冒険者ギルド
串焼き屋に後ろ髪をひかれつつ
しばらく歩くと、門番が言っていた建物が見えてくる。
大きな二階建ての木造建築。
入り口の上には、剣と盾を組み合わせた看板。
いかにも、という雰囲気。
「おお……!」
健一の目が輝く。
「冒険者ギルド……本当にあった……!」
異世界に来たら一度は見たい建物ランキング上位。
冒険者ギルド。
テンションが上がらないわけがない。
扉の前に立つ。
中からは騒がしい声が聞こえる。
酒場のようなざわめき。
椅子を引く音。
笑い声。
怒鳴り声。
木製ジョッキが机に置かれる音。
「……よし」
健一は外套を軽く整えた。
- 低姿勢
- 目立たない
- 変なことを言わない
- 森の奥出身を強調しない
- 女神とドラゴンの話はしない
- 串焼きのことを考えすぎない
自分にそう言い聞かせる。
そして扉を開けた。
ぎい、と音を立てて扉が開く。
瞬間、ギルド内の何人かがこちらを見た。
健一は心の中で頷く。
「来た……この視線……!」
新人が冒険者ギルドに入ると、荒くれ者たちがじろりと見る。
それもまた、お約束。
だが現実でやられると普通に怖い。
「……失礼しまーす」
健一は小声で言いながら、中へ入った。
ギルド内は思っていた以上に広かった。
右側には酒場のようなスペース。
武装した男たちがテーブルを囲み、何かを飲んだり話したりしている。
左側には掲示板。
紙が何枚も貼られていた。
たぶん依頼票だ。
正面奥には受付カウンター。
数人の受付係が忙しそうに対応している。
健一はなるべく自然な足取りで受付へ向かった。
「普通に。普通に行くんだ。俺は普通。普通の旅人。森から出てきた普通の旅人」
「普通の旅人は自分で普通って言わないぞ」
近くの冒険者がぼそっと言った。
聞こえていた。
だが聞こえないふりをした。
空いているカウンターにいたのは、二十歳前後に見えるクールな印象の女性だった。
栗色の髪を後ろでまとめ、笑顔を浮かべている。
「ようこそ、冒険者ギルドへ。本日はどのようなご用件でしょうか?」
完璧な営業スマイル。
健一は少し感動した。
森には受付嬢はいなかった。
いたのは女神とドラゴンと、たまに命を狙ってくる魔物である。
「ええと、魔石を売りたいのと、冒険者登録をしたいです」
「承知しました。冒険者登録ですね。登録料は銀貨一枚になります」
「……」
健一は固まった。
受付嬢も笑顔のまま固まった。
「……あの」
「はい」
「今、所持金がなくてですね」
「はい?」
受付嬢の笑顔が少しだけ揺れた。
目が細くなる
健一は慌てて仮身分証を取り出す。
「今日町に来たばかりで、身分証がなかったので仮身分証を発行してもらって
通行税も魔石を売ってから払う予定でして」
「なるほど……?」
受付嬢は仮身分証を確認した。
「ああ、門の仮証ですね。では先に買取をしてから登録料をお支払いいただく形でも大丈夫です」
「助かります!」
「ただし、買取は別カウンターになります。
登録自体は今こちらで進められますが、登録料の支払いが完了した時点で正式発行となります」
「分かりました」
受付嬢は書類を一枚取り出した。
「では、お名前をお願いします」
「健一です」
「ケンイチ様ですね。家名はありますか?」
「ありません」
「年齢は?」
「……」
健一は止まった。
不老。
長い年月。
森暮らし。
正確な年数は途中から数えていない。
「ええと……成人はしています」
「年齢は?」
「成人はしています」
「……おいくつですか?」
「見た目相応ということで」
受付嬢のペンが止まった。
「見た目相応……」
健一は気まずそうに笑った。
「色々ありまして」
「では、成人済み、と記録しておきますね」
「ありがとうございます」
冒険者ギルドには
年齢を言いたがらない人や、わからない人が多いのかもしれない。
健一は心の中で受付嬢の対応力に拍手した。
登録に必要な説明は思ったより分かりやすかった。
受付嬢が淡々と説明してくれる。
- 冒険者ランクは下から **F、E、D、C、B、A、S**
- 登録直後は基本的に **Fランク**
- 依頼を達成すると実績が加算される
- 危険度の高い依頼は上位ランクでないと受けられない
- 犯罪行為を行うと登録停止または抹消
- 死亡してもギルドは基本的に責任を負わない
「最後だけ急に重いですね」
「冒険者ですので」
受付嬢はにこやかだった。
そしてすっと水晶を取り出す。
この水晶は!
門の犯罪歴水晶より小さいが
たぶん同じ・・・・
非モテがばれる!
どうする・・?
そういえば不老は門では何も言われなかったな
そこまで詳しくはわからないのか
犯罪や呪いの類しかわからないのか・・・
ステータスについても突っ込まれてなかったから
そっちは表示されないと考えてもいいのか
「水晶に手を置いてください」
受付嬢は少し不信な目を向けている
「ああ、、はい。」
スキルやステータスは出ない!
犯罪と呪いに飲み反応!
てことで置くしかない!!
いやしかし・・こんなきれいな女性にばれるのは・・・
「どうしました?」
「いや、すみません。門のところのに似てるなと思ったので」
「ああそうですね。こちらは門のものよりも簡易的な判定のみで
犯罪歴の有無のみで詳しい内容までは見られないんです。」
「そうなんですね。では」
俺は手を乗せる。
淡い光が出る。
受付嬢が確認する。
「犯罪反応なし。登録可能です」
「よかったです」
やがて仮の登録札が用意された。
支払い後に正式な冒険者証となるらしい。
「では、買取はあちらのカウンターでお願いします。」
受付嬢が左奥を指さした。
「素材や魔石の査定担当がいますので、そちらへどうぞ」
「ありがとうございます」
健一が頭を下げると、受付嬢は笑顔で頷いた。
「初めての方は無理をなさらず、まずは採取依頼などから始めるのがおすすめですよ」
「はい、気をつけます」
健一は素直に答えた。
その背後で、近くのテーブルに座っていた冒険者たちが、ちらちらとこちらを見ていた。
買取カウンターへ向かおうとした、その時だった。
「おいおい、見たかよ」
低い声が響いた。
健一は足を止めた。
振り向くと、酒場スペースのテーブルから
一人の男が立ち上がり向かってくる。
革鎧を着た大柄な冒険者。
顔には傷。
腕は太い。
いかにも荒くれ者。
その男は、健一を見下ろすようにして笑った。
「ひょろっとしたおっさんが、冒険者登録だとよ」
周囲の何人かが笑う。
健一は一瞬だけ目を瞬かせた。
ひょろっとしたおっさん。
自分のことだろうか。
確かに、どらさんに比べればひょろい。
古竜と比べてもひょろい。
エルダービッグボアと比べても、体積では負ける。
おっさん・・ではないはず!ギリギリおっさんではない。
「……おお」
来た。
来てしまった。
新人冒険者がギルドで絡まれるイベント。
「お約束だ……!」
思わず口元が緩みそうになる。
異世界ファンタジーの定番。
冒険者ギルドで絡まれ、力を見せつけ、周囲がざわつく。
その後、受付嬢が「まさかあの人が……」みたいな顔をするやつ。
健一の中の異世界観光魂が小躍りする。
だが次の瞬間、門番隊長の声が脳内に響く。
『揉め事を起こすな』
同時に女神の声も響く。
『面倒ごとはだいたい自分から近づくものじゃぞ』
さらに、どらさんの声も響いた。
『殴る時は、相手が死なん程度にせよ』
「どらさん、それ前提がおかしいです」
健一は小さく呟いた。
絡んできた冒険者が眉をひそめる。
「あ? 何ぶつぶつ言ってんだ?」
健一はすぐに姿勢を低くした。
「いえいえ、すみません。今日登録したばかりの新人です。
右も左も分からないので、ご迷惑をおかけしないよう気をつけます」
「はっ、腰の剣は飾りか?」
「飾り・・な感じです」
「そんな感じなのかよ」
相手が少し困惑した。
健一は心の中で拳を握る。
よし、低姿勢作戦、効いている。
大柄な冒険者は、さらに何か言おうとした。
「新人なら先輩に挨拶ってもんが――」
「はい、よろしくお願いします!」
健一は勢いよく頭を下げた。
「え、あ、おう」
「色々教えていただけると助かります!」
「いや、別に教えるっていうか……」
「ありがとうございます! では買取に行ってきます!」
健一はにこやかに会釈し、その場を離れた。
絡んできた冒険者は、拳を握ったまま立ち尽くしていた。
「……なんだあいつ」
周囲の冒険者たちも微妙な顔をしている。
健一は背中に視線を感じながら、心の中で安堵した。
「勝った……戦わずして勝った……!」
剣聖術でも魔法でもない。
社会性の勝利である。
なお、健一の社会性は森暮らしのせいでかなり怪しい。
今回は相手が調子を崩してくれただけだった。
買取カウンターには、白髪混じりの中年男性が座っていた。
細い目。
落ち着いた雰囲気。
いかにも鑑定士という感じだ。
「買取かね?」
「はい。魔石を売りたいです」
「冒険者証は?」
「今登録中で、買取金から登録料を払うことになっています」
「ああ、新規登録者か。なら仮登録票を出してくれ」
健一は受付でもらった仮登録票を渡した。
鑑定士はそれを確認し、頷く。
「では、魔石を出してくれ。低級魔石ならこちらの皿に。中級以上なら布の上に置いてくれ」
健一は少し考えた。
どれを出すべきか。
マジックボックスの中には、これまで倒した魔物の素材や魔石が大量にある。
森狼。
エルダービッグボア。
毒蛇。
雷鳥。
ワイバーン。
ヒドラ。
エルダーフォレストウルフ。
その他、名前を忘れた魔物たち。
いきなり大量に出すのはまずい。
目立たないように、ほどほどに。
「とりあえず、この辺で」
健一はそう言って、魔石を二つ取り出した。
一つは、深い緑と黒が混ざった大ぶりの魔石。
内部で森の影のような光が揺れている。
もう一つは、青みがかった灰色の魔石。
風を閉じ込めたように、表面に細い光の筋が走っていた。
カウンターの上に無造作に置く。
鑑定士の手が止まった。
「……ん?」
健一は首を傾げる。
「何か問題が?」
鑑定士はまず緑黒の魔石を手に取った。
光にかざす。
専用の小さな水晶に触れさせる。
水晶が強く光った。
鑑定士の目が見開かれる。
「これは……エルダーフォレストウルフの魔石か?」
「はい。たぶんそうです」
「たぶん?」
「鑑定ではそう出てました」
「鑑定持ちか」
「あ、はい」
周囲の冒険者が少しざわついた。
鑑定スキル持ちは珍しいのかもしれない。
鑑定士は次に灰青の魔石を手に取った。
「こちらは……まさか」
水晶に触れさせる。
今度はさらに強い光が弾けた。
「ワイバーン……それも成体の魔石だと?」
受付カウンターの方から、受付嬢がこちらを見た。
酒場スペースにいた冒険者たちも、会話を止める。
さっき絡んできた大柄な冒険者も
ジョッキを持ちこちらを見たまま固まっていた。
健一は空気の変化に気づき、嫌な予感がした。
「あの、何か問題でも?」
鑑定士はゆっくり顔を上げた。
「問題…いや問題か。どちらも通常、Fランクの新人が持ってくるものではない」
「ですよね」
健一は小さく頷いた。
やってしまった。
目立たないように選んだつもりだった。
だが森基準だった。
そしてひそかに思う
これあれだ!
俺何かやっちゃいました?ムーブ!
異世界フラグをここで踏んでしまった!
とテンションが上がる
エルダーフォレストウルフは、熟練冒険者でも群れに遭遇すれば危険。
中堅以上、Cランクの4人パーティでやっとな相手。
ワイバーンは言うまでもない。
普通は討伐隊が組まれる。
一人で狩ってくるものではない。
鑑定士は声を潜めた。
「これを、どこで手に入れた?」
健一も小声で答える。
「森で」
「買ったのか?」
「倒しました」
「誰が?」
「俺が」
静まり返った。
健一は慌てて補足する。
「いえ、あの、たまたまです。偶然です。
運が良かったというか、相手がよわっていたというか……」
受付嬢が遠くで手を止めこちらに向かっている。
絡んできた大柄な冒険者の顔から血の気が引いた。
健一は心の中で頭を抱える。
やりすぎてる系のやつ?
鑑定士は魔石を慎重に布の上へ戻した。
「状態が良い。魔力の抜けも少ない。保存状態も異常なほど良い」
「保存魔法を使っていたので」
「保存魔法まで使えるのか」
「あっ」
また余計なことを言った。
健一は口を押さえた。
もう遅い。
受付嬢が静かに近づいてきた。
「ケンイチ様」
「はい」
「少々、奥の部屋でお話を伺ってもよろしいでしょうか?」
笑顔だった。
だがその笑顔は、最初の営業スマイルとは違った。
逃がしませんよ、という笑顔だった。
健一は悟った。
町に入ってまだ一時間も経っていない。
だがすでに、低姿勢作戦は限界を迎えている。
「……ちなみに、先に通行税を払ってからでも?」
受付嬢はにこりと笑った。
「もちろんです。買取額から差し引きますね」
「串焼き代も残りますか?」
鑑定士が真顔で答えた。
「この二つなら、屋台ごと買える」
「そこまではいらないです」
健一は即答した。
ギルド内の誰かが小さく笑った。
少しだけ空気が緩む。
だが、絡んできた冒険者だけは笑えなかった。
先ほど「ひょろっとしたおっさん」と呼んだ相手が
ワイバーンとエルダーフォレストウルフの魔石を当然のように出したのだ。
彼は静かに座り直し、ジョッキを両手で持った。
そして隣の仲間に小声で言う。
「……俺、挨拶されただけで済んでよかったな」
仲間は深く頷いた。
「お前、今日一番運が良かったぞ」
健一はそれに気づかないまま
受付嬢と鑑定士に案内されて奥の部屋へ向かった。
心の中で、ただ一つだけ願いながら。
「頼むから、串焼き屋が閉まる前に終わってくれ……!」
とフラグをたてつつ。




