次の街道と串焼きの夢
街道を一人で歩くのは、思っていたより久しぶりだった。
三人組の声もない。
ロイの保存食の押し付けもない。
ニナの手帳をめくる音もない。
ただ、風の音と、自分の足音だけがある。
「……静かだな」
思わず声に出た。
声に出したところで、返す者がいないことに、少し遅れて気づく。
(一人旅、そういえばこんな感じだったな)
森を出てからの一ヶ月あまり、いつも誰かがそばにいた。
最初はレオン、そして三人組、それからレオンのパーティ、臨時のバルクたち。
気づけば、一人で歩く時間の方が、少数派になっていた。
さみしいかと聞かれたら、少し考えてから、健一はこう答えるだろう。
「……悪くないな」
歩幅を気にしなくていい。
休憩のタイミングを合わせなくていい。
串を選ぶ基準を誰にも説明しなくていい。
久しぶりに、自分の速度だけで進む時間だった。
そう結論づけたはずなのに、しばらく歩くと、勝手に考えが逸れていく。
(あいつら、ちゃんとご飯食べてるかな)
いや、食べているに決まっている。ロイが食料の管理は完璧だ。
(トマ、また無茶して怪我してないかな)
いや、ニナが目を光らせているから大丈夫だろう。
(ニナ、また戦闘中にメモ取って危ない目に――)
そこまで考えて、健一は自分の思考に気づき、小さく吹き出した。
「……完全に、保護者じゃん」
たった一ヶ月かそこらの付き合いだったはずなのに、離れてもまだ心配している自分がいる。
不思議と言えば不思議だが、悪い気分ではなかった。
(あいつらちゃんとCランクになれるかな)
なれるだろう。
たぶん、思っているより早く。
少し歩いたところで、荷物の中から一通の手紙を取り出した。
クローデットから預かった、あの手紙だ。
赤い封蝋は、相変わらず物々しい重さを保っている。
(この先の領地に、孤児院……)
聞いていた道筋を頭の中でなぞる。
街道を東にしばらく進み、分岐を過ぎたあたりで山側に入る。
迷うほど複雑な道ではないはずだった。
「……普通の手紙じゃない、ってことだけは、覚えておくか」
深くは考えない。
考えたところで、今の自分には答えの出ない話だ。
手紙をそっと荷物の内側にしまい直し、健一は歩みを再開した。
もう一つ、思い出したことがある。
どらさんへの土産だ。
(あの人、味にはうるさいからな……)
森での修行時代、ろくに食生活に気を使っていなかった老竜のために、何か気の利いた食材を見つけたい。
干し肉でも、香草でも構わない。要は、あの偏屈な師匠(本人は否定するだろうが)が、渋々でも「まあ、悪くはないな」と言うようなものであればいい。
「次の町で、良さそうな乾物屋があれば……」
独り言が、また誰にも聞かれずに街道に落ちていく。
そして、最後に――これが実質、最も重要な調査項目だった。
「次の町の、串焼き事情」
これを疎かにするわけにはいかない。
文明の恩恵の中でも、串焼きは特に優先順位が高い。
新しい町に着いたら、まず屋台の並びを確認する。
それが健一の、揺るがない旅の作法になっていた。
街道はどこまでも続いていて、遠くに小さく次の町の輪郭がかすんで見えた。
健一は、荷物の重さを一度肩の上で確かめてから、また歩き出した。
「……次の町にも、串焼きあるといいな」
空は、どこまでも青かった。
いつもなら、ここで何も聞こえてこない。
女神の声は、今日もどうせ黙っているのだろう。
そう思っていたところで――
『食は命じゃぞ』
久しぶりに響いた声に、健一は思わず足を止めた。
「……久しぶりに喋りましたね、今」
『黙っておっただけじゃ。言うことがなかったからの』
「じゃあ今は言うことがあったんですか」
『串焼きの話をしておったろう。命の話じゃ。黙っておれん』
「今は関係ないです」
『関係あるじゃろがい』
健一は、思わず笑ってしまった。
呆れながらも、その声を少し懐かしく感じている自分がいた。
「……まあ、次の町でもよろしくお願いします」
『うむ。達者でな』
それだけ言うと、声はまた静かになった。
健一は、空を見上げたまま、しばらく立ち止まっていた。
それから、もう一度歩き出す。
一人旅は、思っていたよりずっと賑やかだった。




