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水の星の覚悟

あわただしい艦内で、センカは一人手紙を眺めていた。出航直前に、スーマー・ヤオから受け取った手紙である。


ヤオは辺境戦争で重傷を負った後、治療とリハビリを続けていた。ユウキはかつて、彼は宇宙ソラへはもう上がらないだろうと予想していたが、彼はまた違う方法で、宙に散った戦友たちの後を追い始めていた。

辺境戦争の資料をまとめ、本を執筆する作業を始めていたのである。

病院ではすることがなく、なんとなく始めた作業であったが、スーマー・ヤオは今では全力で辺境戦争にぶつかっていた。

戦艦オリオンの記録だけでなく、移民星の記録やメカの解析データ、メイルの証言なども参考にし、より多角的に、しかしあくまで「何か」を守ろうとしたモノたちの物語として、彼は書き続けていた。

センカをはじめチームゼロの面々や、ユウキたち辺境移民再建協会も密かにそれを手伝っていた。






ヤオから手紙を受け取ったのは、センカが出航前日に、ヤオの病室を訪ねた時だった。


「ニイハオ、スーマー。」

センカはそういって花束を渡す。

「ウエキ戦略部長、ありがとうございます。いよいよ明日ですね。」

「ええ。わくわくするわ……不安だけれども。」

センカは少し微笑む。

「で、どうなの?例の本は?構成で随分悩んでいたようだけれど。」

「ええ。でも僕はお世話になった仲間たちの物語を書きたかったので……。ある特別青年地球防衛隊の隊員の者あたりを軸に、辺境戦争を描こうと思います。」

「それって、もしかしてウー・チュンミン?」

「そのつもりです。」

ヤオは少し照れ笑いを浮かべた。

「幸いなことに、彼女の機体のフライトレコーダーが残っていますから……。彼女の最期がわかりましたし。」

「あなたがどう描くか、楽しみにしている。」

センカはそういってため息をついた。

「ウエキ戦略部長、ぜひ鉄の星から、メカの開発秘話を聞いてきてくださいね。参考にしたいですから。」

「そうね……頑張ってみる。」

そこで急に、ヤオは顔をこわばらせた。

「戦略部長、僕なりにいろいろ調べて考えたことがあるんです。長くなってしまったので、あちらで暇なときにでも読んでください。」






こうして、受け取ったのは、ヤオの手紙というよりはレポートだった。異星人との交流が地球にもたらす影響。誰よりも辺境戦争を見つめたヤオだからこそ指摘できることであった。

地球人のアイデンティティ、言葉の問題、遺族の感情、技術の問題、領土問題……あげればきりのない様々な可能性を、彼は的確に指摘したうえで、センカに地球の未来を託したいという想いを述べていた。

「可能性を希望にしてほしい、か……。」

この手紙が、ずっとセンカたちの指標になっていた。

「さぁ、行かなきゃ。」

センカは手紙をそっとしまうと、立ち上がった。















最初にメイルの戦闘機ジュラーダが飛び立つ。続いてチームゼロの戦闘機、零号機が飛び出した。


代表として先に惑星に降りたつのは、センカ、リンカ、タケル、コウスケの4名であった。残りの4名が連合艦隊のほうに残り、バックアップを担当していた。


センカが飛行場に降り立つと、すぐに周りをヒルタの兵士に囲まれた。こちらが敬礼をすると、周りの兵士も一斉にヒルタ式の敬礼を返す。代表と思わしき兵士に案内され、車に乗り込む。

メイルは懐かしげだが、さすがに緊張しているようだった。厳重警備の中、高層ビルが立ち並ぶヒルタの首都、ヒルタポリスでもひときわ大きな建物が見えてきた。

「あれが、首相官邸。この星の政治の中枢よ。」

メイルがそっとささやいた。







大勢の兵士や官僚に囲まれた謁見室で、センカたちは敬礼の手を下した。

「メイル・ノトメイア士官候補生だね。君のご両親や弟君とともに、必死で捜索を続けていたところだったんだ。無事でよかった。」

「ありがとうございます……。父は?ノトメイア博士は?」

「残念ながらまだ情報がない。今後も捜索を続けていくよ。」

「そうですか……ありがとうございます。」

「まぁ、腰かけたまえ。」

鉄の星ヒルタ首相、シャスタ・ヒェンベルガーに促され、座ったセンカはいきなり腰に着けていたレーザー銃を取り出し、机の上に静かに置いた。

まわりの兵士がざわついたが、ヒュンベルガーがそれを制した。

「君たちは、友好のために平和的な交渉がしたいと言っていた。確かに我々は武器の携帯を認めたが……。」

「あなた方に、お話ししなければいけないことがあります。」

センカが静かに告げた。

「君は……?」

「地球と太陽系の行政をつかさどる、国連宇宙機構戦略部 戦略部長および、太陽系防衛軍連合艦隊 艦隊戦略長、および戦艦ベガ艦長並びに戦艦ベガ戦略長を担当しています、ウエキセンカです。」

センカの静かな声が突き刺さるように響く。いつもの明るさはどこにも見えない。コウスケは一瞬胸騒ぎがして、急いで口をはさんだ。

「僕は、国連宇宙機構技術部 技術部長および、太陽系防衛軍連合艦隊 副司令官並びに艦隊技術長、並びに戦艦デネブ技術長を務めている、ツツイコウスケです。国連宇宙機構戦術部 戦術部長および、太陽系宇宙防衛軍連合艦隊司令官並びに艦隊戦術長並びに旗艦アルタイル艦長、並びに旗艦アルタイル戦術長である、ハシモトショウタの代理であり、全権大使として来ました。」

ショウタはあえて派遣団のリーダーをコウスケに命じた。センカが賭けをする気だと気付いたからであった。センカはその気遣いを黙って受け入れた。

リンカとタケルも自己紹介をした。すべて終わると、ヒュンベルガーはもう一度センカを見つめた。

「君は話したいことがあると言ったね。」

「はい。」

センカは大きく息を吸い込んだ。


「首相は、なぜ私たちのような子供が、地球の代表としてここ鉄の星……わたしたちは鉄の星と呼んでいますが、ヒルタまで来れたのは、どうしてかわかりますか?」

「さぁ、検討もつかない。地球とヒルタの違いだと勝手に思っていたが。」

「ご説明します。半年ほど前に、太陽系外縁部で起きた、太陽系辺境防衛戦争で、現在の国連宇宙機構と太陽系防衛軍の前身である、国連宇宙防衛軍の大部分が、辺境に移民していた民間人と共に宇宙ソラに散りました。そして私たちは唯一の生き残りです。」

センカは一瞬、あの戦争の日々を思い出した。思わず声が震える。

「私たちは……私たちは子供ながら出征し、生かされた。その責任として、戦争の痛みを伝えていく責任があったんです。」

センカは震えを抑えようと、まっすぐヒュンベルガーを見つめた。

「辺境戦争の生き残りとして、私たちは太陽系の新たなリーダーになってしまった。それに反発するものもいます。いま地球は、宇宙の広大な可能性と、故郷である母星地球への愛が対立している、とても難しい時期なのです。」

センカの指の震えを、ヒュンベルガーは黙って見つめていた。

「悲しいことに、半年前辺境を襲ったのは、あなた方の自衛システム、我々がメカと呼んでいた自衛システムの機械群です。彼らの暴走とはいえ、多くの地球人は、複雑な想いを持っています。私もです。」

一瞬ユウキとカズマの顔が浮かんだ。センカは話を続ける。

「それでも私たちは……戦争の痛みを知るからこそ、あなたがたと友人になりたいと思っています。」

センカはそういって、あたりを見回した。兵士や官僚が微かに震えながらもこちらを見返してくる。センカは少しだけ、ほんの少しだけ微笑んだ。

「あなた方との交流は、地球にとって、太陽系にとって、地球人にとって諸刃の剣になるかもしれない。それでも、わたしは……。」

センカは思わず、メイルを見つめる。

「大切な友人の家を訪ねてみたかったんです。だから私は、生き残り責任をおったのではないかと、思っています。」



ヒュンベルガーは民主的に選ばれた首相ではあったが、独裁者と言われるほど冷徹な人物でもあった。そのヒュンベルガーですら、センカのあえて強硬な態度をとる勇気に驚かざるを得なかった。

「ウエキセンカさん、君は何歳イクツだ……?」

「16歳になったばかりです。」

「そうか、そんな子供が、ここまで来たのか……。」

ヒュンベルガーは全員の顔を見渡す。

「我々ヒルタも同じ想いだ。整備でき次第、君たちの戦艦を招待したい。それから君たちの星にぜひ行ってみたい。そして……我々が自らの身を守るために作ったモノが奪ってしまったモノたちに哀悼と敬意の意を示したい。」

「ありがとうございます。」

センカはそういって頭を深々と下げた。いつまでも頭を下げていた。彼女の膝に涙が落ちているのを、コウスケは一生忘れないと心に誓った。

彼女は、本来の優しさや明るさをすべて捨ててまでも、想いをぶつけた。自分の想いだけでない、チームゼロの想い、ユウキやカズマたち辺境移民の想い、宇宙生まれの者たちの想い、地球に住む人々の想い、宇宙に散った者たちの想い。すべてを想って言葉を発した。そして賭けに勝った。

それだけ、この宇宙セカイと歴史に責任を負う覚悟をしたのだろう。センカが、いや自分たちが悩みぬいた結果に、何とも言えない熱い何かが湧き上がってくるようであった。

「首相、ありがとうございます。共に……未来を作っていきましょう。」

コウスケはそういって手を差し出した。




「そういえば、君たちの星を、私たちは何と呼べばいいのかね。」

ヒュンベルガーに聞かれ、コウスケは戸惑った。

「メイル・ノトメイア士官候補生。君はどう思う?」

「そうですね……地球は海が青く、とても美しい惑星でした。青い星なんてどうでしょう?」

「しかしメイル、それではあなたたちの血や太陽も青くてわかりにくいわ。」

「でも赤い星ではないでしょ?」

リンカとメイルがしばらくやりあった。

「ではどうだろう。」

ヒュンベルガーはゆったりと手を挙げた。

「水の星、地球と呼ぶのは?」





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