↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
42/49

これは対価ではなく、ついで

翌朝、健一は身支度を整えると、迷わずゴドー一家の事務所へ向かった。


「待って、一人で行くの?」


追いかけてきたマリンが、その道中で腕を掴んでくる。


「あそこ、本当にやばい連中だから」


「対価はいらないので、ついでです」


「ついでって規模の話じゃ……」


「串を買いに行くついでみたいなものです」


「意味わかんない」


事務所が見える通りの手前まで来たところで、健一は足を止めた。


「ここから先は、俺一人で」


「は? なんで」


「借金の話をするのに、当人がいると余計にややこしくなるので」


「……納得いかないんだけど」


「すぐ戻ります」


「絶対、すぐ戻ってよね」


「善処します」


渋々といった様子で、マリンは通りの角、荷揚げ用の木箱の陰に腰を下ろした。

それを見届けてから、健一は看板も出さずに構える古い建物の前に立った。



出迎えたのは、恰幅のいい、いかにも人を値踏みする目つきの男――ゴドーだった。


「昨日の、邪魔してくれた兄ちゃんか。何の用だ」


「マリンさんの借金の件で、証書を見せてもらえますか」


「証書? ああ、あるにはあるが……お前に関係ある話か?」


「関係あるかどうか、確認しに来たので」


ゴドーは、面倒そうに部下へ目配せをすると、一枚の羊皮紙を投げるように寄越してきた。


健一は、それを両手で受け取る。


いつもの癖が、また勝手に発動した。


視界の端に浮かぶ表示。


――効果:金額改竄(後日追記)


「(……やっぱりか)」


紙に書かれた金額と、鑑定が示す本来の金額。

その差は、一目でわかるほど大きかった。


「この証書、最初の額と今の額、合ってませんよね」


ゴドーの顔から、笑みが消えた。


「……何の話だ」


「後から書き足した跡があります。元の金額の、倍以上に」


周囲に控えていた子分たちが、ぎろりと健一を睨みつける。

空気が、目に見えて張り詰めた。


「……坊主、随分と度胸があるじゃねえか」


ゴドーが、片手を軽く上げる。

それだけで、壁際にいた大柄な男が一人、健一の襟首を掴もうと動いた。


「話は、こっちの流儀で聞くんでな」


「――すみません」


健一は、伸びてきた腕を軽く受け流すと、そのまま相手の体勢を崩し、床に片膝をつかせた。

声を荒げるでも、力任せに投げ飛ばすでもない。

本気を出す必要すらない、というのが、その場にいた全員に一目で伝わってしまうような動きだった。


「……っ」


倒れた男が、驚いた顔のまま動けずにいる。

残りの子分たちが、思わず一歩後ろに下がった。


「(ワイバーンの威圧感や、どらさんとの模擬戦の圧に比べれば、正直、この程度は誤差の範囲だ)」


内心で呟きつつ、健一は表情を変えなかった。

その平静さのほうが、力任せに凄むより、よほど不気味に映ったらしい。


「度胸というより、慣れです」


「あ?」


「もっと怖い人たちと、最近よく訓練してるので」


ゴドーの目つきが、わずかに変わった。

値踏みの色から、計算する色へ。


「……市場の連中から聞いてたが、まさかとは思ったんだがな」


「昨日の件、もう伝わってるんですね」


「この程度の町だ。噂は半日で回る」


健一は、崩れた男に目もくれず、静かに続けた。


「それと、この証書の話、俺はまだどこにも持ち出していません。町の代官所にも、冒険者ギルドにも」


「……脅す気か」


「事実を言ってるだけです。改竄された証書で未成年を奉公に出そうとしたなんて話、公になったら、あなたの商売、これだけじゃ済まないと思いますが」


ゴドーは、しばらく黙り込んだ。

腕っぷしだけの問題ではないと、ようやく理解したらしい。

証書一枚の不正を揉み消すより、この場で穏便に片付けたほうが安く済む――そういう計算が、恰幅のいい顔の裏で動いているのが、健一にも何となく見て取れた。


ゴドーは、しばらく健一の顔を睨みつけていたが、やがて舌打ちとともに視線を逸らした。


「……で、どうする気だ」


「正規の残額分、払います。それで証書は返してもらいます」


健一は、懐から革袋を取り出した。

ワイバーン討伐の報酬――旅の当座資金として温存していたものの一部が、そのままここで使われることになった。


金額を鑑定でその場で確認させながら、証書を受け取る。


「……次からはうちの町で、妙な真似はするなよ」


「妙な真似をしてるのは、そちらだと思いますが」


それだけ言い残し、健一は事務所を後にした。



木箱の陰から飛び出してきたマリンは、証書を手にした健一を見て、何も言えずに立ち尽くした。


「……なんで、そこまで」


「困ってる人を放っておけないのと、あと」


健一は、少し言葉を選んでから続けた。


「あなたの中にあるもの、ちゃんと育ったらもったいないと思ったので」


「……もったいない?」


「悪い意味じゃないです。いい意味で」


マリンは、しばらく黙って証書を見つめていた。

やがて、震える声で、ぽつりと切り出す。


「……ついていっちゃ、だめ?」


「え」


「弟子でもなんでもいいから。あんたについていく」


健一は、内心で唸った。


(また来た、このパターン……)


反射的に「絶対いやです」と言いかけて、口をつぐむ。

三人組の時とは違う。

今回は、断ったら、この子の行き場がなくなるという現実があった。


(……どらさんも、こんな気分だったのかもな)


理由も聞かずに拾われた側の自分が、今度は理由を並べて断ろうとしている。

その矛盾に、健一は少しだけ苦笑した。


「……弟子とは言いません。ただの同行者、ということでどうですか」


「同行者」


「そう、同行者」


マリンが、じっと健一を見つめる。


「……つまり弟子ってこと?」


「言葉のあやです」


「よくわかんないけど、いいよ。それで」



事務所を出てだいぶ経ってから、健一がぽつりと本音を漏らした。


「……今回だけは、正直、怖かったです」


「え、あんなに堂々としてたのに?」


「態度と気持ちは別です」


マリンが、初めて小さく笑った。


「……あんた、変な人」


「よく言われます」


言った瞬間、健一は自分の言葉に気づいて固まった。

封印していたはずの台詞が、するりと口をついて出ていた。


(……まあ、いいか)


もう、隠す理由もない気がした。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。