届け物と、孤児院の温度
街道の分岐は、思ったよりあっさり見つかった。
シスターに聞いていた通り、東にしばらく進んだところで道が二手に分かれ、山側に折れる細い道が現れる。
迷うほど複雑な道ではない、という話は本当だったらしい。
(にしても、随分静かな道だな)
木々の間を抜ける風の音だけを連れて、健一はしばらく一人で歩き続けた。
やがて、木立の隙間から、こぢんまりとした建物の屋根が見えてくる。
石造りの塀に囲まれた、質素だが手入れの行き届いた敷地。
その向こうから、子どもたちのはしゃぐ声が聞こえてきた。
(着いた、のか)
門の前に立つと、掃除をしていたらしい若い女性がこちらに気づいて顔を上げた。
「あの、こちらはクローデット様がお世話になっていた孤児院で……」
言い終わる前に、女性の表情がぱっと明るくなる。
「もしかして、クローデット様からの……!」
「はい。お手紙を預かってきました」
女性が慌てて奥へ駆けていく。ほどなくして、白髪をきっちりまとめた高齢のシスターが姿を現した。
「よく来てくださいました。……あなたが、健一殿ですね」
「名前、伝わってるんですね」
「もちろんです。クローデット様のお手紙には、いつも」
シスターが、健一の懐に視線を落とす。
健一は頷いて、丁寧に手紙を取り出した。
赤い封蝋。相変わらず、紙一枚とは思えない重さを保っている。
シスターがそれを受け取った瞬間、皺の刻まれた顔が、ふっと緩んだ。
「ああ……クローデット様の」
封を見ただけで、それとわかるらしい。
中身を確かめるまでもなく、シスターの肩から、目に見えて力が抜けた。
「毎回、こうして届けてくださる方が現れるのです。今回はあなただったのですね」
「毎回……つまり、これまでにも何度も?」
「ええ。詳しいことは、私の口からは申し上げられませんが」
シスターは、それ以上を語らなかった。
語らないという態度そのものが、答えのように健一には感じられた。
(……ちゃんと本人からの手紙だって証明するための、封蝋だったのかもしれないな)
大仰な陰謀でも、危険な代物でもなく。
ただ、律儀に、毎回きちんと届けているという証。
それだけで、十分だった。
「あの子は、昔からそういう子でした」
シスターが、遠くを見るような目で言う。
「助けてもらった分は、必ず返そうとする。……あなたも、その一人なのでしょうね」
「俺は、そんな大したことは」
「通りがかっただけで、人を助ける人は多くありません。前にも、誰かに同じことを言われませんでしたか」
健一は、思わず黙った。
「……言われました。似たようなことを」
「でしょうね」
シスターが、初めて小さく笑った。
そのとき、庭の方から歓声が上がった。
「お客さん、串焼き作れる人!?」
いつの間にか、健一の荷物からはみ出していた串が、子どもたちの目に留まっていたらしい。
「え、なんでわかったの」
「においでわかる!」
小さな声が、次々と重なる。
「ぼくも!」「わたしも!」「まって、ぼくが先!」
シスターが、苦笑しながら健一を見た。
「よろしければ、少し。……あの子たちの好物なんです、串焼きは」
「断る理由、特にないです」
こうして、健一は思いがけず、孤児院の庭先で臨時の屋台を開くことになった。
一番小さな男の子が、健一の手をぎゅっと握ってくる。
「はやく、はやく!」
握られた瞬間、いつもの癖が、また勝手に発動した。
視界の端に浮かぶ表示。
――状態:お腹が空いている
「(それは鑑定しなくても・・・)」
健一は思わず苦笑しながら、串を火にかざす速度を上げた。
子どもたちの列は、思っていたよりずっと長く、健一の串は、思っていたよりずっと早く底をついた。
日が傾き始める頃、串の在庫も尽き、子どもたちもようやく満足げに散っていった。
門まで見送りに出たシスターが、ふと表情を改める。
「健一殿、次はどちらへ?」
「海の方の町、メリスに向かうつもりです」
シスターの顔が、わずかに曇った。
「……あまり、おすすめはしません」
「何かあるんですか」
「詳しくは分かりませんが、最近、あまり良い噂を聞かない町です。港を仕切る商会が、あまり品のいい商売をしていないとか」
「(次に向かう予定の町なんですが……)」
内心で呟きつつ、健一は頷いた。
「気をつけます」
「ええ、どうか。……あなたのような方でも、油断はなさらないように」
シスターの言葉には、どこか実感がこもっているように聞こえた。
門を出て、しばらく歩いたところで、健一は空を見上げた。
(品のいい商売をしてない、か……)
胸の内で軽く反芻しながら、健一は再び街道を歩き出した。
手紙という重荷を一つ下ろした分だけ、足取りは少しだけ軽かった。




