↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
34/49

手紙

あの食事から三日ほど経った、いつも通りの昼過ぎ。


健一はギルドの掲示板の前で串を齧りながら、依頼票を眺めていた。

料理長との一件以来、なんとなく屋台の串焼きにも「火入れ」という言葉が浮かぶようになった自分がいる。

(あれ以来、ちょっと串の見方が変わった気がする……いや、串は串なんだけど)


そんなことを考えていると、ギルドの扉が開いた。


以前ほどではないが、それでも空気がわずかに張る。

豪華すぎない、けれど明らかに上等な仕立ての外套。

クローデットだった。


「健一殿」


「あ、クローデット様。……こんにちは」


「先日は、途中で席を立たせてしまって」


「いえ、あれは俺が勝手に離れただけなので」


「いいえ。大事な話の途中でしたのに」


クローデットは、少し困ったように、それでいて楽しそうに笑った。


「改めて、伺ってもよろしいでしょうか」


「はい、もちろん」



ギルドの隅、以前ミリアが座らせてくれた簡素な卓に案内される。

向かいに座ったクローデットが、懐から一通の手紙を取り出した。


上質な紙。丁寧に折られ、赤い封蝋で閉じられている。


「もし、次の旅路でこの町――正確には、私の実家の領地を通ることがあれば。

 この手紙を、ある場所に届けていただきたいのです」


「ある場所、ですか」


「領地へ向かう道の途中に、小さな孤児院があります。私が幼い頃、よくお世話になった場所で」


「孤児院……」


「大したことではないのですが」


クローデットが、少しだけ声を落とした。


「あなたなら、頼めると思って」


健一は、思わず手紙を見た。次に、クローデットを見た。


「……なんで俺が信用されてるんだろう」


思わず声に出ていた。


「はい?」


「あ、いえ、独り言です」


「聞こえていましたが」


「気にしないでください」


クローデットが、口元を押さえて小さく笑う。


「理由でしたら、簡単です。あなたは、見返りも名乗る気もなく、困っている人を助けた方ですので」


「それはただ通りがかっただけで……」


「通りがかっただけで、人を助ける人間は、そう多くありません」


言い切られると、返す言葉がなかった。


「……分かりました。次にその領地を通ることがあれば、必ず」


「ありがとうございます」


クローデットが、手紙を差し出してくる。


健一は、それを両手で受け取った。



その瞬間、いつもの癖が、また勝手に発動した。


手に触れたものを、うっかり鑑定してしまう癖。

今回は、握手ではなく手紙そのもの――正確には、赤い封蝋に反応した。


視界の端に、いつもの表示が滲む。


――効果:改竄防止(貴族級)


「(……ん?)」


健一は、封蝋をじっと見た。


赤い蝋に押された紋章は、確かに美しい意匠だった。

だが、それだけではないらしい。

ただの飾りではなく、開封や改竄を許さない、それなりの魔法的な加工が施されている。


(普通の私信に、こんな仕掛けをするか……?)


孤児院への、ただの近況報告のような手紙にしては、物々しい気がした。


「健一殿?」


「……あ、いえ。丁寧な封蝋だなと思って」


「実家の作法でして。あまり気になさらず」


「そうですか」


健一は、内心で小さく頷いた。


(……聞かない方がいいやつだ、たぶん)


貴族の家の作法と言われれば、それ以上は踏み込みようがない。

少なくとも今は。


そっと懐にしまい込むと、妙にずしりと重く感じた。

紙一枚のはずなのに。



用件が済んだところで、クローデットは護衛と共に一度ギルドの外へ出た。

見送りに立った健一の背後から、ルーカスがすっと近づいてくる。

今日も一人、静かな足取りで。


「少し、いいか」


「はい」


促されるまま、ギルドの壁際まで移動する。

ルーカスは、クローデットの馬車が見える位置で、腕を軽く組んだ。


「彼女のことを頼む、と言いたいわけではない」


「はい」


「ただ……お前は、変わった男だ」


健一は、少し考えてから答えた。


「よく言われます」


ルーカスが、小さく笑う。


「今日で、四回目だな」


「数えてたんですか」


「気になる人間は、数えたくなる性分でな」


「悪癖ですね、それ」


「褒め言葉として受け取っておく」



それだけで終わるかと思いきや、ルーカスの視線が、健一の懐――手紙をしまった辺りに一瞬だけ落ちた。


「重要な頼まれ事は、慣れているか」


「いえ、正直、あまり」


「なぜだ」


「大事な書類、押し付けられがちな体質なんですよね……」


「体質、というほどのことか」


「前世からの持病です」


言った瞬間、健一は自分の言葉に固まった。


ルーカスが、片眉を上げる。


「……前世?」


「(しまった)」


「面白い言い回しだな。前世、というと」


「……はぐらかしです。忘れてください」


「忘れろと言われて忘れられるほど、暇な頭はしていないんだが」


「今回だけ特別にお願いします」


ルーカスは、しばらく健一の顔を眺めていた。

何かを探るような、それでいてどこか楽しんでいるような目だった。


「……いい。気になる言い方だが、今日のところは追及しないでおく」


「ありがとうございます」


「その代わり、いつか聞かせてもらう」


「その日が来ないことを祈ってます」


「祈っても来る時は来るぞ、そういうものは」


妙に実感のこもった言い方だった。


(この人、絶対何か経験あるな……)


健一はそれ以上聞かなかった。触れてはいけない話は、お互い様らしい。



ルーカスが馬車の方へ歩いていきながら、最後に一言、振り返って告げた。


「達者でな。次に会う時までに、少しは"普通"になっていることを期待している」


「無理な期待はやめてください」


「無理か」


「無理です」


「……そうか」


ルーカスは、なぜか満足げに頷いて、馬車に乗り込んでいった。



遠ざかる馬車を見送りながら、健一は懐の手紙にそっと手を当てた。


(改竄防止の魔法つきの手紙……か)


考えても答えは出ない。

今のところ、深く探る材料もない。


(まあ、次にその町を通る時に、答え合わせすればいいか)


そう結論づけて、懐にしまい直した瞬間――


「ケンイチさーん!」


聞き慣れた声に振り返ると、ロイとトマ、それにニナが小走りに近づいてくるところだった。


「なんですか、そんなに慌てて」


「見てください、これ!」


ロイが指差した先、ギルドの掲示板に、新しい依頼票が貼り出されていた。


『――複数ランク混合パーティ募集。遠方産の薬草・鉱石採集。単独Eランクでの参加は不可――』


トマが、目を輝かせながら健一を見上げてくる。


「これ、俺たちだけじゃ条件足りないんです」


ニナが、静かに続けた。


「健一さんが一緒なら、条件を満たせます」


「……何が言いたいのか、もう分かる気がします」


三人が、揃って笑顔になった。


「「「一緒に来てください!!」」」


健一は、懐の手紙の重みと、目の前の三人の圧を、同時に感じながら小さく息を吐いた。


(旅立つ前に、まだやることが増えるらしい)


空を見上げると、今日もどこまでも青かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。