深い藍色の宇宙の中で
「連合艦隊につぐ。総員、第一種戦闘配備。総員、第一種戦闘配備。」
ショウタは旗艦アルタイルの艦長席から通信機に向かって声を張り上げていた。ついにこの時が来たのである。
「そのまま、宇宙の裂け目に突入する。」
「サメロトリアテロ型戦艦第一艦橋共有システムを発動させます。」
リンカが戦艦アルタイルの第一艦橋で叫ぶと、機械音と共に、立体ホログラム映像が現れた。戦艦ベガ艦長のセンカ、戦艦デネブ艦長のスズナをはじめ、副長や連合艦隊の要職を務めるチームゼロの8人と、メイル・ノトメイアが、映像としてではあるが全員そろったのである。
この立体ホログラム映像は3隻の戦艦の第一艦橋で同時に映し出されている。これもYURIKAの高性能のおかげであった。また、この立体映像に対応させるために、どの艦も艦橋が広めにとられていた。
「今から宇宙の裂け目に突入する。」
ニイムラトウキ連合艦隊航海長が叫ぶ。
「総員、衝撃に備えよ。」
宇宙の裂け目の部分には、先ほどコウスケとタケルが人工通信衛星などを設置した。一見何も見えないが、レーダーの値が明らかにくるっている場所。そこに向かって3隻の戦艦は飛び込んでいった。
強い光に包まれたかと思うと、深い海のような藍色の世界が広がっていた。深い闇を照らす3隻の戦艦からのサーチライトに、つかの間のゆらぎが見えるのみである。
トウキはそんな闇のなか、操舵槓を動かす航海部の者の背中をそっと触る。かすかに震えが伝わってきた。
「不思議と……怖くないな。」
思わずつぶやいてしまった。
「ええ。」
操舵手はそうつぶやくと、また操舵槓を握りなおした。
「ここが……。」
リンカはデータを見つめながら、かすかな興奮を覚えていた。
「人類未踏の地だ……。僕らの科学力では観測すらできなかった場所だ……。」
コウスケはホログラム映像の中のリンカの持つ端末のデータをのぞき込むふりをして少し笑った。わずかに憐れみと悔しさが見える笑いだった。
「艦は……。艦の状態は……?」
タケルがそっとつぶやく。
「大丈夫よ、タケル。」
微かに震えた声で、スズナが答える。
「人体への大きな影響もみられないわ……今のところ……。」
ハルカもそっとささやいた。
「ここが、ここが……。」
センカの震えた声に、ショウタは思わず肩を叩こうとして手を止めた。ホログラム映像をたたくことはできない。
「ああ、ここが。ここから新しい世界が始まるんだ……。」
メイルが火星に墜落するまでにたどった航路の後を、3隻の戦艦はしばらく進んでいった。
「宇宙の裂け目には、こういうふうに、船がたどった後が痕跡として残るといわれているの。」
メイルがサーチライトで照らされた深い藍色の世界を指さす。彼女が指さしたあたりは、確かに色が微かに薄くなっていた。
「まるで水彩絵の具を水に溶かしたような世界ね。」
スズナがそっとつぶやいた時だった。
「ショウタ、あれを見てくれ。」
トウキが目の前を指さした。
「何かが渦巻いていないか。」
「なんだろう。」
メイルが身を乗り出す。
「宇宙の裂け目の中……異次元の宇宙とも言えるが……。環境はやはり安定していない可能性もある……。」
何かを思い出すようにつぶやくメイル。その時旗艦アルタイル第一艦橋のレーダー手が叫んだ。
「レーダーに感あり!」
「敵?」
思わずセンカは場違いな言葉を口走り、手で口を押えた。
「黙って戦闘マニア。」
リンカはにこりとも笑わずに冗談を吐いた。
「レーダーの数値がおかしい。何かの嵐かしら……?」
「航海長!」
「司令官!」
トウキとショウタがお互いの役職名を叫んだのはほぼ同時だった。
「牽引ワイヤーを繋げ!すぐにだ!」
ショウタが旗艦アルタイルに向けて叫ぶ。それを立体ホログラム映像で見たセンカとスズナも、同時に声を張り上げた。
「牽引ワイヤーをベガに放って!」
「デネブとアルタイルと、牽引ワイヤーで繋がって!早く!」
そのあいだに、トウキが旗艦アルタイルの操舵手の元に駆け寄る。
「おい!止まれ!嵐を回避しろ!」
「だめです!操舵がききません!」
「貸してくれ!」
トウキが操舵槓をひったくったが、もう3隻の戦艦は嵐の渦に巻き込まれようとしていた。
「戦艦アルタイル、戦艦ベガ、戦艦デネブを牽引ワイヤーでつなぎました!」
どこかから声が響き渡る。
「渦に巻き込まれるぞ!ショウタ!」
コウスケが叫んだ。コウスケはどの艦の艦長でも副長でもなかったが、この連合艦隊の副司令官かつ連合艦隊技術長であった。艦の運用に左右されず、全体を見れる唯一の立場であった。
「総員、衝撃に備えろっ!」
ショウタは叫んだ。
「航路、見失いました……っ!」
「構わない。艦の安全を考えろっ!」
悔しげに叫ぶトウキに、ショウタは叫び返す。艦が吹っ飛ばされないようにするので精いっぱいで、現在地の把握どころではなかった。
「そもそも……未知の世界だ。現在地なんてわかるもんじゃない。」
コウスケが吐き捨てる。
「タケル、艦は大丈夫か?」
「まだ大丈夫だ。でも吹っ飛ばされた時の保証はできない!」
「わかった!」
ショウタも投げやりになってきた。
「観測データの……解析完了……!」
リンカがタブレット端末を睨む。
「近くに、宇宙の裂け目……出口があるはずよ!」
「リンカ、それはどの方向だ!?」
「10時の方向!ほら、あれ!」
嵐で色の濃さが目まぐるしく変わる藍色の世界に、微かな切れ目と、その奥に広がる満天の星空が見えた。
「司令官!」
「わかってる航海長!」
「最大船速!10時の方向だ!」
3隻の戦艦は、再び星の世界に飛び込んだ。
「ここは……。」
トウキは観測用の機械に飛びつく。
「観測可能な恒星を探して、現在地を特定しないと……。」
「メイル、この宙域に見覚えは?」
センカがホログラム映像越しに、メイルに話しかけた。
「いえ、ないわ。」
メイルはきっぱり答える。
「ヒルタが到達した場所であれば、ヒルタ軍か、せめてヒルタの観測機械や人工通信衛星があるはず。何もないということは、ここを訪れるヒルタ人は私が初めてのようね。」
「鉄の星までは、まだ遠いか……。」
センカは帽子を深く被りなおした。
「ショウタ、2時の方向にしばらく行くと、惑星があるようだ……。」
「そこに着陸しよう。艦のチェックと現在地の把握をしたい。牽引ワイヤーはもう外していいだろう。」
ショウタはセンカとスズナにそっと目配せする。
新しい命令が艦を駆け巡っていく。




