両親
センカとメイルが、個人的にリーヒ女王に王宮に呼び出されたのは、ある日の午後であった。
廷臣に案内され、王宮の奥に向かう。小さな部屋に通された。小さなリビングルームのような場所だった。
「ようこそ、私の私室に。」
不意に声がしたかと思うと、普段見慣れた凝ったデザインの裾の長いドレスとは随分かけ離れた、ラフな服装のリーヒ女王が、奥の台所から現れた。
「私室ですか……。」
「王家と言っても、普通の家族に過ぎない。公務がないときは普通に暮らしたしたいと思っているんだ。」
「は、はぁ。」
「ちょっと、手伝ってくれるかしら?」
「は、はいっ。」
鍋や皿をいくつか運ぶと、3人は席に着いた。
「あ、ちょっと待ってて。」
リーヒはそういうと、いくつかある扉の1つを叩いた。
「レイア、いるの?ごはんできたんだけど!」
反応はない。リーヒはやれやれという顔をした。
「レイア、またあそこにいるのかしらね。」
「レイア王女とはいつもこのように……?」
リーヒは寂しげに頷いた。
「レイピアさん……亡くなったレイピア王妃はとても料理が上手だったの。ルヒート兄さん……ルヒート王もレイピアさんの料理がとても好きで、公務がなければいつもこうして食べていたの。私もよく一緒に食べていたし、レイピアさんにたくさんレシピを教わったのよ。」
リーヒは皿に料理をよそい始めた。レイアの分だった。
「あの子が幼いときに、兄さんとレイピアさんが亡くなったから。せめて家族だんらんの場所だけは残してあげたくて、なるべく私が作るようにしているのだけど……。」
リーヒは皿を置いて、ちょっと笑った。随分寂しげな笑いだった。
「いつからか、顔を出さなくなってしまってね。」
「なぜですか……。」
メイルが少し戸惑ったように聞いた。
「さぁ。でも、あの子は『王女』『次期女王』としての責務と、両親への『想い』、そして敵への『復讐』。いろんなことにがんじがらめになっていた。そして彼女は『敵』へ復讐することへその絡まった想いをぶつけてしまったのよ。」
「気持ちは……わかります。」
センカはそっとメイルの手を握りながら言った。
「でも、敵は倒された。おまけにメイルさん、敵を作りだした方々に助けられ、友好関係を結ぶことになった。きっと混乱しているのよ。」
しばらく沈黙が続いた。
「さらに……。いまね、メイルを即位させるのを遅らせたいという廷臣たちもいるの。メイルの自分勝手な性格を心配したり、わたしの治世が安定していることに希望を見出したりしている人たちがいる。」
「リーヒ女王は、確かに素晴らしい女王だと思います。」
センカはまっすぐリーヒを見つめた。
「ありがとうセンカさん。でもその評価が、あの子を縛り付けてしまっているの。偉大なるルヒート王、そしてリーヒ女王の跡を継ぐ。確かに不安ではあると思うわ。」
リーヒは遠い過去を思い出すように、ぼんやり遠くを見つめた。
「もう、あの子の話はこれでおしまい。今日2人を読んだのは、もっと地球やヒルタの話を聞きたいからなのよ。公式な場だと話せないことがいっぱいあるでしょ?」
3人は料理を楽しみつつ、それぞれの星の話で盛り上がった。
「ごちそうさまでした。」
「おいしかったです。」
「こちらこそ、片付けまで手伝ってもらって、助かったわ!」
リーヒ女王に王宮を案内されながら帰ろうとしたとき、ふとリーヒが足を止めた。
「2人とも、時間はあるかしら。」
「少しなら。」
「かまいませんよ。」
「じゃあ、あの扉の先……。庭があるの。そこに代々の王族の墓もあって。」
「お墓は王宮の表庭にも……。」
「あれは記念碑よ。民衆が行くための場所。本当のお墓は家族のためにこっちに作っているの。兄とレイピアさんのお墓もあって……もっとも遺体はなかったんだけど。たぶんレイアもあそこにいると思うから……。」
2人は静かにうなずいた。
「そして、こんな場所でのお願いになってしまうのだけれど……私はレイアを、代表団の一員、女王の名代としてあなた方の故郷に向かわせようと思っているの。」
「レイア……を?」
「ええ。それこそ女王になったら、めったなことでリンネルーアを離れられないし、今のうちに世界を広げてほしいのよ。あの子のために、そしてリンネルーアという星のためにね。」
花々に囲まれた庭の一角で、レイア・リンネルーアはうずくまっていた。
「父上……母上……。」
墓石はひんやりしていて冷たい。それが気持ちよかった。
「あっ……。」
不意に声がした。レイアが振り返ると、センカとメイルが立っていた。
「あの時以来ね。」
センカはそういって、静かに敬礼した。メイルも静かに敬礼をした。
「ウエキ戦略部長に、ノトメイア技術士官か。」
そう言ってレイアは、リンネルーア式の敬礼を返した。
「センカ、でいいよ。」
「わたしも、メイル、で。」
「そうか。」
レイアは少し戸惑った。
「ならば、公平にいかなければ。わたしも、レイアとよんでくれて構わない。ここに来たのは……叔母か。」
「リーヒさんに教えて頂いたの。」
「あなたの……レイアのご両親にお会いしたくて。」
センカはそう言って、静かに手を合わせた。センカが再び顔を上げた時、レイアとメイルは不思議そうな顔をした。
「今のポーズは?」
「わたしも初めて見たかも。」
「え、そう?」
センカも少し驚いた。
「地球人はそうやって死者を悼むのか?」
「いえ……。わたしの拝み方は、仏教式。仏教は地球の宗教の1つよ。」
2人はきょとんとしていた。鉄の星ヒルタは随分前に宗教がすたれていたし、緑の星リンネルーアはアニミズムのような植物への崇拝のみ残っていて、宗教というほどのものではなかった。
「まぁ日本人だから、そのあたりすごく曖昧なんだけど。」
センカはきょとんとする2人を見て少し笑った。
「これで、あとはメイルのご両親だけね。会えていないのは。」
センカはメイルを静かに見つめた。
「必ず……今度こそ必ず、生きてお会いするわ。」
センカはそこで息を震わせた。
「もっと……早く助けられなくて……ごめんなさい。」
しばらく、風の音だけがした。
「いや、お前たちが謝る必要はない。」
レイアが、自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「両親が死んだのは、私たちが戦わなかったからだ。君たちの力を借りなければ『敵』を倒せなかった。」
「だが、その敵を作ったのは……わたしたちだ。」
メイルが突然叫ぶような声を上げた。
「太陽系の人と、リンネルーアの人を殺したのは……ヒルタを守ろうとして暴走した、機械たちだ。」
「でもお前たちに全ての責任はない!」
レイアが声を震わせた。
「わたしたちが……わたしがもっと強かったら……。」
泣きじゃくるレイアに、センカは黙って寄り添った。センカにはその気持ちがわかった。思わず胸に残る、戦艦オリオン戦略班の徽章を触っていた。その光景を、メイルは黙って見つめていた。
「レイア。わたしたちはある通信を受け取ったことがあるの。正確な解析はできなかったけれど、ここにきてやっと解析できたの。リンネルーア語の通信だった。内容は……。」
センカは続けた。
「ご両親を奪った敵から助けてほしい、という幼いあなたからの救難信号だった。」
「ヒルタ側で先日受け取ったのも、ほぼ同じ内容だった。」
「確かに……幼いころ、宇宙に向けてこっそり救難信号を出したわ。でも……。」
「それがあったから、ここまで来れたこともまた事実なの。」
センカはレイアを見つめた。
「あなたの通信があったから、ここまで来れた。あなたのおかげ。」
センカとメイルは顔を見合わせた。
「レイア、ありがとう。」
日本語とヒルタ語の響きは全く違う。それでも不思議とあった響き。レイアは少し笑って返した。
「こちらこそ、ありがとう。」
リンネルーア語の優しい響きだった。3人は初めてゆっくりと、お互いの話をし始めた。
違う星、違う言葉。それでもただの16歳の女の子たちだった。




