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Bランク剣士

練習場の中央に、健一とレオンが向かい合って立った。


周囲には、いつの間にか冒険者たちが集まっている。

最初は数人だったはずが、気づけば十人、二十人と増え

木柵の外や練習場の端に人だかりができていた。


「おい、始まるぞ」


「相手はレオンだろ? 《銀風の牙》の剣士」


「Bランクの主力じゃねぇか」


「で、相手の新人は何者なんだ?」


「ワイバーンの魔石持ち込んだらしい」


「は? 新人が?」


「しかもエルダーフォレストウルフもだとよ」


「嘘だろ」


ざわざわ、ざわざわ。

健一はその視線を背中に感じながら、木剣を握っていた。

選んだのは、一般的な長さの片手用木剣。

本来なら両手剣でも槍でも対応できる。

だが、あまり変わった武器を選んで目立つのも避けたい。


「普通。とにかく普通。俺は普通の新人……」


健一は心の中で自分に言い聞かせた。

しかし、その普通の新人は、ワイバーンとエルダーフォレストウルフの魔石を持ち込み

ギルドマスターに呼び出され、Bランク剣士と模擬戦することになっている。

普通とは何か。


レオンは軽く肩を回し、木剣を下段に構えた。

その姿は自然体だった。

無駄な力みがない。

周囲の視線にも慣れている。


さすがBランク。

健一はそう思った。

思った、のだが。


「……ん?」


レオンの立ち方、呼吸、重心、目線。

それらを見ているうちに、健一の頭の中で妙な違和感が生まれた。

隙がある。

いや、普通の冒険者として見れば十分に強いのだろう。

体幹もある。反応も悪くない。

踏み込みの前兆も小さい。


だが――。

どらさんと比べると、遅い。

古竜と比べると、軽い。

森の影鹿と比べると、読みやすい。

雷鳥と比べると、殺気が優しい。

女神の魔法訓練と比べると、空間そのものが安全。


健一は小さく息を吸った。


「まずい」


何がまずいか。

相手が弱い。

いや、弱くはない。

弱くはないのだ。

Bランクなのだから、間違いなく強いはずである。

しかし、比べる相手が間違っている。

森にいた頃から、命がけの相手はだいたい魔物だった。

最後の方は竜だった。

訓練相手はどらさんだった。

基準の一番下に、巨大猪がいる。

その時点でおかしい。


「人間の強さの基準、俺ぜんぜん分かってない……!」


健一は内心で頭を抱えた。


模擬戦の開始前、ガルドが太い腕を組んだまま言った。


「その前に、魔法の制限を確認する。

 ケンイチ、初級魔法までだ。分かるな」


「はい。初級までですね」


「……念のため、見本を見せておく」


「おねがいします・・・」


ガルドは周囲にいたギルド職員へ顎をしゃくった。


「ミリア、頼む」


「はい」


受付嬢――ミリアが記録板を別の職員に預け

練習場の端へ歩いていった。

健一は少し驚いた。


「受付嬢さん、魔法使えるんですか?」


「護身程度ですが」


ミリアはにこりと微笑む。


「ミリアっていうんですね」


「名札に書いてありますよ?」


再びにこりと微笑む。

しかし目は笑っていない。


「お、ミリアちゃんの魔法だ」


「受付に喧嘩売るなよ。普通に燃やされるぞ」


「書類ミスったやつも燃やされるって噂だ」


「燃やしません」


ミリアの笑顔が少しだけ怖くなった。

冒険者たちは一斉に黙った。

健一は学んだ。

受付嬢は強い。

ギルドで生き残るには

魔物より書類と受付嬢に気をつけるべきかもしれない。


ミリアは練習用の石の的に向かって立つ。

右手を前に出し、深く息を吸い

詠唱した。


「小さき火よ、我が意に従い、敵を打て――《火球》」


ぽんっ。


手のひらほどの火の玉が生まれ、ふわりと飛んでいく。

火球は石の的に当たり、小さな爆ぜる音を立てた。


ぱんっ。


的の表面が少し焦げる。

周囲から拍手が起きた。


「おおー」


「安定してるな」


「詠唱短縮もさすがだ」


「ミリアちゃんはやっぱりすげぇな」


健一は固まっていた。

火球を見つめる。

的を見る。

ミリアを見る。

もう一度、的を見る。


「……え?」


思わず声が漏れた。

ミリアが戻ってくる。


「今のが一般的な初級火魔法です。

 威力は抑えていますが、訓練や牽制ではこの程度ですね」


「この程度……」


健一は冷や汗を流した。

魔法使ったら終わる

間違いない。

初級魔法だと思って撃った瞬間

練習場の石的どころか、練習場ごと爆破する。

いや、加減すればいけるかもしれない。

しかし、この場で加減を間違えたら社会的死亡どころか、物理的賠償地獄である。


練習場破損。

ギルド破損。

町壁破損。

串焼き屋延焼。

最後が一番困る。

健一は決意した。


「模擬戦では、魔法を封印しよう」


ガルドが眉を動かした。


「なぜだ」


やべ、声にでてた・・


「あの・・・あんな風に詠唱はむずかしいですし

 比べられるとちょっと・・しょぼい・かなぁ・・と・・・」


嘘ではない。

詠唱はしてる暇がなくそのうちに忘れてしまっているのでできないのだ

威力はもう比べられたら面倒ごとしかやってこないだろう。

レオンが首を傾げる。


「魔法を使わないのか? 俺は構わないが」


「はい。魔法を使うたびに立ち止まっていたら負けてしまいそうですし」


「そうか」


レオンは笑った。

ガルドは無言で健一を見ていた。

その目は鋭い。

健一は視線を逸らした。


「見抜かれてない。たぶん見抜かれてない。

 これは戦略的判断。俺は常識的な新人」


ガルドの目は、明らかに「こいつ今、何か隠したな」と言っていた。

ガルドが練習場の中央へ進み出た。


「ルールを確認する」


太い声が響き、周囲のざわめきが静まる。


「武器は木剣。魔法は使用可だが、ケンイチは自ら封印を宣言。

 殺傷目的の攻撃は禁止。頭部、喉、股間への攻撃は禁止。

 降参、戦闘不能、または俺の判断で終了とする」


「股間」


健一が小さく呟いた。

レオンが真顔で言う。


「大事なルールだ」


「はい」


森の魔物はそこを狙ってこなかった。

人間社会には人間社会の戦い方があるらしい。

ガルドが一歩下がる。


「構え」


レオンが木剣を中段に構える。

健一も同じように構えた。


ただし、意識してかなり力を抜く。

握りは浅く。

足幅も普通。

呼吸も浅めに見せる。


強く見えすぎない。

弱く見えすぎない。

Bランク相手に健闘する新人。

目標はそこだ。


「始め!」


ガルドの声が落ちた瞬間、レオンが動いた。


速い。

少なくとも、一般的な冒険者としては間違いなく速いのだろう。

踏み込みから斬撃までの流れが滑らかで、木剣が健一の肩口へ走る。

だが健一には、かなりゆっくり見えた。


見えすぎる。

踏み込みの前に、右足の親指に力が入った。

肩がわずかに沈んだ。

目線が肩口へ流れた。

剣筋は素直。

牽制ではなく、本命。

健一は反射で避けそうになった。

完全に避ければ、背後を取れる。

木剣を軽く添えれば勝てる。

だが、それをしてはいけない。


「新人! 新人らしく!」


わざと一拍遅れて木剣を上げる。


カンッ!


木剣同士がぶつかる。

レオンの攻撃を受け止める。

本来なら、健一の身体能力なら押し返すのは簡単だ。

だが、力を込めすぎればレオンの木剣を弾き飛ばしてしまう。

健一は慌てて力を抜いた。


その結果――。


「ぐっ」


と、いかにも押されているような声を出すことに成功した。


周囲が湧く。


「おお、受けた!」


「新人にしてはやるじゃねぇか!」


「でもレオンが押してるな!」


健一は内心で親指を立てた。

一方、レオンは少し目を細めた。


「……今、変な受け方をしたな」


「えっ」


危ない。

Bランク剣士、さすがに勘がいい。

レオンはすぐに次の攻撃へ移った。


右からの斬撃。

下段への払い。

そこから返しの突き。

体捌きを交えた連撃。

周囲の冒険者たちが声を上げる。


「出た、レオンの連続剣!」


「新人にはきついだろ!」


「いや、意外と受けてるぞ!」


健一は必死そうな顔を作り、木剣を合わせていく。


カン、カン、カンッ!


本当は全部見えている。

むしろ、次の三手くらいまで読める。

だが、完璧に受けると怪しまれる。

なので、時々わざと半歩遅れる。

木剣の角度を少しずらす。

足元を乱す。

息を荒く見せる。


「はっ、くっ、うわっ」


我ながら迫真の演技である。

ただし問題があった。

力を抜きすぎると、本当に木剣を弾かれそうになる。

逆に力を入れすぎると、レオンごと吹き飛ばしそうになる。

調整が難しい。

どらさん相手なら全力で殴っても「ふむ、少し良くなったな」で済む。

だが人間相手にはそうはいかない

そんなことを考えていると

レオンがさらに鋭く踏み込む。


「はあっ!」


木剣が健一の胴へ迫る。

健一は避けようとして、慌てて思い直した。

避けすぎるな。

受けすぎるな。

当たりすぎるな。

その結果、不自然すぎる動きになる。

木剣が脇腹に当たる。


ぺしん。


痛くはない。

いや、まったく痛くない。

どらさんの尻尾で吹っ飛ばされたことを思えば、そよ風にもならない。

しかし健一は大げさに顔をしかめた。


「ぐあっ!」


周囲がどよめく。


「入った!」


「やっぱレオンが上か!」


「でも新人、まだ立ってるぞ!」


レオンは少し困惑した顔をした。


「……今の、そこまで痛かったか?」


健一は冷や汗を流した。


「痛かったです。すごく」


「そうか?」


「はい。内臓が、こう、精神的に」


「精神的に?」


また変なことを言ってしまった

模擬戦は続いた。

レオンは確かに強かった。

技術もある。経験もある。

対人戦に慣れている。

健一も、相手が弱いなどと思いたいわけではなかった。

だが、どうしても比較対象がひどすぎる。

どらさんの爪は、剣より速く、岩より重い。

古竜の咆哮は、避けなければ内臓が揺れる。

森の上位魔物は、人の常識など関係なく襲ってくる。

影鹿など、攻撃の気配より先に影が刺してくる。

それに比べれば、レオンの攻撃は――優しい。


健一は衝撃を受けていた。

もちろん、この町ではレオンは立派な実力者のようだ。

周囲の冒険者たちも、レオンの剣に感嘆している。

だが健一にとっては、レオンの動きは“危険”ではなく“丁寧”に見えた。


「まずい。俺、外の世界の基準を完全に間違えてる」


自覚はあった。

だが、ここまでとは思わなかった。

長年、危険地帯の奥で暮らし、女神に鍛えられ、竜に殴られ、魔物と戦い続けた結果――。

健一の普通は・・・壊れていた。

泣きそうになった。

その顔が、周囲にはレオンの攻撃に追い詰められているように見えた。


「新人、苦しそうだぞ!」


「でもよく粘ってる!」


「Fランク登録直後であれなら十分化け物だろ!」


「レオン相手に立ってるだけでもすげぇよ!」


評価は上がっていた。

健一の目的とは、少し違う方向に。

そして内心では焦っていた

このまま粘りすぎると怪しまれる。

かといってすぐ負けるには

既に何度も攻撃を受けてしまっている。

自然な形で負ける必要がある。

どう負ける? 足を滑らせる?

いや怪しすぎる

森なら木の根に引っかかったふりができた。

しかし練習場は整備されている。

武器を弾かれる? でも木剣を手放す加減が難しい。

下手するとレオンさんの剣が折れる

体力切れ? 何分も戦ってるのに息が上がらないのはまずい。もっと呼吸を乱そう!

健一は急に肩で息をし始めた。


「はぁ、はぁ、はぁ……」


レオンが目を細める。


「急に疲れたな」


「はい、急に」


「急に?」


「急に、森暮らしの疲れが」


「いつの疲れだ」


鋭い。

レオンは剣士としてだけでなく、ツッコミもなかなかの腕前だった。

健一は決めた。

次の強めの一撃を受け、体勢を崩し、そこで降参する。

完璧な作戦である。

たぶん。


レオンが踏み込んだ。

それまでより少し鋭い斬り下ろし。

健一の木剣を狙い、力で崩すつもりらしい。


「これだ!」


健一は受けた瞬間、力を抜く。


カンッ!


木剣が大きく弾かれる。

そのまま後ろへよろめく。

ただし力を抜きすぎると

妙に不自然になる。

健一は必死で演技した。


「うわっ!」


足をもつれさせ、尻もちをつく。

土の地面に座り込み、木剣を少し離れた場所に落とした。

完璧。

健一は心の中で拍手した。

演技うますぎるなこれは!と

レオンの木剣が、健一の首元の少し手前で止まる。


「そこまで!」


ガルドの声が響いた。

周囲から歓声が上がる。


「おおお!」


「レオンの勝ち!」


「でも新人、かなり粘ったぞ!」


「何者だよあいつ!」


健一は肩で息をしながら、悔しそうな表情を作った。


「ま、参りました……」


完璧な敗北宣言。

これで怪しまれず、ほどほどに実力を示せたはず。

健一はそう思った。


レオンが木剣を下ろし、健一に手を差し出した。


「大丈夫か?」


「はい。ありがとうございました」


健一はその手を取って立ち上がる。

レオンは健一の手を握った瞬間、わずかに眉を動かした。


「……手に震えがないな」


「えっ」


「息も乱れているようで、戻りが早い」


「そ、そうですか?」


「それに、最後の転び方」


健一はぎくりとする。

レオンは小さく笑った。


「まあ、いい。俺の勝ちということで」


「はい。完敗でした」


健一は即答した。

即答しすぎた。

レオンはますます苦笑した。

ガルドが近づいてくる。

その足音だけで、練習場の空気が少し重くなった。


「ケンイチ」


「はい」


「お前、手を抜いたな」


直球だった。

健一は硬直した。

周囲の冒険者たちがざわつく。


「手を抜いた?」


「あの新人が?」


「レオン相手に?」


「いや、さすがにそれは……」


健一は必死に否定した。


「いえいえいえ、そんなまさか。

 手を抜くなんて、もう必死で、必死すぎてどうすれば串焼きに間にあ・・」


ガルドの目が細くなる。


「串焼きに?」


「間にあ・・串・・刺しに・・されない?ように?と」


「ほう?」


「ええと・・・」


ガルドの目が鋭さを増す


「・・・・・」


さらに鋭くなる


「いや手を抜いたというよりは・・こう・・

 安全に配慮を・・して?」


周囲がざわめいた。

レオンが吹き出しそうになる。

ガルドは額に手を当てた。


「安全に配慮」


「はい」


「レオン相手に?」


「はい」


「新人が?」


「はい」


言えば言うほどおかしい。

健一も分かっている。

だが、もう戻れない。

ガルドは深く息を吐いた。


「お前、自分がどう見えているか分かっていないな」


「怪しい新人ですか?」


「それは最初からだ」


「最初から……」


健一は少し傷ついた。

ガルドはレオンへ視線を向ける。


「どう見た」


レオンは木剣を肩に担ぎ、少し考えてから答えた。


「剣の基礎は異常に高いです。

 受けは雑に見せていましたが、芯はまったく崩れていませんでした。

 こちらの攻撃も、見えていたと思います」


「ふむ」


「ただ、対人戦の加減に慣れていない印象があります。

 強いのは間違いありません。でも、冒険者としての常識は怪しい」


「怪しいのは分かっていた」


「あと、負け方が下手です」


「ええっ」


健一の胸に刺さった。

会心の演技だったはずなのに。

レオンは笑った。


「最後の尻もち、妙に綺麗すぎた。

 普通、あの崩れ方なら肩か肘をつく。尻から落ちて受け身まで取ってる」


「受け身は癖で……」


「だろうな」


完全に見抜かれていた。

健一は遠い目をした。

ガルドはしばらく健一を見ていたが、やがて重々しく言った。


「まあいい」


「いいんですか?」


「ああ。少なくとも、お前が町で暴れる危険な馬鹿ではないことは分かった」


「ありがとうございます」


「ただし、常識がない危険な馬鹿の可能性は残っている」


「ありがとうございま・・・す?」


褒められたのか、けなされたのか分からない。

ガルドは続ける。


「力を隠したい事情があるなら、今は聞かん。

 犯罪歴もない。魔石も盗品ではない可能性が高い。だが、ギルドとして監視はする」


「監視」


「当然だ」


「ですよね」


健一は素直に頷いた。

むしろ、この程度で済んだのはありがたい。

本当の全力を見せていたら、今頃どうなっていたか分からない。

ギルドの練習場にクレーターを作り

注目を浴び、串焼き屋に気楽に行けなくなっていたかも。


「俺、うまく切り抜けたな」


健一はそう思った。


実際には、ギルドマスターとBランク剣士にはほぼバレている。

ただ、本気で悪意を持っていないことも伝わっていた。

つまり、危険人物ではあるが、すぐに敵対する必要はない。

ギルド側の判断はそんなところだった。


健一だけが、

よし、完璧なながれだ

と思っていた。

レオンが小声で言う。


「顔に出てるぞ」


「何がですか?」


「ごまかせたと思っている顔だ」


「そ・そんなことは・・・思っていません!」


「へぇ」


健一は空を見上げた。

異世界の空は青かった。


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