過ぎ去った日々
戦艦オリオン艦長室の重い扉がゆっくりしまっていく。
「エリーゼ・フェシカ、よくやってくれるね。トメグ、君はいい部下を持ったな。エリーゼの階級は何だったっけ?」
戦艦オリオンの若き艦長、タカハシハヤトはそう言って手元のグラスを傾けた。
「フェシカ姉妹は大尉だったはずだ……すまん俺もよく覚えていない。」
戦艦オリオン副長、そして技術長のコダマソウジ、コードネーム ダブは頭をかいた。
「いかんせん、艦長がこれだからな。俺が覚えているわけがない。」
「ったくお前ら、しっかりしろよ。」
不満げに顔を膨らめながら、船務長サイトウブンタ、コードネーム ブンタがグラスを傾けた。
チームジパング、そして戦艦オリオンの中枢を担うまだ若い5人は、彼らのリーダーである艦長の私室でのんびり酒を飲んでいた。
「スプ、生きてたら一緒にお酒とか飲んでたんだろうね。」
「ああ。そうだな。」
キッドが悲しげにつぶやく。それに兄であるトニイが静かに相打ちをうった。
「俺は・・・・・・すまん。今でもどうすればよかったのかわからない。」
ブンタが悔しそうにグラスをたたきつけた。もっとも、強化ガラスでできたグラスはびくともしないが。
「俺はあんなに優秀なパイロットだったお前が、飛行機から降りたことが未だに信じられねえよ。未だに・・・・・・未だにお前が縁の下の力持ちとして、ヘリやらジープやらで暴れまわってるキッドやトメグやスプを迎えに行って、ダブが情報を全部解析して、お手製の罠をもってニヤニヤしてて、俺がみんなに指示を出しながら要所を固めてるような気がするんだ。」
「懐かしいな。」
ダブが続けた。
「みんなぴか一の腕を持っていたが、お前にはかなわないことが多かった。お前がいなかったらチームにならなかったし、後方支援がズタボロだった。」
「そんなにコハルのことが……?」
トニイはまっすぐにブンタのほうを見た。
「みんな、覚えてるだろ。俺が訓練でズタボロだったの。」
「ズタボロっていうか……。」
キッドが苦笑いをした。
「いや普通。というより中の上くらいだったじゃん。」
トメグも顔を見合わせている。
「確かにそうだったのかもしれないが……。トニイはもうすべてが伝説になるほどだっただろ。どれくらいすごいかって、すごすぎて正体がつかめてない奴ばっかりだったくらいだった。ダブは実戦はもちろんだったが、情報の解析となんか新しい技術を生み出す天才だったじゃないか。キッドは女ながら最強って言われて男たちが逃げるくらいだったし、トメグは変装や色仕掛けじゃ誰にもかなわなかった。スプは・・・・・・素直なスパイだったが、トニイの妹らしくすべての技術が洗練されていて、小柄な体を生かして飛び回っていた。みんな史上最高って言われてる中、俺は凡人だ。現に最初のほうは、同じ任務にあたらせてもらえなかっただろ。」
「しかし、君はチームジパングで唯一、特別扱いを受けずにいったんCIAという組織のなかに入って動いた。俺たちと違って、組織で動くこと、凡人・・・・・・CIAのエージェントを凡人と呼ぶのは申し訳ないが……に近い考えを知った。お前の存在がなければ、俺たちはとっくに地獄だ。今だって、防衛軍という組織を成り立たせてるのはお前だ。」
ダブの冷静な声に、ブンタが笑って返した。
「今はそう思えるんだが、あの頃は悔しくて仕方なかった。お前たちみんな任務に夢中になって、俺のことほっとくしな。さみしかった。」
ブンタは息を吸い込んで、一気につづけた。
「唯一スプは・・・・・・・コハルはいつも声をかけつづけてくれた。俺がかかわっていない任務の概要や問題点、出来事をいつも話してくれて、こっちの話も聞いてくれて……それだけで救われたよ。本当に。兄貴のお前にはわるいが、俺はコハルのことが好きだったんだろうな……。」
「俺も、ブンタならコハルを任せてもいいと思った。」
トニイが真剣なまなざしをブンタに向けた。
「だからこそ、あの時……俺がゼロをうまく操縦していれば……。」
「ゼロは仕方ないよ!あれは本当に危険な機体だった。少なくとも、イバーノフが安全装置を作り上げるまではそうだった。」
キッドが声を荒げた。
「でも、でも……。」
「ありがとう、キッド。」
キッドは黙り込んだ。目に涙を浮かべている。トメグはそれを見つけて、そっと目を背けた。
「なぜだろう。チームゼロがこっちに来て以来、昔のことばかり思い出すんだ。」
突然トニイが話を変えた。
「それこそ、みんなで公園で遊んでいたころだ。遊具から遊具へ、木から木へ飛び移って走り回っていたころだ。」
「そうやって走り回ってたせいで、日本政府とCIAに目をつけられたんだけどね。」
トメグは皮肉っぽく返した。
「それもそうだね。」
トニイは笑って、グラスを傾けた。
「昔のことをこうも思い出すと、死期が迫っているのかもしれないなと思ってしまう。」
「俺もだ。俺たちはいったいなんのために生まれてここに来たんだろうと本当に思い悩んでしまうほどにな。」
ダブも続けて言う。
「俺たち、まるで捨て駒だな……。」
ブンタが静かにつぶやいたが、キッドとトメグが同時に反論し始めた。
「そんなの、いや!」
「ずいぶん豪華な捨て駒ね。」
あまりの騒がしさに、みんな思わず笑いだした。
「チームゼロのみんなを改めて見て思ったんだが……。宇宙の未来を創るのは、あの子たちだ。俺たちはあの子たちに、何かを伝えるために、こんな不思議な人生を送ってきたんじゃないかなと、最近思うんだ。」
トニイは続けた。
「実はコハルも言ってたんだ。『あの子たちが、わたしたちを引き継いでいくのね』ってな。当時は意味がよくわからなかったが、今なら何かわかりそうだ。まったく俺の妹、カンは鋭いんだから。」
「ああ、残そう。ありったけを。」
トメグがそっとつぶやく。
「なんだか、不謹慎なことを言うが、楽しくなってきたんだよな。」
ダブがそうつぶやいた。全員、納得したような理解していないような顔をした。
「もともと楽しかった。全部楽しかった。公園で遊ぶのも、厳しい訓練も、裏の世界も、宇宙戦艦も。そりゃあつらいけど、でもチームジパングでいるのがいつも楽しかった。チームゼロの面々が来て、さらにわくわくしてきたよ……。」
「少し、気持ちわかる。」
キッドの言葉に、全員がうなずいた。
「わくわくするのよね……。だって私たち、もうすぐ死ぬのに、すごくわくわくしている。」
「わたしも。わたし、わたし……みんなと自分を殺す作戦を立てようとしているのに、すごくつらいけれど、でも不思議と楽しいの。」
「不思議だよな……。」
ブンタはそっとトメグの肩をたたく。
「俺たち、訓練が終わって、日本のスパイとして自由にやれるようになったときに、言ったよな。『今よりも楽しくて面白くて、希望に満ち満ちた世界にするんだ』って。チームジパングの目的みたいなもんだったな。日本のためとかじゃなく、結局はこれだった。最後までこれは貫いていくぞ。」
トニイはそう言って、首から下げているペンダントを、艦長服の奥から引っ張り出して開いた。そこには、6人の写真が貼ってあった。
「スプ……コハル。お前もだぞ。」
「ああ。」
「わかってる。」
「任せろ。」
「そんな世界が楽しみ。」
5人の、すこし寂しげな笑い声が、艦長室に響いた。




