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ヒント

「やあやあ、お困りの様ですなあ」


 陽気な調子の闇の声が聞こえた。いつの間にかまた真っ暗闇の世界に私はいた。


「どうする?諦める?」

「いやだ、諦めたくない」


 諦めたくはない、けれどもどうしたらいいのかさっぱり分からない。私は間違っているのだろうか。

 闇は私の耳元で囁いた。


「諦めたらきっと楽になれるよ」


 それは悪魔の囁きだった。諦めたら楽になれる、きっとその通りなんだろう。けれど私はそんなに簡単に諦めたりしない、悪魔の囁きになんて耳を貸したりしない。

 私は見えないけれど確かにここに存在している闇を睨む。


「怖い怖い、そんな目で見ないでくれよ」


 怖いなど微塵も思っていなさそうな茶化した様な声で闇は言った。


「そうだ、意思の強い君にヒントをあげよう」


 今度は仰々しく言った。何て芝居かかった話し方なんだろう、私は一人芝居を見ている観客の様な気分になった。


「彼は君を傷つけたと落ち込んでいる、そして君もまた彼を傷つけたと思っている。これから君たちの溝はどんどん深まっていくだろうね」


 多分言われなくても分かっていた。帷は優しいからきっと自分を責めていることだろうと、そしてそのこともますます帷を追い詰める要因になることも。

 私は闇の言ったことを真摯に受け止めた。


「ありゃりゃ、落ち込んじゃった?」

「ううん、違う。ヒントありがとう」

「いいえ、どういたしまして」

「もうちょっと頑張る」

「うん、頑張りたまえ」


 得意気にそう言う闇を見て悪い人ではないのかなと思った。闇は私を残して消え去っていき、やがて私は目を覚ました。時計を見ると午後七時、あれから三時間くらい寝ていたようだ。お腹も空いたし寝たら気分はだいぶすっきりした。帷に対する申し訳ない気持ちは残ったままだけど。

 下に降りると晩御飯の準備を母がしていた。今日のご飯はオムライスだ。仄かなケチャップの匂いが空腹を刺激する。


「わー……美味しそう」

「でしょう?自信作よ」

「お父さんは?」

「今日は会社の接待」


 我が家の大黒柱は今日は不在のようだ。毎日ご苦労様と労わなければいけない。

 母と二人で食卓を囲む。オムライスはほどよく卵が半熟で美味しかった。


「美味しかったー、ごちそうさまでした!」

「はいはい、お粗末様でした」


 私と母の仲は思春期真っ只中でも良好だ。普通に買い物にも行ったりもする、他の友達は喧嘩が多いようで巴も母と喧嘩したと私に愚痴を溢すのも少なくない。

 近づき過ぎず、離れ過ぎずといった母との距離が私は心地よかった。


「さてと、片付けようか。和美、手伝って」

「うん」


 洗い物を手伝いながら明日帷に謝ろうと考えた。早く謝らないとこの泡のように帷が私の前から消えていってしまいそうな気がしたからだ。

 本当は今すぐにでも謝りたいけれどもう遅い時間だから迷惑だろう。

 帷は許してくれるだろうか、もし元の友達同士の関係に戻れなかったらどうしようと考えると不安で堪らなかった。


 朝、冷たい秋の空気を感じながら歩いていると帷の母を見つけた。


「おはようございます、おばさん」


 私の声に気がついて振り返ったおばさんの顔は何だかとても疲れきっていた。


「あら……和美ちゃん、おはよう」

「あの、帷はもう学校に行ったんですか?」


 その一言におばさんは顔に影を落とす。何だか嫌な予感がする、最近の私の嫌な予感は百発百中で当たってしまう。


「今、入院してるの、昨日いろいろあってね……」


 体の体温が急激に冷めたような感じがした。足が震えて立っているだけで精一杯だった。唇が震えてうまく声を出せない。


「あ、あの、大丈夫なんです、か?」

「ええ、一応大丈夫よ。よかったらお見舞いに行ってあげて」

「どこの病院ですか!」


 私の大声に驚いたのかおばさんは肩を跳ね上がらせた。


「近くの市立の病院よ」


 私に迷いはなかった。おばさんにお礼を言って学校とは逆方向の病院に向かって駆け出した。



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