ありがとうとさようなら
朝、身支度を整えて学校に向かう。今日は一日真面目に授業を受ける、そして巴とたくさん話すと決めた。両親には寝る前にでも言おうと思ってる、帷はどうやって言おう、とりあえず学校では思い出を作っておこう、未練の残らないように。
この毎日歩いてきた通学路も最後なのかと思うと今まで気づかなかった風景の美しさにも思わず感嘆の息を漏らす、緑の鮮やかさに、山の偉大さに、川の綺麗さに思わず見とれる。
汚いと思っていた学校も騒がしい教室の喧騒も愛しい。
巴は朝から机に突っ伏して寝ている。私は巴の隙だらけの両脇をおもいっきり擽った。
「わひゃひゃ!くすぐったい……」
「おはよう、巴」
「やっぱり和美かあー、おはよう。今日は元気だね、嬉しいよ」
凛々しい顔立ちを崩して巴は笑った。私はこの巴の笑顔が好きだ。裏表のない巴は私の自慢の親友だ、改めて心からそう思う。
「巴は私の自慢の親友だよ」
巴はきょとんとしてから照れ臭そうに笑う。
「き、急に何?照れるなあー。和美も私の一番の親友だよ」
「本当?嬉しいなあー」
やっぱり変に思われるよね、けれどそんなことはどうでもいい、気持ちを伝える方が今の私には大切だ。
そこから一時間目から四時間目まであっという間に終わり、昼休みにはたくさん話をして放課後も部活の巴に途中までついていくことにした。
「何だか今日は楽しかったー!」
「私も楽しかった」
弓道場の前まで来た。一度だけ巴の弓道をしている姿を見たことがあるけどすごくかっこよかったのを覚えている。私も弓道すればよかったかなと思う、もう遅いけれど。
「じゃあね、和美」
「巴」
「ん?」
私は深呼吸をして今までで一番の笑顔を浮かべた。
「ありがとう、バイバイ!」
巴は驚いた様子を少し見せた後「バイバーイ!」と大きく手を振ってくれた。遠く離れていく巴を私は見えなくなるまで見続けた。
見送った後夕暮れ時なのも相まって急に寂しくなった。もう会えなくなると思うと苦しいくらいに寂しい。
巴、ごめんね。何も言えなくてごめんね。
毎日楽しかった。巴のお陰で私は楽しい学校生活を送れたよ。
家に帰ると今日は父も帰っていた。もうすでにビールを飲んでいて顔が仄かに赤くなっている。
「お父さん、いつもお勤めご苦労様」
「お?何だ急に、照れるな……」
「お母さんもいつもご飯ありがとう」
「何よ急に!明日は大雪が降るのかしら?」
「失礼ね!」
二人とも口ではそう言っているが何だかとても嬉しそうだった。
家族の団欒、それを壊してしまうのかもしれない。
それでも私の心は満たされている、十分なくらいに。
「ちょっと出掛けてくるね」
「遠くまで行かないのよ!早めに帰ってきなさい!」
いつもはうるさいと思う小言も今では素直に聞くことができる、心配してくれているのだ、口煩くなって当然だ。
「はーい!」
午後六時、私は近所の公衆電話から電話を掛ける。もちろん相手は帷だ。
『はい、更木です』
「もしもし、帷?」
『……なごちゃん?どうしたの?』
「今からちょっと外に出られる?」
『うん、出れるけど……』
「じゃあ、ちょっと出てきてくれないかな」
『わかった』
私は帷の家まで走った。少し肌寒かったのも走れば暖かいと感じるまでになってくる。
家の前には帷が立っていた、きょろきょろと辺りを見渡している。
「帷!」
「なごちゃん?どこから来たの?」
「公衆電話から」
「何で?」
「何となく家で掛けるの照れ臭かったんだ」
少し息を整えるのを待ってもらって私は言った。
「今までありがとう!楽しかったよ、転校しても忘れないでね」
今更かなとも思う、けれどこれしか伝える方法がなかった。
「あとね、大好きだよ」
私は帷が大好きだ。でなかったら命まで掛けない、きっと家族の次に大切な人だと思う。小さい頃から一緒にいているのが当たり前で突然消えてしまった幼馴染み、だけど今はここにいる。
変わりに私は消えてしまうけど、たぶんきっと帷なら大丈夫だと思う。
帷は真っ赤になっていた。
「もしかして、照れてる?」
「……うーん」
「照れてる、照れてるね」
「うん、まあ……」
「言いたいことはこれだけだから、じゃあね」
「待って」
帷は今までになく真剣な顔で向き直った。
「僕もなごちゃんのこと大好きだよ」
面と向かって言われると恥ずかしいんだな、きっと私もさっきの帷みたいに真っ赤になっているだろう。
それでもとても嬉しかった。
「……ありがとう!」
明日私は消えると言うのにまったく憂鬱なことはなくてそれどころか足取りは軽く天にも昇る心地だった。




