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第02話 オープニング・セレモニー Ep1



 第一支部の会議室は、会議室というより物置だった。


 開いた段ボールからは、まだ補充されていない消耗品が雑にはみ出している。乱雑に積み上げられたパイプ椅子。壁際に並んだスチールラックには、丁寧に年度ごとに分けられた報告書のファイルが詰め込まれていたが、その隣には“ブラックボックス”と書き殴られた書類ケースも混じっていた。


 普段からまともに会議など開かれないのだろうこの部屋の中央に置かれた長机は、この支部同様、妙にぐらついていて哀愁を誘う。





 そんな部屋で、本日は第一支部の今後を左右する重要会議が行われようとしていた。




 ホワイトボードには、『第一支部 新戦力募集大作戦☆彡』と、汚い字で書かれている。


 そのホワイトボードの前に、眼前で指を絡め、物々しく座っているのは第一支部長グリーンイグアナ。


 長机を組み合わせて作られたロの字型の会議机には三人の支部構成員が座っている。


 第一支部主任秘書官シエナ。落ち着いたブラウンの髪を肩へ流し、いつものように淡々と資料を整えている。


 事務取扱主管兼支部長秘書官、ヤマナシ。きっちりとしたスーツに身を包み、眼鏡の奥で既に会議の結論まで見通しているような顔をしていた。


 そして、クロス。


 異世界から来た青年であり、つい先日、第一支部に身を置くことになったばかりの新参者である。


 シエナがふと顔を上げた。

「ノーマさんは?」


「アイツは今、外で虫捕まえてる」

 即答するイグアナ。


「アイツがいると話進まないからね! 吾輩が裏山の木に沢山黒蜜塗っといたから。奴がカブトムシと格闘してる間に話を進めるぞ」

 狂犬を撒くために、支部裏山にわざわざ出向いてせっせと黒蜜をハケで塗り込む支部長イグアナを想像すると笑えて仕方ないが、ノーマが居ると話が進まない点には異を挟むものはいまい。


 ヤマナシは数秒だけ目を閉じ、それ以上追及することを諦めたように資料を整え直す。

「……まぁ、良いでしょう。新戦力補充は、先にもお伝えしたとおり、我々が今後第一支部としてまともにヒーロー活動をしていく上で避けては通れないことです」




「聞いていいか?」

 クロスが静かに小さく手を挙げた。


「どうぞ」

 ヤマナシが促す。



「英雄機関は現状、本部と七つの支部がそれぞれ個別の管理区域を持って、受け持ちの地域を管理していると聞いた」


「そうです」

 ヤマナシは頷いた。


「本部はセントラル・ヘイヴン。我々第一支部はディスクラッド。第二支部はラ・グラシア。第三支部がベルマールという風に、それぞれの管轄区域があります」


「普通、こういう組織の支部というのは、数字の若い方から順番に作られていくか、少なくとも同時に作られたんだと推測するが」


「後者ですね。第七支部まで、ほぼ同時に組織されたと記憶しています」


 クロスは短く頷く。


「本部と支部の関係、支部の目的を簡単に教えてくれ」


 その質問に、ヤマナシは一瞬だけ目を細めた。

 (なるほど。聡いな)


 少ない情報で、構造としての異常に気付いている。これで本当に異世界人だというなら大したものだ。


「基本的に、各支部には巨大な管理区域を自由に、かつ完璧に管理する義務がありますが、その在り方は概ね各支部に委ねられている」

 ヤマナシはクロスの気づきを裏付けるために必要な情報を無駄なく説明していた。


「英雄機関本部は、最終的には我々支部を統括し、従わせる権力こそありますが、滅多なことではそれを行使しません」


「各支部は独自の戦力、独立した人材運用、管轄区域の秩序維持、さらには最低限のインフラ整備の指揮指導まで、多様な仕事をこなしながら、大災厄で滅んだ世界における復興の旗頭を務めてきたのです」




 クロスは黙して思考を整理する。

「なるほど――」


 この世界に、国家は無い。

 少なくとも、クロスが知る意味での国家は存在していない。


 ならば英雄機関とは何か。


 行政。


 軍。


 警察。


 司法。


 それらを全て兼ねた、国家の代替システム。


 そして各支部は、巨大なそれぞれの都市を分割統治する地方領主、あるいは自治都市の中枢に近い。


 だが、そう考えると疑問が残る。

「それでなんで、ウチだけ戦力が居ないんだ?」


「人事権がどうなっているかは、まだ分からない。だが、最低でも支部が作られる前は、本部が配置を考えていたんだろう? 第一支部だけ人手不足なのは、どう考えてもおかしくないか?」



「う……」

 イグアナが分かりやすく呻いた。


 ヤマナシは資料に目を落としたまま、静かに答えた。

「元々、第一支部にもそれなりにヒーローは居たんですが……。それぞれの支部の力関係が明確になっていく中で、色々ありましてね」


「色々とは?」

 クロスが重ねて問う。


 シエナが、少しだけ表情を曇らせた。

「引き抜きにあったり、殉職したり、色々ですね……。ちなみに、グリーンイグアナ支部長の前任者だったヒーロー、MSDマンさんも殉職されています」


「……そうか」


 クロスは目を伏せた。

「知らなかったとはいえ、不躾だった。すまない」


 短い沈黙が落ちた。



 イグアナはその空気を感じ取り、慌てたように両手を振った。

「まー、気にしない気にしない!!」


「しかし、そう! そこなのよ! クロス氏、良いところに気がついたNE☆ 戦力を補充するなら本部の力を借りればいい!! 本部だって我々の活躍、いや、この私の活躍を願ってやまないはず……!」


 イグアナはそう言うなり、手元の携帯端末を小気味よく操作し、顔の横に当てた。


 数秒後、通信が繋がる。


『はい、こちら英雄機関本部、受付です。所属とご用件をどうぞ』


 スピーカー設定にしているのか、会議室内に透き通った女性のオペレーターの声が響く。


 イグアナは一瞬で声色を変える。

「は〜〜い♪ シモシモ!! こちら第一支部、支部長のグリーンイグアナだよ!! 今日はなんで電話したか分かるかい、子猫ちゃん。僕たち第一支部って、今戦力不足でさぁー。本部のヒーローをこう、二人くらい――


『却下します』ブツン。


僕達にくれちゃ――え?」


 ツー、ツー。

 通信は切れた。


 イグアナは耳に当てた携帯端末を、怪訝な顔で見つめる。


 会議室の全員を見る。


 もう一度、真顔でそっと耳を当てる。


 ツー、ツー。



「なに切っとんじゃ、おいコラ!! 受付ぇぇ!!!!!! お前、受付だろぅが!! せめて、責任者につなげー!!!!」

 絶叫が会議室を揺らした。



 シエナは額を手で押さえた。


 ヤマナシは眼鏡を押さえた。

「ま、当然でしょう」


他人事ひとごと!! ヤマナシ氏!!! 起死回生の吾輩の一手が潰れたんだぞ!!」


「本部付ヒーローの異動など、ハナから望めるはずが無いでしょう……」


 ヤマナシは淡々と言う。

「要請するなら、同列の他支部へ。私が既に、支部長名で各支部に丁寧なヒーローの配置転換要請を手紙で送っておきました。そして、各支部からの返事も既にここに」


 ヤマナシは返送された封筒を扇状に開いて見せた。


 キラリと眼鏡が光る。


「うおおおお!! さすがヤマナシ氏!! できる男だねぇ!」

 喜ぶイグアナを後目にシエナが封筒を一つ取り上げ、丁寧にペーパーカッターで切った。


 中身を取り出し、読み上げる。


「『お申し出の件、当支部にて慎重に検討しました。しかしながら、当支部も人員に余裕がございません。何卒ご理解いただけますと幸いです。今後ともよろしくお願い申し上げます。――第二支部長 マエル・シュヴァリエ――』」


 ヤマナシは小さく息を吐く。

「……無駄に丁寧というか。持って回った却下ですね。仕方ない、次」



 シエナが次の封筒を開く。


「……これです」

 取り出された紙には、たった一つだけ大きく記されていた。


『↑(中指を立てた絵文字)』


 その下には、乱暴な筆跡で署名が添えられている。


『――第三支部長 ギョーム・ラヴォワイエ――』


 イグアナは即座に叫んだ。

「次ぃ!!!! 第四支部長《ンジンガ氏》はなんだかんだ言って吾輩に期待してると思うんだよね〜。吾輩に優しいもの」


 シエナは次の紙を見て、数秒黙った。


「……『既読』と、だけ書いてます」


「……なにが?」


「ですから、『既読』としか書いてません」


「まさか! 既読無視を物理で!?」


「次行きましょうか」

 ヤマナシの声に慈悲はなかった。


 シエナは次の封筒を持ち上げる。


「第五支部は……分厚。なに、これ? アンケート?」


 机の上に出された紙束を、ヤマナシがパラパラと捲る。


「第一支部への異動希望アンケートのようですが……」


 数枚。


 十数枚。


 さらに数十枚。


 ヤマナシは最後まで目を通し、顔色一つ変えずに告げた。

「ふむ。全員、『ノー』です」


「次ぃ!!」


 シエナは残りの封筒を確認する。


「第六支部から回答は来てませんので、第七支部が最後です。これも分厚いわ……」


 会議室の全員が思った。

 ―もう、嫌な予感しかしない―


 シエナは封筒を開き、中身の手紙を広げた。


「『第一支部が大変なようだね。君も頼りない支部長の元で働いて大変だろう。君がこの手紙を最初に開けるのは予想がついて……る。』」


 そこでシエナの声が止まった。


「え、何コレ?」


 もう一度文面を見る。


「『君の心労が少しでも軽くなるように、これを送るよ。麗しの……シエナ……へ』?」


「あんの……色ボケが……」

 イグアナの声が低くなる。


 だが、すぐに顔を上げた。

「まぁ、良い!! 何はともあれシエナ氏のおかげで、初めて良い回答だ!! で!? 誰が来る?マッドティガーか?それともグロ・メンドゥーザか!?」


 その瞬間。


 パサリ、と封筒からいくつかの写真が落ちた。


 机の上に広がったのは、薔薇を咥えた色黒の伊達男が、様々な衣装でポーズを取っている写真ばかりだった。


 白いシャツ。


 開きすぎた胸元。


 謎の民族衣装。


 海辺。


 夕陽。


 濡れた前髪。


 ポーズの種類だけは無駄に多い。


 シエナはげんなりしながらも、棒読みで続きを読む。


「『いつでも第七支部ウチに移籍しておいで。第七支部長サーダナ・カマド』だ、そうです」


「色ボケていうか、ただのボケーーー!!!」

 イグアナの叫びが、また会議室を揺らした。


 クロスは椅子に背を預け、少しだけ上を見てため息をつく。

 (この人、嫌われてるのか……?)


 それか単純に、舐められているだけなのかもしれない。


 どちらにせよ、詰んでいることには変わりないのでどうでも良い話である。



 ――




 しばしの沈黙のあと。


 イグアナは両手を天へ高く掲げ、勢いよく立ち上がった。


「もう、キレたぞ……。見てろよ、本部(の受付)、そして吾輩を軽んじた各支部!! 第一支部は最終手段を取る!」



ヤマナシは顔を曇らせながら尋ねる。

「超絶嫌な予感がしますが……その手段とやらを聞きましょう」


 イグアナはホワイトボードの前へ立つ。


 緑色の拳を握り締め、妙に真剣な声で語り始めた。


「いいか! 我々は皆、生まれた時からヒーローでは無い。市民はいつしか、力と覚悟を経てヒーローに変わる。つまり!! まだ見ぬ我が支部の柱たるヒーローは、無辜の市民の中にこそ、いるのでは無いかね!!」


 ヤマナシの目が僅かに細まった。

「なるほど……」


 確かにそれは一理ある。


 彼らは、どこか既存戦力の補充にばかり思考を寄せていた。だが英雄機関のヒーローとて、最初からヒーローだったわけではない。


 力を得る前の市民。

 まだ発見されていない適性者。

 そうした者を第一支部で発掘し、育成する。


 人手不足という現実に対して、それは十分に検討する価値のある方策だった。


 シエナも、少しだけ表情を緩めた。


 クロスも頷く。


 イグアナは早口でまくし立てる。

「そう! つまり! 我々は今こそ、閉塞したお役所仕事的英雄機関内のしがらみというか、イジメ的行為から抜け出し! 市民の中から、次世代の秩序の番人たるヒーローとなる才能を持つ者を――」


 拳を握り締める。

 なぜか、背後から差し込む光がイグアナの輪郭を輝かせていた。


 一瞬だけ。

 本当に一瞬だけ、彼は支部長らしく見えた。


 そして。




「片っ端から攫って、人体改造し!! 英雄因子をインプラントして、使い潰してやるわー!!!ヒャーッハーハッハー!!!!」

両手を開き、戦慄かせながらイグアナマスクからヨダレに濡れた舌をチロチロ出しながら大笑する。




 すべてが台無しである。




 そのとき――

 会議室の窓の外から差し込んでいた光が、ふいに翳る。


 次の瞬間。

 窓ガラスが内側へ向けて激しく砕け散った。



「悪の笑いがこだましているぞぉ!! 悪は、許さん!!!」


 金色の狂犬が、絶叫しながらガラス片と共に会議室へ飛び込んできた。



 ノーマである。

 黒いライダースーツ。

 荒々しく揺れる金髪。

 そして肩からたすきのように掛けられた緑色の虫カゴを揺らしながら、言い訳しようと口を開き掛けたイグアナにさせぬとばかりに身体を浮かせ、ローリングソバットを叩き込む。

 そのまま、蹴りの回転の勢いを利用して、イグアナの側面に回り込み、ヒットした衝撃で相手の体が流れたところを、そのまま捕らえてコブラツイストに移行した。


 中では、捕まえられたカブトムシが数匹、迷惑そうに蠢いていた。


 あり得ない角度に、緑色の身体が曲がる。

「いぎゃあああああ!!!!」

 イグアナの悲鳴が、会議室どころか第一支部全体に響き渡った。


「全く……ノーマさんの前で、馬鹿ですか、貴方は」

 自分の評価値が誤っていなかったことを確認しつつ、ヤマナシは花畑を幻視しそうになっているイグアナを後目に、クロスへ向き直った。


「後半部分は却下として、支部長案の前半は採用しましょう」


 クロスは頷き、ゆっくりと椅子から立ち上がる。


「そうだな。どうやらこの支部に出来ることは限られていそうだ」


 砕けた窓の向こうには、小さな裏山越しにディスクラッド市の街並みが広がっている。


 不自然なほど発展した街。


 その裏側に、いくつもの歪みを抱えた街。


 そして、その街を守るにはあまりにも頼りない第一支部。


 クロスは静かに続けた。


「だからこそ、出来ることはしていくべきだと思う」


「そういうことです」

 ヤマナシは資料をまとめ、会議室を出ていく。


 クロスもそれに続いた。


 背後では、イグアナの悲鳴がまだ響いている。


「やめて、帰らないで!! ヤマナシ氏! クロス!! シエナ氏でも良いから!!! 助けてぇぇぇ!!!」




――――




 医務室にイグアナが運び込まれた頃、シエナは第一支部近くのパスタ屋でイカスミパスタに舌鼓を打っていた。

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