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餞別ラッシュと出発の朝

臨時パーティの依頼から戻って、三日が経った。


宿の部屋で荷物をまとめながら、健一はふと手を止めた。

床に広げた荷物が、明らかに来たときより増えている。


(……なんでこんなに増えてるんだろう)


理由には、いくつか心当たりがあった。


最初の心当たりは、武具屋だった。


「兄さん、旅立つんだって?」


店主が、カウンターの奥から声をかけてくる。


「耳が早いですね」


「この町、噂の伝わる速度だけは一級品だからな」


健一が消耗品を見繕っていると、店主が無言で小瓶をいくつか袋に放り込んできた。


「これ、頼んでないですけど」


「サービスだ。持ってけ」


「値段、聞いてないです」


「聞かれても答えねえよ」


押し問答にならないうちに、袋はすでに健一の手の中にあった。


「……ありがとうございます」


「次の町でも、装備はちゃんとしたとこで買えよ。安物買いの銭失いって言葉、知ってるか」


「前世からよく知ってます」


「前世?」


「はぐらかしです、忘れてください」


店主は片眉を上げただけで、それ以上は追及してこなかった。


次はギルドだった。

受付に依頼終了の報告に行くと、ミリアが待ち構えていたように書類の束を差し出してくる。


「旅立ちの手続き、まとめておきました」


「今日はやけに準備がいいですね」


「三日前から準備してましたので」


「気が早くないですか」


「健一さんが遅いんです」


言い返せなかった。


奥の酒場スペースでは、レオンたちの姿もあった。


「聞いたぞ、ついに行くんだってな」


レオンが、片手を上げながら近づいてくる。

その後ろから、ガロンが心配そうな顔でついてきた。


「一人で大丈夫なのか。俺が付いていってもいいんだが」


「ガロンさん、それはさすがに過保護です」


「過保護で人が死ななかった例なら、俺はいくつも知ってる」


カインが横から、腕を組んで口を挟んでくる。


「……次の町でも、魔法の運用、もうちょっと詰めとけよ。あれで満足すんな」


「素直に応援してくれてもいいんですよ」


「これが素直なんだよ」


エレナが、少し離れた位置から小さく会釈だけしてきた。

健一と目が合うと、やっぱり少しだけ視線を逸らす。


「……お元気で」


「はい、エレナさんも」


それだけのやり取りだったが、以前より一歩分だけ距離が近い気がした。


セレナが、最後に片手をひらひらと振る。


「まあ、噂よりは話が通じる奴だったよ。及第点」


「その評価、初対面の時と比べるとだいぶ上がりましたね」


「初対面の印象が悪すぎただけだ」


軽口を残して、セレナはさっさと酒場の奥に戻っていった。


依頼の精算を終えて席を立とうとすると、二階から降りてきたガルドに呼び止められた。


「健一」


「はい」


「聞いたぞ、次の町に行くんだってな」


「そうですね、そろそろ」


ガルドが、腕を組んだままじろりと健一を見る。


「次の町でも、問題を起こすなよ」


「はい」


「本当に分かってるのか」


「大丈夫です、たぶん」


「その『たぶん』が一番信用できん」


これで三回目だった。

最初の一回は依頼を受けたとき、二回目は昇格のとき、そして今回。

毎回同じ台詞で、毎回同じように信用されていない。


「……次はちゃんと『大丈夫です』だけ言うようにします」


「無理に決まってるだろう、お前がそれを言うのを」


ガルドはそれだけ言うと、また二階へ戻っていった。

その背中に、健一は小さく頭を下げた。



串焼き屋に寄ったのは、その帰り道だった。


「おう、兄さん。今日はいつもより多いな」


店主が、串の本数を数えながら片眉を上げる。


「日持ちするやつ、多めにお願いします」


「旅立つのか」


「よく分かりますね」


「この町で串焼き多めに頼む冒険者なんて、旅の準備してるやつくらいだ」


手際よく串を包みながら、店主がぽつりと付け加える。


「……向こうの町にも、うまい串焼きがあるといいな」


「それ、俺が一番気にしてることです」


「だろうな。顔に書いてある」


会計のとき、袋がずっしりと重くなっていることに、健一は少し遅れて気づいた。


「これ、頼んだ数より多くないですか」


「気のせいだ」


「気のせいで数が増えるわけないんですが」


「うるせえ、達者でな」


それ以上は何も言わず、店主は背を向けて仕事に戻っていった。


最後の心当たりは、宿に戻ってきた三人組だった。


「健一さん! これ、お土産です!」


ロイが、いつもの保存食の包みを両手いっぱいに抱えてくる。


「……何段目、これ」


「五段目です!」


「増えるペース、おかしくない?」


「気持ちの分だけ増えました」


「気持ちが重すぎる」


トマが、その隣で剣の手入れ道具の小袋を差し出してくる。


「俺からはこれ。旅先で使ってください」


「トマの私物じゃないの、これ」


「予備です、予備。……いつも使ってたやつなんで、慣れてるかと思って」


ぶっきらぼうな言い方の割に、袋の中身は丁寧に手入れされていた。

ニナは、薬草の詰まった小箱を差し出してきた。


「毒消しと、傷薬用の下準備です。分量は私が調整しました」


「それ、専門の薬師の仕事じゃないの」


「専門の薬師より詳しい自信があります」


「その自信、どこから来るの」


「観察日誌、四段分です」


反論できなかった。

荷物を見下ろすと、床に広げた分だけでも、すでにかなりの量になっている。


「……荷物が」


「全部食べてください!!」


ロイが食い気味に言ってきた。


「食べ物だけじゃないでしょ、これ」


「食べられるものは全部食べてください!!」


「押しが強い」


三人が揃って、真剣な顔で頷いている。

その必死さに、健一は苦笑するしかなかった。


出発は、翌朝早くと決めていた。


まだ町の空気が眠っている時間、荷物を背負って東門へ向かうと、そこにはすでに人だかりができていた。


「……なんで全員いるの」


思わず、健一は足を止めた。


ロイ、トマ、ニナはもちろん、ミリアもいる。

レオンとガロン、少し離れた位置にはカインとエレナ、セレナの姿もあった。


「見送りに決まってるじゃないですか!」


ロイが、当然のように答える。


「みんな暇なの」


「暇じゃないですけど、これは別です」


順番に、言葉が交わされていく。


「体に気をつけろよ」とレオン。

「無茶だけはするな」とガロン。

「次の町でも、魔法、ちゃんと磨けよ」とカイン。

「……どうか、ご無事で」とエレナ。

「たまには便り寄越せ」とセレナ。

「手続きの書類、忘れず出してくださいね」とミリア。


一人ひとりは短い。

それでも、積み重なると随分な重さになった。


最後に、三人組の番が来た。


ロイが、鼻をすすりながら口を開く。


「健一さん、その……」


「うん」


「……お世話に、なりました!」


「こっちこそ、世話になったよ」


トマが、少し胸を張って続く。


「今度会うときは、もっと強くなってます」


「楽しみにしてる」


ニナだけは、しばらく黙っていた。

やがて、静かに口を開く。


「……健一さん」


「なに」


「達者で」


短い一言だったが、いつもの観察するような響きはなく、ただまっすぐだった。


「うん。ニナも」


健一は、一歩下がって全員を見渡した。

みんなが、手を振っている。



ふと視線を感じて二階を見上げると、窓辺にガルドが立っていた。

腕を組み、いつもの姿勢のまま、じっとこちらを見ている。


目が合った。


ガルドは何も言わなかった。

ただ、わずかに顎を引いた。


それだけだった。


(この仕草、しばらく見てなかったな……)


しばらく封印されていたはずのその合図が、今日だけは妙に効いた。

健一も、小さく頷き返した。



門の前まで来ると、見覚えのある門番の隊長が立っていた。


「お前か」


「はい」


「問題なく旅立つのか」


「今日は大丈夫です」


隊長は、しばらく健一を見つめてから、短く言った。


「……達者でな」


「ありがとうございます」


隊長が背を向けたあと、健一は少しだけ驚いていた。


(隊長にも、顔覚えられてたんだな……)


初めて町に入ったときのことを思うと、感慨深いものがあった。



荷物を背負い直し、健一が門へ足を向けたところで、ロイが叫んだ。


「せめて! 俺たちがCランクになるまで待ってください!」


「……それはさすがに、いつになるか分からないよ」


ニナが、手帳も見ずに即答する。


「私の記録では、あと三年です」


「その数字、どこから出てきたの」


「今までの成長速度からの推定です」


「推定の精度、高いのか低いのかもう分からない」


トマが、横で腕を組んで頷いている。


「三年後、絶対追いつきますから」


「待ってないから、勝手に追いついて」


「待っててくださいよ、そこは!」


にぎやかなやり取りを最後に、健一は門へ向き直った。


「じゃあ、行ってきます」


「「「行ってらっしゃい!!」」」


三人の声が、朝の門前にきれいに揃った。



健一は、門をくぐった。


数歩進んで振り返ると、まだ全員がそこにいて、手を振っていた。

二階の窓のガルドも、腕を組んだまま動かない。


健一は小さく手を振り返し、それから、街道の方へ体を向けた。


背負った荷物は、来たときよりずっと重い。

その重さの大半が、串焼きと保存食と薬草でできているのが、我ながらおかしかった。


朝日が、街道の向こうから昇り始めていた。


「……さて」


健一は、一度大きく伸びをして、歩き出した。


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