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鶏?

今回少し短めのです。

翌朝、健一は冒険者ギルドの掲示板前で依頼票を眺めていた。


討伐、採取、荷運び、迷子の猫探し。

町のギルドは思った以上に何でも屋らしい。

その中に、一枚だけ妙に平和な依頼があった。


**『逃げた鶏の捕獲』**


報酬は銅貨数枚。

危険度は低め。

初心者向け。


「鶏探しか……平和だな」


そう呟いたところで、背後から声がした。


「ケンイチさん!」


振り返ると、昨日世話をした三人組――盾役のロイ、剣士のトマ、魔法使いのニナが立っていた。


「今日はこの依頼を受けるんです!」


ロイが見せた依頼票は、まさに鶏捕獲依頼だった。


「昨日みたいな危険はなさそうですし」


「鶏くらい、俺が一瞬で捕まえますよ」


トマが胸を張る。


ニナが手帳を開いた。


「昨日のトマ発言記録。『角ウサギくらい、一瞬で倒す』」


「やめろ! 不吉な引用するな!」


健一は少し考え、咳払いした。


「俺も町の外に用事があるので、偶然同じ方向へ行くかもしれません」


トマが半眼になる。


「それ、ついてくるってことですよね?」


「偶然です」


ニナが手帳に書く。


「偶然を装う。失敗」


「書かないでください」


町外れの農家で、依頼人の男が腰を押さえながら三人を迎えた。


「助かるよ。白い羽で赤いトサカ、普通の鶏だ」


ロイが頷く。


「特徴は?」


「ちょっと足が速い」


「ちょっと?」


「昨日、犬が追いかけた」


「はい」


「犬が負けた」


三人が固まった。


「その後、息子が網を持って追った」


「結果は?」


「息子も負けた」


「最後に俺が本気で走った」


「それで?」


農家の男は、腰をさすった。


「腰をやった」


健一は静かに目を細めた。


普通の鶏ではない。

少なくとも、依頼票に「初心者向け」と書いていい相手ではなさそうだ。


畑を探し始めてすぐ、草むらが揺れた。


白い羽。赤いトサカ。丸い体。


確かに鶏だ。


ただし、目が妙に鋭い。


「コケ」


挑発するように鳴いた。


トマが網を構える。


「よし、俺が――」


「待ってください」


健一が止めるより早く、トマが飛び出した。


「うおおおお!」


次の瞬間、白い影が畑を走り抜けた。


網は空を切る。


鶏は十歩先で、勝ち誇ったように首を傾げていた。


「……速くない?」


ロイが呟く。


健一は念のため鑑定を発動した。


【名称:俊足鶏】

【種別:魔法変異個体】

【特徴:脚力強化、瞬間加速、噛みつき癖】

【危険度:推定Dランク相当】


健一は黙った。


そして思わず漏らす。


「……鶏でDランク……」


三人が一斉に振り向いた。


「え?」


「今なんて?」


「適当ですか?」


ニナが疑いの目を向けながら言う


「鑑定結果ですか?」


健一は小さく息を吐いた。


「ですね・・」


トマが顔を引きつらせる。


「俺、鶏にリベンジ戦するの?」


ニナが書く。


「トマ対鶏。第二戦」


「第一戦も終わってねえよ!」


「ロイ君は盾で進路を塞いでください。トマ君は焦って網を投げない。

 ニナさん、足元をぬかるませられますか?」


「できます」


「では、捕獲します」


ロイが驚く。


「ケンイチさんもやるんですか?」


健一は鶏から目を離さず言った。


「本気でいきます」


「鶏相手に!?」


「Dランク相当なので」


言ってから、自分でも少し悲しくなった。


古竜やワイバーンと関わってきた自分が、今は鶏に本気を出そうとしている。

人生は分からない。


鶏が走る。

ロイが盾を構える。


「こっちは通しません!」


ニナが短く詠唱した。


「小さき土の精霊たちよ、いまその場所の特性を変えよ!

 ターンマッド!」


足元がぬかるむ。

鶏の体勢が崩れた。


「今だ!」


トマが網を投げる。

しかし鶏は羽ばたき、低く飛んだ。


「飛ぶの!?」


網はまた外れた。

ニナが即座に手帳を開く。


「俊足鶏、短距離飛行可能」


「今書くな!」


健一は身体操作を少しだけ強め、鶏の進路へ回り込んだ。

その動きに、三人が目を見開く。


「えっ!? ケンイチさんも無双してる!?」


トマが叫ぶ。


「も、って何ですか」


「いや、鶏が無双してたから!」


「鶏側に並べないでください!」


健一は鶏の逃げ道を少しずつ削った。

直線は速い。

反応もいい。

だが、完全に囲まれると一瞬判断が遅れる。


「ロイ君、左! トマ君、網を広げて待つ! ニナさん、もう一度足元を!」


三人が動く。

鶏は右へ逃げようとしてロイに阻まれ、左へ行こうとして網に遮られる。

前はぬかるみ、後ろには健一。


「コケ……」


一人と一羽が見合った。

妙な緊張が走る。

トマが小声で言う。


「なんで鶏相手に決闘みたいな空気出てるんですか」


ニナが頷く。


「名勝負」


「やめてください」


次の瞬間、鶏が跳んだ。

健一の顔面へ。


「そこ!?」


健一は体をひねって避け、両手で羽の付け根を押さえた。


「捕まえた!」


ロイが叫び、トマが網をかぶせる。

ニナがさらに布をかけた。


「コケェェェ!」


「暴れるな!」


「俺、鶏相手に盾使ってる!」


「貴重な経験です!」


「嬉しくない!」


数分の格闘の末、ついに鶏は大人しくなった。

捕獲成功である。

四人がかりで。

しかも健一はかなり本気だった。


「……世の中、広いな」


健一がしみじみ呟いた、その時。

網の隙間から鶏の首が伸びた。


がぶり。


健一の指に噛みついた。


「痛っっっ!」


三人がびくっとする。


「ケンイチさん!?」


「大丈夫ですか!?」


ニナが冷静に言う。


「鑑定通り、噛みつき癖あり」


「今確認しなくていいです!」


健一は涙目で指を押さえた。

鶏は勝ち誇ったように鳴く。


「コケ」


健一は震える声で呟いた。


「Dランクの鶏に……噛まれた……」


トマが肩を震わせる。


「笑ってません。笑ってませんから」


「笑ってますよね?」


ニナが手帳に書いた。


「ケンイチさん、俊足鶏に精神的敗北」


「捕獲は成功しています」


「精神的には?」


「……痛いです」


農家へ鶏を返すと、依頼人は心底ほっとした顔をした。


「おお、捕まえてくれたか!」


「かなり元気でした」


健一は言葉を選ぶ。

農家の男は頭をかいた。


「最近、餌場に魔力草が混じってたらしくてな。

 それ食ってから速くなったんだ」


ロイが思わず突っ込む。


「それ、先に言ってください!」


「いや、鶏だから大丈夫かと」


全員が網の中の鶏を見た。

大丈夫ではない。

ギルドへ戻ると、受付のミリアが笑顔で報告を受け取った。


「お疲れさまでした。あの依頼、何組か失敗していたので助かりました」


健一は固まる。


「何組か失敗?」


「犬より速い、網を破る、冒険者が転ぶ、などの報告がありまして」


「それ初心者向けでいいんですか?」


「依頼内容は鶏探しですので」


受付嬢は強かった。

ミリアは書類にさらさらと記入する。


「報告欄に書いておきますね。『新人冒険者ケンイチ、鶏捕獲に協力。本人は偶然を主張』」


「最後の一文いります?」


「必要かと」


二階から視線を感じた。

見上げると、ギルドマスターのガルドが腕を組み、健一の指の布を見ていた。

そして、わずかに口元を上げる。

絶対に察している顔だった。


依頼後、三人に誘われ、健一は屋台通りへ向かった。

串焼き屋のおじさんが笑う。


「おう、兄ちゃん。鶏に噛まれたんだって?」


「情報が早すぎませんか」


「町は狭いからな」


「ギルド出て数分ですけど」


トマが吹き出し、ロイが必死に下を向く。

ニナは当然のように手帳を開いた。

健一は深く息を吐く。


「今日は濃いめでお願いします」


「心が削れた時の味付けだな」


「はい」


串焼きを一口食べる。

香ばしい肉の味が口いっぱいに広がった。


「……うまい」


世界には、Dランク相当の鶏がいる。

初心者向け依頼は、必ずしも初心者向けではない。

そして噂は、鶏より速い。

ロイが笑う。


「また一緒に依頼行きましょうね!」


「安全な依頼なら」


ニナが手帳に書く。


「ケンイチさん、鶏に対して少し根に持つ傾向あり」


「だから書かないでください」


健一は串焼きをかじりながら、小さく呟いた。


「Dランクの鶏に……」


今日も町は平和だった。


たぶん。

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