16話 試験終了
ドォォォォン!!
「うわわっ!!」
巨大な拳が地面を砕き、ハルのすぐ後ろにクレーターが生じる。
飛び散る破片をギリギリで避けながら、ハルは必死に逃げ回っていた。
(これマジでどうすればいいの!?)
鈍重に見えるギガンテスだが一歩が大きすぎるし、こっちは木などの障害物を避けながら走らなければならない。
どれだけ走っても距離はまったく離れないどころか、むしろどんどん追いつかれている。
「アリシア! 何とかしてえええええ!」
『思考中……少々お待ちください』
「は、早くううううぅぅぅ!」
『緊急避難措置……思考完了。マスター、二時の方向に進路変更を』
「わ、わかった!」
言われた通り藁にもすがる思いで言われた通りに進路を変える。するとその先には茂みの陰から様子をうかがっていた男子生徒の姿があった。
「えっ? フェルシアス……なんでそんなのこっちに連れてきてんの!?」
男子生徒の方も突然ハルが進路を変えて自分の方向に向かってきたことに驚いている。
「ちょ、馬鹿こっち来るな!?」
「えっと、その……ごめんなさーい!!」
男子生徒は必死に逃げ出そうとするが間に合わない。
「ちょ、ちょっと待てって──」
ドォォォン!!
ギガンテスの巨大な拳が男子生徒ごと地面を抉り、爆風に巻き込まれた彼はそのまま脱落した。
「うわあああぁぁぁ……なんか、ごめんなさいぃぃぃ!!」
ハルは悲痛な表情で謝罪しながら走り抜けるが、すかさずアリシアが次を指示する。
『マスター、次はあちらに』
ハルは言われた通り進路を変える。……その方向には三人の生徒達がいた。
どうやら複数人で協力体制を敷いていたらしい。その生徒たちはハルを見て、そしてそれを追ってきている巨大なゴーレムを見て、一瞬で真っ青になった。
「なんでこっち来るのおおおお!?」
「私も逃げてたらこうなっちゃっただけでぇぇ!!」
「巻き込まないでくれええええ!!!」
「ぎゃあああああああああ!?」
ドォォォォォォン!!
三人まとめてゴーレムの拳に吹き飛ばされる。その隙にハルは逃げ続ける。
だが一時的にでもターゲットが分散したおかげか、ハルとギガンテスの間はある程度開いていた。
「ね、ねぇアリシア? まさかとは思うけどこっちに逃げたのって……」
『もちろん他の生徒を巻き込んで時間を稼ぐためです。マスター一人で逃げ続けるより、他の生徒を巻き込めばターゲットが分散します』
「いやいやいや、エグくない!?」
『生存率を上げるための最適行動です。使えるものは使いましょう。さあマスター、次はあちらの方向に。今回はちょうどよく五人ほど固まっています』
酷いとは思いつつも他に方法が思いつかないので、どんどん他の生徒を巻き込んで阿鼻叫喚の地獄絵図を広げていくハルとアリシア。
「ちょっと待てええええええ!!」
「うわああああ!! なんでこっちに来るんだよ!!」
「フェルシアス!! お前まさか……!」
「こっち連れてくんなあああああ!!」
そんな混乱の中、数人の生徒が必死にギガンテスに反撃を試みる。だがほとんどの攻撃が強固な防御魔法によって弾き返されてしまう。
けれどその中で──。
バギンッ!!
突然、ギガンテスの肩部に小さな亀裂が走った。生徒が放った攻撃のうち、二つの初級魔法がほぼ同時に命中した瞬間だった。
「えっ……今、効いた!?」
その攻撃を放った生徒たちは一瞬喜んだが、直後にギガンテスの腕に薙ぎ払われて脱落した。
「アリシア!! 今の見た!?」
『はい。確かにダメージを確認しました』
ハルの全力の魔力放射すらまともに通用しなかったのに、初級魔法二発があっさりと防御を貫いた。
「なんで!? 私の攻撃は弾かれたのに!?」
『解析中……お待ちください』
アリシアの瞳が淡く光る。数秒後、静かに口を開いた。
『……対象は攻撃を受ける瞬間にピンポイントで防御魔法を発動しています。出力は非常に高く、マスターの魔力放射でもダメージを与えるのは厳しいでしょう』
「でも、それならさっきはなんで……?」
『おそらくあのゴーレム、出力は高くとも魔力制御に関しては難があります。複数箇所への同時攻撃、連続攻撃などには処理が追いつかず、穴が生じる可能性が高いかと』
「……っ!!」
理屈は理解した。同時攻撃か、連続攻撃ならギガンテスの防御を突破できる──。
(……でも、それができないんだよね……!)
ハルはギリッと歯を食いしばる。
ハルが特訓してきた戦闘スタイルは『敵に接近し、一撃必殺の魔力放射を叩き込む』という一点突破型。連射や広範囲に攻撃を放つ技術は練習してこなかった。
「アリシア! 何とかならない!?」
縋るようにハルが呼びかける。
『……』
だが、アリシアは沈黙した。
いつもなら即座に何か返してくれるアリシアが、戸惑ったような顔をしている。
「アリシア?」
『………………方法は、あります』
明らかに不自然な間があった。
『マスターの魔力路をより出力を上げられるようにこの場で即興で改造すれば、一時的に魔力出力が上がり連射や複数同時攻撃が可能になります』
「本当に!? それならすぐやって!!」
『しかし、それは……』
アリシアが再び口を閉ざす。
これほどまでにアリシアが躊躇う姿をハルは見たことがなかった。
「アリシア、どうしたの……?」
『……いえ、承知しました。魔力路の即興改造を開始します』
次の瞬間──杖を握る手を通じて、激しい魔力の奔流がハルの体内に流れ込んだ。
「……ッ!?」
全身の血管が急激に熱を帯び、無理矢理に広げられるような感覚。心臓が激しく脈打ち、呼吸が乱れ、目眩を覚える。
(な、なにこれ……)
今まで感じたことのない高揚感と陶酔感だった。
(身体が……熱い……!)
杖を持つ手に力がこもり、何故だか自然と口端がつり上がる。
『魔力路の即興改造が進行中……』
どこか苦しそうなアリシアの声が響く。
『マスターの身体負荷は非常に高くなっています。慎重に──』
アリシアの言葉を遮るように、巨大な影が再びハルを襲った。
「■■■■■■──!!」
ギガンテスの咆哮と共に、巨大な岩の拳が容赦なく振り下ろされる。
『マスター、回避を!』
「言われなくてもっ!!」
ハルは思い切り地面を蹴った。──瞬間、驚きに目を見開いた。
自分の身体が、自分のものとは思えないほど軽い。驚くほどのスピードでハルの身体が宙を舞い、十メートル以上の距離をジャンプして着地する。
(なにこれ!? 今の私、こんなに動けるの!?)
魔力路の改造により、肉体強化の出力まで跳ね上がっている。
――楽しい。
自分がハイになっているのがわかる。身体が良い意味で自分のものじゃないみたい。
ギガンテスが今度は土をすくって散弾みたいに投げつけてきた。
時間感覚を圧縮。以前なら自分の動きもスローモーションに感じていたけれど、今なら感覚に身体がついてくる。土の散弾の僅かな隙間に飛び込むように回避する。
――楽しい!
高揚感に任せて一気に距離を詰める。身体から筋肉が軋むような音がしたけど痛くないから無視する。
『マスター! 出力を上げすぎです! もっと慎重になってください!』
アリシアが何か言っている。でも、楽しいんだから無視する。
「はああああああああッ!!」
魔力放射を連射。
右肩を捉えたら次は左肩、右足、胸、顔、腹。
絶え間なく放たれる閃光が次々とギガンテスの巨大な身体に突き刺さり、三発目からは防御魔法が追いつかなくなっていく。
(すごい! 本当にできてる! 私がこんな戦い方を……!)
装甲に次々とヒビが入り、破片が砕け飛ぶ。
──さっきまで苦戦していた敵を圧倒している。それがすごく気持ち良くて、気付けば満面に笑みを浮かべていた。
『……! ……!』
アリシアが必死に何か叫んでいる。それももう耳に入らない。
(これなら……勝てる!)
†
『なんとぉぉぉ!! ハル・フェルシアス、突然の覚醒か!? 驚異的な連射を見せています!!』
『これはすごいぞ!! 一気に形勢が逆転したか!?』
観戦ホールは、大歓声に包まれていた。
生徒たちは目を丸くし、驚きを隠せない。
ほんの少し前までハルは魔法を使えない落ちこぼれだったはずだ。それが今や、学園中の誰もが注目するほどの戦いを繰り広げている。
「ハルぅぅぅ!! すごいすごいすごい!! やったぁぁ!!」
最前列ではミルカが大興奮で飛び跳ねていた。
一方で──
「…………」
観戦ホール後方。教師席でロキアは黙ったままスクリーンを見つめていた。
鋭い視線が戦場を駆けるハルと、握られた杖を見据える。
「……やはり、あの杖は……」
低く呟いた言葉は、周りの誰にも聞こえなかった。
(今すぐにでも止めるべきか……?)
ロキアの拳が、無意識のうちに強く握りしめられていた。
†
ストーン・ギガンテスの巨体が揺らぐ。
強大な魔力防壁に守られていた装甲も連続攻撃によって限界を超え、至る所に大きな亀裂が走っていた。しかし、まだ巨人の威圧感は衰えていない。
ハルは激しく息を切らせながら、杖を握り締めていた。
(……身体が……熱い……!)
急ごしらえで改造された魔力路は限界を超え悲鳴をあげている。
体内を駆け巡る魔力が暴走寸前で暴れているのが自分でもはっきりと感じられた。
けど、ここまで来てやめるわけにはいかない……いいや、やめたくない。
(もうちょっとで……あいつを倒せるんだから……!)
ギガンテスが再び動いた。
「■■■■■■──!!」
重く低い咆哮が大気を揺らす。
(来る──!)
ストーン・ギガンテスの掌が、空を塞ぐほど巨大な影を作りながら振り下ろされた。
「ッ!!」
ハルはその攻撃を指の隙間に飛び込むようにして避ける。そのままギガンテスの腕に飛び乗り一気に駆け上がった。
二の腕の辺りから跳躍。全身の魔力を絞り尽くすようにしながら、ハルは杖をギガンテスの胸元に向ける。
「これで……終わらせるっ──!!」
一発目の魔力放射が炸裂。二発目がすぐに続き、ヒビ割れた装甲を粉砕した。三発目がコアを守る魔力防壁を削り取るように抉る。
「まだ……まだぁぁぁ──!!」
身体が悲鳴をあげる。全身が焼けつくように熱い。それでも止まれない。
そして最後の力を振り絞るように、今日最大の魔力放射を放った。
閃光が迸り、胸部にあるコアを貫く。
「■■■■■■──……」
ギガンテスの身体が傾く。
まるで山が崩れ落ちるように、ストーン・ギガンテスの巨体が地響きとともに倒れた。
「……はぁっ……はぁ……!」
ハルは荒い呼吸を繰り返した。目の前には巨大なゴーレムの残骸。少し前の自分だったら絶対信じられない光景が広がっている。
†
観戦ホールも静まり返っていた。誰もが息を呑んで、スクリーンを凝視している。
そして──
「「「お、おおおおおおおおおおお!!?」」」
歓声が、爆発した。
「倒したぞ!!」「マジであのゴーレムを倒した!!」「ありえない……本当に勝ちやがった……!!」
騒然とする観客席。観戦ホールの興奮は過去最大に達していた。
……教師席のロキアが立ち上がり、どこかに駆けていくのをだれも気付かなかった。
†
ハルは倒れたゴーレムの前で肩を上下させて息を整えていた。
(やった……!)
歓喜と達成感で笑みが自然とこぼれた。
「アリシア、私……やったよ! 本当にありが──」
感謝の言葉を伝えようと振り返った瞬間、世界が突如として歪んだ。
「──……え?」
視界が赤く……血の色に染まっていく。
(何これ……? なんで、急に……?)
全身から急激に力が抜けていく。喉の奥が熱く灼けるように痛み、軽く咳き込むと血が溢れ出た。
「ごほっ……!?」
吐き出すように咳き込むと、鮮血が手のひらを真っ赤に染める。
(……血……?)
頭の中に鋭い痛みが走る。頭蓋骨が内側から割れるような激痛。なのに声が出ない。溺れたみたいに苦しい。身体が鉛のように重くなり、視界が徐々に暗くなる。
『……マスター……!!』
必死に叫ぶアリシアの声が聞こえるけどその声は徐々に遠のき、掠れていく。
(なに……これ……?)
身体が震え、力が抜ける。目の前がぼやけ、視界が霞む。
全身が氷のように冷たく、凍えていく。
「……ぁ……っ……」
――ハルはその感覚をよく知っていた。……夢の中で何度も味わった、死の感覚。
膝が折れ、そのまま地面へ崩れ落ちる。
身体が動かない。視界の隅にアリシアの顔が見えた。
いつもの冷静さはなく、ただ必死に何かを叫んでいる。
(アリシア……大丈夫だよ? 心配しないで)
声は出ない。伸ばそうとした手は地面に落ち、ピクリとも動かない。
最後に聞こえたのは、自分を呼ぶアリシアの声。
──そして、ハルの意識は完全に途絶えた。
†
「マスターー!!!」
ハルの身体が崩れ落ちる。
膝から崩れ、ゆっくりと地面へ倒れるその姿が、時間が引き延ばされたかのように見えた。
自分の主が……ハルが、自ら流した血溜まりのなかに沈んでいる。
「……っ」
心臓が冷たい手に握られるような感覚。
知っている。この光景を、知っている。
──いや、知っているどころじゃない。
これは今まで自分が、何度も生み出してきた光景だ。
過去の記憶がフラッシュバックする
白い実験室。
「……いい子だ、アリシア。さあ実験を続けよう」
「素晴らしい! これが魔力路を改造する力……!」
「ほらアリシア、次はこの子だよ。大丈夫、代わりの子はいっぱい買ってあるから」
その声の主が誰だったのか、思い出せない。
ただ確かに命令され、言われるがままに魔力路の改造を行った。
「ああああああ!!」
「や、やめろ……やめろ……!!」
「なんだ、何が起きて……!!?」
目の前で、何人もの子供が壊れていく。
血が噴き出し、目、鼻、口から血を流し、倒れていく。
──記憶の中の子供達と、目の前に倒れているハルの姿が重なる。
恐怖で身体が震える。
このままではハルが死んでしまうかも……ということに対してではない。
自分は、ハルがこうなるかもしれないとわかっていながら魔力路の改造を行ったのだ。
『――――――っっ!!』
アリシアは、声にならない悲鳴を上げた。




