借金と、名前も言わない子
前の2話で出てきた街の名前がアルカディアとなっていたのですが港町メリスに変更しています。
港の外れ、使われなくなった廃船が並ぶ一角に、健一は足を運んでいた。
探しに来た、というよりは――串を持て余していた、というのが正確なところだった。
さっき割れた串の分を埋め合わせるつもりで買い足したはずが、気づけば予定より多めに買っていた。
(別に、あの子のためってわけじゃない。……いや、そうかもしれないけど)
自分の言い訳の下手さに、内心で苦笑する。
廃船の陰、荷箱を背もたれにするようにして、少女――マリンが膝を抱えて座っていた。
健一の気配に気づくと、びくりと肩を震わせて身構える。
「……なんで、ここが」
「探したわけじゃないです。串を持て余してたので、歩いてたら」
嘘は言っていない。だいぶ都合のいい説明ではあったが。
「いらない」
「そうですか」
健一は、それ以上勧めずに、荷箱の隅に串の包みを置いた。
座り込むでもなく、立ったまま、視線だけ海の方へ向ける。
しばらく、沈黙が続いた。
やがて、マリンの視線が、ちらちらと串の包みに動き始める。
空腹には、意地も勝てなかったらしい。
「……一本だけ」
「どうぞ」
一本目を、無言でかじる。
二本目に手を伸ばす頃には、警戒の色が、ほんの少しだけ薄れていた。
「……父さん、漁師だった」
ぽつりと、マリンが切り出したのは、三本目の串を手にした頃だった。
「半年前、嵐の日に船ごと、帰ってこなかった」
「……そう、ですか」
「残ったのは、借金だけ」
港を仕切る商会――ゴドー一家に対する、高利の借金。
本来なら、父の死とともに整理されるはずのそれが、マリンを働き手として差し出すことで「返済」させる話にすり替えられていた。
「奉公って名前はついてるけど、要は連れていかれるだけ。あそこの船、二度と戻ってこない子もいるって聞いた」
「……次に来るのは、三日後。それまでに耳を揃えられなければ、有無を言わさず連れていくって」
「……それを、一人で何とかしようと」
「べつに、助けてなんて頼んでない」
言葉とは裏腹に、串を持つ手が、小さく震えていた。
「一人でなんとかする」
健一は、それ以上何も言わなかった。
言葉より先に、いつもの癖が、また勝手に発動していた。
視界の端に、見慣れない表示が浮かぶ。
――スキル:〈潮読み〉
――スキル:〈跳躍・強化〉(未開花)
――状態:追い詰められている(限界近い)
(……この子、素質だけならかなり……)
だが、健一の目が止まったのは、素質の欄より、その下の「状態」だった。
(限界近い、って出るのか)
悠長に「そのうち何とかしよう」で片付けられる話ではない。
数字にもならない、ただの表示ひとつが、そのことを健一に突きつけていた。
そして、ふと思い出す。
森で出会った、ワイバーンの親子。
「子どもいる……」と、妙に慎重になった、あの時の感覚。
(あの時も、こんな感じだった……)
理屈より先に、体がすでに「放っておけない」方に決まっている。
自分の悪癖を、健一は今更のように自覚した。
(また、これか……)
「一つだけ聞かせてください」
健一が口を開くと、マリンが警戒するように顔を上げた。
「お金の問題だけなら、なんとかなる可能性があります」
「……なんで、あんたが」
「困ってる人を放っておけない体質なんです。悪癖だってよく言われます」
(それに――今すぐ、っぽいし)
最後の一言は、口には出さなかった。
マリンは、しばらく健一の顔をじっと見ていた。
値踏みするような、それでいて、どこか縋るような目だった。
やがて、三本目の串を食べ終えた頃、小さな声が漏れる。
「……マリン」
「え」
「名前。マリン」
健一は、少し遅れて理解した。
「(名前、串三本目で開示ね……)」
「今、何か思った?」
「いえ、何も」
マリンが、疑わしそうに目を細める。
それでも、それ以上は追及してこなかった。
海風が、二人の間を静かに通り抜けていった。




