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第01話 狂犬の狂騒曲 Ep5

 ヤマナシは異世界人を名乗る青年との話は一旦中座していた。

 というのも、定時報告の時間だったからだ。


 尤も、イグアナはヤマナシに“信頼”という名の実務のほぼ丸投げをしていたので、ヤマナシからイグアナの定時報告など本来は大した意味は無い。

 形ばかりイグアナに仕事をさせる、もしくはイグアナの自尊心を温めてやるくらいの意味しかない。

 だが、そういう意味での仕事も、ヤマナシは手を抜かなかったというだけである。


 実に簡単な報告を行い、足早にノーマとクロスの元に急いでいたヤマナシは、通路の先にファスクスの姿を見つけた。


 誰かと通話しているらしい。


 こちらに気付いた瞬間、一瞬だけファスクスの表情が固まった。


「あぁ――」


 慌てるように通信端末を操作する。


 通話を手早く切った様子である。


 既に次の瞬間には、何事も無かったかのような柔らかな笑みが戻っている。


「これはヤマナシさん」


 自然な足取りで近付いてくる。


「あの方の聴取は終わりましたか。ご苦労様です」


「ええ」


 ヤマナシは軽く会釈した。


「特に問題はありませんか?」


「ええ。少なくとも彼そのものに一旦危険性は無いと判断しました」


 ファスクスは満足そうに館内を見回した。


 平日の午後。


 来館者は決して多くない。


 それでも以前より確実に人は増えていた。


「本当に感謝していますよ」


 ファスクスは言う。


「特にノーマさんには」


 思わずヤマナシの眉が僅かに動く。


「ほう、実に意外ですね」

 ふふっと笑うヤマナシ・


「感謝されること自体は珍しくない。

 だが我々、特に彼ノーマに対して真っ先にその言葉が出てくるのは我々からすれば非常に新鮮ですね」


 下を向いて苦笑するヤマナシ。ずれそうになった眼鏡のブリッジを抑える。


 ファスクスもそれを見て苦笑する。


「はははは」


「まぁ、正直に言えば、最初は不安でした。第一支部の金の狂犬は敵味方の区別もつかない、まさに“狂犬”の噂を聞いていましたからね」


「どこのライターですか。まぁ、残念ながら事実ですが……」

 頭を抱えるヤマナシに、ファスクスは優しく手を向けて彼の言葉を否定する。


「いえ。そう思っていただけです。ですが実際は違いました」


 ファスクスは静かに首を振る。


「確かに豪快ですし、色々と騒がしくもありますが」


 そこで少しだけ笑う。


「彼はこの美術館を大切にしてくれている」


「展示品にも愛着を持ってくれているように見えます」


 視線の先では、遠くの展示室でノーマが来館した子供達に何かを力説していた。

 どう見ても警備員の姿ではない。

 だが楽しそうではあった。


「噂というのは、案外当てにならないものですね」


 ファスクスはどこか感慨深そうに言う。


「この街で美術館を開いて」


「そして、あなた方と仕事ができて良かった」



 ファスクスの目は、ずっと遠くを見ているような目でノーマと、その奥の美術品を見ている。


「……そうですか」


 軽く微笑む。


「それなら我々としても光栄です」


 そして営業スマイルを浮かべる。


「どうか、この仕事が無事成功した暁には、今後ともご贔屓いただければ幸いです」


「もちろん」


 ファスクスは穏やかに笑った。


「ぜひ、そのつもりですよ」


 来館者達は思い思いに展示品を眺めている。


 子どもの笑い声。


 静かな談笑。


 館内に流れる穏やかな空気。


 どうやら今日も何事もなく終わりそうだ。


 そう思った、その瞬間だった。



――



 ――ビュウッ!!


 ビュウという金切音が、ヤマナシの耳先をかすめ、巨大な何かが回転軌道を描いて飛んでいく。


 ヤマナシの後ろで、何かが砕ける音が聞こえる。


「な……?」


 館内に女性の悲鳴が響いた。


 三人が同時に振り返る。


 美術館入口付近。


 訳も分からず慌てて逃げ惑う数人の客の波と逆流するように、悠然と美術館に侵入してくる集団がいた。





 ハンマー。

 体格が異常に良い巨漢。首を鳴らしながら、巨大なハンマーを肩に担いでゆっくりと歩いてくる。


 拳銃。

 所謂トゥーハンド。曲芸のように銃を回転させながら軽やかに歩いてくる。


 剣。

 背中に担いだ剣はあまりにも大きく、それだけで周囲を威圧する。両腕を組みながら余裕綽々に歩いてくる。


 棍棒。

 いや、杖じょうか――。前方に突き出した棒の頭近くを握りこみ、後方部分は脇で抑え込んで体勢を保ちながら歩いてくる。 


 ナイフ。

 ただ、ナイフの持ち手を強く握りこむ。自然に、だが油断などないように、静かに歩いてくる。



 そして何より――。


 しつらえたような、全員同じデザインのブラックコート。

 コートと同色の黒いハット。


 そして、何より異様なのはコートの下は黒いタイツに、フルフェイスに近いゴーグルに機械じみたマスクで誰一人として表情が伺い知れないこと。


 ファスクスの顔が恐怖でひきつる。

「な!!!なんですか、あなた方は!?」


 ヤマナシの表情が険しくなった。

「クライシスゲート!」


「知ってる奴らか?」

 クロスが駆けつけて問う。


「ええ」


 ヤマナシは短く答える。


「ここ最近で急激に台頭してきたヴィラン組織です」


 そして皮肉げに付け加えた。

「我々英雄機関の、いわゆる商売敵ですよ」


 戦闘員達は迷うことなく近付いてくる。


 その視線は。


 ノーマとクロスに向けられていた。


「お!?目的は俺らか!!?」

 ノーマが楽しそうに笑う。


 ヤマナシは頷いた。


「なるほど」


「先程の彼らですね」


「彼ら?」


 クロスが眉を上げる。


 ヤマナシは視線を戦闘員から外さないまま説明した。


「クライシスゲートは他のヴィラン組織と決定的に違うところが一つありましてね……」


「彼らに実のところ、理念も無ければ思想も無い」


「彼らが求めるのは、ただ金だけです」


 クロスが少し興味深そうな顔をした。


 ヤマナシは続ける。


「彼らは暴力を“商品”として売る」


「脅迫、破壊、襲撃、護衛、誘拐」


「出来ることなら何でもやり、何でも金に換える」


「つまり彼らが、あなた方二人を狙っているということは――」


 戦闘員達を見据える。


「大方、あなた方が追い払ったチンピラ二人。彼らが腹いせに依頼したのでしょう」



「なるほど。過不足ない説明だ」


 クロスは静かに頷いた。


「感謝する、ヤマナシさん」


 そう言って、腰の剣へ手を伸ばす。


 だが。


 その前にノーマが横から腕を突き出した。


「待て」


 クロスが眉を上げる。


「どうした?」


「さっきはお前が一人で持ってったからなぁ!!」

 ノーマは獰猛に笑った。

「今度は俺にやらせろ!!」



 返事を待たない。

 そのまま床を蹴り、弾丸のように飛び出す。




 拳銃を構えた戦闘員が反応する。


 発砲。


 乾いた銃声。


 だが。




 当たらない。




 ノーマは身体を半歩ずらしただけだった。




 もう一発。




 今度は身を屈めながら前進。

 弾丸は頭上を抜けていく。




「まさか、見えてるのか!?」


 クロスが思わず声を上げた。


「全く、非常識な人です」

 ため息をつきながらヤマナシは答えた。

 非常識と言い放ちながらその言葉は、“当然そうである”かのように狂犬を信頼している言葉に聞こえた。



 ノーマはトップスピードのまま戦闘員へ到達すると拳銃の側面を叩く。


 銃口が逸れる。


 同時に左手が伸びた。


 相手の脇。

 肩関節の付け根。


 そこを掴む。


 そして。


「おりゃあああ!!!!!」


 頭から地面に力任せに投げつけると展示室の床へ激しく叩きつけた。



 カラカラと転がった拳銃wノーマは拾い上げると慣れた手付きでマガジンを引き抜いた。


 そして銃を彼方へ放り投げる。



「いいよなぁ!!?」


 ニヤリ。


「残りも俺がやるぞ!!」




 クロスは壁へ背を預けた。

 口元だけが僅かに笑う。



「お手並み拝見だな」





「いよっしゃああああ!!!!!さぁーーーて!!」




 ノーマは上機嫌に両拳を打ち鳴らした。

「遠慮なく、やっちゃおうかなーーー!!!」


 そして。


 叫ぶ。


「ぶっ飛ばすぜ、行き止まりの果てデッドエンドへ!!!!!」


「英雄因子――!!!雷葬行路デッドエンド・ジャーニー!!」



 ノーマの言葉を肯定するかのように、彼の足元から青い光が立ち昇る。


 そしてそれは一瞬の後、荒れ狂う雷光へ変わる。




 バチッ。


 バチバチッ。





 青白い電撃がノーマの全身を覆った。




 クロスの目が細まる。





「なんだ!?あれは――!?魔法……じゃない?」


 だが。


「似ているな」


 ヤマナシが頷いた。


「ええ」


 眼鏡を押し上げる。


「確かに魔法は我々にとって空想の産物です」


「しかし、それに近い存在を我々は持っている」



 雷光の中心を見る。



「いえ、我々――ではありませんね。彼ら《ヒーロー》だけは、それが使える。」


「自身の身体を改造し、脳などの神経系へ接続するように埋め込まれインプラントた特殊半導体――。それこそ、英雄機関の最大の発明にして、最大の武器」


「“それ”の名前を英雄因子えいゆういんしと、呼びます」


「英雄因子は、特殊な模造品を除いて同じものが無い。故に彼らヒーローは、自身に埋め込まれた英雄因子によって様々な個別の特殊能力を発現できます」


「そして能力には戦力評価による十二段階のランクが存在する」


 ノーマの身体がさらに帯電する。


「彼――ノーマの英雄因子、雷葬行路らいそうこうろはランクBプラス」


 ナイフを持った戦闘員が飛び出した。


 低姿勢。


 後ろ手に握った刃。片手は前に出し、ノーマの防御行動もしくは攻撃行動を制するための動き。

 

 近距離戦において、相手が素手である以上、最も恐るべきはナイフを奪われることである。


 圧倒的優位を自身が握る以上、それを手放さず、そして必殺につなげることこそが勝利への絶対条件。



 正しい。

 



 ――だが。


 次の瞬間。

 戦闘員が突然前のめりに転倒した。




「??何をしました?」

 ヤマナシが問う。


 クロスは視線を外さない。

「足だ」


「スピードを出している走りこむ人間は、敵の前で制動するときに足を出す。前へ出し過ぎていた足の甲を踏み抜いた」


「そのまま脛と金的の3連蹴りだ」


 クロスは僅かに冷や汗を流していた。

「速すぎてほとんど見えなかった」


「見えてるじゃないですか……」

 ヤマナシが呆れて笑った。




 次は長棍を持つ戦闘員。


 杖術だった。


 流れるような連撃。


 肩。


 脇腹。


 脚。




 棒を引く。


 突く。


 突き上げる。


 回転した長棍が肩口を滑り、握りが切り替わる。


 次の突きへ繋ぐための流麗な連携。


 


 だが。


 美しい杖術を意にも介さず、ノーマは笑い、歩いていた。




 先に息を呑んだのは棒使いの方だった。




 焦りをかき消すかのような渾身の突き。


 一直線。


 空気を裂く。




 しかし、それは完全なる悪手であった。





 ノーマは先端を軽々と掴んだ。

 そう――、彼は銃の弾道すら眼で捉える。人が成しえる神速などもはや――。



 児戯に等しい。




「彼の能力は単純です」

 ヤマナシが説明する。


「高電圧の電撃を身体へ纏い、それと同時にあらゆる身体能力が強化される」


 電流が流れる。

 棒を伝い、戦闘員へ到達する。


「ぎゃあああああっ!!」


 絶叫。


 痙攣。


 崩れ落ちる。




「強化の幅は非常に深く、大きい。反応速度、筋力、耐久力――」


「その全てが人間の限界を超える」


 ヤマナシが続けた。


「加えて、強力な電流は武器を伝い、空気すら伝う」





 次はハンマーの男、次々と斃された仲間たちを意に介することなく、悠然と歩み寄る。

 鉄塊が振り下ろされる。




 だが、ノーマは避けない。

 まるで、当たり前のことのように。



 振り下ろされる鉄塊に向けて、激しく拳を振るう。




 轟音。





 鉄塊が激しい音を立てて微塵に砕け散った。




 鉄塊ではなく、まるで石膏のように。




 クロスの目が細くなる。




 ヤマナシは静かに言う。



「並の金属ならば、雷葬行路を使った彼の方が硬く、強い」




 クロスは黙って頷いた。





 その横顔を見ながら、ヤマナシは妙な予感を抱いていた。




 この青年はそう遠くない未来、自分達と共に戦うことになる。

 そんな予感がしていた。



「最後の一人だ!!!」


 ノーマが叫ぶ。


 砕けた鉄片を拾い上げる。


 無造作に投げるつけた鉄片が、ノーマの身体から湧き出る電撃を吸い込み、青い閃光となって飛ぶ。




 直撃。

 最後の戦闘員が吹き飛んだ。



 膝を突き、そして崩れ落ちた。






 静寂。

 クライシスゲート襲撃から、およそ三分。


 展示品への被害は戦闘員が現れた最初の1撃のみ。

 来館者への被害もゼロ。


 完全制圧だった。




 そして。

 ノーマは欲求不満の解消ができたからだろうか、心底楽しそうに笑いながら、身体から電気を噴き出していた。

 


 ――迷惑な奴である。

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