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第02話 オープニング・セレモニー Ep7-2

 


 ウツロがアリスの連撃を防いで一本を取った、その少し裏側。


 夜の山道では、別の戦いが激しさを増していた。





 ――時は、少し遡る。







「散開!」


 両手のスティックを静かに構えたハイドの号令で、


 彼に従う二組の伍――十名の戦闘員が黒いロングコートを翻して一斉に闇夜の森に溶けた。


 武器をそれぞれ手にした戦闘員たちが、

 暗い林へ、法面へ、道路脇へと散開していく。




 クロスは小さく舌打ちした。


 視線は、一瞬たりともハイドから外さない。



 それでも、宋羅とウツロへ最も近付こうとしている戦闘員だけは、意識の端で確かに、だが確実に捉え続けていた。




(敵戦力は……10人)


 いや。


(指揮官《ハイド》を含めて11人か……)



 クロスは一息の深い呼吸の後、ほんの一瞬だけ目を閉じると、

 散開して夜の闇に紛れた敵の配置を頭の中へ描く。




 特別な知覚能力など必要ない。



 夜風が。


 草木の擦れる音が。


 靴底が砂利を噛む音が。


 息遣い。


 衣擦れ。


 不自然に絶たれた気配すらもが。




 雄弁に敵の居場所を教えてくれる。


 脳裏へ地形が図面として描かれる。




(前衛と後衛に分かれた?)


 互いの射線を塞がず、それでいて包囲を維持する。


(……なるほど)



 密集による同士討ちを避けながら、数の利を最大限活かす基本戦術。



 つまり、これは『二重円陣』と呼ばれる陣形・配置。


 動きに戦術があり、統率された軍の合理がある。

 



 だが、獣の集団で無いからこそ、戦術の知識があったからこそ。


 救世主はその意図を正確に読み切れる。




 そして、クロスは笑う。


 これは夜闇に紛れ、標的を分散して討つための陣形では無い。

 そうか。狙いが俺一人なら、それでいい。


 好都合だ。


 危険もリスクも、己だけのものだ。

 ならば、何の躊躇いがいる?




 そうしてクロスは、剣を鞘に納めて目を瞑る。



 夜の冷たい空気だけが頬を撫でた。




 静かに、深く、精神が沈んでいく。




 その瞬間――


 脳裏へ、不意に懐かしい声が蘇ってくる。




―――




 まだ誰もクロスを救世主などと呼んでいなかった頃。


 立身出世を夢見て志願した特務王国兵団での記憶が蘇る。



――



 「馬鹿野郎ー!!!!」



 甲高い悲鳴のような声が響いていた。


 自身のターバンキャップをぶんぶん振り回しながら、仲間が飛び跳ねている。


「何やってんだお前ぇぇぇぇぇぇ!!」


 クロスは手を前方に差し出した状態で固まっていた。




 ただの模擬戦だった。


 昼飯前に軽く汗でも流そうという気楽なムードをぶち壊したのは今、固まっているクロスである。

 クロスは顔を引きつらせながら固まっていたが、かく言うこの男は加害者である。




 本当に身体を引きつらせて滂沱の涙を流していたのは、仲間の先輩剣士だ。




 ただの水流系の初級魔法。


 驚かせる程度の効果を期待して放ったそれは、


 莫大な水量が圧縮された超高圧の弾丸となって


 仲間のフェイスガードをねじ切りながら、



 兵舎の壁までまとめて抉り飛ばしてしまったのだった。





―――





 クロスは苦笑する。


「懐かしいな……。思い出したよ」




 誰へ向けた言葉でもない。




 若かった頃。使命など背負わず、馬鹿みたいに笑っていた頃を思い出して出た独り言。

 笑ってしまうような記憶。




「昔から――飛ぶ技だけは、加減が苦手でね」




 クロスの精神が深く沈みこみ、


 クロスの足元から、青白い光が静かに立ち昇る。




 夜の山道を照らすように、青白い光が脈打つ。


「英雄因子――」


 クロスのその宣言と共に、剣の鍔が親指に押され鯉口を離れる。



 流麗に回転する腰の動きに合わせて


 鞘の中で刃が走る


 ヂリッ――。





 開く。



 鯉口から煌煌と。




 闇を照らす光が、怒涛の如くに漏れ、溢れ出る。




「『フォトン・ブラスト』!」




 抜刀。


 音も無く抜き放たれた剣は、空を切って走る。





 鞘走りで極限まで加速した剣閃へ沿うように、青白い閃光が莫大な光の粒子の奔流となって解き放たれ


 轟!という音と共に、光が獣のように吠え猛る。



 クロスの剣の一振りで、二重円陣を構成するその一角の、前衛と後衛がまとめて消し飛んだ。




――





 囲んでいた気配が、揺らいでいるのを感じる。


 戦闘員たちは、この一撃で理解したのだ――。


 自分たちが狩る相手ではなく、狩られる側なのだと。






 ――カチン。


 静かな納刀音が夜に響いて、クロスはゆっくり息を吐いた。





 まだ立てる。


 脳の奥が熱い。


 だが、想定の範囲内だった。



 クロスは小さく肩で息をした。


(問題ない)


 この程度なら《《まだ撃てる》》。





 この因子を選んだのは正解だったと感じている。


 効果は単純に。


 リスクは最小限に。


 そして拡張性を最大限に。




 因子を選ぶ時から、どう戦うかだけを考えていた。



 英雄因子とは、

 本質的には脳のリソースだけでなく、命すら削るリスクを孕む、

 威力とリスクの等価交換。




 脳負荷による死などは恐れていない。




 だが、無駄に死ぬつもりは無い。



 使うべき瞬間までは使い切らない。






 脳裏にアタラシ博士との会話の記憶がよみがえる。




―――



「あんたはマニュアルとか読むタイプの人間じゃろうけぇ、分かっとるとは思うが、一応説明しといちゃる」


 手術灯の下で、アタラシ博士がカルテを片手に笑っていた。


「あんたの選んだ英雄因子はCイコールの『フォトン・ブラスト』」


「英雄機関が体系づける因子評価においては、まさにど真ん中よりもやや下じゃね」

 人差し指を立ててプラプラと動かす。


「重粒子状態の高エネルギー体を打ち出すことで、無手での遠距離攻撃が可能となるだけの標準的な英雄因子じゃ」


「設計思想もごくごく単純じゃけぇ、射撃能力の付与こそが能力の本質じゃと思って良し」


「出力は鍛えりゃ多少は伸びる」


「じゃが普通はのぉ」


 肩を竦める。


「脳を焼きながら能力使うくらいなら、強力な銃持った方が安定するけぇ」


「ま。遠距離攻撃手段としちゃあ成立はするが、それだけじゃね。それでも、あんたはこれを付けるん?」


 訝しむようでいて、“全て分かっていて”。それでいて値踏みするようにアタラシはクロスを見る。



クロスは手術台に横になりながら答える。

「あんたは言った。“チップに込められたシステムが、脳の演算によって出力される”」


「言うたねぇ♪……それで?」

 興味深そうにクロスの枕元に座って笑うアタラシ博士。


「現実を侵す、英雄因子というシステムは、つまりは現実のルールを書き換える1個の世界(パーソナルリアリティ)。それが、英雄因子だと俺は受け取った」


 アタラシ博士の顔が愉悦に歪む。

 クロスはなんとなく目に入れたくなくて、うっとおしそうに目を瞑って続ける。


「『粒子を打ち出す』というシンプルなルールが良いんだ。その世界観に逆らわず、だが、俺だけの現実をそこに乗せることができるなら……」



「俺は異世界《むこう》で使っていた魔法を、英雄因子で再現できると思ったんだ」





―――






 夜の山へ意識が戻る。





 一瞬だけ崩れた二重円陣だが、それだけでは完全崩壊とはならない。


 飛ばされた仲間の空いた位置へ、別の戦闘員が即座に滑り込む。




 よく訓練されている。




 だからこそ予想の範囲内。




 クロスは静かに笑った。

「そう来るよな」



 両足を軽く開いた、やや前傾の姿勢。


 再び剣の持ち手に指を掛けると、同時に精神が深く沈む――。


 青の光が立ち上がり、クロスのライトブルーの前髪が少しだけふわりと浮き上がる。




 能力解放の前兆を察知した戦闘員達は、素早く巨大な樹木の裏側に身を潜めた。



 衝撃はあれど、所詮は物理現象。


 遮蔽物に隠れれば自然、威力はある程度減衰する。


 言葉も無く、事前の取り決めも無い中、全員の思考がそのように動き、

 一人だけではなく、全員が同時に防御姿勢をとったのはさすがというべきであろう。



 その判断にミスは無い。


 だがそれでも。


 彼らはまだ知らない。





 異世界の救世主を。





 世界を救った英雄の力が“如何なるものか”を。





 “最善”でも尚、足りない相手がいるのだと言うことを。



――



 ヂリッ――。

 鞘の中で、再び刃が鳴る。



 静かな音。

 だが、その一音だけで戦闘員たちは身体を固め、身を守る姿勢を取る。



 クロスの右腕が振り上がる。




 逆袈裟に切り抜いた剣の軌跡に沿って、


 落下防止の鉄柵が


 道路脇の巨大な杉が


 分厚い茂みが


 遮蔽物として選んだその全てをが等しく切り裂かれる。



 それは不安定化した粒子が、

 クロスの演算によって、空間を超える『切断現象』となった結果だった。



 斬られた者は誰一人として何が起きたのか理解できないまま倒れ伏している。

 


 仕方あるまい。

 最初に打ち出した一合の閃光が、今度は“切断”という結果を齎すなど誰も思わないだろうから。



 クロスは、額を伝う汗を拭うこともなく静かに剣を回す。



 くるり。

 指先で柄を遊ばせるように回転させ、そのまま音もなく納刀した。


 息が少し荒くなる。


 斬撃魔法の再現。

 不安定化した粒子を、斬撃に変換する。



 いける。

 死にそうなほど疲れるだけだ。


 意識も保っている。


 まだ、何発かは撃てる。

 まだ、試せる。



 充分だ。




「次」

 クロスはそう短く呟くと、再度 剣の柄へ指を掛けた。




 再び抜刀。



 ゴォォォォォッ!!

 横一直線に薙ぎ払われた一閃。


 熱を帯び、炎の情報を内包した準粒子が、濁流のように溢れ出す。




 樹木が燃えて岩肌が爆ぜる。


 夜が昼へ変わるほどの光量だった。



「次」


 淡々と言うクロス。

 今にも倒れそうなほど、頭痛がするが誰にも悟らせない。



 次の一撃へ移ろうとする。




「剣を納めさせるな!!」

 ついに戦闘員の一人が叫んだ。




「突撃!」



 それは、まともに動ける最後の三人。


 玉砕覚悟だろう。

 暗闇から一斉に飛び込む。



 距離を潰せ。

 接近戦へ持ち込め。


 それが唯一の勝機。






 ――だが。




 燕飛。

 強い踏み込みと同時に抜かれた刃が、胸元を守る軽装甲を割って身体に滑り込む。


 一人目は何が起きたか理解する前に崩れ落ちた。



 倒れた仲間を飛び越えながらナイフを振るう。

(この距離なら、剣よりナイフが――)


 柄頭を手の甲へ叩き込み、ナイフを叩き落とす。


 空いた顎へ肘打ち上げ。


 ゴッ!!

 顎と共に顔が激しく跳ね上がって、吹き飛ぶ二人目。



 殺人的な疲労の中だというのに、クロスの目は冷たく澄み、技が冴える。

 それはこれが超常に頼らぬ、クロス自身が人として磨き、人として鍛え、そして狂犬《なかま》との鍛錬で身体に染み込ませた技術だから。


 距離を殺し、肘打ちを攻防に多用するゼロレンジコンバット。

 それは紛れもなく、数日前にクロスとノーマを苦しめたハイドが得意とする身体操作術の一端だった。


「大技を見ると」

 クロスは静かに言う。


「小技を忘れるよな……」




 拳銃を手にした三人目の至近距離での銃撃。

 髪だけを視界の端に残し、視界からクロスが消える。



 それは、一瞬で重心を落とす足抜きという技術。

 一拍遅れて銃弾が頭上を通り過ぎる。



 そのまま前へ。相手の懐へ滑り込む。


 撃った右手首を掴む。

 反対の手で足首。


 腰だけが回る。


 回転する円の動きで三人目は軽く宙を舞った。




 ドォン!!




 戦闘員は仲間の足元へ叩き付けられる。


「その油断が命取りだ」




 戦闘開始から、おそらく五分も満たぬ攻防。


 発達した科学力と、それだけに頼らない強靭な肉体と完全な連携を見せた、武装した10名の戦闘員を倒し切っても。



 それでもクロスは残心し、呼吸を整えて意識を解かない。




 まだ、残っているからだ。


 まだ一人だけ。




 この場で最も危険な男が。





 ヒュン――ッ!!




 二本のスティックが、夜気を裂く音が意識の端に映る。


 腰の回転とともに振りぬいた剣が、二本のスティックとぶつかって爆発にも似た轟音で歌う。



 腕の骨まで震える衝撃。



「……来たな」




 黒衣の男は。


 ハイドは。


 ただ黙ってクロスだけを見つめていた。


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