かみあうこどもたち
「シャワー空いたよー。」
リンカが髪を拭きながら部屋に入ってきた。だるっとしたズボンにキャミソール姿である。
「あたしで最後だっけっか。」
「うん、そうだね。」
スズナが笑いながら返した。リンカも少し笑って、自分の荷物のところから水とスマートフォンを取り出した。
宇宙に移民するような時代になれば、コンピューターも当然進化しているだろうというのが大方の人の意見であった。ウェアラブル端末、空中に現れるモニターなど、様々な端末が話題をさらった。戦艦オリオンや戦闘機、宇宙船や移民星の施設や宇宙ステーションで使われるコンピューターの進化も目覚ましい。しかし、地球や様々な星で人々が個人的に使うコンピューター端末は、スマートフォンと呼ばれる端末のままであった。もちろん翻訳機など、用途によってはウェアラブルタイプのものが利用されていたが、やはり総合的に使う端末は、このスマートフォンのタイプが一番なじみやすかったのだ。
防衛軍も、個人的な通信機器の使用を認めている。使いやすいからと自分の端末を使って仕事をするものまでいる。ただし、仕事中に使うものはもちろん、プライベートで使う端末も、なるべく支給品か、指定された機能やセキュリティプログラムをもつものにするように推奨されていた。
ちなみに、チームゼロの端末は、もともと個人的に購入し、プライベートで使っているものであった。しかし、防衛軍の技術屋たちに散々改造された結果、見た目は市販品であるが、機能は大幅に向上しており、セキュリティ対策も最高級の一品となっていた。
リンカは、スマホの表面を指でなぞっていた。ちょっと笑ったり顔をしかめたりしていたが、やがて顔を上げた。
「父から連絡が来てた。研究がうまくいってるって。」
「よかった。結果が出るのが楽しみ。」
センカが荷物の山の中からむっくり起き上がった。
「ああああああ。」
「ちょっとセンカ。小さい子がいるんだから。」
ハルカが荷物を整理しながら笑った。
「ね、ミノリちゃん、ミズキちゃん。」
幼い2人はちょっとびっくりしたように顔を見合わせた。
「ちょっとびっくりした。」
「防衛軍のお姉さんって、もっと怖いと思ってた。」
センカは明るく笑った。
「防衛軍のお姉さんも、同じ人間だもの。だから、アスであんなこと言われてちょっとびっくりした。」
数時間前。
移民星アス、市街地郊外の農場に荒っぽく着陸されたセンカのゼロの中に、ミノリとミズカ、そしてセンカが乗っていた。
「はい、こんなものしかないけれど。」
「ありがとう!」
「おいしい!」
備蓄の食料はあったが、味もよくなく、量も限られてしまう。メカの攻撃から逃れ、長い間隠れていた女の子たちにとって、チョコレートはよほどおいしかったのであろう。2人は顔を輝かせた。
「ところで、センカさん。」
「どうしたの?」
センカは膝に乗せていた2人の顔を見つめた。
「お兄ちゃんたち、街に戻ったんだよね?」
「ミズキたちも、行っちゃだめ?」
「えーとね。」
センカは言葉に詰まった。上空からの目視ですらわかったアスの惨状を見せるわけにはいかない、と判断したショウタとセンカは、ユウキとカズマの2人を、生存者捜索の案内役にしつつ、彼らの家に私物を取りに行き、彼らのゼロの確認させることにした。それに同行するのはショウタである。センカは、彼らの妹である2人を自分のゼロで保護しつつ、全体の指揮をとっていた。
センカは、ミノリとミズカにこの惨状を見せたくない、という想いが強かった。ゼロの通信機は切り、サングラス型の通信機でのみ連絡を取り合うようにしていた。これなら2人に通信内容が伝わらない。
先ほどから、遺体発見の連絡ばかりが続いている。センカは唇をかみしめた。
「お兄さんたちは、街に行ったけれど……。もしかしたらまだメカがいるかもしれないから、2人には安全な場所にいてほしくて。ほら、ゼロに乗っていればすぐ飛びたてるし。」
「ゼロに私たちを乗せたままで戦えるの?」
「うーん。人数オーバーだけど、センカの腕をなめないでよ?」
センカは無理に笑った。
「ねえ。外の様子、やっぱり見せて。」
ミノリが強い口調で言った。
「お願い!」
ミズキも真剣なまなざしだ。
「僕たちからも、お願いしたい。2人には知る権利、いや知る義務がある。」
通信機ごしに、ユウキの声が聞こえてきた。
「しかし!」
「僕らの両親と、最後に会わせてやりたい。」
カズマの囁くような声に、センカは静かに頷いた。
ユウキとミノリの両親は、家から少し離れた通りで見つかった。父親のほうは、破片で足を怪我していたが、母親のほうはほぼ無傷だった。
「あの日、父さんと母さんはメカの襲撃を聞いてすぐに、メインコンピューターセンターに向かったんだと思う。あそこが一番大切だし、一番安全だし。でもその途中で父さんがメカにやられてしまった。たぶん父さんは母さんに、移民団のみんなを託したんだと思う。ほら、父さんのIDカードが母さんの手にあるだろ。それでメインコンピューターセンターの最深部までみんなを連れて行こうとしたんだと思う。」
ユウキは息をのんだ。
「でも……。でもきっと2人は生き切った。いい顔じゃないか、2人で手をつないで、酸欠で苦しまずに死んだ。」
ミノリは静かに涙を落としていた。しかし泣き喚くことはなかった。乾いた地面に、涙がぽつりぽつりと落ちていく。
ユウキは両親の遺体をきれいに並べなおす。父親の足に刺さった破片を抜き取った。それから二人の首元を探った。
「お兄ちゃん・・・・・?」
「前に父さんたちに言われたことがあるんだ。もしものときは、いつもしている結婚指輪は一緒に埋めてほしいが、首にペンダントとしてかけている婚約指輪は、僕たちにくれる……って。」
ユウキは母親の婚約指輪を妹にかけた。
「これが僕たちが家族のあかし証だ。」
センカは黙ってそれを見ていた。どんな顔をしていいのかわからなかった。もっと早く地球を発つべきだったかもしれない。いや、戦艦オリオンにいる時間が長すぎたのではないだろうか。自分の無力さに泣きそうだった。
「移民星アス移民団長夫妻に。」
センカはそう言って、宙にレーザー銃を放った。
「ごめんな、ミズキ。」
カズマが両親の遺体から、破片を抜きながら言った。
「父さんと母さんは、家の下敷きになっていた。」
「でも、顔はきれい……。」
ミズキはそう言って、母親の顔を撫でた。
「お母さん……。」
「父さんのそばに簡易酸素マスクが落ちていた。たぶん、救助に行こうとしたんだろうな。」
「きっとね。父さんならそうすると思う。」
俺に泣く資格もない、とショウタは思った。結局助けられなかったのだ。
「ショウタ。」
カズマがそっと声をかけてきた。
「来てくれて、ありがとうな。」
ショウタは、目の前の光景を死ぬまで忘れないと誓った。目のあたりの熱さ、乾いた大地、舞う砂風。語り継いでいくと誓った。
「ごめん。もっと早く来れなくて。」
センカはつぶやいた。頭からかぶったタオルでよく顔は見えない。
それを聞いたミノリとミズキは、突然泣き出した。緊張や我慢、疑いが解けたからだったと、のちに2人は言ったそうだ。




