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お約束その2?(なお数字は深く考えないものとする)

「じゃあ、行ってきます」


俺は拠点へむかって頭を下げる


『うむ。行ってくるがよい』


「なんか、ずいぶんあっさりですね」


『泣いて見送ってほしいのかの?』


「いや、そこまでは」


『ならよかろう。おぬしもいい歳じゃしの』


「また歳の話する」


『事実じゃろう? 不老で見た目は変わらぬが、中身はもう立派な森暮らしのおっさんじゃ』


「森暮らしのおっさんって、アリエッ〇みたいなのにうれしくない称号ですね」


『称号欄に追加してやろうか?』


「やめてください。真面目にやめてください」


女神は笑った。


『初めての称号じゃなw』


「ちょぉぉぉぉ」


ステータスに追加されとる…

しかも記念称号・・効果なし・・・

よし何も見てない!隠蔽隠蔽っと

さて、

最初にこの世界へ来た時、俺はこの場所にあった小さな家で震えていた。

結界の中から森を眺めるだけで精一杯だった。


今は違う。

腰には剣。

背には旅用の外套。

マジックボックスの中には、保存食、調理道具、予備装備、薬草、魔石、素材、そして大量の燻製肉。


旅支度としては、かなり万全だ。

いや、万全すぎるかもしれない。


『荷物は足りておるか?』


「ええ。食料も水も装備も入ってます。燻製肉も濃いめ薄め辛め甘め、全部あります」


『うむ。そこは大事じゃ』


「旅の最重要項目みたいに言わないでください」


『食は命じゃぞ』


「否定できないのが悔しい」


『北の山脈を越えれば、人の街道に出るはずじゃ。そこからは町もある。人もおる。金も必要になるじゃろう』


「金、ですか」


『魔石や素材を売ればどうにかなるじゃろ。おぬし、森でずいぶん溜め込んでおったしの』


「貧乏性なんです。使えるかもしれないと思うと、つい」


『異世界ではだいたい正解じゃ』


「雑に正解出ましたね」


俺はもう一度、拠点を振り返った。


石垣。

畑。

燻製小屋。

訓練場。

井戸。

結界に守られた家。


ここは俺の家だ。

だから、帰る場所があるから、外へ行ける。


「どらさんには昨日、挨拶してきました」


『何と言っておったのじゃ?』


「死ぬな、と」


『あやつらしいの』


「あと、土産は肉でよい、とも」


『それもあやつらしいの』


俺は笑った。


どらさんとの模擬戦で一本取った。

だからといって、勝ったわけではない。

強くなった実感はあるが、この世界にはまだ知らないものが山ほどある。


山脈の向こう。

街道。

町。

人。

国。

海。

料理。

そして、たぶん面倒ごと。


『健一よ』


「はい」


『油断するでないぞ。おぬしは強くなった。じゃが、強いからこそ巻き込まれることもある』


「分かってます」


『それと、人の世は魔物より厄介なことも多い。力で殴れば解決するとは限らぬ』


「はい」


『まあ、どうしても面倒なら逃げるのじゃ』


「女神様がそれ言っていいんですか?」


『生きておればだいたい勝ちじゃ』


「ありがたいような、雑なような」


『あと、非モテの呪いは健在じゃから安心せい』


「安心できる要素がない!」


『むしろ旅先で妙な女難に巻き込まれぬ安全装置じゃぞ?』


「言い方!」


女神は楽しそうに笑う。

俺はため息をつきながらも、どこか安心していた。

このやり取りも、もう何度したか分からない。

けれど、今日でいったん区切りだ。


「じゃあ、本当に行ってきます」


『うむ。いってらっしゃい、健一』


その声は、いつもより少しだけ優しかった。

俺は森の外へ向かって歩き出した。


北へ向かう道は、道と呼ぶには少し無理があった。

獣道。

崩れた岩場。

苔むした斜面。

落ち葉に隠れた穴。

そして、たまに魔物。


「足場が崩れるだけか……」


俺は崩れた岩を蹴って、軽く跳んだ。


どらさんの尾が地面をえぐる訓練に比べれば、自然の崖崩れはまだ会話が通じる。

いや、崖崩れと会話したことはないが、少なくとも殺意は薄い。


山脈へ近づくにつれ、空気が冷たくなった。

森の湿った匂いが薄れ、岩と雪の匂いが混じり始める。

遠くには白い峰が連なっていた。


「……でかいな」


見上げるほどの山々。

この向こうに、人の世界がある。

少し胸が高鳴った。


山の中腹に差しかかった頃、頭上から鋭い鳴き声が響いた。


「キィィィィィ!」


見上げると、岩肌から飛び立つ影があった。


翼。

長い尾。

鋭い爪。

竜に似た姿。


ワイバーンだ。


鑑定をかける。

---

- 種族:ロックワイバーン

- レベル:38

- 特徴:岩場に巣を作る飛行型魔物

- 注意:急降下攻撃、爪毒、強風への適応


「おお、異世界っぽい」


つい感想が漏れた。


ワイバーンは空を旋回し、俺を獲物と判断したらしい。

翼を畳み、矢のように急降下してくる。


速い。

森狼とは比べ物にならない。

普通の冒険者なら、まず空からの初撃で終わるだろう。


だが。


「どらさんの爪に比べると、まっすぐすぎるな」


俺は半歩だけ左横へずれた。

ワイバーンの爪が、俺のいた場所をえぐる。

岩が砕け、破片が飛び散る。

すでにワイバーンの後ろに回った俺は

短く風魔法を足場にして跳び上がり、剣を抜いた。


「悪いな。旅の資金になってくれ」


一閃。


後ろから翼の付け根を断つ。

バランスを崩したワイバーンが岩場へ叩きつけられた。

暴れる前に、俺は雷魔法を細く絞って首筋へ落とす。

ワイバーンはびくりと震え、そのまま動かなくなった。


「よし」


俺は手早く解体に入った。

解体スキルがあるおかげで、どの部位が使えるかはすぐ分かる。


- 魔石

- 爪

- 毒腺

- 翼膜

- 鱗

- 肉


「肉、食えるのか?」


鑑定によると、毒腺をきちんと処理すれば食用可らしい。


「……燻製にできるな」


気づけば、肉基準で素材を見ている。

女神とどらさんの影響が濃すぎる。

俺は使えそうな部位をマジックボックスへ放り込み、再び山道を進んだ。


さらに二日ほど進んだところで、今度は本物のドラゴンに遭遇した。

ただし、どらさんほど大きくはない。

大きさは家一軒分くらい。

鱗は青灰色。

瞳には若さというか、血気盛んな感じがある。


岩棚の上からこちらを睨みつけ、鼻から白い息を漏らしていた。


『人間か。ここは我の縄張りだ』


「喋った」


つい驚く。


どらさんが普通に喋るので感覚が麻痺していたが、ドラゴンが喋るのはやはりすごいことだ。


『去れ。さもなくば喰う』


「通り抜けたいだけなんだけど」


『ならば財を置いていけ』


「山賊ドラゴン?」


『貢物と言え』


「言い方変えても山賊ですよ」


若いドラゴンは不機嫌そうに翼を広げた。

魔力が膨らむ。

口元に冷気が集まる。

氷属性か。


俺は軽く息を吐いた。


「戦うしかないか」


若いドラゴンが冷気の息を吐いた。

氷の奔流が岩場を白く染める。

俺は火と風を重ねた結界で受け流しながら前へ出た。


冷気の圧は強い。

だが、どらさんの息に比べると、まだ“攻撃”の範囲だ。

どらさんの息は、地形変更イベントだったし。


「そしたら通らせてもらう」


俺は地面を蹴り、ドラゴンの懐へ入る。


爪が来る。

尾が来る。

翼の風圧が来る。

全部、見える。


いや、正確には見てから避けているのではない。

魔力の流れ、筋肉の動き、視線、重心。

どらさんに叩き込まれたものが、自然に体を動かしていた。


ドラゴンの尾を跳び越え、足元に土魔法で杭を生やして動きを止める。

さらに細く収束した雷撃を、鱗の薄い腹側へ撃ち込む。

若いドラゴンが苦鳴を上げた。


『ぐっ、貴様……!』


「まだやる?」


剣を抜き、首の近くに刃を置く。


殺すつもりはなかった。

どらさんの同族かもしれないし、若いだけで悪意が深いわけでもなさそうだ。

ドラゴンはしばらく睨んでいたが、やがて悔しそうに顔を逸らした。


『……通れ』


「ありがとう」


『次は負けぬ』


「成長したら、どらさんに稽古つけてもらうといいよ」


『どら……?』


「そう南の森の深いところにいる山みたいな黒のドラゴン」


それをきいた若いドラゴンの顔色――いや、鱗色が少し悪くなった気がした。


『まさか、黒鱗金眼の古き竜をそう呼んでいるのか』


「うん。どらさん」


『……貴様、命知らずか』


「やっぱり?」


若いドラゴンは急に大人しくなった。


『行け。早く行け』


「え、急に?」


『あの御方の知己ならば、これ以上関わりたくない』


「どらさんの名前、すごいな」


俺は苦笑しながら、その場を後にした。

ちなみに、帰り際に若いドラゴンがぼそっと言った。


『……貢物はいらぬ』


「最初からそうしてくれ」


山脈の北側へ抜ける手前で、一番面倒な相手に出会った。


湿地だ。

山の雪解け水が溜まったのか、ぬかるんだ谷間に濃い霧が出ていた。

嫌な予感がしたので迂回しようとした瞬間、霧の中から複数の影が伸びた。


首。

首。

首。

また首。


「うわ、出た」


ヒドラだった。


鑑定する。


- 種族:沼地ヒドラ

- レベル:52

- 特徴:複数の首を持つ再生型魔物

- 注意:毒霧、再生、酸性唾液

- 弱点:核の破壊、火属性による再生阻害


「首を斬ると増える系かな」


俺は剣を構えながら距離を取る。


ヒドラの首の一本が、酸を吐いた。

岩がじゅうっと音を立てて溶ける。


「ウゲ、かかるとめんどくさそう・・・

 誰もおっさんのエロシーンなんかご所望じゃないだろうし・・」


俺は風魔法で酸を逸らし、火魔法を広げる。


ヒドラ相手に一番嫌なのは、泥沼の長期戦だ。

毒、酸、再生。

まともに付き合うと疲れる。


「さっさと終わらせるか」


俺は地面に手をつき、土魔法で足場を固める。

続いて、風魔法で霧を一気に霧散させる。


視界が開ける。

ヒドラの胴体が見えた。

首は七本。

目に魔力を集めてみると

その中心、胸の奥に妙な魔力の塊がみえる。


「そこか」


首が一斉に襲ってくる。


俺は水魔法で泥を巻き上げ、風魔法で煙幕のように広げる。

さらに火魔法を圧縮し、細い槍のように整える。


どらさんとの訓練で、魔法は“派手に撃つ”だけではだめだと嫌というほど学んだ。


必要なところへ。

必要な形で。

必要な威力を。

そして速やかに。


火の槍がヒドラの胴体を貫いた。

だが、まだ動く。


首が暴れ、毒霧を吐く。

俺は結界を張りながら、一気に距離を詰めた。

剣に火をまとわせる。


「悪いな。素材になってくれ」


核ごと胴体を斬り裂いた。

ヒドラはしばらく痙攣した後、ゆっくり崩れ落ちた。


「……くっさぁ・・・」


毒と酸と沼の匂いが混じっている。

食材としては、かなり厳しそうだ。


鑑定によると、一部の肉は毒抜きすれば食用可だけど。


「そこまでして食べたいかと言われると……」


俺は少し悩んだが、結局素材として取れるものは回収した。


- 大きな魔石

- 毒腺

- 再生組織

- 牙

- 皮

- 骨

- 一応、食用可能部位少量


マジックボックスは偉大だ。

臭いも漏れない。

腐らない。

整理もできる。


北の山脈を越えると、景色が変わった。

険しい岩場が終わり、なだらかな丘陵地が広がる。

遠くには草原。

さらにその先に、細い線のような道が見えた。


街道だ。


「おお……」


思わず声が出た。


森と山ばかり見てきた俺にとって、人が作った道というだけで感動ものだった。


踏み固められた土。

車輪の跡。

道端の標識らしきもの。

古びた石積み。

人の生活の痕跡。


「ようやく文明圏か」


俺は少し緊張した。


長い間、話し相手は女神とどらさんと、たまに喋る魔物くらいだった。

人間相手の会話は、ほとんどしていない。


「大丈夫か俺。ちゃんと社会復帰できるか?」


自分で言って不安になった。

森暮らしが長すぎたせいで、初対面で「燻製肉食べます?」とか言いそう。

いや、肉は外交である。通じるはずだ。

とかくだらないことを考えながら街道を進んで行く。

しばらくすると

遠くから悲鳴が聞こえた。


「きゃあああああ!」


続いて、馬のいななき。

木が折れる音。

翼が空を打つ音。


俺は足を止めた。


「……お約束だ」


街道。

悲鳴。

馬車。

魔物。


これはもう、異世界旅の定番イベントである。

そして俺の脳裏に、女神の声がよみがえった。


『非モテの呪いは健在じゃから安心せい』


「いやいやいや」


俺は思わず空を見上げた。


「女神様。仕事してないんじゃないですか? これ、完全に馬車襲撃イベントですよ?」


しかも、悲鳴は女性っぽかった。

つまり。


「ついに来たか……モテ展開!」


俺は拳を握った。

不老に付いてきた謎の呪い、非モテ。

それは俺の人生におけるかなり厄介な仕様だった。

じっさい転生してからこっちモテていないのだ

まぁ人属にあってないともいうが・・・


だが、ここは異世界。

街道で馬車を助ける。

中から貴族令嬢。

涙ながらに感謝。

「命の恩人ですわ」

「ぜひ屋敷へ」

「健一様……」


「勝ったな」


俺は走り出した。


もちろん人命救助のためだ。

決して下心ではない。

よだれもたれてない。

人間だもの。

少しくらい妄想してもいいじゃない。


すぐに襲われているらしき馬車が見つかった。


街道脇で横転しかけている。

馬は怯え、御者台は壊れ、荷物が散乱していた。


その上空を、一体のワイバーンが旋回している。

さっき山で倒したものより少し小さいが、動きは素早い。

街道の魔物としては十分すぎる脅威だろう。


馬車のそばには、数人の護衛らしき兵士がいた。

いや、いたのだが。


「うわあああ!」


「無理だ! 相手はワイバーンだぞ!」


「引け! 態勢を立て直す!」


態勢を立て直すという名の全力後退だった。

彼らは馬車から距離を取り、街道脇の茂みへ逃げ込んでいく。


「おい護衛は・・」


馬車の中から、小さな悲鳴が聞こえた。

中に誰かいる。


ワイバーンは逃げる兵士ではなく、馬車を狙って急降下した。


「はいはい、お決まり展開ね!」


俺は地面を蹴った。

風魔法で加速。

街道の土を蹴り上げ、馬車とワイバーンの間に割り込む。


ワイバーンの爪が迫る。


「悪いけど、さっき山で見た」


俺は剣を抜かず、左手を軽く上げた。

風の刃を細く作る。

狙うのは翼の筋。

飛行型は、落とせばかなり楽になる。


「落ちろ」


風刃が走り、ワイバーンの両翼を切り裂いた。

バランスを崩したワイバーンが地面に叩きつけられる。

街道の土が弾け、馬がさらに暴れた。


「大丈夫、大丈夫。落ち着け」


馬に声をかけつつ、ワイバーンへ歩く。

ワイバーンはまだ生きていた。

牙を剥き、尻尾を振る。


「はい、危ない」


尾を避け、首筋に雷を落とす。

一撃。

ワイバーンは痙攣し、そのまま動かなくなった。


「終了」


あまりにもあっさり終わった。

これこそ主人公ムーブ!!

これはモテるのでは?

山脈でワイバーン、若いドラゴン、ヒドラと続いた後だと、街道のワイバーンは正直、そこまで脅威ではない。

いや、兵士の反応を見るに十分災害なのだろうけど。


俺は剣を鞘に戻し、馬車へ近づいた。


「大丈夫ですか?」


馬車の扉の内側から、震える声が返ってきた。


「た、助かったのですか……?」


声は若い女性のものだった。

俺は内心でガッツポーズをした。

来た。

これは来た。

非モテの呪い、ついに職務放棄。


「もう大丈夫です。ワイバーンは倒しました」


「ありがとうございます……」


扉が少し開く。

中から顔を出したのは、上質な服を着た少女――いや、若い女性だった。

金に近い薄茶の髪。

青い瞳。

肌は白く、明らかに平民ではない雰囲気。


「貴族令嬢きたあああああ!」


心の中で叫んだ。

もちろん表情には出さない。

俺はできるだけ落ち着いた雰囲気を作り、軽く会釈した。


「怪我はありませんか?」


「え、ええ……少し打っただけです」


「それならよかった」


この流れ。

完璧では?


助けた。

感謝された。

相手は貴族っぽい。

これは町まで同行パターン。

屋敷招待パターン。

場合によっては晩餐パターン。


「女神様、見てますか。非モテ、突破しましたよ」


俺がそんなことを心の中で言った瞬間。

茂みから、がさがさと音がした。


逃げていた護衛たちが戻ってきたのだ。

剣を抜き、盾を構え、妙に勇ましい顔をしている。

いや、さっきまで全力で逃げていたよね?


一番前にいた兵士が、俺を見るなり叫んだ。


「貴様! 何者だ!」


「え?」


「その魔物を倒したのは貴様か!」


「そうですけど」


「怪しい奴め! ワイバーンを操っていたのではあるまいな!」


「なんでそうなるんですか」


あまりにも予想外の方向から来た。

馬車の中の女性が慌てて言う。


「待ちなさい。この方は私を助けてくださったのですよ」


だが、兵士は聞かない。


「お嬢様は下がっていてください! こういう手合いは、善人面をして近づいてくるものです!」


「いや、あなたたち逃げてましたよね」


俺はつい言ってしまった。

空気が凍った。

兵士の顔が赤くなる。


「戦術的後退だ!」


「便利な言葉ですね」


「貴様、我らを侮辱するか!」


「事実確認です」


面倒くさい。

非常に面倒くさい。

さっきまでのモテ展開の空気が、一瞬で役所の窓口みたいな空気になった。


いや、役所の人に失礼か。

兵士たちはじりじりと俺を囲む。


人数は五人。

装備はそこそこ整っている。

だが、動きは固い。

さっきのワイバーン相手に逃げたのも無理はない。


隙だらけだ。

だが、ここで彼らを叩きのめすと、完全に面倒ごとになる。


貴族令嬢。

護衛。

街道。

ワイバーンの死体。

見知らぬ強い旅人。


どこからどう見ても、後々事情聴取コースである。


「いや、俺は通りすがりでして」


「通りすがりがワイバーンを一撃で倒すものか!」


「倒せたんだから仕方ないでしょう」


「怪しい!」


「強いだけで怪しい認定やめてもらえます?」


兵士の一人がワイバーンの死体を見て、目の色を変えた。


「隊長、このワイバーンの魔石はかなりの値になります」


「うむ」


隊長と呼ばれた男が、咳払いをした。


「貴様、これは我々が討伐したものとして処理する」


「はい?」


「貴族家の護衛任務中に出た魔物だ。当然、素材は我らが管理する」


「いや、倒したの俺ですよ」


「証人は?」


「馬車の中の方が見てましたよね?」


令嬢が口を開こうとした瞬間、隊長が強引に遮る。


「お嬢様は混乱しておられる。証言能力はない」


「最低だなこの人」


思わず本音が出た。

隊長の眉が跳ねる。


「貴様!」


兵士たちが剣を向ける。

俺はため息をついた。

これは、あれだ。

女神が言っていた。


“人の世は魔物より厄介なことも多い。”


うん。

本当にその通りだ。


ワイバーンは倒せば終わる。

人間は倒すと始まる。


「分かりました」


俺は両手を軽く上げた。


「素材はいりません。俺は先を急ぐので」


「待て。事情を聞く必要がある」


「いや、急いでるので」


「貴様に拒否権はない」


「あるでしょう。通行人ですよ」


「怪しい者を見逃すわけにはいかん」


面倒くさい。

ものすごく面倒くさい。


俺は空を見上げた。


「女神様、非モテの呪い、仕事してました」


モテ展開に見せかけて、高圧的護衛イベント。

なるほど。

これはモテではない。

厄介事だ。


完璧に呪いは稼働中だった。

俺は令嬢に向かって軽く頭を下げた。


「ご無事で何よりです。では」


「え、あの、お待ちください!」


令嬢が止めようとする。

しかし、隊長が前に出る。


「勝手に去るな!」


「じゃあ、勝手じゃなく去ります」


「屁理屈を!」


兵士の一人が掴みかかってきた。

俺はその手首を軽く避け、足元に小さく土魔法を使った。


ぼこっ。


兵士の足元だけが少し盛り上がる。


「うおっ!?」


兵士は見事につまずき、顔面から街道に転んだ。


「な、何をした!」


「地面が元気でした」


「ふざけるな!」


次に二人が剣を構える。

俺は風魔法で軽く砂埃を巻き上げた。


「うわっ!」


「目が!」


その隙に、俺はワイバーンの死体へ近づく。

魔石だけは、さすがにもったいない。

いや、素材はいらないと言ったが、全部くれてやる義理もない。


ただ、目の前で堂々と取るとまた揉める。


なので。


「マジックボックス」


小声で唱え、ワイバーンの体内から魔石だけを抜き取って収納した。

解体スキルと空間魔法の応用である。

外から見れば、何もしていないように見えるはずだ。

残りの素材は置いていく。


どうせ彼らが「我々が倒した」と言うなら、死体くらいは好きにすればいい。

ただし魔石はやらない。嫌がらせしたい気持ちもある。

命の危険と面倒ごとの手間賃である。


「では、本当に失礼します」


俺は軽く一礼した。

隊長が叫ぶ。


「待て! 逃げるのか!」


「はい。面倒なので」


「貴様ぁ!」


追ってこようとした兵士たちの足元を土魔法で思い切り柔らかくした。


「ぐわっ!」


「隊長!」


「足元が!」


五人まとめて、見事に転んだ。

俺は思わず拍手しそうになった。


「おお、みなさんワイバーンと戦ってお疲れのようですね」


「貴様、覚えていろ!」


「できれば忘れてください」


令嬢が馬車の扉から身を乗り出す。


「あ、あの! お名前を!」


おお。

名前を聞かれた。

これはちょっとだけモテ展開の名残では?

俺は一瞬迷った。


名乗るべきか。

名乗らないべきか。


ここで名乗ると、後々面倒になる気がする。

貴族家から呼び出し。

護衛隊長から逆恨み。

町で噂。

最悪、表彰とか。


いや、表彰はいいかもしれない。

でもそれ以上に面倒そうだ。

俺は振り返り、爽やかに言った。


「通りすがりの森暮らしです」


「森暮らし……?」


令嬢が困惑する。

そりゃそうだ。

我ながら名乗りとしてどうかと思う。


「では!」


俺は風魔法で軽く身体を押し、街道の先へ走った。

背後から兵士たちの怒鳴り声が聞こえる。


「逃がすな!」


「足が土にうまる!」


「馬を出せ!」


「馬が怯えて動きません!」


「おのれ森暮らし!」


やめろ。

その呼び名を定着させるな。

名乗ったのは俺だけど


しばらく進んだところで、俺は速度を落とした。


背後の気配はもはやはるか遠く。

追跡はなさそうだ。


「ふう……」


俺は街道脇の石に腰を下ろした。

ワイバーンより、人間の方が疲れる。

戦闘自体は一瞬だった。

だが、その後のやり取りで精神的にごっそり削られた。


「これが人の世か……」


女神の言葉が身に染みる。


強さだけではどうにもならない。

いや、どうにかすることはできる。

できるが、やると面倒が増える。


兵士を叩きのめして、令嬢を助けて、町まで護衛。

普通の物語ならそこから華やかな展開が始まるのかもしれない。


だが現実は、


- 逃げた護衛が戻ってくる

- なぜか俺が怪しまれる

- 素材の権利を奪われそうになる

- 高圧的に拘束されかける

- 結局逃げる


「非モテの呪い、優秀すぎるだろ」


俺は苦笑した。


モテ展開に見せかけて、きっちり面倒ごとに変換してきた。

あの女神、やはり侮れない。


空を見上げる。


夕暮れが近い。

街道の先には、まだ見ぬ町があるはずだ。


「まあ、いいか」


助けるべき人は助けた。

ワイバーンも倒した。

魔石も確保した。

余計な関わりは避けた。


結果としては上々だ。


俺はマジックボックスから水筒を取り出し、一口飲む。

ついでに燻製肉を一切れ出して噛んだ。


濃いめの塩味。

しっかりした燻香。

旅の疲れにちょうどいい。


「うまい」


一人で呟く。


「さて、次は町か無事にはいれるかなぁ」


そう、きっと街に入るには検閲があって

身分証がない俺はお金を払って

お金?

払う?

この世界にきてからお金をまだ見てない

どうしよう・・

素材を渡したら入れないだろうか?

いや謎の水晶でピカっとやるヤツかもしれない

それなら可能性がある

町に入れば、人がいる。

宿がある。

飯屋がある。

市場がある。

もしかすると、冒険者ギルドみたいなものもあるかもしれない。


楽しみだ。


不安もある。

さっきみたいな人間もいるだろう。

でも、いい人もいるはずだ。


たぶん。


「……いるよな?」


少し自信がなくなった。

俺は首を振り、立ち上がる。

考えても仕方ない。


どらさんなら、こう言うだろう。


“進め。危なければ斬れ。斬れぬなら逃げろ。”


女神なら、こう言うだろう。


『困ったら祈るがよい。暇なら聞いてやるのじゃ。あと、うまい料理は覚えて帰るのじゃぞ』


俺は小さく笑った。


「はいはい。覚えて帰りますよ」


夕焼けの街道を、俺は一人で歩き出す。

目指すは、人の町。

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