第02話 オープニング・セレモニー Ep6-2
スライドドアが女性看護師によって開かれて、疲れた顔のクロスが診察室から出てきた。
駆け寄る宋羅とウツロに軽く手を挙げて
「頑張れよ…」と、短く言うとクロスは静かに手術待機室に入っていった。
宋羅はクロスの疲労の意味もわからず、ほぇ?と首を傾げる。
だが、分からないものを深く考えても仕方ないのだ。
(ここが大事だよね!)と、ぐっと手をお腹の前で握って気合いを入れた。
ほぼ全ての英雄因子を管理する『英雄機関』の、その最高頭脳である1人の技術官が、ヒーローにインプラントする因子のランクを判定し、決定する。
つまり、博士に認めてもらわなければ、強い因子を貰えないということだ。
握った拳を解くと、髪を手櫛でぱぱっと整える。
あ、ちょい寝癖がきつかった。
やべー。
「宋羅さん、準備できました?」
扉の前で看護師が笑う。
喉を抑えて鳴らす。
あ、あー。
うん、声も可愛い。イケる!
ガラガラと横スライドにドアを開けると、在らん限りの可愛い声で元気よく自己紹介する宋羅。
「こんにちは! 第五学区中学校二年、宋羅です!可愛いってよく言われます!ぴちぴちです!良い英雄因子下さい!」
ほえ?
博士が……いない?
視界の端の部屋の隅で
「熱つ!」と、高い声が響く。
そこには
めちゃくちゃ頑張った宋羅を見ることなく、部屋の隅でコーヒーメーカーからサーバーを取り出して小さなマグカップに注いでいる少女。
コーヒーを注ぎ終わったら、マドラーを適当にカップに差し込むと、コーヒーメーカーが置いてあるテーブルの縁をトーンと蹴った。
キャスター付きの椅子がスーッとスライドすると、ちょうど机の前で綺麗に止まる。
この間、宋羅を一瞥すらしていない。
少しフーフーとコーヒーを冷ましてからこくりと飲み込む。そこでようやく、というか始めて宋羅を見たアタラシ博士は、心底不思議そうに言う。
「何しとるん、ちんちくりん。はよ、座りんさいや」
宋羅は入ってきた姿勢のまま固まる。
いや、既に固まり済であった。
「こどもーーー!!!!!?」
ーー
アタラシ博士は、バインダーの資料を雑に捲りながら自分の口元にピシピシとボールペンの尻を当てている。
先ほどから、怪訝な顔で見ている目の前の少女のことは殊更以上に気にしていないようである。
「じーっ……」
視線。
口をついて出る。
だが、当然、アタラシは気にしていない。
だというのに、おもむろに近づくと宋羅の手首を突然取ると、ふーんと鼻先を鳴らした。
「あんたぁ、身体の柔らかさがもの凄いわ。体幹、あとは脚の筋肉が見た目よりよう発達しとる」
えー。
どうやら、褒められているような気がするが、JC2の少女としてはんまり嬉しくなかった。
「可愛くないー……」
口を尖らせて抗議する。
その様に、アタラシ博士は少しだけ笑う。
「あんたの筋肉は、ウェイトを重ねたような不自然なトレーニングでできた筋肉じゃのうて、動き回って出来た筋肉じゃのぉ。しなやかで…」
「ひゃっ!!!」
アタラシ博士におもむろに宋羅の手術衣の上からお腹をさすられて、今まで出しかことのない声を出して飛び上がる宋羅。
「うん、無駄がないわ。アンタぁ、空中戦とかやったら面白いんじゃないんかのぉ?」
遠慮のない少女の細い指が、ペタペタと宋羅の太ももに伸びていく。脛あたりの関節から、少しずつ上へ。
抗議しようとする宋羅だが、アタラシ博士は……
目の前の少女は
真剣な表情を崩さずに時折メモしたり考え込んだりしてるので何だか怒るに怒れない。
うぐぐ……。
いや、怒れ?
ーーともかく。
博士は、次には宋羅の足首を触りながら右手と顔だけカルテのようなものに向けて、カリカリと何かを書き込んでいる。
なんかやだ。
足柔らかいとか書いてんの?
恥ずすぎるよぉ……。
「そ……それで、私は英雄因子のランクどれくらいのならつけられそうですか?」
硬い苦笑いだが、一応博士のご機嫌は取っておくことにした宋羅。
もう、こうなりゃタダで触らせて終わる訳にはいかなかった。乙女として、そこは。
ここまで耐えたんだ。いくら私より小さい女の子とはいえ、無遠慮にペタペタ触られて。
実際、結構きわどいところも触られた気がするし。
なんなら、顔も真っ赤だ。
宋羅の問いかけ。
英雄因子の適合ランクや如何に!?
Bかな?
Cはないよね?
もしかして……Aとかだったり……。
「おー」
と、間の抜けた感嘆のような声を挙げたかと思うと、アタラシ博士はこともなげに言う。
「喜びんさい。英雄因子のコントロールに関しちゃ、アンタはホンマにカケラも才能ないわ」
……は?
「死にとう無かったら、Dクラス以下。出来れば、Dイコールくらいにしときんさい」
そこで宋羅の我慢の表面張力は決壊して大暴れ。外で待機していたシエナが慌てて止めに入って宋羅を引き剥がした。
暴れ回る宋羅の脇を下から抱え込むように抑え込んで、本部の最高頭脳にジャンピングキックを入れようとした宋羅を必死で止めるシエナ。
訳もわからず、あたふたするウツロ。
涙目で顔真っ赤にしながらも、しゃーっ!と猫のようにアタラシ博士を威嚇する宋羅。
アタラシ博士はというとコーヒーのおかわりを注ぐために椅子のキャスターを転がして部屋の端に滑るように移動していた。




