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鶏師匠?

健一は冒険者ギルドの一階に入った瞬間、妙な視線を感じた。


昨日までの視線は、

「高そうな魔石を持ってきた怪しい新人」

「手を抜いていたっぽい新人」

だった。


今日は少し違う。


「鶏に噛まれた新人」


という、非常に不名誉な成分が混ざっている。


「……噂、速すぎない?」


ぼそりと呟くと、受付のミリアが笑顔で会釈した。


「おはようございます、ケンイチさん。指の具合はいかがですか?」


「大丈夫です。鶏には負けていません」


「はい。捕獲は成功と報告されていますね」


「言い方に含みがありますね」


「気のせいです」


ミリアはにこにこしている。

強い。

逃げるように掲示板へ向かう。

今日は簡単な採取依頼でも受け、町の周辺を覚えようと思っていた。

すると、訓練場の方から聞き覚えのある声が聞こえてきた。


「レオンさん! 模擬戦をお願いします!」


健一は足を止めた。

声の主はロイだった。

盾役の少年ロイ。

勢いだけなら一流の剣士トマ。

手帳が相棒の魔法使いニナ。

昨日、俊足鶏相手に四人がかりで戦った三人組だ。


健一は嫌な予感がした。


「……見なかったことにしよう」


そう言って背を向けた瞬間、トマの声が飛んできた。


「昨日、鶏相手に得た経験を活かします!」


健一は思わず足を滑らせかけた。

鶏相手に得た経験とは何だ。


訓練場には、すでに何人かの冒険者が集まっていた。

中央に立つのはレオン。

長身で、無駄のない立ち姿。

木剣を片手に持っているだけなのに、隙が少ない。


対する三人は緊張で肩が固い。

ロイは盾を構え、トマは木剣を握り

ニナは杖を持って少し後ろに下がっている。


健一は巻き込まれたくなかった。

絶対に。


なので、静かに階段を上がり、二階の手すりの陰からこっそり見ていた。


「ここなら気づかれないだろう」


そう思った瞬間、横に気配があった。

ギルドマスター、ガルドである。

大きな腕を組み、昨日とほぼ同じ位置で、無言のまま訓練場を見下ろしていた。


健一と目が合う。


ガルドは何も言わない。


健一も何も言わない。


ただ、二人の間に妙な空気が流れた。

ガルドは

―また何か起きそうだな。

健一は

―この人で会のに気配なさすぎない?!


二人は軽くうなずきあう

無言の連帯だった。

お互い全く考えていることは通じていないが・・・


健一はそっと視線を戻した。


「では、始めよう」


レオンが穏やかに言った。


「三人で来ていい。殺す気でなければ、多少強く打っても構わない」


「はい!」


ロイが盾を前に出す。


「行くぞ、トマ!」


「おう!」


ロイが正面から踏み込み、トマが右側へ回る。

ニナは後方で杖を構え、短く詠唱を始めた。

初手としては悪くない。

盾で受け、剣で横を狙い、魔法で足を止める。

三人で戦うなら基本の形だ。

だが、レオンは半歩だけ下がった。


たった半歩。


それだけで、ロイの盾の圧力が届かない。

トマの剣の間合いも、わずかに遠い。


「くっ!」


トマが無理に踏み込む。

その瞬間、レオンの木剣が低く走った。

狙いは胴ではない。

大きくなった踏み込みを狙った足首への攻撃


「うわっ!?」


トマは慌てて跳び退くが、姿勢が浮いた。

そこへレオンが左腕で抱えるようにトマを右に投げる

投げられたトマはロイにぶつかり

トマが尻もちをつく。


「踏み込みすぎだ」


レオンの声は静かだった。


「トマを狙わせない!」


右前方に倒れているトマを守るように

盾を前にして割り込むロイ

わずかに右へ流れた体の向きをレオンは見逃さずに

ロイの左側にステップを踏む

ロイは対応しようと無理に左に体の向きを変える

そこへレオンは盾の上部を狙い木剣で軽く突くと

ロイは自分の足元後方で立ち上がろうとしていた

トマに乗っかるように後ろに倒れる


「盾は相手を追いかけるのには適さないぞ

 相手の攻撃の先に盾を置くように常に先を考えろ」


「はいっ!」


ロイが歯を食いしばる。

その後ろでニナが魔法を放った。


「ターンマッド!」


地面がぬかるむ。

昨日、俊足鶏を捕まえた時と同じ魔法だ。

レオンの足元が沈む。


「よし!」


トマが立ち上がりながら再び斬り込む。

だが、レオンはぬかるみに足を取られるどころか

バックステップをする足で泥をトマの顔に蹴りかける

トマは反応できずに正面から泥をかぶる


「ぶへっ」


前が見えなくなったトマの右側に回り込むレオン


「うまっ……!」


健一は思わず感心した。

レオンは強い。

圧倒的な力でねじ伏せるのではなく、相手の失敗を一つずつ拾っている。

三人の動きが悪いわけではない。

ただ、連携が一拍ずつ遅い。


仕切り直して2戦目


またも

トマが焦って前に出る。

ロイが守ろうとして釣られる。

ニナが補助を入れる頃には、もう形が崩れている。


「なるほど……」


健一は小さく呟いた。

その時、レオンがトマの剣を巻き込むように弾き

返す刃でロイの盾の内側を狙った。

ロイが反応する。

だが、盾を引くとトマが無防備になる。


押すべきか。

引くべきか。


一瞬の迷い。

レオンはそこを見逃さない。


木剣がロイの肩へ向かう。

健一の口が勝手に動いた。


「あ、そこで下がって!」


訓練場に声が通った。

ロイが反射的に半歩下がる。

すると、レオンの木剣が空を切った。

ロイが下がったことで盾の角度が戻り

トマの前に小さな壁ができる。


「トマ君、今!」


「えっ、あ、はい!」


トマが低く踏み込み、レオンの膝元を狙う。

レオンは木剣を下げて受けた。

その瞬間、ニナが杖を振る。


「泥!」


今度はレオンの後ろ足だけが沈んだ。

レオンの体勢が、わずかに止まる。


「お」


二階でガルドが低く声を漏らした。

健一も思わず前のめりになる。

三人の連携が、初めて噛み合った。

ロイが盾を押し出す。

トマが右下から斬り上げる。

ニナが後退路を潰す。

レオンは少し笑った。


「いい形だ」


次の瞬間、レオンの動きが変わった。

木剣を短く引き、体ごとロイの盾に右肩からあたる。

ゴンッ。


盾が揺れた。

ロイは耐えたが、視界が一瞬ふさがる。

そのまま右肩を起点に回転しロイの左後方に出る

レオンを完全に見失ったロイと

ロイの後ろに位置したトマを同時に吹き飛ばすように

ロイの左から前蹴りで飛ばす。


「うおっ!?」


ロイが後ろに吹っ飛ぶと

ロイの真後ろに位置していた

トマもいきなり飛ばされてきたロイにぶつかりその場で倒れる。


レオンはニナの方に向き地面を蹴る。

ぬかるみをものともせず、斜めに跳ぶように前へ。

木剣の先がニナの杖に軽く触れた。


「二人の距離が近すぎる。魔法使いはもっと離れてもいい」


「……はい」


ニナが悔しそうに頷いた。

模擬戦はそこで一度止まった。

レオンは木剣を肩に担ぎ、三人を見た。


「悪くない。特に最後の連携はよかった」


三人は息を切らしながら頷く。

そして、同時に二階を見上げた。

健一は固まった。

見つかった。


「ケンイチさん!」


ロイの目が輝いていた。

嫌な輝きだった。

トマも立ち上がる。


「今のすごかったです! 言われた通りにしたら、レオンさんの攻撃が外れました!」


ニナはすでに手帳を開いている。


「観察力、指示精度、戦術判断。師匠適性あり」


「ありません」


健一は即答した。

三人は訓練場から二階を見上げたまま、声を揃えた。


「ケンイチさん!!」


嫌な予感が、確信に変わる。


「師匠になってください!」


「絶対いやです!」


健一の声がギルド中に響いた。

一階の冒険者たちがどっと笑う。

健一は慌てて手すりから身を乗り出した。


「俺も新人ですよ!? 昨日登録したばかりのEランクです!

 鶏に津美もかまれました! 人に教える立場じゃありません!」


トマが叫ぶ。


「でも鶏は捕獲したじゃないですか!」


「それは師匠要素ではありません!」


ニナが冷静に言う。


「俊足鶏捕獲経験。希少」


「希少でも誇れない経験です!」


ロイが真剣な顔で拳を握る。


「俺たち、強くなりたいんです。昨日も今日も、ケンイチさんの一言で動けました。お願いします!」


まっすぐな言葉だった。

健一は一瞬だけ黙る。

その気持ちは分かる。

自分もこの世界に来たばかりの頃、何も知らず、何度も死にかけた。

誰かに教えてもらえるなら、どれほど楽だったか。

だが。

だからこそ。


「師匠は無理です」


健一ははっきり言った。


「俺はまだ、この町の常識も分かってません。

 冒険者のやり方も、ギルドの規則も覚えている途中です。

 そんな人間が師匠では4人で迷走する未来しかないと思います」


「迷走?」


トマが首を傾げる。

健一は真顔で答えた。


「鶏相手に陣形訓練を始める方向です」


三人が黙った。

昨日、実際にやった。

ニナが小さく手帳に書く。


「実績あり」


「・・・・・・・」


「クックックックッ」


隣のガルドが低く笑う。


「ケンイチの言うことは珍しく正しい」


健一は驚いて横を見る。


「珍しくはよけいでは・・・?」


「ほう?今までの行動が正解だと?」


「いえ・・どう・・なんでしょう?個人的には正解じゃないかなとも」


ガルドはあきれたように健一に一度目をやり

訓練場の3人に目線を戻し続けた。


「師匠というのは、技を教えるだけじゃない。

 責任を負う立場だ。新人が軽く背負うもんじゃない」


「ですよね!」


健一は力強く頷いた。

初めてギルドマスターと完全に意見が一致した気がした。

ガルドと目が合う。

再び無言の連帯が生まれた。


――背負いたくないな。


――背負わせん。


ありがたい。

非常にありがたい。

だが、ガルドはそこで口元を少し上げた。


「ただし、時々助言するくらいなら問題ない」


健一は固まった。


「え?」


ガルドは続ける。


「今みたいにな。模擬戦を見て、気づいたことを一言言う。師匠ではない。先輩冒険者の助言だ」


「俺、新人です」


「Eランクだろう」


「昨日なったばかりです」


「Fランクよりは上だ」


ロイたちの目が再び輝く。

健一は嫌な汗をかいた。


「待ってください。今、逃げ道を塞ぎましたよね?」


ガルドは無言で腕を組み直した。

完全に塞いでいた。

レオンまで笑っている。


「いいんじゃないか。君の指示は的確だった。もちろん、無理に師匠になる必要はない」


「レオンさんまで……」


「ただ、三人にはいい刺激になる」


ロイが勢いよく頭を下げた。


「師匠じゃなくていいです! たまに見てください!」


トマも続く。


「たまにでいいんで!」


ニナが手帳を掲げる。


「名称変更。師匠ではなく、臨時助言者」


「ええええ・・助言者って・・臨時って・・」


健一は頭を抱えた。

ニナが再び手帳を見ながら


「要するにテンポラリーアドバイザー!」


「それはちょっとかっこいいかも!」


訓練場に笑いが走る。

そして


誰かが言った。


「いいじゃねえか、鶏師匠!」


「誰ですか今の!」


さらに笑いが広がる。

ミリアが受付からにこやかに声をかけた。


「では記録上は、ケンイチさんによる任意助言という扱いにしておきますね」


「記録に残さないでください!」


「必要かと」


やはり受付嬢は強かった。


結局、健一は条件を出した。


「師匠とは呼ばない。訓練の責任者でもない。

 俺が見て、危なそうな時に少し言うだけ。

 それ以上はレオンさんやギルドの人に聞いてください」


三人は顔を見合わせ、嬉しそうに頷いた。


「はい!」


「それでお願いします!」


「記録しました」


「ニナさんは少し手帳を閉じましょう」


健一は深いため息をついた。

レオンが木剣を回しながら言う。


「では、もう一本やるか?」


三人の顔が引き締まる。

ロイが盾を構え直す。

トマが足幅を調整する。

ニナが後方ではなく、少し離れて斜めに立った。

さっきより形がいい。

健一は思わず口を開きかけたが、すぐ閉じた。

今度は我慢する。

隣でガルドがちらりと見た。

健一もちらりと見る。


無言の連帯、三度目。


――言いたくなるな。

――分かる。


模擬戦が再開された。


ロイが正面、トマが右、ニナが左後方。

レオンはゆっくりと歩く。


木剣の先がわずかに揺れた。

誘いだ。

トマが動きかける。

健一は口を押さえる。


言わない。

絶対に言わない。


トマが踏みとどまった。

健一も踏みとどまった。


レオンの眉が少し上がる。

ロイが盾を出しすぎず、間合いを保つ。

ニナが魔法を撃たず、杖を構えたまま待つ。

三人はさっきの失敗を覚えていた。


「いいぞ」


レオンが小さく言った。

その瞬間、トマが低く走った。

ロイの盾の陰から、木剣が突き出る。

レオンは受ける。

だが、そこへニナの泥が足元ではなく、レオンの一歩先に生まれた。

踏み込ませないための泥。

レオンが止まる。

ロイが盾で押す。

トマが逆側へ回る。

三人の攻めが、確かに形になっていた。


最後はレオンが鮮やかに崩した。

盾を叩き、剣を弾き、杖先を押さえる。

三人とも負けた。


だが、最初よりずっと長く粘った。

訓練場に拍手が起きる。


ロイたちは汗だくで笑っていた。

健一も、少しだけ頬を緩める。

悪くない。


師匠は嫌だ。

絶対に嫌だ。

でも、ほんの少し背中を押すくらいなら。


「ケンイチさん!」


トマが叫ぶ。


「今日の礼に串焼き奢ります!」


健一は即答した。


「行きます」


ロイが笑う。


「そこは早いんですね」


「食事は大事です」


ニナが手帳に書いた。


「ケンイチさん、師匠扱いは拒否。ただし串焼きで同行可能」


「その記録、消してください」


二階でガルドが低く笑った。

レオンも肩をすくめる。

そしてギルドの誰かが、また余計なことを言った。


「鶏師匠、串焼きで釣れるらしいぞ!」


「師匠じゃないです!」


健一の叫びが、今日もギルドに響いた。

町は今日も平和だった。

たぶん。

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