第02話 オープニング・セレモニー Ep6-1
受付で、第一支部長の署名入りの英雄因子貸与申請書兼誓約書の引き渡しを済ますと、3人はエレベーターで本部の地上20階の検査会場に通される。
更衣室で各々が簡単な手術衣に着替えさせられると、身長、体重、血液検査、身体及び脳のCT検査などの各種検査をされた。
そして因子技術官による問診で、各々の適正や希望と、本部の評価値などを総合的に判断した上で、インプラントする因子が選ばれることになる。
英雄因子は任意で付け外しすることが極端に困難であるからこそ、ここでの選択が重要になるのだ。
「クロスさん、どうぞ」
女性の看護師がそう言って問診室のドアを開ける。
クロスは静かに診察室へ入って、ドアが閉まる。
残された宋羅とウツロ。
宋羅はソワソワと椅子へ座り直す。
「ねぇ」
「何?」
ウツロがにっこり笑って宋羅を見る。
「技術官だって……。怖い人なのかな?」
「うーん。わかんないけど、すごい偉い人なんだって、シエナさんが言ってました。」
ほわぁと、音がなるような顔である。
「そっかぁ……」
反面、宋羅の緊張はMAX。
「偉い人かぁ……」
自然と背筋が伸びる。
知らず知らずのうちに膝の上で拳を握っていた。
――――
診察室に入ったクロスは目を見張っていた。
なせなら、室内にいたのは、ふわふわの金髪ショートに大きめの丸メガネ、ぶかぶかの白衣を着た10歳くらいの女の子一人だけだったからだ。
女の子は、自分の足が付かないような高いイスに腰かけ、足を遊ばせながら興味深そうにバインダーの資料を眺めていた。
首にかけた首掛け式の名札には少女の顔写真の横に「Dr, ATARASHI」の文字があった。
ドクター。
博士。
ここに入る前に一応の説明は受けた。
曰く、英雄機関の最高頭脳。
曰く、英雄因子の開発者。
曰く、相当な変わりもので《《難しい》》人物だと。
だがーー。
難しいとか、そういう問題じゃなくーー。
「こども?」
あまりの衝撃に、思わず口から疑問が漏れる。
その言葉と反応を特に気にすることもなく、少女は、高い声で話す。
「まぁ、ええけぇ座りんさいや」
(変な話し方の子だな)
「ふむふむ。クロス……。ほぉ。異世界の剣士……か。わざわざよう来たね、お疲れさん」
全く疑うことも驚くこともなく、隣町から来た客におざなりな挨拶をする様子の少女に、逆にクロスが絶句する。
確かに、ヤマナシも異世界から来訪したというクロスの話を、早期に受け入れた実績はあるのだが。
それでもこの淡白さは異様である。
「こんなことを俺が言うのもなんだが……めちゃくちゃ簡単に受け入れるんだな」
複雑な顔でアタラシ博士を見るクロスに、博士は少し面倒そうに目を細めて上を見ながら嫌味ったらしく笑う。
「なんじゃい。嘘じゃあ、言うて疑ってほしかったんか」
「可能性いうもんは無限に転がっとる。人が並行世界を想像できるっちゅうことは、それを成立させるだけの情報が、この世界のどこかに既にあるいうことじゃ。」
「あるんなら来ることもあるじゃろ。来とる言うんなら、なおさら疑う理由が無い」
少女は喉を鳴らしてコーヒーを飲み込む。
椅子の座面にかがみ立ちになりながら、CT写真を、壁のビューボックスに貼り付けながらジト目で言う。
「それとも何かい。救世主サマは、もっと『異世界から来た救世主様カッコいいー(裏声)』みたいな扱いして欲しかったんか?」
声だけ無駄に可憐なのが実に腹立たしい。
クロスは長く辛い救世主としての戦いの中で、大抵のことでは動じず、受け流せる鋼のメンタルを持っていた。
だが。
口を結んで、目を細める。
(あ……苦手かも)
アタラシの口はクロスのそんな反応を知ってか知らずか淡々としている。
「ほれ、次のモルモットもおるんじゃけぇ、進めるで。ええか?」
――
デスクのコーヒーを口に含みながら再度資料に視線を落とす。
「アンタぁ、ええ身体しとるじゃない。見た目以上の出来じゃ。筋繊維自体が異常にしなやかじゃ。動体視力も反応も、人間離れしとる。動体視力だけは後からは鍛えられんけんね。因子の適合値も異常じゃけど、1番ええのは、ここじゃね」
指もとでクルクル回していたペンで、ピタリとクロスの頭部を指す。
「脳じゃ」
「本職の連中ほどじゃあ無いが、“超演算”の領域に片足を踏み込んどる」
(超演算?)
不思議そうな顔をしたクロスを見たアタラシ博士はこめかみあたりをボールペンの尻でかきながら続ける。
「人間はあらゆる感覚器官を使って、世界を捉えとる。視覚、聴覚、嗅覚、触覚etc、etc。それはワシらの脳で信号として処理され、演算を経て、ワシらはワシらの尺度で世界を知覚するんよ」
「その過程の“演算”の部分がアンタは人並み外れとる。アンタの場合、戦闘に特化しとるみたいじゃが、アンタの見よる世界の解像度は他の者とは一段違ういうことじゃ」
「ふむ……」
クロスは腕を組んで思考する。
確かに……。改めて言われると、戦闘時だけ“見え方”が違うというのは心当たりが無いわけじゃない。
「英雄因子は、身体に埋め込んだチップが“奇跡を起こす媒体じゃ。埋め込んだチップ。それに組み込まれたデータこそが、異能を規定するんじゃが……」
クロスは腕を組み、アタラシ博士を見据える。
「だったら、強い因子だけを使えば良くなる。弱い因子の存在価値が無い」
「だが、実際には、英雄因子はAからDの四つのクラスと、それぞれのクラス毎ににプラス、イコール、マイナスの3段階のグレードがあると聞いた。」
「兵器として規定されているはずの英雄因子に、わざわざ“下”のランクが存在しているということは、当然ながら、下のランクにも意味があるということだ」
「考え得る理由は2つ」
「まず一つは高ランクほどリスクが高い」
アタラシは片目を閉じてクロスを観察する。そしてニヤリと笑う。
『一つ目は、正解♪』
アタラシ博士は、口元にコーヒーを運びながら、クロスの推論の答え合わせをする。
「あくまで英雄因子は奇跡を起こす媒体でしか無いけぇ、重要なのは因子を使用する人間の脳よ」
「チップに込められたシステムを、人の脳が演算して出力するんじゃ。もちろん、複雑で強力な能力ほど、脳にかかる負荷は強く、重い。適正のない能力は過剰な負荷を掛けるし、そうでなくとも、複雑な能力は脳のリソースを奪って、とんでも無い疲労をもたらす」
「じゃが、アンタの脳ならBプラスまでなら、余裕でいけるじゃろう。下手をすればAマイナスでもいけるかもしれんの」
「Aクラスともなれば、常人の脳なら間違いなく焼き切れるレベルの負荷よ。」
「Bランクでも常に拷問されとるレベルじゃ」
「まぁ、それだけのランクの英雄因子を、実戦で十全に使いこなしとる第二支部長やら第四支部長やらは人間としちゃあ、壊れとるレベルじゃけぇ、気にせんで良し」
アタラシは先ほどまでとは打って変わって、面白そうだと言う顔をしながらクロスに尋ねる。
「ほんで?考えられる理由とやらのもう一つは?」
「考えられる理由2つ目は、高ランクほど希少価値が高いこと」
指を折りながらアタラシ博士を見る。
「そして、これはもっと重要なもう一つの事実を意味する……」
「英雄機関は、もう新たな英雄因子を製造できないんだろ?」
アタラシ博士は、咽を鳴らしながら指を立てて言う。
「んー。そっちも正解じゃ♪」
クロスは思考する。
では、初めから高ランクの英雄因子など望める筈がない。おそらくAクラス以上は“空き”すらあるまい。
それに、あまりに強い能力は、当然ながら反乱の危険がある。単に“使える”だけでは足りない。本部からの絶対的な信頼があってこそ始めて許される高ランク因子の貸与。
で、あるならば自分が今選ぶべき因子は、高リスクだが効果の高い強力な武器ではない。
兵器としての安定性と拡張性。
戦う力としての信頼性。
「それで?どの因子にするか決まったんかいね?」
アタラシは、クロスに顔を近づける。
あまりに近い。
クロスはアタラシを見て言う。
「あぁ、俺は……これでいい」
一枚の資料を互いの顔の間に差し入れるクロス。
アタラシは椅子に深く座り直し、顔の位置を戻すと、クロスが差し入れた資料を見て、楽しそうに笑った。
アタラシは椅子へ深く腰を掛け直す。
クロスから受け取った資料を一瞥し、口元だけで笑った。
「……ええんね?」
丸眼鏡が冷たく光る。
「これで良いと言うより、これが良い」
クロスのライトブルーの瞳は強くアタラシを見ている。
だが、それは博士だけではなく、その先にあるものを見据えていた。
この世界で果たすべき、自分の使命を。
いつだってそこを見ている。
それだけはブレない。
資料を机へ軽く叩き付ける。
「わしゃ、クロス。ようやっとアンタに興味が持てそうじゃわ」
そう言って屈託ない幼顔で、泥のように笑った。




