涙
チームゼロの8人は動き出した。悲しみや悔しさを忘れるかのように動いた。
出航準備に追われながら、手伝いを申し出てくれたリンカと共に、ショウタはあの事件の裏に何があったかを探り始めた。
「ショウタ、寝てる?」
すれ違ったハルカに聞かれて、うかない笑顔を見せるしかなかった。不眠不休で調べていた。
「やっぱり、アサヒユウキを非難する情報ばっかりね。」
リンカがコーヒーを飲みながら言った。彼女もあれ以来ほとんど食事をとっていない。たまの気休めに飲むコーヒーのみだ。
「ユウキが、反LSSEの保守派や過激な独立派と接点があったことが大々的に非難されている。」
定説は、ひそかに辺境移民独立の想いを持っていたアサヒユウキが、革新派である国連宇宙機構やLSSEに反感を持ち、反テラポルトス運動に走ったというものだった。
また、鉄の星や緑の星との交流、特に鉄の星との交流に反発していた、あるいは意見の違うセンカたちチームゼロの面々に嫌気がさしていた、など、話はどんどん広がっていった。
ユウキが銃を撃ったのは事実であったし、彼が立場上反テラポルトスになるときもあることもまた、事実であった。
争点になったのは、会場内に複数現れた銃の男たちだ。定説ではユウキに協力した反テラポルトスの運動家であろうということになっていたが、ずいぶんと不自然であった。ヒルタ軍やヒルタの警察を中心に彼らの捜索が行われているが、証拠がなくとん挫している。
「彼が犯人なわけがない。」
ショウタはつぶやく。顔は驚くほど疲れ果てていて、眼だけが異様に輝いて見えた。
「普通なら、もっと暗殺に適した銃を用意するだろう?あんなレーザー銃や、うまくねらえない。」
ショウタは頭を抱えた。
「仮にユウキの腕なら、あのタイプのレーザー銃でもセンカたちを狙えるとする。じゃあなぜメイルとレイアは外したんだ……。」
ショウタはもう一度頭を抱えた。
「いや、ユウキの腕ならもっと急所を狙えた。むしろざと外したんじゃないか……。殺すつもりはなかった……。なぜ、じゃあなぜ撃ったんだ?あの男たちは何なんだ?」
悔しげにうつむくショウタを、リンカは黙って見つめていた。彼女の情報収集能力と解析能力をもってしても、まだ何もわかっていなかった。
「ユウキは……話したの?」
「何も語ろうとしないんだ……。」
ショウタは悔しげにテーブルを叩いた。つみあがった資料がガタガタ揺れた。
「調べなきゃ……。」
スズナとタケルは、作業の合間を縫って、戦艦アルタイルの一室、センカのタンクベッドの元を訪れていた。元は病室でも何もないところにタンクベットを置いて病室にしたのだ。
病室は青白い光で照らされていて、センカの姿を不気味に浮き上がらせていた。
「センカ……。」
スズナはそうつぶやいて、ガラス張りのタンクベットに触る。ひんやりと冷たいが、中の液体の生温かさも伝わってきた。彼女はまだ生きてはいた。
タンクベットは不思議な液体で満たされている。病人の服を着せられたセンカが、その中で浮かぶように寝かされていた。
2人はしばらくその前に立ち尽くしていた。
「センカ……俺たち、戦艦デネブに戻らなくちゃいけない。」
「センカ、元気でね。」
スズナは崩れ落ちるようになき崩れた。タケルはそんなスズナに寄り添った。2人はそのまま、抱き合って泣いた。
「戻るぞ……。」
タケルがそっとスズナの肩を叩いた。
トウキとハルカもセンカの病室を訪れていた。
ハルカはコントロールパネル尾の数値を確認した。確かにまだ生きてはいた。しかしそれをチェックしないと、親友が生きているかどうかもわからない自分に嫌気がさした。思わず目を背けた。
「センカ、今最短ルートをたたき出してるところだ。すぐに帰れるからな。心配しなくていいぞ。」
トウキがわざと明るい声で話しかける。
「そしたら今度こそ受験勉強に専念だ!普通の高校生にもどろうぜ、な。」
「センカ、だから言ったでしょ、無理するなって。」
ハルカも無理に笑っていった。笑いは最高の治療薬だ。でもセンカは笑おうとしない。ただ眠り続けていた。
「言ったでしょ、もう……ねぇ、センカ……。」
ハルカの嗚咽が響いた。トウキはそんなハルカを黙って抱き寄せた。
「おい、センカ……。ハルカを泣かせるんじゃないよ……。起きて謝れよ……。」
コウスケとリンカもまた、センカのタンクベッドの前にいた。
「起きろよ。センカ。」
コウスケが呼びかける。何と呼びかけようか少し迷った。センカと過ごした日々を次々と思い出す。
「お前さ、お前……まだ生体反応が残ってるんだよ……。」
コウスケはタンクベッドのガラスに手を押し付けた。ガラスの冷たさと、液体の生温かさが不気味だった。
「生きてるんだろ。そうやってメイルを助けてたじゃないか……。」
「コウスケ……。何が言いたいのか……全然わからないから。」
リンカが、うずくまって肩を震わせるパートナーに声をかける。支離滅裂な文章だ。しかしリンカ自身も、どうやって声をかけるべきか悩んだ。もう考えもおよばなかった。疲れと悲しみと悔しさで頭がいっぱいだった。
「センカ、私たちにすべて押し付けてのんびり寝ているつもり?許さないわよ。今度は……。お願いだから……起きて。」
リンカの目から、一筋の涙が落ちた。
ショウタは1人、病室に立ち尽くしていた。1人きりだった。常に一緒に飛び回っていたパートナーは、タンクベッドの中だった。
「おい、起きろよ。」
パートナーに呼びかける。返事はない。センカは無表情で液体の中で眠っていた。
「起きろよ……。」
悔しさがむせ返ってきた。
「俺は……助けられないのか。」
「命は預けた!」といっていつも飛び出していく姿を思い出した。いつも命を預かったつもりだった。
「俺は……センカの命も、ユウキの命も助けられないのか……。」
ショウタはもう一度センカの顔を見つめた。人前では見せないほど、涙が流れてきた。ショウタの慟哭がただ病室に響く。
「頼む……。起きてくれ。」
カズマは、ミノリとミズキを病室まで連れていくことができなかった。妹たちに、死んだように眠るセンカなど見せられなかった。結局1人でセンカの元に向かった。
「センカ……。俺は、あの時ユウキを止めなかった。ユウキを信じたいと思ったからなんだ。でも……ごめん。」
カズマは一人頭を下げる。センカは返事をしない。
「俺はユウキの無実を信じてる。センカも……そうだよな。だったらそうだって、言ってくれよ。ユウキのところに行ってくれ!それで伝えてやってよ!あいつ死ぬ気だ!」
それでも何も返さない。カズマは思わず泣いている自分に気付いた。
「俺たちは君に助けてもらったのに、まだ何も恩返しできていないのに……。」
カズマはそのまま膝をついて泣きじゃくった。
ショウタに連れられ、ユウキは一度だけセンカの元を訪れた。ショウタは急に用事が入ったふりをして、わざとユウキを1人きりにした。
「センカ……すまない……。僕は……守りたかったんだ……。」
ユウキはただガラスに縋り付き、泣きじゃくっていた。青い光が無情に2人を照らしていた。ショウタはその姿を黙って見つめていた。
足を引きずりながらではあったが、メイルとレイアは歩けるようになると、時間の許す限りセンカの元に居続けた。
たわいもない話を続けながら、最後の時を過ごしていた。
2人は今、鉄の星ヒルタを離れることはできない。けがのこともあるが、下手に動くと天の川銀河を動揺させてしまう。
2人は、地球に行くことができない。ということは、センカのそばにいられるのはあとわずかなのである。最期まではいられないのだ。
「センカ……。」
「どうして……。どうしてこうなってしまったの……。」
メイルとレイアは、何かに取りつかれたように、センカの元に居続けた。2人の涙がガラスにポトリと落ちた。
「せめて、最後まで一緒にいたかった……。」
メイルが呟く。もうすぐ、記者会見が始まる。ショウタをはじめとする、チームゼロもそろった大きな会見を、戦艦アルタイルで開くのだ。そこにはユウキも同席するらしい。そこですべてを明らかにする、とだけショウタは言っていた。何か賭けをするらしいということしかわからなかった。
そしてそれが終わり次第、サメロトリアテロ型戦艦は母星に帰還する。もはや目を覚ますことのない少女を、せめて故郷の星で死なせるために。
「センカ……。お願い……。」
レイアもガラスに縋り付くように座り込んでいた。
「あなたと離れたくない……。」




