↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
30/49

串焼き屋台で

「報酬と昇格打診」


ワイバーンの一件から三日が経った。


報告書地獄も終わり、ようやく平和な依頼をこなす日々に戻れると思っていた矢先だった。


「ケンイチさん」


受付からミリアが、いつもの笑顔で呼びかけてくる。


「はい」


「マスターがお呼びです。二階までお願いします」


健一の足が、反射的に止まった。


「……俺、何かしましたか」


「今度は何もしてないと思いますよ、たぶん」


「たぶん、って言葉、俺の専売特許のはずなんですが」


「そうですね」


ミリアはにこやかに、しかし譲らない顔でそう言った。

健一は仕方なく、階段を上った。

壁は壊していない。魔法も封印している。書類の署名も人間の字だ。

心当たりを数え終える頃には、マスター室の前に着いていた。


「入れ」


低い声に押されて扉を開けると、ガルドが机の上に革袋と書類を並べて待っていた。

腕は、いつも通り組まれている。


「座れ」


言われるまま向かいに座る。

ガルドは革袋を軽く机の上で叩いた。硬貨の擦れる音がする。


「ワイバーン討伐の報酬だ」


「ありがとうございます」


「それと、もう一つ話がある」


「まだあるんですか」


「Dランクへの昇格を打診する」


健一は一瞬、言葉に詰まった。


「……急ですね」


「急でもない。査定書、模擬戦、鶏、そして今回のワイバーンだ。材料は揃いすぎるほど揃っている」


「材料が多すぎて逆に信用できない気がします」


「実力はある。あとはお前自身の問題だ」


ガルドは短く、しかしはっきりとそう言った。

健一はしばらく黙って、机の上の革袋を見つめた。


「……問題、というのは」


「昇格すれば、期待される依頼の質も変わる。それに耐えられるかどうかだ」


「耐える自信、正直ないです」


「知ってる。だが今のお前を見て、昇格させない理由の方が少ない」


理屈としては、正しいのだろう。

だが健一の中では、いまだに「森の奥で理不尽に投げ飛ばされていた新人」の感覚が抜けていなかった。


「少し、考えさせてもらっていいですか」


「いくらでも考えろ。手続きは逃げない」


ガルドはそう言って、机の端に積まれた書類の束を、これ見よがしに健一の方へ滑らせた。


「……もう書類、用意されてるんですが」


「先に用意しておいた方が早い」


「早すぎませんか」


「お前が悩む時間より、俺が書類を用意する時間の方が短い」


謎の理論だったが、否定する材料もなかった。

健一は革袋だけを受け取り、書類は見なかったことにして立ち上がった。


「では、行ってきます」


「串焼きか」


「はい」


「行け」


短いやり取りの後、健一は一礼して部屋を出た。



受付を通ると、ミリアが待ち構えていたように書類の束を差し出してきた。


「昇格手続きの書類です。どうぞ」


満面の笑みだった。

逃げ場のない笑みだった。


「まだ受けるとも言ってないんですが」


「先に準備しておいた方が早いので」


「マスターと同じこと言いますね、お二人とも」


「息が合ってるんです」


「息を合わせる場所、そこじゃなくていいと思います」


健一は書類を鞄の奥にそっとしまい、逃げるようにギルドを出た。



屋台通りに着くと、串焼き屋のおじさんが景気よく声をかけてくる。


「おう、兄ちゃん。生きて帰ってきたか」


「帰ってきました」


「そんなら約束通り、今日は奢りだ」


「太っ腹ですね」


「たまにはな。で、何本だ」


健一は懐の革袋を軽く叩いた。


「今日は、ちょっと多めでお願いします」


「おっ、報酬でも出たのか」


「出ました」


「気前がいいな」


「気前がいいのは俺じゃなくて、ワイバーンです」


おじさんは笑いながら、いつもより大きめの串を何本も並べ始めた。



串焼きの匂いに釣られたのか、ちょうど依頼から戻ってきたらしいロイたち三人組が通りかかった。


「あ、ケンイチさん!」


「戻ってきたんですね!」


トマとロイが駆け寄ってくる。

ニナは少し遅れて歩いてきながら、すでに手帳を開いていた。


「ワイバーン討伐、無事帰還を確認」


「もう書いてるんですか」


「記録は早い方がいいので」


「毎回同じ返事、そろそろ覚えました」


健一は串を三人分、追加で買い足した。


「食べますか」


「いいんですか!?」


「奢りです」


「ケンイチさん、太っ腹!」


「今日だけは太っ腹な理由があるので」


三人が串にかぶりつきながら、健一の顔を見た。

ニナが一番先に気づく。


「何か、いいことありましたか」


「……よく分かりますね」


「顔つきが、いつもよりちょっとだけ緩んでます」


「観察眼、相変わらず鋭いですね」


健一は少し迷ってから、正直に話した。


「ワイバーンの報酬と、Dランクへの昇格、打診されました」


三人が固まった。


「……Dランク!?」


「すごい! すごいです!」


ロイとトマが同時に目を輝かせた。

その勢いに、健一はつい保護者のような口ぶりになる。


「まあ、君たちもすぐ追いつきますよ」


三人が一斉に、じとっとした目を向けてきた。


「……なんか、その言い方」


「親戚のおじさんみたいですね」


「おじさん!? 俺まだ三十ですけど!?」


健一が思わず声を上げると、ニナが冷静に手帳へ書き込む。


「新項目。ケンイチさん、おじさん認定される」


「認定しないでください」


「もう記録しました」


「早すぎます、記録の速度」


ロイが串を頬張りながら、しみじみと呟いた。


「でも、ケンイチさんがちゃんと認められてるの、なんか嬉しいです」


「そうですか」


「はい。俺たちも、いつかDランクになりたいです」


「なれますよ、たぶん」


「たぶん、って言われると逆に不安になります」


「よく言われます」



そんな話をしていると、聞き覚えのある声が割り込んできた。


「よう、健一」


振り返ると、レオンが片手を上げて歩いてくる。

後ろには、ガロン、セレナ、カイン、エレナの姿もあった。

どうやら報告書の後処理を終えて、揃って出てきたところらしい。


「レオンさん、皆さんも」


「昇格の話、もう聞いたぞ」


「早くないですか、情報の伝達速度」


「ギルド職員の噂の速さ、ワイバーンより速いって話、聞いてないのか」


「聞いてます。俺が身をもって証明した話です」


セレナが腕を組んで、値踏みするような目で健一を見た。


「Dランクねぇ。妥当っちゃ妥当だな」


「そう言ってもらえると助かります」


「褒めてない。事実を言っただけだ」


「それでも助かります」


ガロンが、少し真剣な顔で口を挟んだ。


「昇格するなら、これまで以上に無茶をするなよ。俺の心臓がもたない」


「気をつけます」


「気をつけますじゃない。約束しろ」


「たぶん」


「たぶんはやめろと言っただろう」


律儀な男の小言に、健一は苦笑いで頷くしかなかった。

カインが横から、少し悔しそうに割り込んでくる。


「にしても、うちのパーティに欲しいくらいだよな、こいつ」


「おい」


レオンが軽く睨むが、カインは構わず続けた。


「本気で言ってるんだよ。囮も張れて、避けるのも上手くて、魔物の急所まで見えてるみたいだし」


「言いすぎです」


「言いすぎでも本音だ」


エレナも控えめに、しかしはっきりと頷いた。


「私も、正直……もう少し、ご一緒できたらとは思います」


「エレナさんまで」


レオンが半分冗談、半分本気の顔で、後ろに立っていたガルドに向き直った。

いつの間にか、ガルドがギルドの入り口からこちらを眺めていたらしい。


「なあガルド、こいつ、うちに欲しいな」


ガルドは腕を組んだまま、短く答える。


「本人に聞け」


「断ります」


健一が即答すると、レオンが噴き出した。


「聞く前から断られた」


「聞かれたら余計断りにくくなるので、先に言っておきました」


「律儀なところ、ガロンに似てきてないか」


「それは光栄でもあり、複雑でもあります」


ガロンが少し嬉しそうに、しかし何も言わずに頷いた。



結局その日、串焼きは予定の倍近く追加注文されることになった。

三人組がはしゃぎ、レオンPTの面々が軽口を叩き、ガルドが少し離れた場所で腕を組んで眺めている。


騒がしいくらいの一日だった。

森で一人、静かに暮らしていた頃には、想像もしていなかった騒がしさだ。


「……悪くないな」


健一は小さく呟いて、串の最後の一本を口に運んだ。


翌日、健一はギルドに呼び出され、山のような昇格手続きの書類と再び対峙することになる。


「書類……また……」


「どうぞ」


ミリアは今日も、笑顔で紙束を差し出してきた。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。