから鬱憤晴らしに轢き殺してやっただけだ!馬車の車輪で骨が砕ける音が最高に笑えたぜ!金は少しかかったが、裁判官も警察も父上の犬だ。平民一人の命なんてゴミ屑と同じなんだよ!」
自身の口から飛び出したあまりにも醜悪な本音に、バルド自身が一番驚き、両手で口を覆った。
「な、なんでだ!?なんで俺はこんなことを言っている!?」
「言ったはずだ。ここは精神の世界。自分の魂に嘘をつくことは決してできない」
ジンの冷酷な宣告が神殿に響く。嘘がつけないこの空間では、犯人がどれだけ言葉を飾ろうと、反省ゼロの醜悪な本性がそのまま露わになるのだ。
「そんな……本当に、あなたが妹を……その時の気分で殺したというの……!」
エレーナは絶望と猛烈な怒りに全身を震わせ、その場に崩れ落ちた。決定的な真実を目の当たりにし、もはや弁明の余地はどこにもない。
ジンは左手を空中にかざし、豪奢な装丁の分厚い一冊の魔導書を取り出した。第一スキルである魔導書である。
ジンが本の表紙を開くと、ページが自動でパラパラとめくれ、特定のページが激しく発光する。その開かれたページから溢れ出た光が虚空でまとまり、一人の少女の姿となって飛び出してきた。
魔導書であるリナは、現実世界では人の姿か本の姿のどちらかでしか存在できないが、この精神世界においては違った。
「アハハッ!すごいね、お兄ちゃん!この人、平民をゴミ屑だって言ってるよ!さて、ゴミ屑はどっちなんだろうね?」
魔導書の中から出現したリナが、バルドを見下ろしながら無邪気に笑った。
普段の可愛らしい妹の面影は消え去り、その瞳には狂気めいた怪しい光が宿っている。彼女はまるで楽しいお遊戯会が始まるかのようにキャッキャッと手を叩いた。
「リナ、準備を頼む」
「うんっ!任せて、お兄ちゃん!悪いゴミ屑さんには、特別なお仕置きが必要だよね!」
ジンが魔導書を持つ左手に魔力を込めると、自動的に本のページがめくられ、そこに記述された『拷問魔法』の文字が輝きを増した。
「贖罪執行、『ファラリスの雄牛』!」




