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ギルドの奥に

受付嬢に案内され、健一はギルドの奥へと進む。

表の喧騒が遠ざかっていく。

酒場スペースの笑い声も、依頼票を剥がす音も、冒険者たちのざわめきも

分厚い扉を一枚抜けるごとに少しずつ薄れていった。

代わりに漂ってきたのは、古い木材とインク、そして革の匂い。


「……なんか、急に空気が重くなりましたね」


健一がぽつりと呟く。

受付嬢はにこやかに答えた。


「ギルドの管理区画ですので」


「管理区画」


「はい。重要な書類や、機密性の高い案件を扱う場所です」


「なるほど」


健一は頷いた。

つまり、今から自分は重要案件として扱われるらしい。


「……俺、魔石を売りに来ただけなんですけど」


「はい」


受付嬢は笑顔のままだった。


「ワイバーンとエルダーフォレストウルフの魔石を

 登録直後に持ち込んだ新人様ですので」


「新人様・・」


「事実ですので」


「事実ですか・・・」


健一は小さく肩を落とした。

目立たない。

普通にする。

低姿勢でいく。


当初の目標は受付から買取カウンターへ行くまでの短い距離で崩壊した。

いや、正確には自分で崩した。

マジックボックスから出した二つの魔石で。


「とりあえず、無難なやつを出しただけだったんだけどな……」


「無難?」


受付嬢がぴたりと足を止めた。


「今、無難とおっしゃいました?」


「あっ」


健一は口を押さえた。

受付嬢はゆっくりと振り返る。

その笑顔は変わらない。

だが目だけが笑っていなかった。


「ケンイチ様」


「はい」


「この町では、ワイバーンの魔石は無難ではありません」


「はい」


「エルダーフォレストウルフの魔石も、無難ではありません」


「はい」


「新人登録のついでに出すものでもありません」


「大変申し訳ありませんでした」


廊下で深々と頭を下げた。

受付嬢は小さく息を吐いた。


「いえ、怒っているわけではありません。ただ……」


「ただ?」


「ギルドとして、確認しないわけにはいかないんです」


その声音は、先ほどより少しだけ柔らかかった。

健一は顔を上げる。


「確認、ですか」


「はい。魔石の出どころ。ケンイチ様の実力。

 犯罪組織や盗賊団との関係がないか。危険物の持ち込みではないか。

 場合によっては、町の安全にも関わります」


「……なるほど」


たしかに、いきなり身元不明の男が高ランク魔物の魔石を持ってきたら怪しい。

しかも登録直後。

身分証も仮発行。

年齢も曖昧。

呪い反応あり。


「……俺、怪しさの塊ですね」


「はい」


「そこは否定してほしかったです」


「否定するところがございません。」


受付嬢は真面目だった。

俺は少し泣きそうになった。


廊下の突き当たりに

他の扉よりも明らかに重そうな扉があった。

扉には金属の補強が施されており、上部には小さなプレートが掛かっている。


**ギルドマスター室**


健一はそれを見て、内心で唸った。


「来た……ついにギルドマスター……」


異世界冒険者ギルドにおける重要人物。

だいたい強い。

だいたい怖い。

だいたい過去に伝説を持っている。

だいたい新人を試す。

そして、だいたい顔に傷がある。


「……いや、さすがに偏見か」


健一が小声で呟いた瞬間。

受付嬢が扉をノックした。


「ギルドマスター。ケンイチ様をお連れしました」


中から、低い声が返ってきた。


「入れ」


重い声だった。

声だけでプレッシャーを感じる。


受付嬢が扉を開ける。

俺は一歩、室内へ足を踏み入れた。


そして――見上げた。

本当に、見上げた。


「……でっか」


思わず声が漏れた。

部屋の奥、巨大な執務机の向こうにいたのは、まさに“いかにも”な男だった。

身長は二メートルを優に超えている。

肩幅は扉より広いのではないかと思うほど。

腕は丸太。

首は太い。

髪は短く刈られ、鋭い灰色の目がこちらを射抜いている。

そして顔には、左頬から顎にかけて走る大きな傷跡。

心の中で拍手した。


「本当に顔に傷がある!!」


感動すら覚えた。

ギルドマスターは椅子に座っていた。

座っているのにでかい。

立ったら天井に頭をぶつけそうだ。

いや、実際にはぶつけないだろう。

だが雰囲気としてはぶつける。


部屋の壁には魔物の角や古びた剣、巨大な盾が飾られていた。

どれも使い込まれた本物の武具だ。


その中央に座る巨漢。

俺の中の異世界魂が叫ぶ。


「この人、絶対元AランクとかSランクだ!」


しかし口に出すのはまたトラブルのもとにしかならない

しっかりと口を閉じ背筋を伸ばし、丁寧に頭を下げた。


「ケンイチと申します。本日はお騒がせして申し訳ありません」


ギルドマスターはじっと健一を見た。


数秒。


沈黙。


空気が重い。


受付嬢は扉の近くに控え、静かに立っている。

買取担当の鑑定士もいつの間にか部屋に入っており

魔石の入った布包みを大事そうに抱えていた。


やがてギルドマスターが口を開く。


「俺はこの町の冒険者ギルドを預かる、ギルドマスターのガルドだ」


「ガルドさんですね。よろしくお願いします」


「……さん付けか」


「えっ、駄目でしたか?」


「いや、珍しいだけだ」


ガルドは少しだけ眉を動かした。

健一は焦る。

森にいた頃は、巨大な竜を「どらさん」と呼んでいた。

その感覚が抜けきっていない。


目の前の巨漢も「ガルさん」と呼びそうになったが

さすがに初対面でそれは危ない気がした。

「ガルさん」はまだ早い


「座れ」


ガルドが顎で椅子を示した。

素直に座る。

だが椅子に腰掛けた瞬間、気づいた。

この椅子、少し低い?


おそらく相手に圧をかけるためではない。

単に相手の椅子がガルドの体格に合わせた机と椅子だから

普通サイズの人間が座ると相対的に小さく見えるのだ。

だが結果として、健一は面接を受ける就活生みたいになった。


「……なんか、圧迫面接を思い出すな」


「何か言ったか」


「いえ、何も」


ガルドは机の上で両手を組んだ。

その手が大きい。

一般人の頭くらいありそうだ。


「まず聞く。あの魔石はどこで手に入れた」


「森です」


「どこの森だ」


「この町からかなり離れた、深い森です」


「方角は」


「ええと……南?」


健一は少し考えた。

長年森で暮らしていたため、自分の拠点からなら方角も距離も把握している。

だが町を基準に言うとなると難しい。

一応門番に伝えたことは伝わっているかもしれないと思い

同じ方角をこたえる。


「正確には分かりません。かなり奥です。人里から離れたところで暮らしていました」


ガルドの目が鋭くなる。


「一人でか」


「はい」


「何年だ」


「……そこは少し曖昧で」


「曖昧?」


「日付を数えるのを途中でやめまして」


「なぜだ」


「森暮らしだと、カレンダーの需要が少なくて……」


室内が沈黙した。

受付嬢が小さく咳払いをする。

鑑定士は目を逸らした。

ガルドは無表情だった。


「ふざけているのか?」


「いえ、本気です」


「本気でそれか」


「はい」


「厄介だな」


「自覚はあります」


健一は正直に頷いた。

ガルドは続ける。


「ワイバーンはどう倒した」


「空から襲ってきたので、風魔法で体勢を崩して、火魔法で牽制して、降りてきたところを剣で」


「……剣で?」


「はい」


「単独で?」


「はい」


「エルダーフォレストウルフは」


「群れを率いていた個体です。罠で動きを制限して

 火魔法と身体操作で距離を取りつつ、最後は接近戦で」


「接近戦」


ガルドの眉間に皺が寄った。


「お前、自分が何を言っているか分かっているか」


「一応……?」


「ワイバーンもエルダーフォレストウルフも、普通は一人で相手にする魔物ではない」


「はい、さっき知りました」


「さっき?」


「買取カウンターで」


ガルドは深く息を吐いた。

机が少し軋んだ気がした。

俺は内心で冷や汗をかく。


これは怒られている。

完全に怒られている。

いや、怒られているというより、怪しまれている。


「お前、盗品を持ち込んだわけではないな」


「違います」


「どこかの貴族、商会、研究機関から盗んだ魔石では」


「ありません」


「盗賊団と関わりは」


「ありません」


「魔物を誘導して町に被害を出すつもりは」


「ありません」


「他国の密偵か」


「違います」


「魔族か」


「人間です」


「人間に見えるが」


「人間です」


「本当にか」


「たぶん」


「たぶん?」


「いや、人間です。はい。人間です」


不老スキルの存在を思い出し、つい返答が怪しくなった。

ガルドの視線がさらに鋭くなる。

ガルドは今度は受付嬢に視線を向けた。


「犯罪歴は」


「門の水晶、ギルド登録水晶ともに反応なしです」


「呪いは」


「軽微な反応あり。ただし危険性は低いものと思われます」


「どんな呪いだ」


受付嬢が一瞬だけ困った顔をした。

健一は素早く口を挟む。


「個人情報です!」


ガルドの灰色の目が健一へ向く。


「危険な呪いではないんだな」


「危険なのは主に精神面です」


「精神汚染か」


「違います!」


健一は慌てて否定した。


受付嬢が視線を逸らし、何かの書類をギルドマスターに渡す

そして小さくギルドマスターに報告する。


「検問所から資料を取り寄せました。

 女性関係に関する、非常に軽微な不運系の反応です」


「受付嬢さん!?」


健一は絶望した。

言った。

言われた。

よりによってギルドマスターの前で。


ガルドは数秒沈黙したあと、書類を見て低く呟いた。


「……そうか」


その声に、わずかな同情が混じっていた。

健一は机に両手をつきそうになった。


「その“そうか”が一番効く・・・」


鑑定士が肩を震わせている。

笑いを堪えているのだ。

健一は思った。

この町に来てから、非モテの呪いが一番の社会的ダメージを与えている。

というかこんなに簡単に呪い・・の情報って回るものか・・と


鑑定士が布包みを机の上に置いた。

中から二つの魔石が現れる。

部屋の灯りを受けて、どちらも静かに輝いていた。

ガルドはその魔石をじっと見る。


「状態は?」


鑑定士が答える。


「非常に良好です。魔力の抜けがほとんどありません。

 討伐から日が浅いか、あるいは高位の保存手段で管理されていたものかと」


ガルドの視線が健一に戻る。


「保存手段は」


「保存魔法と、マジックボックスです」


「マジックボックス持ちか」


「はい」


「容量は」


「……そこそこです」


「そこそこ、とは」


俺は迷った。

マジックボックスLv10。

ちょっと正直に言えなそうなものが色々入っている。

正直に言えば、さらに怪しまれる。

慎重にいかなくては。


「普通の旅に困らない程度です」


ガルドは黙って見ている。

その目は「嘘ではないが全部でもないな」と言っていた。

健一は視線を逸らした。

ガルドは追及を続ける。


「鑑定スキルも持っているそうだな」


「はい」


「魔法は使えるのか」


「少し」


受付嬢と鑑定士が同時に健一を見た。

健一は気まずそうに言う。


「……少し、ではないかもしれません」


「どの属性だ」


「一通り」


「一通り?」


「火、水、風、土、光、闇、雷、氷あたりは」


「……」


部屋の空気が止まった。

ガルドがゆっくりと背もたれに体を預ける。

椅子がぎしりと悲鳴を上げた。


「お前、何者だ」


ついに核心の質問が来た。

即答できなかった。


異世界から来ました。

女神に助けられました。

結界付きの家をもらいました。

森で猪を倒して、狼に追われて、燻製肉を作って

竜に鍛えられて、古竜や魔物と戦って、長い時間を過ごしてからここに来ました。


言えるわけがない。

言ったら完全に危ない人である。


「……森で暮らしていた、旅人です」


結果、ひどく薄い答えになった。

ガルドは鼻を鳴らす。


「旅人はワイバーンを剣で斬らん」


「ですよね」


「森暮らしの猟師でもエルダーフォレストウルフを単独では狩らん」


「ですよね」


「魔法を一通り使える人間も、そう多くない」


「はい」


「マジックボックス持ちで鑑定持ちなら、普通はどこかの組織が囲う」


「……そうなんですか?」


「そうだ」


健一は少し考えた。

女神に囲われていた、と言えば合っているような気もする。

ただし組織ではない。

たぶん個人営業の神様だ。


「言えない事情があるのは分かった」


ガルドが低く言った。

俺は息をのむ。


「だが、ギルドとしては、お前を危険人物として扱うか

 有用な冒険者として扱うか判断しなければならん」


「……はい」


「そのために、実力を見せてもらう」


「実力、ですか」


「模擬戦だ」


健一は一瞬だけ固まった。


「模擬戦……」


健一はその言葉を反芻した。

来た。

お約束である。

冒険者登録直後、ギルドマスターに呼ばれ、実力確認のため模擬戦。

そして相手はたいていベテラン冒険者かギルドの試験官。

健一の中の異世界観光魂が再び立ち上がった。


「これだよこれ! ギルドといえば実力試験!」


だが同時に、冷静な健一もいた。


いや待て。ここで本気を出したらまずい。

かといって手を抜きすぎたら怪しまれる。ほどほど……ほどほどって何だ?


どらさんとの訓練では、山が削れた。

女神の魔法訓練では、結界がなければ森の一部が消し飛んでいた。

剣聖術を本気で使えば、木剣でも相手を砕きかねない。

町の模擬戦における“ほどほど”が分からない。

森では、ほどほどに失敗すると死ぬ。

町では、ほどほどに失敗すると社会的に死ぬ。

どちらも危険である。


「……あの、できれば穏便に」


「穏便に実力を測るための模擬戦だ」


ガルドが言う。


「武器は訓練用を使う。殺傷は禁止。魔法は制限付き。ギルド側の立会人も置く」


「なるほど」


「もちろん、断ることもできる」


健一は少し安心した。


「断るとどうなります?」


「魔石の買取は保留。冒険者登録も保留。場合によっては町の衛兵に追加調査を依頼する」


「やります」


即答だった。

串焼きが遠のくのは困る。

もう手遅れ感もあるが・・・

あと衛兵にまた水晶を触らされるのも嫌だ。

あの呪い反応をこれ以上広めるわけにはいかない。

ガルドは少しだけ口角を上げた。


「判断が早いな」


「人生には、守るべきものがありますので」


「何だ」


「夕飯です」


受付嬢が吹き出しかけた。

鑑定士は完全に肩を震わせていた。

ガルドも一瞬だけ目を細める。


「……緊張感があるのかないのか分からん男だ」


「自分でもたまに分かりません」


健一は真顔で答えた。


ガルドは机の上の呼び鈴を鳴らした。

澄んだ音が部屋に響く。

すぐに扉の外から職員が顔を出した。


「お呼びでしょうか」


「隣の応接室にいる連中はまだいるか」


「はい。先ほど報告が終わり、待機中です」


「ちょうどいい。レオンを呼べ」


「承知しました」


職員が下がる。

健一は受付嬢をみて首を傾げた。


「レオンさん?」


受付嬢が説明してくれる。


「この町を拠点にしているBランクパーティの剣士です。

 今日は討伐依頼の報告に来ていまして、別室で精算待ちをしていました」


「Bランク……」


冒険者ランクの説明を思い出す。

Fから始まり、E、D、C、B、A、S。

Bランクはかなり上位。

町の主力級と考えていいだろう。


「そんな方を新人の相手に?」


「新人がワイバーンの魔石を出しましたので」


受付嬢の返しは容赦なかった。


「ああ・・」


健一は黙った。

自業自得である。


しばらくして、扉がノックされた。


「入れ」


ガルドの声に応じ、扉が開く。

入ってきたのは、二十代後半ほどに見える男だった。

長身。

だがガルドほどではない。

鍛えられた身体を軽装鎧で包み、腰には細身の剣を下げている。

金に近い茶色の髪を後ろで結び、落ち着いた目をしていた。

いかにも優秀な剣士、という雰囲気だ。


健一は内心で頷く。


「これは主人公のライバルか、頼れる兄貴分タイプだな」


入ってきた男――レオンは、ガルドに軽く頭を下げた。


「お呼びですか、ギルドマスター」


「ああ。急で悪いが、模擬戦の相手を頼みたい」


レオンの視線が健一へ向く。

その目には、露骨な敵意はない。

ただ、観察するような冷静さがあった。


「彼が?」


「ああ。今日登録したばかりの新人だ」


レオンは一瞬だけ眉を上げた。


「新人に俺を当てるんですか?」


「こいつが持ち込んだ魔石を見れば納得する」


ガルドが顎で示す。

鑑定士が布を開き、二つの魔石を見せた。

レオンの表情が変わった。


「……ワイバーン。それに、エルダーフォレストウルフ?」


「どちらも本人が倒したと言っている」


「ソロで?」


「そうだ」


レオンはしばらく魔石を見つめ、それから健一を見た。


「なるほど」


健一は居心地悪く笑った。


「たまたまです」


「ワイバーンをたまたま倒せるなら、俺は今すぐ休暇を取ります」


「休暇は大事ですよね」


「そこに返すのか」


レオンが少しだけ笑った。

少なくとも、話の通じなさそうな相手ではなさそうだ。

健一はほっとする。

レオンはガルドに向き直る。


「ルールは?」


「訓練場で行う。武器は木剣か刃引き。魔法は初級まで。

 殺傷目的の攻撃は禁止。降参、または立会人の判断で終了」


「了解しました」


そしてレオンは健一へ視線を戻した。


「ケンイチ、と言ったな」


「はい」


「俺はBランクパーティ《銀風の牙》の剣士、レオンだ」


「よろしくお願いします」


健一は丁寧に頭を下げた。

レオンは少し目を丸くした。


「ずいぶん礼儀正しいな」


「さっきギルドで絡まれたので、礼儀正しく生きようと決めました」


「何があった」


「いや特にそんな問題にはなっていない・・と・・?」


「まぁそういう言い方もできます」


と受付嬢が視線を逸らした。

ガルドが軽く鼻を鳴らす。

どうやら既に報告は入っているらしい。


模擬戦・・・

どらさんとのあれは・・模擬戦?

いやあれを基準にするのはまずい気がする

まず、魔法は初級まで。


これは分かりやすい。

火球なら小さめ。

風刃は使わない方がいい。

雷は論外。

土魔法で足場操作くらいなら、たぶん許される。

光魔法は回復以外使わない。

闇魔法は怪しまれるので封印。

ああ

あと無詠唱・・

というかこれは魔法全般相手の出方次第にした方がよさそうだ

これ以上はやらかさないぞ

そうだ!


「あの・・・ちなみに初級魔法というのを一度見せていただきたく」


「一通りつかえるのだろう?」


「いや・・ええと使えるは使えるのですが

 こう、先に基準を知っておきたいというか・・・」


「そこも非常識なのか?いやワイバーンに風魔法を通すんだったな。」


「ワイバーンに風魔法は効かないのですか?」


全員からあきれた目で見られてる・・気がする・


「ワイバーン魔法全般に強い抵抗力がある。風魔法に対しては特にだ」


「なるほど」


「もういい、先に初級魔法を見せておいた方がよさそうだ・・・

 誰か手配しておいてくれ」


ギルドマスターは受付嬢にそう言づける


木剣なら壊す可能性がある。

刃引きなら相手を怪我させる可能性がある。

というかエルダーフォレストウルフは木剣でやったような


「どっちも怖いな……」


健一が呟くと、レオンが不思議そうに見る。


「模擬戦が怖いのか?」


「いえ、武器を壊したら弁償かなと思いまして」


「心配するところがそこなのか」


「今、無一文なので」


「ワイバーンの魔石を売るんだろう?」


「あ、そうでした」


健一はぽんと手を打った。


金銭感覚がまだ戻っていない。

森では金を使う機会がなかった。

必要なのは肉、塩、火、木材、魔法、そして命綱としての結界である。


町では違う。

串焼きにも宿にも税にも金がいる。


「文明社会、難しいですね」


「お前、本当にどこから来たんだ」


レオンが苦笑する。

健一は遠い目をした。


「森です」


「森?」


レオンはそれ以上聞かなかった。

良い人かもしれない。


「では行くぞ」


ガルドが立ち上がった。

その瞬間、健一は思った。


天井、大丈夫か。

だがガルドは慣れた様子で、ほんのわずかに首を傾けて立ち上がる。

やはり何度かぶつけた経験があるのだろう。

動きが自然すぎる。


「……今の、熟練の天井回避」


「何か言ったか」


「いえ、身体操作が見事だなと」


ガルドが怪訝な顔をした。

俺はまた余計なことを言った気がした。

一行はギルドマスター室を出て、廊下を進む。


先頭はガルド。

その後ろにレオン。

健一、受付嬢、鑑定士が続く。


表のホールへ戻ると、冒険者たちの視線が一斉に集まった。

ギルドマスターが出てきたのだ。

それだけでも注目される。

さらにその後ろに、新人登録したばかりの健一。

そしてBランク剣士レオン。


「おい、何だ?」


「模擬戦か?」


「あの新人、何やらかしたんだ?」


「ワイバーンの魔石持ってきたって聞いたぞ」


「は? 新人が?」


「さっき絡んでたやつ、顔真っ青だったぞ」


ざわざわと噂が広がる。


例の冒険者は、テーブルの隅で小さくなっていた。

俺と目が合うと、彼は反射的に頭を下げた。

俺も丁寧に頭を下げ返す。


すると相手はさらに深く頭を下げた。

俺も負けじともう一度頭を下げる。

謎のお辞儀合戦が発生した。


レオンが横から小声で言う。


「何をしているんだ」


「平和的交流です」


「そうか……?」


ガルドが振り返る。


「遊ぶな」


「すみません」


周囲の冒険者たちは妙な空気になっていた。

ワイバーンの魔石を持ち込んだ怪しい新人。

ギルドマスターに呼ばれた男。

Bランク剣士と模擬戦するらしい男。


そんな男が、さっき絡んできた冒険者と真剣にお辞儀勝負をしていた。

強いのか弱いのか。

危ないのか無害なのか。

誰にも判断できなかった。


ギルドの酒場スペースの横を抜けると

裏手へ続く大きな扉があった。


扉の向こうからは、

カン、カン、木剣が打ち合う音がする。

誰かの掛け声。

地面を踏みしめる足音。


受付嬢が説明する。


「ギルドの隣には、冒険者用の練習場が併設されています。

 登録者は一定時間まで無料で使用できますが、破損した場合は弁償になります」


「破損した場合は弁償」


健一は真剣な顔になった。

レオンが苦笑する。


「本当にそこが気になるんだな」


「大事です。今の俺は社会的信用が低いので、せめて備品は壊さない人間でありたい」


「目標が堅実だな」


「森では堅実じゃないと死ぬので」


「たしかにそれはそうだが」


ガルドが扉を押し開ける。

外の光が差し込んだ。

その向こうには、広い土の練習場が広がっていた。

周囲は高い木柵で囲まれており、いくつかの区画に分かれている。

端には武器棚があり、木剣、木槍、訓練用の盾などが並んでいた。

別の区画では若い冒険者たちが素振りをしている。

さらに奥では、魔法訓練用らしい石の的が立っていた。

健一は思わず目を輝かせた。


「おお……ちゃんとした練習場だ……!」


森の訓練場は自作だった。

木を切り、石を並べ、地面を均し、どらさんが踏んでクレーターを作り、それをまた埋める。

そんな雑な環境である。

それに比べると、ここは文明の香りがした。


木剣が同じ長さで並んでいる。

的が的として立っている。

地面に巨大な爪痕がない。


「素晴らしい……」


「練習場を見て感動する新人は珍しいな」


レオンが言う。

俺は真面目に答えた。


「床が平らって、それだけでありがたいんですよ」


「どんな環境で鍛えてきたんだ」


「踏み込みを間違えると、毒蛇の巣か、竜の尻尾の射程に入る環境です」


「後半がおかしい」


「た、例えばってことです」


健一は目を逸らした。

ガルドは練習場の中央へ向かいながら、低く言った。


「準備しろ。まずは武器を選べ」


健一は武器棚へ視線を向けた。


木剣。

木槍。

短めの棒。

訓練用の片手剣。

盾。


レオンは自然な動作で木剣を一本手に取った。

その立ち姿だけで分かる。

かなりの使い手だ。

無駄がない。

重心が安定している。

呼吸が乱れていない。

そして、こちらを侮っていない。


健一は少し表情を引き締めた。


「……さて」


お約束の模擬戦。

だが、ここから先は遊びではない。


相手に怪我をさせず。

自分の実力を隠しすぎず。

ギルドに危険人物だと思われず。

かつ、串焼き屋の閉店時間までに終わらせる。

閉店時間・・・何時だ?


「難易度、高いな……」


健一は小さく呟き、武器棚の前に立った。


その背後では、噂を聞きつけた冒険者たちが、ぞろぞろと練習場へ集まり始めていた。

受付嬢は記録用の板を抱え、鑑定士は魔石の布包みを抱えたまま興味深そうに見ている。

ギルドマスターのガルドは腕を組み、鋭い目で健一を観察していた。

そしてBランク剣士レオンは、木剣を肩に担ぎ、静かに笑う。


「さあ、新人。見せてもらおうか」


健一は心の中で、女神とどらさんに祈った。


「どうか、ほどほどの加減が分かりますように」


練習場の空気が、ゆっくりと熱を帯び始めた。

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