君のためなら命だって惜しくないよ
目を閉じれば闇はそこにいる。私を見て満足そうに笑っている。
「タイムリミットは過ぎたよ、もう未練はないよね?」
「うん」
未練は不思議ともうなかった。清々しい気持ちで私は闇と対峙する。闇はそんな私を見て不思議そうに言った。
「あれ、何か昨日よりご機嫌いいね」
「まあね」
この闇は腹も立つときもあったけれど何だかんだ助け船を出してくれたりした。闇は悪魔だと言ったが私にしてみれば天使にしか見えないかった。
「ありがとう」
「へ?」
私は素直な気持ちを伝えた。
「あなたのお陰で帷を助けれた、本当にありがとう」
「は?君何言ってるの?僕、悪魔だよ?悪魔にお礼言ってるんだよ?君今から僕に殺されるんだよ」
「そんなこと知ってるよ」
「馬鹿なの?」
「何でよ、いいことしてもらったらお礼を言うのは当然でしょ?」
「だあー!何かこの辺がむずむずする!」
「どの辺?」
「まあ、いいや、お腹空いたから……いただきます」
急に手も足も、体全体が動かなくなった。私の体に黒い煙の様な物が巻き付いていた。これが闇の本体なのかもしれない。
「怖い?」
「怖くない」
「ちぇ、面白くない」
だんだんと黒いものに巻き付かれていって私は煙の様な物に覆われていく。段々と目も見えなくなって痺れたように体に力が入らなくなっていく。ああ、本当に死ぬんだな。目をそっと閉じた。
最後に瞼の裏に帷の笑顔が浮かんだ。
※※
僕の幼馴染みは死んだ。
名前は相沢和美、僕はあだ名でなごちゃんと呼んでいた。
なごちゃんは眠っている間に死んでしまったらしい、所謂突然死というものだ。突然親い人が死んでしまうと実感がわかないのは本当だと分かった、全然実感がわかない、昨日まであんなに元気だったのが嘘みたいだ。
昨日なごちゃんが大好きだと言ってくれた。僕は本当に嬉しかった、僕もなごちゃんのことが好きだったから、ずっと前から。
もしかしたらなごちゃんは自分が死ぬのを分かっていたんじゃないかって思う。だから昨日少し様子がおかしかったんだ。
「なごちゃん……」
なごちゃんの遺影はとびっきりの笑顔のものだった。その笑顔には見覚えがあった。僕の部屋にも飾ってある入学式の日の朝に撮った写真だった。
もう、あの笑顔は見れないのだと思うと胸が痛いくらいに切ない。
どうしてなごちゃんは死んでしまったのだろうか。目を閉じれば瞼になごちゃんの笑顔が浮かぶ、だけど本物ではないその笑顔はどこか偽物じみていた。
「教えてあげようか?」
「え?」
気がつくと僕は暗闇の中に佇んでいた。どこからか声がした。辺りを見渡してみても人の気配はしない。
「誰なんだ?」
「うーん……そうだなあ、僕は闇だ。人間でない、例えるなら悪魔かな」
いきなり変な場所に自分がいてしかも悪魔に出会ってしまった。最悪だ。
「ねえ、何か今願い事あるかい?」
「……願い事?」
「そう、叶えてあげるよ。そうだなあ、今はお腹いっぱいだから特別に代償なしで叶えてあげるよ」
願い事を叶えてくれるという悪魔、信じていいのか分からないけれど今はそんなことどうでもいいくらいに僕は余裕がない。もし、叶えてくれるなら願い事は一つだけだ。
「ある人に会いたいんだ」
「ふーん、誰?」
「僕の幼馴染みなんだ。名前は相沢和美」
「あーきっとその子だ」
「え……なごちゃんを知ってるのか?」
「知ってるも何も、僕この間その子の願い事叶えてあげたし」
なごちゃんは悪魔に願い事をしたのか。
「願い事の内容知りたいかい?」
「……うん」
その時悪魔の見えない口がにやりと大きく笑ったような気がして背筋が寒くなった。
嫌な予感がした、しかし知りたいと思う気持ちの方が勝ってしまった。
「幼馴染みが死んだから過去に戻って助けたい」
「……は?」
訳がわからなかった。なごちゃんの幼馴染みは多分僕だけだと思う。しかし、僕は今こうして生きている、きっとこの悪魔のまやかしだろう。
そう、これは全部悪い夢なのだ。でたらめなのだ。
「そんなのでたらめだろ?」
「いや、でたらめじゃないよ、彼女は自分の命と引き換えに君を生き返らせるために過去に戻ったんだ。そうして成功したから今君はこうして生きてるんだ」
「……嘘だ」
「認めたくないんだね、わかるよ」
「お前なんかにわかられたくない!」
悪魔に八つ当たりしているのは分かっている、悪いのは死んでしまった自分なのに、でもこのどうしようもないやりきれなさは何処にぶつければいいのだ。
なごちゃん、君は馬鹿だよ、何で僕なんかに命を懸けたの。
謝りたい、謝って命を返したい。君がいなくなってまで僕を生かす意味なんてない。君の命なんて欲しくない。
「可哀想な君にだけ特別なプレゼントをあげよう、特別なプレゼント、悪魔からの」
まるで詐欺師の謳い文句のようだ。
「プレゼント……?」
「うん、生き返らしてあげることはできないど会わせてあげるよ」
「……生き返せてもらえないかな」
「それは無理なんだ、申し訳ないけどね」
闇がうっすらと少しずつ消えていき辺りは真っ白になる。悪魔の声は聞こえなくなった。
「帷」
その声はたった数日間聞いてなかった声なのにやけに懐かしく感じた。
恐る恐る振り替えるとそこには生きていた頃と変わらない僕の幼馴染みの姿があった。
「なごちゃん……」
なごちゃんは僕の顔を見てにっこり笑った。
「また会えたね、嬉しいなあ」
僕はなごちゃんを抱きしめた。本当はあの時抱きしめたかったけれど自分の気持ちを伝えるだけで精一杯だったし、何よりなごちゃんの僕を好きという感情が家族のような好きだったら抱きしめたら悪かったからやめておいた。
でも、今は会えたことが嬉しくてつい抱きしめてしまった。
「うわ!びっくりした……」
「ご、ごめん……」
「いいよ、帷なら許す!」
そう言ってなごちゃんも僕に抱きついた、思ったより力が強くて苦しかった。そっとなごちゃんは僕から体を離すと照れているのか目を反らした。
僕の知っているなごちゃんだった。これが悪魔の見せる幻影でも何でもよかった。ただ顔が見れて触れることができるだけで救われた気分になった。
「帷、ごめんね、何も言わずに死んじゃって」
「ううん、なごちゃんは僕のせいで死んじゃったんだよね。ごめんなさい、本当にごめん……」
「それは違うよ、私が望んで死んだの」
「でも……」
「私は帷が生きていてくれればそれでいいの」
何とも思ってないように微笑むなごちゃんは僕の目には天使に見えた。もしかしたらなごちゃんは死んで天使になったのかもしれないと思う。
「もうそろそろ時間切れかな?」
なごちゃんの体が足からだんだんと透けていく。
「帷、これから辛いこととか寂しいこととかあっても死んじゃダメだよ、その分楽しいことも待ってるんだから」
「うん……」
情けない顔をしている僕を見てなごちゃんは困ったように笑う。
「帷ー」
「え?」
なごちゃんが僕の頬にキスをした。
なごちゃんはいたずらっ子みたいな顔を赤く染めて笑う、僕もつられて笑った。
「私は帷の笑顔が好きだからね、バイバイ!」
そう言い残してなごちゃんは消えてしまった。
あとの僕に残ったのものは一抹の寂しさと会えたことによる嬉しさだった。
「いやあ、見てるこっちが恥ずかしかったなあー」
ちゃっかり見ていたという闇がやって来ると辺りは先程までが嘘のように黒くなっていく。
「じゃあ、僕はもう行くね」
「うん、さよなら」
何だかよく分からないけれど一応お礼を言うと闇は照れたようにそそくさと去っていった。
僕は絶対になごちゃんに救ってもらった命を粗末にしたりなんてしない、二度と自殺しようなんて思わない。寿命がくるまでのんびり自分のペースで生きよう。
そう、人生は果てしなく長いのだから。
僕は一生君のことを忘れない。




