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魔法が使えない落ちこぼれ少女、人格持ちの魔杖を拾ったら最強になりました ~クーデレ杖と一緒に魔法学園の頂点を目指します~  作者: 岩柄イズカ


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17話 アリシアの秘密



 窓から差し込む朝の光に、意識がゆっくりと引き上げられる。

 ぼんやりとした視界に映ったのは白い天井だった。薬草のようなかすかな香りが鼻をくすぐる。


(……ここ、医務室……?)


 ハルはぼんやりしたまま視線を動かし、少しずつ状況を理解した。


 試験の後、急に身体がおかしくなって、倒れて――。ぼんやりとした記憶をたどりながら、視線を下に向ける。


 ベッドの脇では、ミルカが布団に突っ伏して眠っていた。


(……ミルカ……)


 胸がじんわりと温かくなる。きっと、ずっと付き添ってくれていたのだろう。目には涙の痕がある。

 ミルカの少し乱れた髪をそっと撫でると、ミルカはピクリと肩を震わせて目を覚ました。


「……ん……?」


 ゆっくりとミルカの目が開き、ハルの姿が映った瞬間大きく見開かれた。


「ハルぅぅぅぅっ!?」

「ぎゃあああああああ!!!」


 ミルカが勢いよくハルに飛びついた。それは嬉しい、嬉しいのだけど身体がもうボロボロみたいで抱きつかれるとめちゃくちゃ痛い。


「いたい! いたいいたいぃぃぃ! ミルカぁ、離れてぇぇぇ!!」

「あっ、ごめん!」


 ミルカは慌てて離れた。その顔は涙でぐしゃぐしゃだ。


「だっでぇ、ハルがずっど目ぇ覚まさなぐでぇ……! ごのまま死んじゃっだらどうしようっでぇ……!」


 しゃくりあげながら、ミルカはハルの手をぎゅっと握る。


「よかったぁ……! 本当に……よかったよぉぉ……!」


 心配でたまらなかったのだろう。ハルは苦笑いしつつ、ミルカの手を握り返す。


「ごめん……心配かけちゃったね」

「いいの、起きてくれただけで嬉しいから」

「……ありがと。あのさ、お水……もらえないかな?」

「あ、うん! ちょっと待ってて!」


 ミルカは勢いよく立ち上がり、そのまま医務室を飛び出して行った。

 嵐のように慌ただしい友人の背中を見送りながら、ハルはほっと息を吐く。


(……ミルカには心配かけちゃったな)


 部屋に再び静寂が戻ると、ハルは周囲をゆっくり見回した。そして――。


(……?)


 部屋の隅で小さくなっているアリシアの姿に気付いた。


 いつものように『身体状態のチェックをします』とか言って真っ先に自分のところに来るかと思っていたのに、なぜか黙って俯いている。


「……アリシア? どうかしたの?」


 ハルが声をかけるとビクリとアリシアの肩が震えた。その姿はまるで、叱られるのを怯える小さな子どものようだった。

 いつもの冷静で淡々としたアリシアとは明らかに違う。その見慣れない様子に戸惑っていると、再び部屋の扉が勢いよく開いた。


「ハルー! お水持ってきたよー! あとロキア先生もお見舞いに来てくれた!」

「えっ……?」


 扉の向こうに、黒いローブ姿のロキアが静かに佇んでいるのが見えた。

 ハルが驚くよりも先に、アリシアがびくりと再び震えたのが分かった。

 ロキアは静かな足取りでベッドの側まで来る。そして静かな重い声で言った。


「まずは謝罪する」


 唐突に、ロキアは深々と頭を下げる。


「今回の負傷については私にも責任の一端がある。いずれそうなるなら最も治療を手配しやすい試験中に、と考えた結果とはいえお前の命を危険に晒したのは事実だ。本当にすまなかった」

「え、あの、先生?」


 突然のロキアの態度に、ハルもミルカも戸惑いを隠せない。だが、アリシアだけはその意味を理解しているのか、ただ静かに俯いたままだった。


「……そして」


 ロキアはゆっくり顔を上げると、鋭い目つきでアリシアを睨む。


「やはりお前は危険な存在だったな――魔杖アリシア・オルディナリウス」

「ちょ、ちょっと待って先生! 違います! 私が無理したのは私の意志で……!」

「お前は少し黙っていろ」


 静かな声だったが、反論を許さない重さがあった。

 ロキアの視線が再びアリシアに戻る。


「確認するぞ、アリシア。お前はフェルシアスがこうなるリスクを承知で魔力路の改造を行ったな?」


 アリシアは震えながらも、小さく頷いた。


『……肯定、します』


 ハルの目が驚きに見開かれる。ロキアはさらに言葉を続ける。


「続けて問う。お前がその行動を取った理由は何だ? フェルシアスの安全を考えるなら、お前には断る選択肢があったはずだ」

『そ……れは……』


 アリシアは返答に詰まる。それを見てロキアが冷たく言い放った。


「言えないなら私から言ってやろう。成功すれば『最強の魔法使い』というお前の目的に大きく近づけるからだ。お前はフェルシアスの安全より、自らの目的を優先したんだ」


 アリシアの手がローブの裾をぎゅっと握りしめる。


「……今から十年ほど前、別の魔法学園で一人の女子生徒が誘拐された」


 ロキアは静かに言い、ハルのベッドに写真が載った一枚の書類を投げ置いた。


「少女の名はアリシア・オルディナリウス。他者の魔力路に干渉し改変する――そんな唯一無二の才能を持つ少女だった」


 写真に写っていた少女は、ハルがよく知るアリシアそのままだった。


「かつて、バルトナ機関という魔法に関する研究組織があった」


 ロキアは淡々と続ける。


「目的は『最強の魔法使い』を人工的に作り出すこと。だがその研究は次第に行き詰まり、研究者たちは徐々に非人道的な手段へと傾倒していった。……そんな折だ。彼らはとある兄妹の存在を知る。妹は『他人の魔力路に干渉する能力』を持ち、その妹のサポートを受けた兄は極めて強力な魔法使いとなった」


 その時点で話の全容が見えてきて、ハルの背筋に冷たいものが走る。ミルカも話を半分程度しか理解できていなかったが、不安そうにハルとロキアの顔を交互に見ていた。


「バルトナ機関は妹を誘拐し、やがて彼らは魔法使い最大の禁忌に手を染めた」

「禁忌……?」

「『生きた人間を材料とした魔導具の製造』だ」

「……っ!?」


 ハルの顔が強張った。ミルカも言葉の意味を理解した途端、全身を震わせる。


「人間を生きたまま解体して魔力路を取り出し、魂ごと魔導具に封じ込める。そうして造られたのがお前だ、魔杖アリシア・オルディナリウス」


 アリシアの小さな身体が僅かに震えている。

 ロキアはさらに続ける。


「実験は続けられた。各地から身寄りのない子供を集め、魔力路の改造を行っていった。……結果は悲惨なものだった。肉体の崩壊、精神の崩壊、魔力暴走による自滅……原因は様々だが、生き残った者はほとんどいなかったという」

「そんな……」

「……だがその後、バルトナ機関はある日突然壊滅した」

「……壊滅……?」

「詳細はわかっていない。ただ、調査班が駆けつけた時にはあらゆる者が焼き尽くされていたという」


 ロキアは小さく息をつき、記憶を手繰るように言葉を選んだ。


「施設は徹底的に破壊され、研究機関の上層部は全員死亡。研究員も生存者はごく僅かだった。そしてその混乱の最中、魔杖アリシアも行方不明になった。……そんないわく付きの杖を、まさか生徒が手にするとは夢にも思っていなかったがな」


 ハルは混乱したままアリシアに視線をやる。

 アリシアは何も言わず、ただ辛そうに足元を見つめている。


「私が知る情報は以上だ。そして──」


 ロキアは部屋の隅に立てかけられていた杖に向けて短杖を掲げる。杖はふわりと宙に浮かび、ロキアの手に収まった。


「この杖は、私が破壊する」

「……っ!?」


 ハルが愕然として目を見開く。


「な、何言って──!!」

「お前が生き延びたのはただの偶然だ。彼女の境遇には同情する。だが、この杖はもはや持ち主を破滅させる呪われた魔導具だ」

「違います!! アリシアは私の友達で──」

「友達なら、何故お前が命を危険に晒すことを許容した?」

「そ、それは──」


 言葉が詰まった。あの時アリシアが迷っていたことを、ハルは思い出してしまった。


「……こいつに悪意があったわけじゃない。そのように造られて、そのように振る舞っただけだ。しかしだからこそ、こいつは破壊しなければならない」

「やめて!!」


 ハルは叫んだ。だがロキアは無表情のまま背を向け、扉へと歩き出す。


「やめてよ!! アリシアを返して!!」


 ハルは必死でベッドから身を起こそうとするがその瞬間全身に激痛が走り、ベッドから転げ落ちた。


「ハル!!」


 ミルカの悲鳴が響く。ハルは床に叩きつけられ、痛みに顔を歪ませていた。


「っ……く……!!」


 身体に力を込めようとしても、手足はまるで別人のもののように動かない。それでも必死に声を上げる。


「お願い……!! アリシアを連れて行かないで!!」


 アリシアがいなければ、今の自分はなかった。

 魔法を使えるようになったのも、自分を肯定できるようになったのも、全部アリシアのおかげだった。

 そして何より……アリシアはもう、ハルにとってかけがえのない大事な友達だったのだ。

 激痛を無視して、動かない身体で芋虫みたいに這って手を伸ばす。


「行かないで、アリシアぁ!!」


 その声に、ロキアと一緒に行こうとしていたアリシアはピタリと足を止めて振り返った。

 その顔は今まで見たことがないぐらいの悲痛さと申し訳なさが滲んでいた。


『……ロキア先生。少しだけ、よろしいですか?』

「……手短にしろ」

『ありがとうございます』


 礼を言うと、アリシアはゆっくりとハルの前に来てしゃがみ込む。


『彼の言う通りです。当機は、マスターのそばにいるべきではありません』

「違う!!」


 ハルの叫びは嗚咽交じりだった。


『あの時、私はあなたの身体より自分の目的を優先しました。そんな私は、もうあなたのそばにいる資格はありません』

「違うよ!! 私がそうしてって頼んだの!! アリシアのせいじゃない!!」

『……マスター』


 アリシアは慰めるように、優しい笑顔を浮かべた。


『ありがとうございました。短い間でしたが……私はあなたと一緒にいられて、本当に幸せでした』

「やだ……っ! お願いだから……!!」


 ロキアはもう何も言わず扉を開ける。

 アリシアもその後に続く。


「行かないで……!! アリシアァァァァ!!」


 バタン、と扉が閉まる音が響いた。


 †


 コツ、コツ、コツ……。


 規則正しい靴音が、誰もいない廊下に静かに響く。

 ロキアは表情を変えず、ただ真っ直ぐ歩き続ける。そのすぐ後ろにアリシアも無言のまま付き従っていた。


「アリシアァァァァ!!」


 背後からハルの叫びが響いた。僅かにロキアの肩が震える。だが振り返ることはなく、足を止めることもない。


『……あの場で、当機をへし折ったりはしないのですね』

「迂闊に破壊すればお前に宿った魔力が周囲にどんな影響を与えるかわからない。何らかの呪いや罠が仕掛けられている可能性もある。それに……」


 ロキアはそこで初めて、わずかに歩みを緩めて病室のほうをちらりと振り返った。


「……目の前で友人を奪うほど、冷酷なつもりもない」

『……ありがとうございます』

「礼を言う必要はない。私はお前を破壊し、あいつから友人を奪う人間だ」

『……これからどこに行くのですか?』

「少なくとも、周囲に人がいない場所だ」


 ロキアの声は冷たい。けれどそこには、僅かにだが彼なりの配慮が滲んでいた。


『……なら、ひとつだけお願いがあります』

「……聞こう」


 アリシアは自分のささやかな願いを伝える。

 ロキアはそれを聞き終えると、小さく息を吐いた。


「了承した。……それくらいの権利はあるだろう」


 二人は無言のまま、廊下の先へ消えていった。



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