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広まるうわさ?

少し間あいてしまいました。仕事でばたばたと少し話の詳細づくりに悩んだりもしたので(いっちょ前に・・)

訓練場での一件から数日が経った。


「臨時助言者」という謎の肩書きは、幸いにもギルド内でそこまで広まらなかった。

広まったのは代わりに「鶏師匠」の方だった。


「呼び方が悪化してませんか」


健一がミリアに抗議すると、受付嬢は笑顔で書類を差し出してきた。


「呼びやすさが優先された結果かと」


「基準がおかしい」


そんなやり取りをしながらも、日々は平和に過ぎていった。

朝に依頼表を見る。昼に軽い依頼をこなす。

夕方に串焼きを食べる。夜に宿へ帰る。


三人組――ロイ、トマ、ニナとも、ほぼ毎日顔を合わせるようになっていた。

彼らは律儀に「たまに見てください」の約束を守り

模擬戦や依頼の後、健一のもとへ報告に来る。


「今日はここまで踏み込めました!」

「腕が上がった気がします」


そのたびに健一は「悪くないです」とだけ返す。

師匠ではない。ただの感想である。自分にそう言い聞かせていた。


問題は、その日の昼下がりに起きた。


ギルドの隅、掲示板の近くのベンチで、健一は依頼の合間に串焼きを食べていた。

向かいの椅子には、ニナが座っている。特に何をするでもなく、じっとこちらを見ている。


「……ニナさん」


「はい」


「なんで見てるんですか」


「観察です」


「答えが早い」


ニナは手帳を閉じたまま、健一を見つめ続けた。

視線が動かない。瞬きの回数すら少ない気がする。

健一は串焼きを咀嚼しながら、なるべく平静を装った。

平静を装うということは、既に平静ではないということでもある。


しばらくして、ニナが真顔で切り出した。


「健一さんって……女性に限って、なぜか距離を置かれませんか?」


串焼きが喉に詰まりかけた。


「……げほっ」


「大丈夫ですか」


「質問のほうが大丈夫じゃないです」


健一は水を飲み、なんとか呼吸を整えた。心臓が変な音を立てている。


「えっと……気づいてたの?」


「三日前から」


即答だった。迷いのかけらもない。

ちょうどそこへ通りかかったロイとトマが、話に気づいて足を止める。


「なんの話ですか?」


ロイが首を傾げた。ニナが淡々と繰り返す。


「健一さんが女性に距離を置かれる件」


「え、そうなんですか?」


ロイが素で驚いた顔をした。トマも同じく首をひねる。


「俺は気づいてなかった」


「俺も」


健一は片手で顔を覆った。


「気づいてなかったなら黙っててくれてもよかったのに……」


「観察結果は共有するべきです」


ニナが手帳を開く。すでに何かページが埋まっている様子だった。いつからつけていたのか、健一は聞くのが怖くなった。


観念した健一は、小さくため息をついた。どうせいつかは知られる。ここで隠しても、この観察眼の少女相手に隠し通せるとは思えない。


「……教会に相談に行ったことがあるんです」


「教会」


「呪いを見てもらいに」


三人の空気が一瞬止まった。


「呪い」


トマが繰り返す。


「はい」


「呪いって……その、物騒なやつですか?」


「たぶん、そんなに物騒ではないです。効果としては地味というか」


健一は観念して続けた。


「“縁遠し”の呪い、らしいです」


しばらく沈黙があった。やがてトマの肩が震え始めた。


「ふ……」


「笑うのが早い」


「いや、だって……」


トマがこらえきれずに吹き出す。

ロイも口元を押さえながら、必死に真顔を保とうとしていた。


「笑いごとじゃないです」


健一は真顔で抗議した。だが、笑いは止まらない。むしろ悪化している。


「いや、すみません、でも、教会にまで行くレベルって……」


「行くレベルなんです。実際、神官さんに二人がかりで診察されました」


「二人がかり!?」


トマがさらに笑う。これは失敗だったかもしれない。健一は自分の判断を軽く後悔した。

ロイがようやく笑いを収め、真顔に戻る。


「でも……」


「でも?」


「俺たちは普通に懐いてますよ?」


素朴な疑問だった。健一はそれに答える。


「君たちが男の子だからじゃないですか」


「ああ、なるほど」


トマが納得したように頷く。だが、ニナが横から静かに口を挟んだ。


「私も女ですけど、普通に話せています」


その場の空気が、また少し止まった。


「……そうなんですよね」


健一は腕を組んで考え込んだ。言われてみればその通りだった。

ニナとは初日から普通に会話が成立している。距離を置かれた記憶がない。

(これが例外なのか、副作用なのか、それとも別の何かなのか)


考えても答えは出なかった。ちらりとニナを見ると

彼女はすでに手帳に何かを書きつけていた。


「何を書いてるんですか」


「サンプルデータ」


「サンプル?」


「例外事例。健一さん、ニナに対しては通常運転」


「通常運転って……」


健一は微妙な気持ちになった。褒められているのか、観察対象にされているのか判断がつかない。たぶん後者だ。


トマが笑いの余韻を残しつつ、興味本位で尋ねる。


「それ、解除とかできないんですか?」


「できるかもしれないらしいです。ただし」


「ただし?」


健一は静かに告げた。


「銀貨数十枚、必要らしいです

そして必ず解けるわけではないかもしれないと・・・」


沈黙が落ちた。今度は誰も笑わなかった。

長い沈黙の後、ロイが真顔で言った。


「俺たち全員で一年頑張っても無理ですね」


「そのコメントは助かりません」


健一は思わず突っ込んだ。

慰めているのか、絶望を追加しているのか分からない発言だった。

トマが腕を組む。


「銀貨数十枚って、俺たちの依頼何十件分だろう」


「計算しないでください」


「してません、してませんけど、絶対厳しいなって」


「察してるならなおさら口に出さないでほしいです」


「しかもそれで治るかわからないレベルって・・・」


「とどめ?!」


ニナが手帳から顔を上げずに言う。


「記録してもいいですか」


「なんの?」


「呪いの観察日誌です。貴重なサンプルなので」


「俺はサンプルじゃないです」


「希少個体」


「人間です」


「希少人間」


「開き直られると反論しづらい」


健一は頭を抱えた。ニナはすでにペンを走らせている。止める間もなかった。


ロイが横から手帳を覗き込もうとして、ニナにすっと避けられる。


「見せてください」


「観察記録は非公開です」


「俺のことも書いてありそうなのに」


「守秘義務があります」


「誰に対しての守秘義務ですか」


「主にケンイチさんに対して」


「おれに?・・・・」


健一が抗議すると、ニナは真顔で答えた。


「対象者には効果を伝えない方が正確なデータが取れます」


「実験動物みたいな扱いやめてください」


そう言った瞬間だった。

ニナがまた、あの視線を向けてきた。

瞬きの少ない、じっと観察するような目。先ほどよりも強い。


健一は妙な圧を感じた。

森で獣に見られている時に近い緊張感がある。

理性が動くより先に、体に染みついた癖が発動した。


――鑑定。


意識するより早く、スキルが走る。気づいた時には

視界の端にステータスめいた表示が浮かんでいた。


【状態:健一を怪しんでいる(確信度:高)】


健一は固まった。


(うわ、丸わかりだ……)


自分でも驚くほど正直な結果だった。

誤魔化しようがない。思わず視線を明後日の方向へ逸らす。

その瞬間だった。


「今、何かしましたね?」


ニナの声が飛んできた。健一の肩が跳ねる。


「な、なんでわかるんですか」


「健一さんの目が明後日の方向を向いたので」


「……それだけで?」


「それだけで分かります」


健一は言葉を失った。

(鑑定より観察眼のほうが鋭い気がする)

今の一瞬で何を見抜かれたのか分からない

、少なくとも「何かした」という事実だけは完璧に把握されている。

ロイとトマが交互に健一とニナを見比べる。


「え、何したんですか?」


「な、何も」


「今、露骨に目が泳ぎましたよ」


「泳いでません」


「泳ぎました」


「あ~言えないようなことを!」


「なるほどそれなら!」


「いやいやいや!濡れ衣!濡れ衣を主張します!ニナをそんな目で見たことは・・」


トマとロイに必死で言い訳していると

ニナが手帳にさらさらと何かを書きつける。


「新項目、追加

 健一さんは私に無関心」


「いや無関心では」


ニナがいたずらな顔で胸元を強調して見せる


「関心ある?」


「いや・・」


「やっぱり・・・

 不都合なときに視線をわかりやすくそらす。要継続観察」


「その観察、俺に一番不利なやつでは?」


「客観的な記録なので」


反論のしようがなかった。

健一は諦めて、残っていた串焼きの最後の一切れを口に運んだ。

味は、いつも通りうまい。それだけが救いだった。


しばらくして、ロイがふと思い出したように言った。


「あの、話戻るんですけど」


「はい」


「呪いの解除、俺たちも何か手伝えたらって……」


素直な申し出だった。健一は少し驚いて、ロイを見る。


「気持ちはありがたいですけど、銀貨数十枚は……」


「分かってます。すぐには無理だってことも」


ロイは真剣な顔で続けた。


「でも、いつか。いつかは、手伝いたいです」


トマも頷く。


「まあ、俺たちも稼げるようになったら」


「それはもう五年後とかになりそうな気がしますけど」


「そこは黙っててください」


トマが不満そうに言う。健一は思わず笑ってしまった。

呪いの話も、費用の話も、笑えない現実のはずなのに

この三人と話していると、なぜか深刻になりきれない。


「……ありがとうございます」


健一は小さく言った。柄にもなく、少し照れくさかった。

ニナが手帳から顔を上げる。


「今の発言も記録しました」


「え」


「健一さん、素直に感謝を述べる。レア事案」


「レアって何ですか、俺そんなに感謝しない人間扱いされてます?」


「観察上、口数が多い割に本音は少ない傾向」


「的確すぎて何も言えない」


健一は肩を落とした。この少女には勝てる気がしない。

鶏には勝てても、ニナには勝てない。妙な結論に達した気がした。

そこへ、ギルドの二階から聞き覚えのある低い声が降ってきた。


「何を騒いでいる」


見上げると、ガルドが手すりから身を乗り出していた。

腕を組み、いつもの位置。定位置というものが本当に存在するらしい。


「いえ、なんでもないです」


健一が答えると、ガルドはじろりと四人を見比べた。


「串焼き談義にしては声が大きかったが」


「呪いの話をしていました」


ニナが正直に答えた。健一は慌てて口を挟む。


「いや、そんな大した話じゃ」


「縁遠しの呪いです」


「ニナさん正直すぎませんか!?」


ガルドはしばし沈黙した後、低く笑った。


「クックック……それか。お前らしいと言えばらしいな」


「変な感想やめてください」


「一ヶ月も見ていれば分かる。お前は妙な引きの強さがある。

 逆に言えば、そういう縁だけは弱いのだろう」


「分析が的確すぎて悲しいです」


ガルドはさらに何か言いかけたが、途中で口をつぐんだ。

そのまま視線だけ健一に向け、わずかに口の端を上げる。


――苦労してるな。


――お詫びに串焼きでいいですよ?


無言の連帯だった。今日も通じ合っている気がした。

気がしただけだったが。


「まあいい。仕事に戻れ」


ガルドはそう言って手すりから離れていった。残された四人は、しばし顔を見合わせる。


「……結局、俺の呪いの話がギルド中に広まる流れでは?」


健一が呟くと、ロイが慌てて首を振った。


「大丈夫です! 俺たち、他の人には言いません!」


「ガルドさんに聞かれた時点で手遅れな気がします」


「あ……」


ロイが固まる。トマも気まずそうに目を逸らした。ニナだけは平然と手帳を閉じている。


「まあ、いいです。どうせいつかは広まる話でしょうし」


健一は諦めたように息を吐いた。串の先を見つめ、小さく呟く。


「呪いも、観察日誌も、俺の与り知らぬところで着々と記録されていくんだな……」


「安心してください」


ニナが真顔で言った。


「記録は正確です」


「安心の方向が違います」


夕方の光が屋台通りに差し込み始めていた。健一は立ち上がり、串を片手に伸びをする。


「今日はこれくらいにして、串焼き食べに行きましょう」


話を切り上げるように言うと、トマが即座に食いついた。


「奢ってくれるんですか!?」


「自分の分は自分で払ってください」


「ケチ!」


「ケチではなく、健全な金銭感覚です」


ロイが笑いながら立ち上がる。


「行きましょうよ、みんなで」


「みんなでって……」


健一が言いかけたところで、ニナが淡々と付け加えた。


「観察は継続します」


「食事中まで観察しないでください」


「食事中の反応も貴重なデータです」


「俺は実験体じゃないです」


四人はそんなやり取りをしながら、ギルドを出て屋台通りへ向かった。

呪いは解けていない。費用のあてもない。おまけに観察日誌までつけられている。

それでも、隣を歩く三人の顔は明るかった。健一は小さく息を吐き、空を見上げる。

夕焼けが、いつもより少しだけ赤い気がした。


「まあ……悪くないか」


「何がですか?」


ロイが聞く。


「いえ、こっちの話です」


「またそれですか」


トマが呆れたように言った。健一は答えず、ただ屋台の明かりへ向かって歩き出した。


町は今日も平和だった。


たぶん。


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