テラポルトス宇宙資料館
というわけで、センカはカズヤと共に、集合場所である「テラポルトス宇宙資料館」に向かった。
この資料館は、あの辺境戦争直後の慰霊祭のときに展示された遺品から始まった資料館であった。テラポルトスの2つの島に宇宙開発の本部が置かれて以降の様々な資料はもちろん、シュミレーターや体験コーナーも充実しており、世界から、いや天の川銀河全体から注目される資料館であった。
エントランスには日本人の中学生が集まっていたが、皆センカの姿を見ると騒ぐのをやめた。
センカがガイドと軽く打ち合わせをしていると、向うから何かセンカの名を呼ぶ声が聞こえてきた。
「ユウキ?」
「仕事が早く終わった。手伝って来いって第2課長に。」
「ゲープハルトさんか。」
「いい人だよな。まぁあの人のことだから、日本政府に恩売ろうとしてるって一面もありそうだけど。」
ユウキがくすくすと笑った。ガイドも困ったように笑うと、ざわめいている中学生や引率の外交官に向かって挨拶を始めた。
「えー、みなさんこんにちは!僕は皆さんのようにこの資料館を見学する人を案内する、ガイドのマクミランです。日本語は話せませんが、翻訳機があるので大丈夫ですよね?」
ガイドのマクミランの言葉に、中学生たちはどっと笑い声をあげた。
「さらに、今回は特別にスペシャルガイドが来ています!」
マクミランは2人に困ったように笑いかけた。
「すみません、お二人の肩書、今何でしたっけ?」
センカは少し笑うと、中学生の前にひらりと立った。
「こんにちは。LSSE戦略局戦略第1課課長、並びに太陽系防衛軍第1軍戦略長、および戦艦ベガ運用責任者のウエキセンカです。皆さんと同じ日本人なので、翻訳機が壊れていても大丈夫ですよね?」
センカの言葉に、中学生たちは顔をほころばせた。
「宇宙移民自治政府戦略委員長、およびLSSE戦略局戦略第3課長、および太陽系防衛軍第3軍副司令官のアサヒユウキだ。僕は移民星アスの移民であるけれど、日本出身で今も日本の大学に通っている。日本語はもちろん得意だよ。」
ガイドは満面の笑みで拍手をした。
「2人とも、ありがとうございます。この2人は今もLSSEや宇宙移民自治政府の一員として地球を引っ張ってくれている。さらに2人は辺境戦争を実際に経験したチームゼロのメンバーだ。いやそれだけじゃないな。ウエキ課長は鉄の星ヒルタと緑の星リンネルーアとのファーストコンタクトを経験されているし、アサヒ委員長も辺境再建の要として行動していた。さらに第1回天の川会議での事件!ついこのあいだの定期便計画の話!……ところで、君たち本当に18歳?」
「ええ、そうですよ。マクミランさん。」
「僕たちまだ18歳です。あ、もうすぐ19歳か。」
「まぁ君たち!」
マクミランが声を張り上げる。
「こんなに怖いお兄さんお姉さんが案内してくれることはめったにない。たくさん質問するといいよ!」
中学生たちがどっと笑った。
「さぁ、まずは宇宙移民のコーナーだ!」
資料館の最初のコーナーは、宇宙移民のコーナーだった。宇宙移民の訓練の資料や、移民星の暮らしぶりが展示されていた。ここはユウキの独壇場だ。
「これは宇宙移民の訓練で使う教科書だ。」
ユウキがみんなにあれこれ説明して回っている。
「宇宙移民するときは、誰でもきちんと訓練を受ける。僕は中学生になったばかりだったから、すごくつらかったの覚えてる。学校の勉強も大変なのに、それと別にこんな訓練もしなきゃいけないなんてね。」
「部活とかどうしてたんですか?」
「実は野球部に入っていたんだけど、ほとんど部活に行けずにアスに移住したから、先生や仲間には申し訳ないことをしたね。でも、訓練は役に立った。特に戦闘機の操縦だ。僕らがまだ若いこともあって特別にちょっと訓練をした。あれがあったから、アスに届けられたゼロにも乗れたしね。」
「これは何ですか?」
「ああ、これは移民の登録票だ。これは……移民星シュリーの住民のものだな。」
ユウキの声が一瞬低くなった。
「移民星シュリーは、僕の移住した移民星アスの近くにあった星だった。中東出身の人が多くて、ね。これはえーと、モハメド……サイード……。ああ、あの人だ。思い出した。」
ユウキは目を細める。
「無口な人だったけど、やさしくて、父さんとはいつも移民団のことで話し合っていた。あの時も……シュリーの半数が先に疎開した時も、残る人を守るために残って……遺体は僕が発見したんだ。」
「辺境戦争……ですか。」
「うん、そうだよ。」
ユウキはそっとその登録票から目をそらした。
「ああ、これは何かわかるかい?」
「ええと、模型?」
「そう、これは地球周辺の衛星軌道上に作られたスペースコロニーだ。どちらかというと、観光用に最近は使われているよね。」
「そういえば、アサヒさんたちは、どうして移民を?」
「僕の父親が、宇宙が好きだったんだ。いつか宇宙旅行でもしようと思ってたみたいなんだ。そんな中、東洋系の宇宙移民の募集を聞いて、興味がわいたらしい。で、技術を持った人の辺境移民が少ないと聞いて、エンジニアだった父さんは思わず応募しちゃったらしいんだ。」
「それについていったんですか?」
「母さんはそんな父さんのことをよく知っていたしね。妹のミノリはかんかんに怒っていた。友達と別れるのが辛いって。でも父さんの親友で、家族ぐるみで仲が良かったクラモト一家も一緒って聞いて、『宇宙でも友達がたくさんできるよ』って言ったら喜んでいたよ。僕は……まぁなんとなくだったかな。」
どわっと笑いが起きた。
「でも、行ったことは後悔していないよ。」
ユウキはそっと笑った。
「そりゃ、父さんや母さんや、大勢の人を失った。でも大勢の人と出会えた。宇宙って、すっげえんだぜ。」
次は鉄の星ヒルタや緑の星リンネルーアの展示コーナーだ。ここは戦略第1課長のセンカが活躍する番だ。
「これはヒルタで使われている教育用のコンピューターだそうよ。」
「センカさん!センカさんは初めて他の星の人に出会った人なんですよね。どうして相手が違う星の人だとわかったんですか?」
「どうだったっけな。メイルの時は、メイルがけがをしていて、青い血を流していたから。レイアは、わたしもメイルも見たことのない戦闘機に乗っていて、言葉が通じなかったから、かな。」
「喧嘩したりとかはしないんですか?」
「ええ、よくする。」
「どうして喧嘩するんですか?」
「そうですよ!3人はすごい人たちじゃないですか。」
「じゃあ、早朝に眠い中ゼロに乗って、オートパイロットの自動航法にして、大学のレポートが終わっていなくて慌てて書いているときに、いきなり緊急回線で連絡つないできて、なくなくテラポルトスに飛び戻って、連絡を受け取ったら、「今日のリンネルーア軍の式典でのスピーチすっかり忘れてて時間が余るからちょっとメッセージでも考えて」、って言われたらどうする?」
「え…。」
中学生たちは顔を見合わせた。
「メイルもレイアも普通の女の子なのに変わりなくて。時には喧嘩とかもしたりするんだ。」
「そ、そうなんですか。」
「ええ、そう。」
「じゃあ、あの、3人で話すときは何語で話すんですか?」
「そうね。翻訳機があるから、あんまり意識してないな。」
「じゃあそれぞれ別の言葉で?」
「いや、わたしがヒルタ語やリンネルーア語を話すときもあるし。どうだったっけ。」
「センカとメイルが話すときは、ヒルタ語の時が多いかな。というか、レイアもヒルタ語のほうが勉強している時間が長いしうまい。たぶんお前ら、ヒルタ語で話していることが一番多いと思う。」
ユウキがちょっと離れたところから不思議そうな顔をして言った。
「あ、そうだった?」
「うん、俺が聞いている限りは。あと、メイルはリンネルーア語が苦手だって前言ってたよな。」
「そうそう、メイルはね。個人的にはリンネルーア語と日本語は言葉の使い方が似てるから言いやすいんだけど。メイルはヒルタ語にはない概念がリンネルーア語にはたくさんあるし、遠回しな表現もニガテだって言ってた。」
「その辺、政治とか宗教の違いが現れてるよな。」
「ええ。たぶんそうじゃないかな。」
「あとはあれだな、太陽系は公用語が正式に決まってないだろう。実質英語が太陽系の公用語になりつつあるが、地域差が激しいし。地球圏ではロシア語も優勢だし、移民星によっては自分たちの出身地の言葉がよく使われているし。勉強しにくいとは言われてる。」
「メイルは英語はだいぶいいんだけど、日本語がまだまだって感じ。あれだけ日本にいたのに。」
「レイアもいろいろ苦労しているな。」
「公用語の件、進めなきゃね。」
センカとユウキは仕事モードに突入し始めた。
「宇宙移民自治政府としては、早急に決めたい。」
「しかし、その辺はゲープハルトさんからいろいろ聞いているでしょう?」
「ああ。LSSEとしてはどうだ?」
「やはり英語かしら。問題はそのほかの言葉の立ち位置なのよね。フランス語なんかも力が強いし。」
「宇宙移民も、多くは英語かフランス語、それに様々なバックグラウンドを持っている。軽視できないよな。」
「なんなら、私たちのせいで日本語も地位が高まってしまったし。どうしようこれ。」
「また、派手にやるか?」
「今度こそ殺されるわよ。しかも今度は、ユリアン・ゲープハルトを敵に回しかねないなんて嫌。」
「あのー、おふたりさん?」
マクミランがニヤッと笑う。
「機密情報話さないで、ガイド、続けてくれませんかね?」
「さぁ、ここからは体験コーナーだ!」
マクミランが声を張り上げた。
「自由に見学してくれ!ただし、15:30にはまたここに戻ってくれよ!」
体験コーナーは、その名の通り「体験」に特化した展示がされている。中学生たちは思い思いに歩き回り、宇宙服を着て写真を撮ったり、宇宙船や移民星の施設を再現したところで遊び始めた。これらは、より展示内容を身近に感じてもらえるように作られたコーナーであった。
一番の人気は、操縦シュミレーターである。宇宙船、戦闘機といった様々な機体の操縦を体験できるとあって、すでに人だかりができていた。(もっともこのコーナーでのスコアは密かに主計局に転送され、素質があるものは後日パイロット候補としてテラポルトスに呼び出されることもあった。)
「あっ!センカさん、あの……。」
中学生たちがもじもじしている。センカは少し笑った。零号機のシュミレーターだった。
「いいの?わたしが?」
「はい、お手本見せてください。」
「じゃあ、1回だけね。」
センカは中学生からパスを借りるとそれを機械に通し、慣れた手つきでコックピットを模した座席に座る。
「これがゼロの操舵槓。他のと随分形が違うでしょ?」
ひとつひとつ説明しながら、いつも通りの発信準備に取り掛かる。
「最初のモードは、なにこれ。地球を一周してみよう?」
センカはぶつぶつ言う。中学生はその様子を固唾をのんで見守っていた。
「ゼロ、発進。」
センカがそうつぶやくのと、画面が変わったのはほぼ同時だった。
「操舵槓のこっちを前にやると、そうこう曲がって、大気圏からもうすぐ出るから、そろそろ上下の間隔がなくなるよ。」
もちろんモード1はすぐクリアした。
「次は……アステロイドベルトを通り抜けろ?」
センカはまたぶつくさ言いながら操舵槓を動かした。
「す、すげー。」
「ラストステージだ。」
中学生たちは相変わらずざわめいている。
「ラストは……メカと戦う?」
センカは大きく深呼吸をした。
「場所のデータは?え、ポイオーティアのデータじゃないの。」
センカは一瞬暗い顔をしたが、すぐに笑った。
「懐かしいわね。さぁ、みんな見てな!戦艦オリオンの航空隊の意地、見せるよ!じゃあ……。」
センカはもう一度大きく息を吸った。
「ゼロ、発進!」
すぐに画面がぐるぐる回り、中学生たちが歓声を上げた。
「1機目、2機目、さん……くそっ、外した。」
「あっ、前から1機!」
「うん、わかってるって!よっと。」
センカは操舵槓をぐいっと手前に引く。画面が大きく動き、爆発音がした。
「3機目と4機目。そして最後の……1機……ちぇっ、外したか。もういっちょ……よしっ、ロックオン!発射!」
まもなく、画面はステージクリアの画面になった。
「さすがです!」
「すごい!」
「僕らもチャレンジしてみよう!」
中学生たちが騒ぎ始めたその時だった。
「今操縦してたの、誰!?」
悲鳴に近い叫び声だ。センカたちが思わず振り向くと、入り口に息を切らした女が立っていた。
「スズナ?」
センカとユウキが同時に叫んだ。
「いま、シュミレーターで操縦してたのって……。」
「残念ながらセンカだ。」
「でも、中学生の、パスが……。」
「センカが頼まれて調子乗っただけだ。」
「ごめん、スズナ。データ集めてたんだっけ。」
「もー、びっくりさせないでよ。こっちは出張の準備で忙しいのに!」
スズナはそういってへなへなと座り込んだ。センカはそっと体の向きを変え、中学生たちをシュミレーターのほうに向かわせた。
「びっくりしたのよ。主計局のコンピューターのアラートが鳴って……。新しいゼロのパイロットが見つかったと思ったのに……みんなにもう負担をかけさせないはずだったのに……。」
「例の、ゼロ・シリーズの開発計画か。」
ユウキがスズナの肩にそっと手を置いた。センカもそっと駆け寄った。
「珍しく『委員会』から降りてきた案件。危険すぎるし、開発課程で必然的に私たちの負担が増す。反対したかったんだけど。」
「LSSE設立から、人類宇宙委員会はほとんど口を挟まなくなったのに、急に……。」
「ええ、まぁやるしかないわ。」
スズナは不安げに笑って立ち上がった。
「出張の準備、しなきゃ。午前中ので作業が少し中断してしまったから。」
「そっか。スズナ気を付けてね。」
「メイルたちによろしくな。」
スズナがいなくなると、2人は黙って中学生たちを見つめた。
「ゼロパイロット……。」
「あんな機体、乗りこなせる人はそうめったにいないわ。」
「人類宇宙委員会は何を考えているんだ……。お前、本当に何か知らないのか。君らが一番接点があるはずなんだが。」
宇宙移民自治政府戦略委員長は、LSSE戦略局戦略第1課長の顔を覗き込んだ。
「いえ、ほとんどコンタクトはないわ。報告書は逐一所定のアドレスに送っているけれど、本当にそれだけ。返事は来てない。」
センカはユウキの顔を覗き込んだ。
「あんたこそ、何か知らないの? 宇宙移民自治政府設立なんかは『委員会』に協力してもらってたでしょ?」
「まぁ、そうだけど。でも僕らにも何もコンタクトがない。」
「そう……。」
中学生のほうから歓声とも悲鳴とも聞こえる声が上がった。
「やっぱ難しいな。」
「どうしたら操縦できるようになるんだろう。」
「おい、次やれよ!」
ざわめきを見て、2人は少し笑った。
「さぁ、後輩の指導でもしようじゃないか。」
「ええ、そうね。」




