頑張れる?
ん~
なんかな
モヤモヤするというかね
俺昨日死にかけたんだよね・・・
なのに一日開けたらもうなんだ?強くなるための修行?
無理じゃね?
それに不老ってことは時間は無限にあるわけだし?
休もう!ちょっとおかしいぞこれ
そもそもここでそんな頑張るヤツなら
前世でうだつの上がらないサラリーマンなってやってないっつーか
これは異世界補正?
そうなんだよなんか小説読んだりしててさ
違和感っつーか
ここでみんな修行するぜ!ってなるのが不思議だったんだよ
いや俺はね
無理。休もう。。。
しばらくはなんか食料も好きなもの出るって言ってたし
解体・・あのでかいの腐るのかな
腐ったらにおいとかやばいだろうなぁ
でもやる気なぁ
三日後・・
『おい』
『お~~~い』
『聞こえておるじゃろ』
「……」
俺はベッドの中で布団を頭までかぶった。
聞こえない。
何も聞こえない。
俺は今、休んでいるのだ。
これは逃避ではない。
休息だ。
現代社会でも言うだろう。
メンタルケアは大事だと。
異世界に来て初日に女神に飛ばされ、雷を落とされ、飯を頭から浴びせられ、巨大猪に殺されかけた男が、三日くらい寝て何が悪い。
『おぬし、三日間ほぼ寝て食って寝てしかしておらんぞ』
「休養です」
『昨日など昼にカツ丼、夕方にピザ、夜にラーメンと餃子を食っておったな』
「異世界グルメ研究です」
『この世界にラーメンとかかつ丼とかないぞ?そのあとアイスも食っておった』
「デザート文化の確認です」
『そして今朝はまだ起きておらん』
「睡眠の質の追求です」
『ものは言いようじゃな』
「褒めないでください」
『褒めておらん』
俺は布団の中で寝返りを打つ。
このベッド、やたら寝心地がいい。
たぶん女神が用意したものだろうが、そこだけは本当に評価したい。
そこだけは。
『おぬしなぁ』
「なんですか」
『わしは言ったはずじゃぞ。家の中にスキルと魔法の習得方法を書いた本を残しておく、と』
「読みましたよ」
『ほう?』
「表紙を」
『表紙だけでは読んだとは言わん』
「タイトルから得られる情報ってあるじゃないですか」
『猿でもわかる魔法入門、という情報しか得ておらんじゃろ』
「つまり猿でもわかるんですよね?」
『うむ』
「じゃあ人間の俺なら急がなくても大丈夫かなって」
『そういう意味ではない』
「でも不老なんですよね?」
『うむ』
「なら時間は無限にあるわけで」
『正確には無限ではない。 不老であって不死ではないからの』
「……」
俺は布団から少しだけ顔を出した。
「それ、もっと早く詳しく説明するべきでは?」
『聞かれんかったしの』
「出たよ」
『出たとはなんじゃ』
「異世界説明不足システム」
『なんでもシステムのせいにするでない』
俺はため息をつく。
不老。
老いない。
でも死なないわけじゃない。
昨日――いやもう四日前か。
あのエルダービッグボアに突っ込まれたとき、普通に死ぬと思った。
脇腹が焼けるみたいに痛かった。
背中を木に打ち付けて、息ができなかった。
血も出た。
あれは物語の中の戦闘じゃない。
普通に怖かった。
痛かった。
死にたくないと思った。
「……いや無理でしょ」
『何がじゃ』
「昨日死にかけたやつが、一日寝たらよし修行だ! 強くなるぞ! ってなるの、普通におかしくないですか?」
『まあ、おぬし基準ではそうかもしれんの』
「基準というか人間として」
『この世界の人間は割とすぐ切り替えるぞ』
「この世界の人間は強いなぁ」
『弱い者は死ぬからの』
「急に世界観を出してくるな」
俺はまた布団にもぐった。
「俺は無理です。 休みます」
『もう休んだじゃろ』
「まだ心が休んでない」
『体は?』
「食べすぎで重い」
『自業自得じゃ』
「そうとも言う」
『そうとしか言わん』
しばらく沈黙が続いた。
外では鳥の声が聞こえる。
森のざわめき。
風の音。
そして――
なんか、ほんのり臭い。
「……」
俺は布団の中で眉をひそめた。
「なんか臭くない?」
『臭いのう』
「ですよね?」
『三日前から外に巨大な魔獣の死体が転がっておるからの』
「やっぱり?」
『やっぱりじゃ』
「結界とかで腐らないようにしてたりは?」
『しておらん』
「そこはしといてよ!」
『わしは安全地帯を作ったのであって、巨大猪の冷蔵庫を作ったわけではない』
「正論やめてください」
『しかも昨日から小型の虫が集まり始めておる』
「うわぁ……」
『結界の外には匂いに釣られて魔物も寄ってきておるぞ』
「え」
俺は今度こそ布団から飛び起きた。
「魔物?」
『うむ』
「結界あるんですよね?」
『あるぞ』
「じゃあ大丈夫では?」
『今はな』
「今は?」
『結界は万能ではない。強い魔物が長時間干渉すれば揺らぐこともある』
「そういう重要情報を今出すのやめません?」
『聞かれんかったしの』
「二回目!」
俺はベッドから降り、窓へ向かった。
そっと外を見る。
そこには、倒れたエルダービッグボア。
そしてその周囲をぶんぶん飛ぶ何か。
虫だ。
でかい。
普通のハエではない。
小鳥くらいある。
「……ハエ?」
『腐肉蝿じゃな』
「名前がもう嫌」
『弱いぞ』
「弱いとか強いとかじゃなくて生理的に嫌」
『肉を放置するからじゃ』
「俺が悪いのはわかってるけど、今責められると心が折れる」
『折れても解体は残るぞ』
「名言みたいに言わないでください」
俺は頭を抱えた。
やるしかない。
やるしかないのか。
いや、しかし。
「でも解体とか無理じゃないですか? ナイフもないし、知識もないし、あんなでかいの」
『家にある』
「何が?」
『ナイフも本も』
「……」
俺は家の中を見回した。
本棚。
棚。
倉庫。
キッチン。
たしかに、探してない。
俺はこの三日間、箱から食べ物を出して、食って、寝て、たまに窓の外を見て、現実から目をそらしていただけだ。
「……もしかして俺、結構ダメ人間?」
『今さらか?』
「否定してほしかった」
『無理じゃ』
「女神ならそこは優しく包み込むところでは?」
『包んだら調子に乗るじゃろ』
「鋭い」
俺は大きく息を吐いた。
やりたくない。
本当にやりたくない。
だけど、臭い。
そして虫がでかい。
さらに結界の外に魔物が寄ってきている。
このまま放置したら、もっと面倒なことになるのはさすがにわかる。
「……わかった」
俺は窓の外を見る。
エルダービッグボアはまだそこにある。
そして、結界の向こう側。
森の奥で、何かが動いた気がした。
「……今、何かいました?」
『おるな』
「何が?」
『エルダーフォレストウルフじゃな。腐肉の匂いにつられて集まっておる』
「弱い?」
『一匹なら弱い』
「その言い方やめて」
『群れる』
「最悪じゃねぇか」
俺は額に手を当てた。
寝ている場合ではない。
いや、寝ていたかった。
ずっと寝ていたかった。
だけど寝ていても、ボアは消えない。
腐る。
虫がわく。
狼が寄る。
結界が揺らぐ。
現実が腐臭を放って迫ってきている。
「……わかった」
『ほう』
「やる」
『修行か?』
「違う」
俺は本棚へ向かい、分厚い本を引き抜いた。
『素材解体・初級編』
「まず、片付ける」
『ようやくか』
「修行するぞ! 強くなるぞ! じゃないです」
『では何じゃ?』
「臭いからです」
『立派な動機じゃな』
「生きる理由なんてだいたいそんなもんでしょ」
『深いようで浅いのう』
「俺の人生だいたいそれです」
俺はさらに棚を探す。
すると、下段の引き出しに革製の鞘に入ったナイフがあった。
刃渡り二十センチくらいの短剣。
横にはメモ。
初心者用解体ナイフ。
指を切るでないぞ。
「……親切」
『じゃろ?』
「でも三日前に教えてほしかった」
『探せばよかったじゃろ』
「正論が痛い」
俺はナイフを腰に差し、本を抱えた。
玄関へ向かう。
扉の前で一度止まる。
外に出れば、あの巨大猪と向き合うことになる。
死体だけど。
もう動かないけど。
それでも、少し怖い。
昨日の痛みを思い出す。
いや四日前か。
牙。
突進。
地面に転がった感覚。
背中を打った衝撃。
「……」
俺は深呼吸した。
「別に、勇気とかじゃないからな」
『うむ』
「強くなるためとかでもない」
『うむ』
「ただ、臭いから片付けるだけだからな」
『うむ』
「あと、肉が食えるならもったいないし」
『腐っちょるけど・・』
「それと、これ以上虫が増えたら本当に嫌だから」
『うむ』
「……よし」
俺は扉を開けた。
外の空気が入ってくる。
草の匂い。
森の匂い。
そして、腐りかけの巨大猪の匂い。
「うっ」
思わず鼻を押さえる。
『早くせんからじゃ』
「はい……」
俺はゆっくりとエルダービッグボアへ近づいた。
足は少し震えている。
でも、今回は突進してこない。
目も合わない。
刺さった枝は、まだ片目に残っていた。
「…… お前も大変だったな」
殺されかけた相手に同情するのも変な話だが、そう思った。
この世界では、食うか食われるか。
昨日は俺が食われそうになった。
今日は俺が食う側に回る。
「いただきます」
俺は小さく手を合わせた。
そして『素材解体・初級編』を開く。




