第1話:炎の中の王子様
王立学園の特別講堂はその日、熱気とざわめきに包まれていました。
年に一度開催される、学園主催の魔導具展覧会。
高い天井に巨大な魔導シャンデリアが輝く豪奢な講堂には、生徒たちの研究成果である様々な魔導具がずらりと展示されています。
わたし、シャルロット・エリュシオンは、親友のナディアと共に会場の隅から『ある人物』の姿をそっと見つめていたのです。
「今日も麗しいですわね、レインハルト様」
「ええ、本当に……。あんなに遠くにいらっしゃるのに、どうしても目で追ってしまうわ」
熱っぽい吐息をこぼすナディアに同意しながら、わたしは薄紫色の髪をそっと耳にかけました。
群衆の中でも一際目を引く、艶やかな黒髪に、射抜かれるような金色の瞳。
ヴァルテンベルク公爵家の一人息子であり、魔導の血筋と才能から、すでに『王国最強』と噂され始めている魔法専科の天才、レインハルト・イル・ヴァルテンベルク様です。
「まだご婚約されていないようだけれど、きっと魔導の名門のご令嬢と縁談が進んでいるわよ。私たちなんか、手が届かない存在よね」
「そうね。わたし達のような魔法に乏しい普通科の生徒にとっては、住む世界が違いすぎるもの」
ナディアの言葉に、わたしは少しだけ緋色の瞳を伏せました。
胸の奥がズキンと小さく疼く。
遠巻きに見つめるだけでいいのです。
分かっている。
手の届かない、夜空に輝く星のような彼への、淡い憧れ。
遠くから見つめるだけで十分。
彼がこの視界に存在してくれるだけで、わたしの平凡な毎日は少しだけ鮮やかになる。
だから、この恋心にも似た淡い気持ちは、一生誰にも明かさない秘密にしておくつもりでした。
「あちらのブースは、天候を操る小箱みたいよ。見に行きましょう!」
「ふふっ、待ってよナディア、そんなに引っ張らないで」
他愛のない会話を交わし、笑い合っていたその時でした。
――キィィィンッ!
突如、鼓膜を劈くような甲高い異音が講堂全体に響き渡ったのです。
「え……?」
ざわめきがピタリと止まります。
音の震源地は講堂の中央に設置された一際大きな魔導具の展示台でした。
そこから不自然で禍々しい青い光が漏れ出し……次の瞬間、轟音と共に真っ赤な炎へと変貌し、爆発的な勢いで四方八方へと燃え広がったのです。
「きゃあああっ!」
「逃げろ! 魔導具の暴走だ!!」
平和だった講堂は一瞬にして阿鼻叫喚の地獄へと変わっていく。
割れるガラス、吹き飛ぶ展示台。
悲鳴と怒号が交錯し、パニックに陥った生徒たちが雪崩を打って出口へと駆け出します。
「シャルロット、早く! こっちよ!」
「ナディア……っ!」
ナディアに手を引かれ、わたしも無我夢中で走り出しました。
しかし、恐怖で我先にと逃げ惑う群衆の波は凄まじく、誰かの強い力でドンッと肩を突き飛ばされてしまったのです。
「あっ……!」
足がもつれ冷たい大理石の床へ叩きつけられる衝撃。
直後、右足首から「グキリ」と鈍い音が響き、焼けるような痛みが脳裏を突き抜けます。
「シャルロット!」
「来ないで、ナディア! わたしはいいから早く逃げて!」
「でも……っ!」
炎はすでに猛烈な熱風となり、猛スピードでこちらへ迫っていました。
泣き叫ぶナディアは、非情な群衆の波に飲み込まれ、あっという間に人込みの奥へと消えていってしまう。
(立てない……っ、動いて、わたしの足……!)
必死に床を這おうとするけれど、右足を動かそうとするたびに激痛で視界が真っ白に染まる。
激しい黒煙が肺を侵し、喉が焼けつくように咳き込みます。
(熱い。息が、できない)
死の恐怖に、身体がガタガタと震えます。
誰も助けになんて来てくれない。
(こんな惨めな場所で、わたしは一人で死んでいくのでしょうか……)
あんなに遠くにいた、あの美しい金色の瞳を最後にもう一度見つめることすら叶わずに。
涙で視界が滲み、わたしは恐怖に耐かねて深く目をつむり、身を縮こまらせた。
ゴォォォという耳障りな音を立てて、業火がまるで飢えた獣のようにわたしへと牙を剥きます。
その時でした。
「――『絶対零度の盾』」
ひどく涼やかな、それでいて凛とした男性の声が耳に届きました。
直後、わたしの体を包み込んだのは、わたしを焼き尽くすはずの灼熱の炎ではなく。
ひんやりとした心地よい冷気だったのです。
恐る恐る目を開けると、わたしの目の前に透き通るような美しい氷の障壁が展開されていました。
荒れ狂う炎が壁にぶつかり、シューッと音を立てて無害な白い蒸気へと変わっていきます。
「怪我はないかい?」
その声に振り返り、わたしは息を呑みました。
燃え盛る赤い炎を背にして立っていたのは、他でもないレインハルト・イル・ヴァルテンベルク様だったのです。
艶やかな黒髪が熱風にふわりと揺れていました。
整った横顔はまるで精巧な神の彫刻のようで。
あの遠くから見つめていた金色の瞳が、今は真っ直ぐに、倒れ込むわたしを静かに見下ろしていたのです。
彼が腕を横に一閃すると、炎を噴き出していた魔道具は木っ端微塵に弾け飛びました。
「……あ、あの……レイ……ルト様……」
声が震えて、言葉がうまく出てきません。
恐怖からではありませんでした。
ずっと憧れていた彼が、圧倒的な力でわたしを救い出してくれた事実に、心がすっかり縫い留められてしまったのです。
彼は制服の裾を翻し、静かにわたしの前にしゃがみ込みます。
そして、その形の良い手を差し出しました。
「立てる? 足を痛めたみたいだけれど」
「は、はい……。あの、助けていただいて、本当にありがとうございます……っ」
彼の手を取ると、大きな手のひらから確かな温もりが伝わってきました。
途端に、張り詰めていた緊張の糸がプツリと切れ、わたしの緋色の瞳からポロポロと大粒の涙がこぼれ落ちます。
「あ、ごめん。まだ痛むよね。」
彼はひどく落ち着いた優しい声でそう仰りながら、もう片方の手でふわりとわたしの足首を撫でてくださいました。
ドクン、と心臓が大きく跳ねました。
はじめて男の人の手に触れられて、しかも憧れの方に。
わたしの頬はきっとゆでダコのようになってしまっていたでしょう。
周囲の騒がしさも。
焦げ臭い空気も。
足首の痛みさえも。
すべてが遠くへ霞んでいきます。
ただ、目の前にいらっしゃる彼だけが、わたしの世界のすべてを色鮮やかに染め上げていたのです。
「痛みを和らげる魔法だけかけよう。基本は自己治癒力に任せた方がいいから。……君の名前は?」
「シャ、シャルロットです……。シャルロット・エリュシオン……」
「そう、シャルロット。さあ、一緒に外へ出よう」
「ひ、ひゃい」
「……ふっ」
恥ずかしさのあまり思わず変な声が出てしまったわたし。
レインハルト様はくすくすと笑いを堪えていらっしゃいます。
そして、軽々とわたしを抱き起こし、優しく肩を貸してくださったのです。
彼の制服から漂う、微かなインクと冷たい魔力の香り。
すぐ隣にある、見とれてしまうほどに整った横顔。
(ああ……どうしましょう)
足の痛みなんて忘れてしまうくらい、胸の奥が熱くて。
甘く締め付けられて、苦しいのです。
「行くよ?」
「は、はい」
どきどきと高鳴る心臓の音ですべてがかき消されていく。
至近距離の彼の体温がやけに近くて顔に熱がこもる。
恥ずかしくなって、その時わたしはすっかり俯いてしまったのです……。
ここまでお読みいただきありがとうございます!
こちらは「黄金の檻 〜全てを捧げる最強魔導師の極上愛に溺れて幸せです〜」という作品の前日譚、アナザーストーリーとなっております。
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本編カップルがどんな運命をたどるのか、気になった方はぜひお越しくださいませ。
最新話は結婚して、子どもが八人(!)生まれています。^^
それでは、全七話のアナザーストーリー、金曜日まで毎日更新します。
お楽しみに!




