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町?都市?へ

街道を歩き続けて半日ほど。

遠くに、人工物が見えた。

最初はただの岩壁かと思った。

だが近づくにつれて、それが石造りの外壁だと分かった。


高い壁。

見張り台。

門。

行き交う馬車。

人の声。


「……町だ。てか都市・・・?でかいな・・・」


思わず足が止まった。

森でも山でもない。

人が作った、人が暮らす場所。


異世界に来てから、どれだけ時間が経ったか分からない。

女神やどらさんとは話していたが、まともに人間社会へ入るのは初めてだ。


「ついに文明圏……!」


胸が熱くなる。


宿。

飯屋。

市場。

風呂。

柔らかいベッド。

焼きたてのパン。

見たことのない料理。


俺の頭の中では、すでに食べ歩き計画が立ち始めていた。

「まずは宿を探して、それから飯だな。

 いや、その前にお金どうにかしないと。魔石を売る場所も必要だし……

 冒険者ギルドあるかなぁ?どんな冒険者いるのかな

 女の冒険者もいるのかなぁ、ハ!ビキニアーマーとか来てたらどうしよう?」


賞もないことを考えながらも足取りは軽い。

完全に田舎から都会に出てきた人間である。

いや、田舎どころではない。

森の砦から出てきた森暮らしである。

背中の外套を整え、腰の剣を確認する。

見た目だけなら旅人か冒険者に見えるはずだ。


「大丈夫。普通。俺は普通の旅人」


そう自分に言い聞かせる。

だが、門の前に近づくにつれて、ある現実に気づいた。


「……あ」


門の前には、列ができていた。

商人の馬車。

旅人。

荷物を背負った農民らしき人。

武装した冒険者風の集団。

そして、門の横には兵士たち。

当然だ。

町に入るには検問がある。


「そりゃそうだよな」


ゲームなら町の入口は素通りできることが多い。

だが現実の町は違う。

外には魔物がいる。

盗賊もいるかもしれない。

疫病や危険物、犯罪者の侵入もあるだろう。

検問があるのは当たり前だ。

問題は。


「身分証、ないんだよなあ……」


俺は空を見上げた。

女神様。

こういうの、先に教えておいてほしかったです。


いや、教えられていた気もする。

「人の世は面倒」とは言われた。


雑すぎる。


列は少しずつ進んでいく。

前の商人が門番に何かを見せ、荷物を確認され、硬貨を払って町へ入っていった。

次の冒険者風の男たちは、金属製の札のようなものを見せている。


「あれが身分証か」


首から下げている者もいれば、腰の革袋から取り出す者もいる。

木札、銅板、銀色の板。

種類はいろいろあるらしい。


俺は自分の持ち物を思い浮かべた。


- 剣

- 短剣

- 外套

- 保存食

- 魔石いろいろ

- 燻製肉たくさん

- 女神からもらった本

- どらさんへの土産候補肉

- 途中で狩ったモンスター素材


身分証はない。


「……燻製肉じゃダメかな」


ダメに決まっている。

だが、俺の中で燻製肉の信頼度はかなり高い。

人間関係の潤滑油として、いける気がしている。

問題は、初対面の門番が何肉の燻製が好きかだ。

まぁたぶんそういうことではない。


「落ち着こう。嘘つくの下手だし正直にいうか」


俺は小さく深呼吸した。

列が進む。

いよいよ俺の番が近づく。


門の横に立つ兵士は、三十代くらいの男だった。

日に焼けた顔。

がっしりした体格。

槍を持っているが、威圧的というより職務に忠実そうな雰囲気だ。

さっきの馬車の護衛たちより、ずっとまともそうに見える。

いや、まだわからない。


人の世は魔物より厄介。

女神の言葉を思い出す。


「次!」


門番の声が響いた。

俺の番がくる。


「身分証を」


来た。

焦ってるのを隠すように


「すみません。持っていましぇん」


門番の眉が少し動いた。


「紛失か?」


「いえその~紛失?的な」


「的な?」


「はい、あの・・燻製肉ではだめですか?」


「は?」


「いや色々な燻製肉を持っているんですが・・それで通してもらうわけには?」


「いくとおもうか?」


「無理?かなぁ」


「そうだな」


門番の目が厳しい・・・

旅装。

武器。

外套。

大きな荷物はない。

たぶん、かなり怪しい。


「どこから来た?」


「南の方から」


「南の?森と」


門番の表情がさらに険しくなった。

近くにいた若い兵士が小声で言う。


「隊長、南の森って、あの魔境の方じゃ……」


隊長と呼ばれた門番が、俺を見る。


「あの森から一人で来たのか?」


「あ、はい」


「護衛は?」


「いません」


「同行者は?」


「いません」


「馬は?」


「いません」


若い兵士が目を丸くした。

隊長はしばらく無言だった。

分かる。

怪しい。

俺が門番でも怪しいと思う。


魔境の森から一人で出てきて、身分証なし。

荷物は収納魔法。

武装あり。

しかも本人は妙に落ち着いている。


「……職業は?」


「えーと」


職業。

困った。

ステータス欄にも職業は未設定のままだったはず。

森暮らし?

燻製肉職人?

どらさんの弟子?

女神の被害者?

職業・・


「旅人、ですかね」


「ですかね?」


「最近なったばかりで」


「最近?」


「はい。森暮らしから旅人へジョブチェンジしました」


若い兵士が吹き出しかけた。

隊長は真顔だった。


「真面目に答えた方がいいと思うぞ?」


「そのつもりなんですが」


隊長が深いため息をついた。


すみません。

自分でも面倒な客だと思います。


隊長は横の詰所を指さした。


「とにかく、身分証なしの場合は、犯罪歴の確認が必要だ。こちらへ」


「あ、はい」


俺は素直についていく。

詰所の中は、簡素だがしっかりしていた。

机。

椅子。

壁にかけられた槍。

書類棚。

そして、机の上に置かれた透明な水晶。

拳二つ分くらいの丸い水晶で、内部に淡い光が揺れている。


「これに手を置け」


「これは?」


「犯罪歴を確認する水晶だ」


「便利ですね」


「嘘をつくと反応する。過去に大きな犯罪を犯している場合も色が変わる」


「なるほど」


俺は水晶を見る。

犯罪歴。

この世界で犯罪をした覚えはない。


森では魔物を大量に倒した。

ワイバーンも倒した。

ヒドラも倒した。

若いドラゴンは倒してない。

馬車襲撃では兵士を転ばせた。

あの兵士の件は~ぎりセーフかな?


「手を置け」


「はい」


俺は水晶に右手を置いた。

水晶が淡く光る。

白い光。

次に薄い青。

それから、なぜか少し金色の光が混ざった。

隊長が目を細める。


「……犯罪反応なし」


「よかった」


「呪い反応あり」


「えっ」


俺は思わず水晶から手を離した。

隊長が淡々と言う。


「軽微な呪いだな。犯罪とは無関係だ」


若い兵士が首を傾げる。


「隊長、どんな呪いですか?」


「個人情報だ。聞くな」


「すみません」


俺は内心で頭を抱えた。

非モテの呪い、検問水晶に検出されるのかよ。

仕事が丁寧すぎる。


「ちなみに、今の呪いって危険なものでは?」


隊長が水晶の記録板を確認しながら答える。


「周囲への害はない。本人に何らかの不利益を与える程度だ」


「本人への不利益……」


分かりすぎる。


「解除は?」


「専門の神官か呪術師なら可能かもしれんが、軽微な呪いなら放置する者も多い」


「解除できるんですか?」


「可能性があるだけだが」


可能性!これは希望が!!


隊長は少しだけ同情するような目をした。

やめて。

門番に同情されるの、地味に辛い。


犯罪歴チェックは問題なし。

だが、それで終わりではなかった。

隊長は書類を取り出し、羽ペンを構える。


「身分証のない者には、いくつか確認を行う」


「はい」


「名前」


「健一です」


「家名は?」


「ありません」


「出身地」


「……遠いところです」


「具体的には?」


「説明が難しいところです」


隊長の目が細くなる。

しまった。

怪しさが増した。


「南の森に住んでいたと言ったな」


「はい」


「森のどのあたりだ?」


「かなり奥です」


「かなり奥?」


「人が来ないあたりです」


「なぜそんな場所に?」


「色々ありまして」


「色々とは?」


「本当に色々です」


隊長は無言で俺を見る。

俺も無言で笑顔を返す。

若い兵士が気まずそうに視線を泳がせる。


「……まあいい。犯罪反応はない。

だが、魔境の森の奥から来たというのはな・・・

 魔物には襲われなかったのか?」


「襲われました」


「どうやって生き延びた?」


「鍛えたのでなんとか」


「誰に鍛えてもらった?」


「女神様とドラゴンに」


空気が止まった。

あ、失敗した。

正直に言いすぎた。

隊長は羽ペンをき首を振る。

若い兵士は笑いをこらえるのに必死だ。


「……もう一度言え」


「鍛えました」


「その後だ」


「女神様とドラゴンに」


「そうか」


「ええと・・嘘では・・」


「この水晶は嘘も感知できるからな

 まぁ本人が嘘だと思っていないというだけではあるが」


「はぁ、そういうものですか」


これ絶対頭痛い奴って思われてるやつ!

隊長は額を押さえた。


「女神とは、どこの神殿の神官だ?」


「神官ではなく、女神です」


「本物の?」


「たぶん」


「たぶん?」


「見た目が魔女っぽいので、たまに疑問が」


その瞬間。

窓の外で、遠くの空がピシャアアンと鳴った。

快晴なのに。

俺は背筋を伸ばした。


「本物です」


隊長と若い兵士が窓を見る。


「今のは?」


「気にしないでください」


「気にするだろう」


「俺も気にしてます」


気まずい沈黙。

隊長は咳払いした。


「ドラゴンというのは?」


「山みたいに大きい黒い鱗のドラゴンです。どらさんって呼んでました」


若い兵士が今度は完全に吹いた。


「ど、どらさん……!」


隊長が睨む。


「笑うな」


「す、すみません」


隊長は俺を見る。


「そのドラゴンを、どらさんと?」


「好きに呼べと言われたので」


「それでどらさん?」


「混乱してて」


「そうか・・不思議だな」


「俺もそう思います」


「そういうことではないのだが」


隊長はしばらく俺を見つめた後、深く息を吐いた。


「……水晶に虚偽反応は出ていない」


「出てないんですか」


「出ていない。」


「すみません」


「いや、まぁそういうこともあるのだろう」


しばらく質問は続いた。


「目的は?」


「世界を見て回ることです」


「町で何をする?」


「宿を取って、食事をして、魔石や素材を売れる場所を探します」


「所持金は?」


「この国の貨幣は持っていません」


「では入町税は?」


「素材を売ってから払えますか?」


隊長の眉がまた動いた。


「あまり認められることではないが、犯罪反応なし、かつ身元預かり扱いなら可能だ」


「身元預かり?」


「仮身分証を発行する。今日中に町内で金を作り、日没までに検問所へ入町税を納めろ。納めなければ不法滞在扱いになる」


「なるほど」


「仮身分証は町の中でのみ有効だ。滞在期限は三日。延長したければ正式な身分証を作るか、保証人を立てろ」


「正式な身分証ってどう作るんですか?」


「冒険者ギルド、商業ギルド、職人ギルド、神殿などで登録すればよい」


「ギルドあるんですね」


「ある」


「おお……異世界っぽい」


「何を言っている?」


「いえ、こっちの話です」


隊長は木札を取り出した。

薄い板に、簡単な文字と紋章が刻まれている。

そこへ俺の名前らしきものを書き込み、水晶にかざした。

木札に淡い光が走る。


「これが仮身分証だ」


俺は受け取る。


「ありがとうございます」


「なくすな。町を出る時か、正式な身分証を得た時に返却すること」


「分かりました」


「それと、武器は抜くな。町中での魔法使用も原則禁止だ。緊急時以外は使うな」


「はい」


「揉め事を起こすな」


「努力します」


「努力ではなく、起こすな」


「はい」


隊長の圧が強い。

だが、どらさんの圧に比べればそよ風である。

いや、それを顔に出すと怒られそうなので、真面目に頷いておく。

若い兵士が俺の腰の剣を見て言った。


「それにしても、ずいぶん使い込まれた剣ですね」


「ああ、森でずっと使ってました」


「魔物相手に?」


「はい」


「どんな魔物を?」


「森狼、ビッグボア、ワイバーン、ヒドラ、雷鳥、毒蛇、あと古竜相手に模擬戦とか」


若い兵士の笑顔が固まった。


隊長が即座に言う。


「こいつの話を真に受けるな」


「でも水晶が……」


「この水晶は心の中の状態をみるものなのだとかいう。事実かどうかではないのだ」


痛い奴確定!

俺だっていきなり目の前に女神とドラゴンに鍛えてもらった。

とかいうやつが来たら痛い奴だとしか思わないけど。


「通行税はいくらですか?」


「銅貨五枚だ」


「銅貨の価値が分からないんですが」


隊長はまた額を押さえた。


「銅貨十枚で大銅貨一枚。

 大銅貨十枚で銀貨一枚。

 銀貨十枚で大銀貨一枚。

 大銀貨十枚で金貨一枚だ」


「なるほど」


「一般的な屋台の軽食が銅貨二、三枚。

 安宿が一泊大銅貨二枚から三枚程度だ」


「分かりやすいです。ありがとうございます」


「礼はいい。日没までに払え」


「はい」


「払えなかった場合は?」


「不法滞在」


俺は仮身分証を懐にしまう。


「ちなみに、魔石を売るならどこがいいですか?」


「冒険者ギルドか商業ギルドだな。

 魔物素材なら冒険者ギルドの方が早い」


「場所は?」


「門を入ってまっすぐ進む。

 広場に出たら右手に大きな建物がある。

 剣と盾の看板が冒険者ギルドだ」


「ありがとうございます」


「礼はいいから問題を起こすな」


「努力します」


「起こすな」


「はい」


このやり取り、二回目である。

痛い奴認定だしな・・・


詰所を出ると、門の向こうに町の通りが見えた。


しっかり敷き詰められた石畳

両側には木と石で作られた建物が並ぶ。

屋台からは香ばしい匂いが漂っている。


焼いた肉。

パン。

スープ。

香辛料。


「……飯の匂いだ」


俺の腹が鳴った。


ぐう。


若い兵士が笑いをこらえた。

隊長は呆れた顔で言う。


「先に金を作れ」


「はい」


「屋台に突撃するなよ」


「俺を何だと思ってるんですか」


「森から来た、身分証なし、

 女神とドラゴンに鍛えられた空腹の旅人」


「客観的に聞くとかなり危険人物ですね」


「だから言っている」


俺は何も言えなかった。

門へ向かう。

くぐる直前、隊長が声をかけてきた。


「健一」


「はい?」


「仮身分証は町の外では役に立たん。正式な身分証を早めに作れ」


「分かりました」


「あと、南の森の奥から来た話は、むやみに言わん方がいい」


「なぜです?」


「わかるだろう?」


「ああ……」


痛い奴だと思われるからか。


「気をつけます」


隊長は軽く頷いた。


「早めに金持って来いよ。

 あと、」


「あと?」


「商業都市アークレイにようこそ。」


「はい!」


なんかあれ異世界!だな!!

テンション上がるなぁ

そのまま俺は門をくぐった。

その瞬間、町の音が一気に広がった。


人の話し声。

荷車の車輪。

鍛冶場らしき金属音。

屋台の呼び込み。

子どもの笑い声。

犬の鳴き声。


森とは違う。

山とも違う。


騒がしくて、雑多で、温かい。


「……町だ」


俺は小さく呟いた。

長い森暮らしを経て、ようやく人の町に入った。


身分証なし。

金なし。

入町税は後払い。

仮身分証は三日限定。

日没までに銅貨五枚を納めないと不法滞在。


「まずは冒険者ギルドだな」


教えられた通りまっすぐ進む。


だが、数歩進んだところで

屋台から肉の焼けるうまそうな匂いが流れてきた。


じゅうじゅうと音を立てる串焼き。

タレらしきものが焦げ、香ばしい煙が漂う。

俺の足が止まる。


「……」


日没までに税金。

先に金を作る。

問題を起こすな。


隊長の声が脳内で響く。


『食は命じゃぞ』


女神の声も響く。


「いや、女神様、今はやめてください」


腹が鳴る。


ぐうう。


屋台のおじさんが俺を見る。


「兄ちゃん、一本どうだい?」


「いくらですか?」


「銅貨三枚だ」


所持金ゼロ。

終了。

俺は静かに頭を下げた。


「また後で来ます」


「お、おう」


屋台のおじさんは少し困惑していた。

俺は拳を握りしめる。


「待ってろ串焼き。必ず戻る」

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