現実は変わらない
私はとりあえず母に怒られるのが嫌なので一応学校に行くことにした。面倒だが母に怒られる方が何倍も面倒だということに気づいた。
「おはよう、和美」
「おはよう」
クラスの友達、町野巴が話しかけてきた。巴はおかっぱ頭が特徴的でいつもにこにこしている優しい私の友達。
「昨日は風邪だったの?」
「ううん、サボったの」
「え、マジで」
「うん」
巴は何だか妙にリアクションが大きい、そんなに驚くことだろうか。
「な、何でそんなに驚いてんの?」
「だって、まさか、あの和美がサボるとは……」
「いや、ちょっとね」
「今度私もサボろうかなー」
話しているうちに時間は過ぎていきチャイムが鳴る。担任が入ってきて長い話をし始める、進路についてとか私たちの最近の学習態度うんぬん、服装の乱れうんぬん永遠と話続けそうな勢いで話している。
巴の方を見ると朝から居眠りだ。気づかれると面倒なことになりそうだな。だが先生はそんな巴に気づくことなく朝のホームルームの間の十五分間みっちりと話続けて職員室に帰っていった。
一限目は国語、退屈な授業だ。楽しい授業なんて体育と音楽くらいしかないけれども。
私は体を動かすこと歌うことと楽器に触れることが好きだった。それが上手かどうかは置いといてとにかく大好きだ。
中学校では吹奏楽部に入っていたけど三年生になった今部活は終わってしまった。高校生になったらまた入りたかったけれどそう言えば私は命を悪魔に売ったのだと思い出す。
「和美?」
「え、何?」
巴がいつの間にか私の席まで来ていた。
「どうしたの、ぼんやりして」
「え、あ、ごめん」
「……何かあった?」
「ううん、何にもないよ」
「それなら、いいけど。何かあったら言ってよ」
「ありがとう」
巴は優しい、けれど私の悩みは言えない。申し訳なく思いながらも気持ちだけ貰っておくことにした。
帰り道、秋の夕焼けは燃えているように綺麗だなと思いながら歩く。夏の夕焼けもいいけれど秋の方が私は好きだ。
「なごちゃん」
後ろから声が掛けられる、なごちゃんと私を呼ぶのは一人しかいないのですぐにわかった。
「帷」
「今帰り?」
「うん、帷も……」
帷の制服は汚れていた。それがいつもの土埃などではないことは見てすぐに分かった。それに頬には擦り傷もあった。
帷は少し眉を下げて笑った。
「やっぱり分かるよね」
「ど、どうしたのその傷……」
駆け寄って近くで見てみる、その傷は痛々しく真っ赤な血が滲んでいる。
「なごちゃん、正直に言っていいよ」
「え……何を?」
帷は自嘲気味に笑う。何だか嫌な予感がする、そういうときの予感は大抵当たるもので今回も当たってしまった。
「僕が情けないって笑っていいんだよ、意気地無しって言っていいんだよ」
「何言ってるの……どうしたの?」
今日の帷は何だか様子が変だ。いつもと違う。雰囲気も話し方も目も全然違う。
私は昨日と同じく帷が話してくれるのを待った。けれど帷の口から出てきた言葉は私が想像していたものと違っていた。
「……なごちゃんの優しさが今の僕には辛いんだ」
帷は俯いたまま話続けた。
「いっそのこと見放してくれればいいんだ、ダメなやつだって見下してくれればいいんだ、その方が楽でいいのに」
帷の言葉が私の心に刃となって突き刺さる。昨日帷が言っていた通りだ、言葉は凶器になるんだ。
私はただ帷を苦しめていただけなのだろうか。そうだとしたら私は帷に謝らなければならない。けれども謝罪の言葉よりも先に涙が出る。自分に対する苛立ちと帷のその自虐的な物言いに。
「そんなことできるわけないじゃん!馬鹿!」
私は言うが早いか駆け出した。居たたまれなくなったのだ。
私は何も考えないようにして走って家に帰った。そのままただいまも言わずに階段を駆け登り自室へとこもる。
「あら、帰ったの?和美?」
母がそう言ったけれども私は何も返さなかった。
ショックだった。私もいじめっ子と同じように帷を追い詰めていたのだ。その事にどうしようもなく苛立って、悲しくなる。
私は何をしたらよかったのか、所詮私も帷と同じ子供、そんなことうまくできるはずがなかったのかもしれない。
じゃあ、もう私には何もできないのか。
「どうしたら、よかったのかなあ……」
ああ、もどかしい。何でうまくいかないのだろう。私は空回りばかりしている気がする。
そのまま私は目を閉じる、目を閉じれば闇がそこにいる気がした。




